第33話 蒼い導き
「あれが《シェラートレス》の本体……!」
外殻が崩壊し、異形が顕となった《シェラートレス》。無防備な本体をシェイクは睨む。
「ソーン、本体を撃つ。照準を……」
「待って!!」
シェイクの言葉をソーンが遮った。
「アルルがまだ!」
「っ、アルル!!」
拡大したモニターは、《シェラートレス》に絡みつかれた《ソニックスラスト》の姿を克明に映し出していた。しかし様子がおかしい。
《ソニックスラスト》を抱いた《シェラートレス》は、頭と胴体をその陰に隠すような素振りを見せたのだ。
「何をして……」
「うっ!?」
その時だ。ソーンの頭を針で刺されたような鋭い痛みが襲う。そして、
── コイツ……ナカマ……オマエタチ、ウテナイ…… ──
粘つくような低音の声がソーンの脳内に直接響く。
「……盾にしてる」
「何だって?」
── ウテバ、コイツ、モ、シヌ、シヌ、シヌ ──
「シェイク……あいつ……アルルを盾にしてる!」
声を荒げるソーン。彼女の眼は蒼く輝き、食い縛った歯から漏れる音が怒りを伝える。
同時にシェイクの心臓が昂り始める。まるでソーンの怒りを受け、それに感化されたように。
(冷静に、冷静になれ……! 今、アルルを助けるには、どうすれば……!!)
シェイクは左胸を抉らんばかりに押さえつける。それでも尚、昂りは増していく。
2人は気づいていない。バイザーに隠された《オルドレイザー》の眼もまた、輝きをしている事に。
『誰でもいい! アルルを救出しに、くっ!』
「無茶言うのは、勘弁して!」
グリムからの通信に応じるように吐き捨てるフェン。ライフルブレードの射撃による牽制すら見切られる始末。だが《レッドラファー》に僅かでも隙を見せれば、《オルドレイザー》への接近を許してしまう。意味のない牽制でも続けるしか選択肢はない。
一対一ではステルスによる不意打ちも狙えない。《ライナルディン》の選択肢は乏しいのだ。
「ごめんね《ライナルディン》……私がもっと貴方に歩み寄れたら……」
《スコルピオーグ》達はグリム達が押さえている。だがいつ突破されてもおかしくない状況である。
「せめて一瞬、一瞬でも!」
ライフルブレードを振るが、《レッドラファー》は半身で回避、その刀身を掴んだ。
凄まじい力で捻られ、《ライナルディン》のボディを晒す事となる。
「っ……」
《レッドラファー》はバックリと顎を開く。嘲笑うように。
しかしそれはフェンも同様だった。
「引っかかってやんの」
背後から迫る熱を察知し、《レッドラファー》は振り返り様にビームブレイドを発振、薙ぎ払った。
そこには右腕のビームブレイドユニットから光の刃を伸ばした《ガルドミナス》も同様。2つの光がぶつかり合う。
「これを気取るのか……っ、おい!?」
「避けてグライ!!」
背を向けた一瞬、フェンが待ち望んでいた時。シールドから現れた砲口から熱線が迸る。
『ッ、ィィィ』
背中を焼かれる感覚。しかしそれが全身を包む前に、《レッドラファー》は急上昇。同時に《ガルドミナス》は急降下で回避した。
「あいつ……無茶苦茶すぎる」
「流石、私のこと助けに来てくれる良い男」
その時、《ライナルディン》と《ガルドミナス》のレーダーが新たな反応を捉える。デヴァウルではない。《アスカロン》の甲板上に姿を現した為だ。
「……フェン、俺も加勢する。絶対奴を《アスカロン》に近づけるな!!」
「最初からそれが私の仕事だし!」
『ペイル!? どうして出て来たんだ!?』
『ペイル兄さん、っ、行かせない!』
甲板上に現れた機影、《ブラストハンド》の姿。それを見たグリムとネクトは思わず声を上げる。同時に新たな獲物を察知した《スコルピオーグ》達の狙いが一斉に《ブラストハンド》へ向く。
《バインドホーク》のビームマシンガン、《ジェネレビオ》のファイアスケイルがそれを阻む。砕け散った鱗と肉片が甲板へ降り注ぐ。
『今のうちに退けペイル! まだお前も《ブラストハンド》も万全じゃ』
『ペイルならやれる』
グリムの言葉を遮ったのはシェイクだった。コクピットに座していたペイルは、驚いた目で通信機を見る。
『いや、ペイルにしか出来ない。アルルを助けられるのは』
『あんた何言ってるの!? ペイル兄さんは利き目が ──』
操縦桿を強く握る。遥か彼方、《シェラートレス》に絡み取られ、脱力した様に動かない《ソニックスラスト》が、スコープを覗かずとも見える気がする。
今の《オルドレイザー》の武装では、《ソニックスラスト》諸共吹き飛ばしてしまう。しかし他の機体では《スコルピオーグ》の壁に阻まれて近づく事も出来ない。
「俺が、やる」
『ペイル兄さん……!?』
「だから……援護してくれ」
右目を閉じ、ぼやけた視界をクリアにする。コクピット上部からバイザー状の狙撃スコープを下ろし、覗く。
同じ目だというのに、今までとはまるで勝手が違う。照準を定め、固定し、引き金を引く。当たり前の様に出来ていた事が出来ない。
スコープで《ソニックスラスト》を見た時、トリガーに掛けた指が震える。
救う為とはいえ、家族へ銃口を向ける。少しでも外せば自分がアルルを撃つ事になる。この恐怖をペイルはようやく理解した。
(そうか……お前はあの時……こんな、いや、これとは比べられないくらい……)
周囲から襲い来る《スコルピオーグ》は、《ブラストハンド》に辿り着く前に撃墜されている。《バインドホーク》、《ジェネレビオ》、そして《オルドレイザー》が防いでいる。しかしあまり時間を掛ければ突破されるだろう。
しかし指は動こうとしない。《オルドレイザー》が暴走したあの時の様に。
7年前のあの時の様に。
(俺は……まだ……!!)
覚悟が決まっていない自分を恨んだ時だった。
── ペイル、アルル ──
通信機からではない。脳内に直接語りかけるような声。
「ソーン……!?」
── 私が導くから、諦めないで ──
朦朧としていた意識の中で閉じかけていたアルルの目が、青く輝くと同時に見開かれる。視界の中に現れた蒼く揺らめく炎の様な手に導かれる様に、アルルの手が動く。
《ソニックスラスト》の左腕が、触手に絡まれた状態にも関わらず素早く動く。腰部に格納された予備のビームブレイドからナイフ程の小さな光の刃を発振させ、
「「纏わりつくなっ!!」」
《シェラートレス》の鳩尾に当たる箇所を突き上げる様に穿った。
『ィエエエエェェェン!!?』
意識外の反撃だったのだろう。鳴き叫び、身体を捩らせる《シェラートレス》。重なっていた2つの身体が僅かに並ぶ。
トリガーにかけた震える指に、温かい幻影が重なる。震えていた照準が、撃つべき敵だけを捉える。暴れ回る《シェラートレス》の胸部を常に中心へ。
蒼い輝きを灯した目には、迷いも恐怖も映っていない。
「「死ぬのはお前だけだ」」
引かれるトリガー。放たれる光。それは一切揺らめかず、ただ真っ直ぐに。
《ソニックスラスト》の脇を間一髪、しかし掠ることなくすり抜け、
『ギェッッッ』
《シェラートレス》の胸部を撃ち抜き、胴体を2つに引き千切った。
そして、
『っし、バレずに来れた!!』
力無く漂う《ソニックスラスト》を、何処からか飛来した《ヴァレットボックス》が攫っていく。全ての武装を排し、それらを支えるスラスター全てを機動へ回し、《スコルピオーグ》の群れを大きく迂回していたのだ。
大きく痙攣する《シェラートレス》の本体。そこへ向けられるのは、
「メデオブレイクバズーカ、エネルギーフルチャージ」
モニターに現れた文字を、ソーンは機械音声の様に淡々と読み上げた。
対するシェイクは、怒りを深い息に込めて吐き出し、
トリガーを引いた。
暗い宇宙を引き裂く熱線は、サブレッグを突き立てた《オルドレイザー》を後方へ引きずり、足場である《アスカロン》を震わせ、《スコルピオーグ》達を肉片一つ残さず消し飛ばし、走る。
衛星程の巨体を持つ《シェラートレス》に衝突すると、拮抗する事なくその肉塊を穿ち、莫大なエネルギーを加え続ける。一回りも二回りも膨張した《シェラートレス》へ、《オルドレイザー》は尚も光を食わせ続ける。
残る冷却剤を全て注ぎ込み、胸部や顎部から無理やり熱を吐く。やがて隙間から溢れ落ちる様に炎が散る。
そして、
『インギェェェェェェェェェ!!!』
ノイズ混じりの断末魔が通信機から響き、《シェラートレス》は爆発した。巨大な火球と化した《シェラートレス》は散った自らの肉をも焼き尽くしながら光となり、収束。完全に消滅した。
『……』
《シェラートレス》の最期を見た《レッドラファー》は、即座に向きを変え、飛び去って行く。同時に主人を失った残りの《スコルピオーグ》達も散り散りに逃げ去っていった。
「逃げた……」
『追った方が良い?』
「そうしたいが、あの速度じゃもう追いつけないな」
『残念』
本心で言ったのだろう。フェンの声色には悔恨の念がこもっていた。だがグライは安堵した様な息を吐く。
(フェンと《ライナルディン》でこれだ。もう俺達だけで相手したくない)
そして《アスカロン》の甲板へと目を移す。
砲身が赤熱、溶解したメデオブレイクバズーカから黒煙を上げる《オルドレイザー》と、ビームスナイパーライフルの銃身から白煙を上げる《ブラストハンド》が並び立っている。
帰還する家族達を出迎えるように。
続く




