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第39話 閉ざされた心

 

── なんとか一命は取り留めました。が、まだ意識が戻っていません。いつ戻るかは……いや、戻るかどうかさえも…… ──


 医師から伝えられた事実は安堵するべきものなのか。メディカルポットの中で未だ眠り続けるグリムを見ながら、シェイクはずっと考え続けていた。


 爆発時に飛散した内部機器の破片による裂傷、内臓へのダメージ、衝撃による骨折などの外傷、それらによる大量の出血。助かった事が奇跡と呼べるほどの重篤な怪我だった。

 だがそれでも、中からグリムを助け出すまでの間、《バインドホーク》は懸命に彼を守り続けた。エアバック、消火設備、酸素供給装置。凡ゆる救命設備を起動させ、燃える自らに構わずグリムの命を守ろうとするように。それらが無事に起動しなければ、きっとグリムは助からなかった。


「……あの時、俺が」

「油断しなければ、とか言うなよ」

 その時、医務室の扉が開く。現れたのはペイルだった。

「ペイル……」

「交代だ。少し寝てこい。変な考えも消えるだろ」

「でも俺は ──」

「シェイク、俺はお前に言いたい小言が何個もある。でもその中で一番言いたいのは」

 オレンジをシェイクの額に押し当て、ペイルは真剣な表情で続ける。

「一人で背負い込もうとするなって事だ。何でも出来ると思ってるみたいで昔から気に入らなかった」

「……そうか。そんなつもりはなかったけど、お前の言う事は分かる」

 シェイクはオレンジを受け取り、立ち上がる。

「ペイル、しばらく兄貴は任せた」

「あぁ。……お前、さてはまだ寝ない気だな?」

 呆れたように笑うペイルへ、シェイクは少々申し訳なさそうに顔を背けた。

「もう一人、会いに行かなきゃいけない奴がいる」



「これで納得して頂けたでしょうか、ストーム少佐」

 《アスカロン》の会議室。そこでは宙に浮かぶモニターへ映し出された大量の資料に囲まれたストームとドリアーズの姿があった。

「少佐じゃねぇ」

「失礼、えぇ今は、M・S代表取締役代理、でよろしいでしょうか?」

「……挑発に乗ってやりたいのは山々だが、今はそんな気分じゃねぇし、そんな状況じゃない」

 ストームは資料の内の一つを映し出した。大型無線誘導兵器、及びそれらを制御するヘルメットやスーツの調査結果。そこに記されていたのは、

「不具合や故障の類は一切無し。んなわけあるか」

「我々だけで調査したのならともかく、貴方達でも調査しての結果です。んなわけあるか、と仰られましても」

「勝手に結果を捏造すんな。まだ鋭意調査中だ」

 姿勢を崩し、モニターを視界の外へと振り払う。

「証拠を掴むまで、な」

「仕方がありません。そこまで言うのでしたら私たちの方でも再調査いたします。それはそうと」

 ドリアーズは新たなモニターを引っ張り、ストームの前へと差し出した。それを見たストームは眉を顰める。


「仮にシステム面に問題がなかった場合……パイロット側に何か問題があった可能性も考慮しなければなりません」

 ドリアーズはネクトのプロフィールが記載されたモニターに目をやる。

「パイロットの問題だと……」

「私は先代の責任者から聞いただけですが、M・Sの一部の方々はHERIに対してあまり良い感情をお持ちでないようで。それは初めて顔を合わせた時から薄々感じてはいましたが」

「今回の事はパイロットの私怨だったんじゃないか、って言いたいのか?」

 差し出されたモニターを払い除け、ストームは低い声色で問う。そしてドリアーズが答えるより早く続けた。

「論外だ。さっきと同じことを言わせて貰うが、本人に尋問した訳でもないのに勝手な憶測で物を語るな」

 もう一つのモニターに映し出された《グラム》を指差し、ドリアーズへ突きつけるように移動させる。

「《グラム》と《ナチュラリー》の損傷箇所を見直してみろ。副砲に船首、機体の手足、直接撃墜に繋がらない位置ばかりだ。私怨で狙うならこんな箇所じゃねぇ、艦橋やコクピットを狙う筈だろうが」

「お言葉を返させて頂きますが、それも憶測の域を出ないでしょう……まるで進展しませんね」

 ドリアーズは手元のボタンを押し、モニターを全て切る。話し合いを一度打ち切るという案を行動で示した。

「直接彼女、ネクト・ストラングスから証言をいただきたい。この件を進展させる重要なものになりえる筈です」

 その言葉に、ストームは溜息を吐いた。


「あんな状態で証言なんか取れるかよ……家族さえ拒絶されてるってのに」



「……」

 部屋の前に置かれたトレイには、前の日と変わらず料理が乗っていた。ネクトが幼い時から好んでいたチーズハンバーグ。人員が増えた最近では既製品を使う事も増えたものの、今でもメロウが一から手作りする料理の一つだった。

「ネクト、ご飯持って来たよ。パンケーキ……アルルも美味しいって言ってた自信作! 私もまだ食べてないからさ、一緒に……」


 返答はない。本当に部屋にいるのか分からないほどに、気配が無かった。


「……部屋の前に置いておくから、後で食べてね」

 ここ数日、何度同じ言葉を掛けただろう。何度手をつけられずに放置された食事を片付けたのだろう。

 未だ意識が戻らないグリム、完全に心を閉ざしてしまったネクト。再び家族に走った亀裂は、徐々にメロウを蝕んでいた。

(私、これしか出来ないのに……)

『メロウ、さん?』

「っ!」

 小さなシステム音が耳に入り、我に帰ったメロウは前を向く。そこには少し前に壊れたミニマムモニターが浮いていた。そしてその向こうでは、ミニマムモニターの持ち主が心配そうにメロウを見つめていた。

「ソーンちゃん……ミニマムモニター、直ったんだ」

『シェイクが直してくれた。……ネクトは、まだ』

「う、うん……でも、でも大丈夫! すぐに……」

 そこから先の言葉は続かなかった。代わりにメロウの目からは涙が溢れ出す。

「あ、あれ、ご、ごめんねソーンちゃ……っ、ぅ……!」

 繕おうとした笑顔も、誤魔化すための言葉も全て崩れ、メロウはただ逃げる様にその場を去る事しか出来なかった。


(……どこに行っても、凄く、ズキズキする)


 ソーンは《アスカロン》に満ちる負の感情に身体を包まれるような不快感に、身を震わせた。



続く

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