第26話 追い求めるもの
無機質な仮眠室の中、グライは天井を見つめていた。別に物思いに耽っている訳ではない。する事が限られているこの空間で出来ることをしているだけだ。
完全な防音室らしく、隣にいるフェンの様子は伺えない。行動が読めない少女ではあるが、何も考えず行動しているわけではない。きっと大人しくしているだろうと結論づけ、グライは自分に出来ることに専念する。
「珍しい奴だな。仮眠室で真面目に大人しくしているなんて」
急に開いた仮眠室のドア。そこから入ってきた人物に、グライは少しだが見覚えがあった。
「あんたは……ここの隊長か」
「まだ名乗っていなかったな。俺はグリム・ストラングス。まぁ、隊長みたいなものだ」
その返答を聞いたグライは思い出す。他のパイロットは「兄さん」と呼んでいたことを。血が繋がっている様にはとても見えなかったが、とにかく強い繋がりがあるようだ。
「それで何の用だ。俺達を政府に突き出す準備が出来たにしては早いじゃないか」
「ダイゾウさんから話を聞いた。お前達の拠点にデヴァウルが住み着いたと」
グライは口を閉じる。しかしながら視線が話の続きを待っている事を告げていた。
「俺達は……いや、俺と弟は、あるデヴァウルを探している。とても危険なデヴァウルだ」
「それが俺達の拠点に住み着いた奴だと?」
「いや。だがかなり知能が高い。お前達の拠点に住み着いたデヴァウルを追えば手掛かりがある……いや、下手をすればそいつをけしかけた張本人の可能性もあり得る」
「そのデヴァウルの名前は?」
グリムは端末を操作し、画面をグライへと見せる。
「《レッドラファー》、俺達で仮に付けた名前だ」
「……見覚えは、ないな。それにしても、《赤い笑う人》か」
スライドした写真の中に、口蓋が裂けた《レッドラファー》の姿を見つけた。グライの背中に寒気が走る。確かに笑っている様に見えた為だ。
「こいつが俺達の拠点にデヴァウルをけしかけたかもしれないと言っていたが、どうしたらそんな考えになる? 知能が高いなんて言っても所詮はデヴァウルだぞ」
「こればかりは直接戦わないと分からないと思う。奴には明確な知能がある。大量のデヴァウルを率いてコロニーを襲撃する程度のな。……ここからが本題だ」
グリムの表情が険しくなる。
「俺達はお前達に協力する。そのデヴァウルを拠点から追い出すのに手を貸そう」
「……あんたんところの艦長に断りも無しに決めて良いのか?」
「艦長も同じ意志だ。つい少し前に確認した。俺と艦長2人が決めた事なら、この艦の皆は協力してくれる」
「それはありがたい。で、何が望みだ? まさかさっきの《レッドラファー》の情報じゃないだろ?」
グライが問うと、グリムは目を伏せた。何処か悲しげに、何処か怒る様に。
「お前が乗っていたDCDは……元々俺の弟のDCDだったんだ」
「何だと?」
グライは、記憶とグリムの言葉のすれ違いに思わず声を上げる。あの機体、《トライファルコン》は7年前にとある艦から強奪したものなのだ。しかしその時、誰かが搭乗していた記録など一切残っていなかった。
「お前の弟は、HERIに所属していたのか? いや、なら記録が残っていた筈だ。じゃあ一体……」
「……ありがとう。早速一つ要求が叶った」
「どういう意味だ?」
「俺が追っているのは、《レッドラファー》だけじゃない」
伏せた目が開かれた。中に宿る光にグライは見覚えがあった。
フェンを助け出した時。彼女が虚空を見つめながら呪詛を吐き続けていた時の光。虚な殺意の光だった。
「弟を、そして家族を陥れた奴等を探している。これは俺個人の復讐だ。誰にも話さないで欲しい」
「……なら、力になれそうだな」
グライは小さく笑うと、手を差し出した。
「俺も奴等に個人的な因縁がある。知っている事、全部話そう」
『ただいまより、本艦は隕石の掘削作業に移ります。振動にご注意下さい』
コムニからのアナウンスを聞きながら、ネクトは隕石の採掘風景を見つめていた。
ダイゾウから聞いた話では、海賊達はあの隕石を狙っていたらしい。単純に含有されている隕石金属が目当てだったのか、それとももっと別の何かが目当てだったのか。
「この中に、何かが……」
「気になる?」
「っ!」
突如耳元で囁かれた声に体を翻す。見ればそこには赤い髪をした少女が怪しげに浮いていた。
「あんた、確か……海賊の」
「フェンっていうの。しばらくここでお世話になるから覚えてね」
「海賊の名前なんか覚えるつもりない。それに、いつ好きに艦の中を歩いて良いって言われたの?」
「ちゃんと監視役がいるって。ほら」
フェンが指差した先から歩いて来たのはシェイクだった。彼を見たネクトの目が顰められる。
「そう。とうとう海賊の仲間にでもなった?」
「ダイゾウさん達から聞いてないのか。こいつらの拠点に住み着いたデヴァウルを倒しに行く。だからそれまで共同生活になるって」
「それなら聞いた。政府軍に突き出さないって事は、何か考えがあると思うけど……」
何処か腑に落ちない様子のネクト。シェイクはフェンと交わした約束を思い出し、悟られない様に隕石の方へ目を向けた。しかしフェン本人はというと、そんなネクトを見て小さく笑っていた。
「それはそう。考え無しに海賊と協力する人なんているわけない」
「生憎、あんたを見張ってる奴は考え無しに行動するから言ってるの」
「えぇ〜、ならむしろ良いじゃない。困ってる人を見捨てない男って、素敵だと思わない?」
わざと見せつける様にシェイクの首へ抱きつくフェン。しかし冷めた目でそれを見るネクトの様子に、つまらなさそうに離れる。
「この隕石を狙ってたって話だけど、一体何故?」
「私の友達の身体の一部が入っているの」
「友達?」
ネクトが訝しむと、フェンはシェイクの胸ポケットから端末を引き抜き、画面へあるものを映し出す。それは彼女が駆るDCD、《ライナルディン》だった。
「そのDCDのパーツが、隕石に……」
「驚く事じゃないでしょう? 貴女達が持ってるアレだって同じなんだから」
「《オルドレイザー》と……まさか、あの機体も……!?」
「その通り」
『隕石内部より高エネルギー反応を感知しました! これは……バ、バックパック!? 隕石内部からDCDのバックパックが出てきました!』
「《ライナルディン》はね、隕石の中から生まれた私の友達なの」
続く
 




