第3話 拒絶する絆
開かれたハッチの中へ、人型に変形したバインドホークが着艦。整備橋が開いたデッキに背中を付けると、再び橋が閉まった。
「危険な旅路、お疲れ」
「次はもっと安全な旅にして欲しい」
小さく笑うグリムに対し、シェイクは疲れたように息を吐く。7年ぶりのDCDは体に堪える事を久しぶりに味わった。
「これからどうすればいい? まさか俺の社員証と機体は残してないだろ」
「俺個人としては試験を免除して発行と配備をやって欲しいが、そうはいかないだろうな。まずは艦長達に話を……」
「随分と懐かしい顔がいるじゃねぇの」
背後から、否、上から声が降ってくる。長身のグリムすら小さく見える大男にソーンが驚き、シェイクの背に身を隠した。
「……お久しぶり、です。ダイゾウ艦長」
「おぅ、痩せちゃいるが元気みてぇで何より」
ダイゾウ・ゼット。この《アスカロン》の艦長である。赤い双眸と巨人の様な体格を持つが、浮かべた笑い顔は彼の人柄をよく表していた。
「何だ、嫁連れて挨拶か?」
「いやこの子は……」
「分かってるよ。グリムからある程度話は聞いてるからな。にしても、来るかもしれない新入りがお前とは予想出来なかったが」
ダイゾウの笑みが何処か憂う様なものへ変わる。それが何を意味しているのか、分からないシェイクではない。
『《ブラストハンド》、《ソニックスラスト》、着艦します。各員第2、第3デッキから離れて下さい』
放送から少し間を置き、先ほど自分達を救った2機がデッキに格納。中からパイロットが降り立つ。
「ふぁ〜、お疲れペイル」
細身の機体から降りた少女。薄青の髪はポニーテール、溌剌としたオレンジの大きな瞳が対照的だった。しかし身体に密着したパイロットスーツは肉付きの良い身体を包み隠さず表している。
「疲れるような戦いはしてない」
狙撃機体から降りるもう1人の青年。太陽の様な色の短髪と、ネイビーブルーの瞳が輝いている。身長はシェイクより少し低いが、決して華奢ではない身体つきをしている。
ソーンが一頻り観察していると、2人もソーン達に気がついた。
「あれ〜、ダイゾウさんその可愛い娘は誰? もしかして〜、隠し……え……?」
少女の悪戯な笑みが消えていき、戸惑いを隠せない表情へ変わる。ソーンに対してではない。背後で沈黙しているシェイクに対してだ。
「あ、あれ〜……シェイク…………ひ、久しぶり〜、あ、あはは……なんか、用事?」
「あぁ」
「2人とも、丁度いい。俺から説明させてくれ」
間に割って入るグリム。
「単刀直入に言おう。本日付でシェイクを復職させることになった」
「…………え」
先程まで溌剌としていた少女の声が小さくなる。そして今まで黙っていた青年の目が怒りに染まるのをソーンは感じ取った。
「っ」
シェイクの背に自らの身を隠す。突然の行動に首を傾げるシェイクだったが、2人を置いて話は進んでいく。
「あの、グリム兄さん。それ、大丈夫、なの? い、いや私は全然良いけどさ! その……」
「俺が直接シェイクに申し出たんだ。意見があるならシェイクじゃなくて俺に言え、アルル」
「兄さん」
そこで初めて青年が声を上げた。アルルと呼ばれた少女を押し除け、真正面からグリムへ相対する。
「7年前に黙って出て行った奴の復職なんだ。それ相応の待遇なんだろうな?」
「ペイル、今回は特殊ケースだ。試験は……」
「あの腐った地球で、家族を捨ててふらついていた奴の信頼はどうする? DCDだってまともに扱えるか分からない奴と、俺は仕事なんか出来ない」
暗にシェイクを信頼していない旨を、ペイルという青年はグリムへ突きつける。
「それに、その子は兄さんが回収に行った依頼対象だろ。どうしてシェイクと一緒にいる?」
「引き渡しの担当者はデヴァウルに襲撃されて死亡した。シェイクが助けなかったら、この子も……」
「そ、そんな事あったんだ、へぇ……」
再び横から割って入ったアルルがソーンに歩み寄る。だがソーンはシェイクを盾にしたまま動かない。
「とにかくだ。シェイクの入社試験は免除、これから社員証の再発行を……」
「いや、入社試験はやるべきだ」
「シェイク?」
彼の言葉にグリムは戸惑いを隠せない様子で振り返る。だがシェイクの目は、既に試験を受ける事を決めて譲らない様子だった。
「これなら問題は無いか?」
「待てシェイク、いくらお前でもすぐには不可能だ。7年のブランクがあるんだぞ」
「それくらい出来なきゃ納得しない。俺が逆の立場でも。……ダイゾウ艦長、今から手配を頼めますか?」
「ま、出来るけどよ……お前の機体はもう……」
「《ナチュラリー》でいいです」
「無茶だ、これでもし……」
「兄貴、これは俺の信用を取り戻す試験じゃない。DCDパイロットとしての信用を取り戻す為の試験だ。半端は許さない」
ここで初めて、シェイクとペイルの視線が重なった。
「……どの面提げて戻ってきた、シェイク」
「提げる面はない。俺はもう家族じゃない」
「おいシェイク……」
グリムの仲裁が入る間もなく、シェイクはその場を後にしようとする。
ソーンも慌てて後を追おうとするが、初めての無重力になれないのか、溺れる様に手足をバタつかせる。
「っ、っ、っ……!」
「……そういえば、そうだったな」
シェイクは上の整備橋の床を蹴って反転。ソーンの手を取り、一緒に浮かび上がって行った。
「シェイク……」
「まぁ坊主もだけどよ、あの娘はいいのかよグリム」
「あの子は目的地に着くまで自由にさせましょう。依頼対象である以前に、1人の人間なんですから」
シェイクの腕にしがみつくソーンを見送りながら、グリムは深く溜息を吐いた。
「……」
「ぺ、ペイルってばぁ、顔怖いよー? ほら、笑顔、笑顔!」
2人の背を睨むペイルを宥めようと、アルルは肩を叩こうとした。普段から彼は素っ気無いというか、低体温な一面があるので積極的に絡まなければ話をしてくれないのだ。
だがその手を直前で止めてしまった。
「思うわけがないだろ……お前を家族だなんて、二度と……」
「っ…………試験、どうなるの、かな」
確かに今、この艦には7年前と比べてパイロットが少ない。だがシェイクの帰還は、ボロボロになった家族の繋がりを完全に断ち切りかねない。
ペイルとアルルの首から下がる、花を模したペンダント。家族の証であるそれを、シェイクはもう持っていないのだから。
7年ぶりに自分の部屋の前に立った。
シェイクがここを出て行った日、私物をほとんど持たずに地球へ降りた。しかし部屋自体は掃除をされていたらしく、ベッドや棚、置物は埃を被っていない。
「……残していたのか。7年も……」
「っ、っ」
と、ソーンがシェイクの袖を小刻みに引っ張り始めた。
「どうかした……か……」
ソーンが指差した先、隣の部屋のドアの前に、こちらを見つめる女性の姿があった。
金色の長い髪と対照的な銀色の瞳。背はソーンよりも低く華奢で、何処となく幼さが残る出で立ち。しかし2人に向けた微笑みは母性に満ちていた。
「メロウ……姉さん……」
「あら、おかえりなさいシェイク。久しぶりね」
表裏のない笑顔。それが逆にシェイクの心を絞めあげていく。
「その子は……って砂だらけじゃない!」
「いや姉さん、この子は……」
「早くシャワー浴びないとダメ! シェイク、この子少し借りていくね」
「っ? っ、っ!?」
手を掴まれ、2人はすっ飛んで行ってしまった。困惑したまま連れ去られていくソーンを呆然と見送るが、やがて我に帰った。
「……無理もないか」
メロウは、シェイクが知る人物の中で一番変わっていた。
拒絶されるよりも今の彼女の様子を見ることが、シェイクにとって耐え難い苦痛だった。
続く