第35話 呪われた子供達
── ある宙域のデブリ帯にて
「散れっ、デブリに身を隠せ!」
『無理だ追い付かれる!』
「俺が囮に ──」
また一つ、光が宇宙で瞬いた。この宙域で自分達を捕らえられる者などいない、今日も網にかかった艦を襲うだけで終わる日常が流れると思っていた海賊達に戦慄が走る。
廃棄された無数の観測衛星の金属片が舞い、碌にレーダーが機能しないこの空間の中で、敵は自分達を正確に撃ち抜いてくる。その恐怖は本来、海賊達が敵に与えるものだった筈。
『どうすんだよ!?』
『……逃げるしか』
『ふざけんな! 艦まで落とされて何処に逃げるってんだ!?』
『とにかくここを離れないこっ』
会話が途切れる。レーダーから反応が一つ消失した警報を聞くまでもなく、どうなったのかは理解出来た。
船長は艦と共に消えた。指揮を担っていた船員も先程消えた。残っているのは3機のDCD達だけ。
「ち……ちくしょおおおぉぉぉ!!!」
1機が隕石の影から飛び出し、それに感化された様に残る2機も躍り出た。
デブリ帯を自由に動く為の特殊レーダーを積み込んだ影響で円盤の様に扁平で巨大な頭部をした《ナチュラリー》達が次々にビームの雨を浴びせかける。デブリが飛び交う中、レーダーも視界も通らないであろう状態で降りかかる殺意の雨を、しかし敵はユラユラと不規則な動きで全て躱してしまう。
その手に携えたライフルの銃口が持ち上がる。
「来る、来る!」
叫ぶと同時にバラバラの方向へ散開する海賊達。しかし銃口はそれを読んでいたかの様に動き、避けた方向の少し先目掛けてビームを放った。
反転も停止も間に合わないほどのタイミング。成す術なく《ナチュラリー》は撃ち抜かれた。残るは2機。
「うわぁぁぁ! ぁぁ、あああぁぁぁ!!!」
もう1機は錯乱し、定まらない照準でビームマシンガンを乱射する。敵はそんな《ナチュラリー》に構わずしっかりと狙いを定め、立て続けに3発光を放つ。
ビームマシンガンを持った腕、両足、頭部を薙ぎ、不恰好な姿となった《ナチュラリー》へ接近。コクピット付近を勢いよく蹴り付け、デブリへ叩きつけた。ひしゃげた胴体の隙間から僅かに赤い液が溢れだす。
しかし、最後の1機が隙をついて背後を取った。
「こんの化け物がぁぁぁ!」
叫びと共にビームブレイドを突き立てようとした時だった。
敵のバックパックから、もう一つの頭が半分だけ浮き上がる。同時に格納されていた腕が伸び、
「ぁ」
先端から伸びたビーム刃が重なる様にコクピットを貫き、沈黙させる。僅かに振り向いた本体はゆっくりと離れると、2機へビームを放ち、骸を完全に消し去った。
『状況終了。海賊の掃討を確認した。《カーズィスト》、帰還しろ』
「分かりました〜。帰ろっか」
「いつ見ても気味が悪い見た目ですね」
「最新技術の結晶だ。まぁ、隕石から見つけたフレームとジェネレーターをそのまま使ってるってのは確かに不気味だがな」
着艦した《カーズィスト》を見てぼやいた整備士の隣に立つ、荒々しい風貌をした男。HERI直属の部隊、その隊長服の上着を腰に巻き、インナーシャツの上からでも分かる厚い胸板。ざんばらの灰髪と鋭く細められたブラウンの瞳、顎髭を伸ばしている。
2人が見つめる《カーズィスト》と呼ばれた機体は、真正面から見れば最新鋭の機体というデザインだった。
碧色のツインアイ、鋭く伸びた後頭部、飾り気のない白色の装甲、胸部と腰に備わった排熱口と冷却装置。携えたライフルは銃身が小振りな代わりにバレルが長い形状。
しかしパックパックは異形だ。まるで小さなDCDが無理やり本体へ取り込まれた様な形。海賊を討つ際に展開したもう一つの頭部は既に格納され、アームはバックパック側部、レッグは後腰部へ折り畳まれた状態でブースターとしての役割へ戻っている。
「本当に気味が悪いのは乗っているガキの方ですがね」
「その気味が悪いガキとDCDのおかげで前より美味い飯が食える様になってることを忘れるなよ」
「す、すみませんクディア隊長」
「謝る相手が違うな」
男、クディアは整備士の元を離れ、《カーズィスト》から降り立ったパイロットへ寄る。
「ご苦労だった。2度の出撃で撃墜漏れ無し、文句無しのエースだ」
「あ〜、隊長。お疲れ様ですぅ」
パイロットの背は低く、声も喋り方も幼い。それもその筈、彼はまだ10歳の子供なのだから。
栗色の巻毛、垂れた瞼から覗く青い瞳、薄い唇は微笑んでいる。
「隊長達が後ろにいるおかげです〜。あとは〜、リースが教えてくれるのでぇ」
「だが遊ぶ様な動きは感心しないな。戦場で慢心すればお前達もいつか死ぬ」
「はぁい」
厳しい表情を浮かべるクディアに対し、少年は柔和に微笑む。
「坊主ー! 姉ちゃん出してきたぞー!」
「あ〜! ありがとうございます〜!」
《カーズィスト》のバックパックユニットから降りる整備士の腕に抱えられたポッド。培養液の中に入っていたのは、少年と同じ栗色の髪に青い瞳をした、しかし少年よりも幼い顔をした少女。目を閉じ、液体の中で舞う髪は怪しげな美しさを醸し、微かに動く胸元が見えなければ人形に見紛う程だ。
走り寄ってきた少年は自らの背を向ける。パイロットスーツの上半分だけを脱ぐと、生身の背中に組み込まれた接合器具が露わとなる。
器具を中心に背中全てに広がる、赤い荊棘。
慣れた手つきでポッドを接続すると、すぐに他の整備士達が少年をパイロットスーツから専用の普段着へと着替えさせる。
「はいお疲れ」
「レイ、リース、今日はもう休んで構わないぞ」
「分かりましたぁ。行こ、リース」
自身の身体と大差ない大きさのポッドを背負い、レイは格納庫を去っていく。見送るクディアの視線と、ポッドの中で薄く開かれたリースの視線が交わる。
「っ、ぅ」
僅かに走る頭と胸の痛みに思わずクディアは呻く。
(″ドナー″能力を許可なく使うなと言ったんだが……)
彼には痛みの正体が分からないが、リースが何か語りかけてきた事だけは分かる。かつてレイがそう話していたのだ。
(分かる様になったら″レセプター″の仲間入りだな)
「他者に自身の脳波を送り込む″ドナー″、他者の脳波を受け取りその感情や思考を読み取る″レセプター″」
第5コロニー内に設立されたHERIの研究棟の最上階。整然と宙に並べられたモニターを弾き、情報を整理する女性の姿があった。
「《カーズィスト》も、パイロットのレイもリースも、とても良いデータを出してくれている」
《カーズィスト》、レイ、リースが映し出されたモニターを指でなぞり、新たなモニターへと目をやる。
《ヒドゥンブレイグ》と銘打たれたDCD、その横のモニターにはその頭部を模した仮面を被ったパイロット。その下には随伴機と、同じく仮面を被った数人のパイロット達。
「《ヒドゥンブレイグ》ももう少しでロールアウト。パイロットも随伴機ももう少しで着く。でもね……」
美しく長い薄桃色の髪の隙間から覗く眼鏡の奥、燻んだ蒼い瞳に映ったもの。
「私は貴女達に一番期待している。あぁ、早く貴女達が欲しい」
《オルドレイザー》と、ソーンだった。
続く




