第20話 スカベンジャーの縄張り
「船長〜、向こうの船から停止信号出てるけど〜?」
操舵を務める褐色肌の少女は、艦橋の中心に位置する船長席で足を組んで座る男へ呼びかける。ぼんやりと前方のモニターを眺めているように見えるが、鋭い眼はモニターに映る《アスカロン》を睨んでいた。
「こっちにも用事があるんだ。あちらさんにゃさっさと帰って貰わんと」
「んじゃ、ついでに貼っついてる機銃とか弾薬とか、分けて貰うって事で」
少女は艦内のスピーカーで船員、もといこの船のパイロット達へ指令を伝えた。
「まずは《ヴァルチャー》組が出撃〜。警告ついでにあのご立派な船から武器とか頂いちゃいな」
髑髏を抱く巨大烏賊のエンブレムが刻まれた輸送艦、《クロウブースター》。その尻尾、否、カタパルトデッキから発進したのは6機のDCDだった。
現在生産されているDCDのほとんどが、人型となっている。だが《クロウブースター》から出撃したDCD、《ヴァルチャー》は、戦闘機をベースに主翼と尾翼部が鳥の羽根を模したスラスター、機体底部から突き出した鳥の脚の様なクローユニットという、およそ現代のDCDとはかけ離れた姿をしていた。
「何だあのDCDは……そもそもDCDなのか?」
《アスカロン》の甲板、固定された狙撃ユニットに自らのビームスナイパーライフルを設置した《ブラストハンド》が捉えた映像。それを見たペイルは目を疑った。
『あーんな弱そうなDCDなら楽勝じゃん!』
『相手が海賊とはいえ命は奪うな。難しいとは思うが、無力化を最優先にしてくれ』
《アスカロン》のカタパルトデッキから、《バインドホーク》、《ソニックスラスト》、《ジェネレビオ》が出撃。
《バインドホーク》は対デヴァウル兵器であるバインドアンカーを持たず、代わりに予備のビームマシンガンを懸架している。《ジェネレビオ》は失ったファイアスケイルの代わりに、その位置に小型スラスターを外付けで増設している。
と、前方で編隊を組んでいた《ヴァルチャー》達の背部から、何かが一斉に発射された。
「何を撃った……?」
「へーんだ!! 全部撃ち落としちゃえばいいって!」
「待てアルル!」
グリムの指示を待たず、アルルは前へと加速。人型へ変形し、腕部に備え付けられたビームサブマシンガンを連射。ミサイルのうちの一つを撃墜した。
「ほらほら、みんなも手伝っ、てぇ!?」
しかし、ミサイルは爆散するのみならず、大量の煙を撒き散らす。更には近くのミサイルへ次々と誘爆、同様に大量の煙を吐き出した。
「スモーク弾だったのか!?」
『それだけじゃないグリム兄さん! レーダーまでやられてる!』
ネクトからの報告にグリムがレーダーへ目を向けると、《索敵不能》を示す文字列が並んでいた。
見れば視界を包む煙の中に、微細な金属片の様なものが混じっている。これらがレーダーを阻害しているのだ。
「こんな状態じゃ……」
『何で兄さんの指示を待たないで撃ったんだアルル!!』
『う、煩いなぁ!! こんな武器だなんて知らなかったし!』
『そういう問題じゃない! お前の勝手な行動の所為で……!』
『っ……!!』
直後、通信が切れた。このスモークの所為ではない。何故なら《ソニックスラスト》、アルルだけの通信が繋がらなくなった為だ。
『へっ!? あ、あの、アルルさんへの通信が繋がらないんですけど、何かあったんですか!?』
慌てた様子のコムニから通信が届く。だがレーダーが死に、視界も塞がれている今、確認する術はない。
「アルル……!」
「……もう、勝手にしろ」
「……」
通信を切ったアルルは、普段の快活な笑みは消え失せ、眉間に皺が寄るほどの険しい表情をしていた。
《ソニックスラスト》を巡航形態へ変形させると、一気に直上。スモークが届かない位置まで移動し、戦場を見渡す。
「……見つけた」
《アスカロン》へ取り付く6機の《ヴァルチャー》。それを見つけたアルルの声は、冷たかった。
「ダイゾウさん、敵DCD、《アスカロン》船体に取りつきました! これは……えぇ!? 機銃や甲板の装甲が、剥ぎ取られています!!」
「やってくれる……!」
ダイゾウは歯噛みする。あの奇妙なDCD達だ。艦前方を映したモニターが捉えていた。後脚のクローユニットから発振した小さなビーム刃を器用に用いて機銃や装甲板を切断、腹部の小さな爪で掴んで飛び去っていく。
「レーダーも効かない上に視界も皆無なのに、どうして彼等は自由に動けるんですか!?」
「普段政府軍なんかが見回らないデブリ帯を根城にしてる奴等だ。レーダーも俺達が使っているものとは違う調整がされてるんだろうな」
以前ストームが政府軍の任務で別の海賊を捕らえた時、そのDCDのレーダーを見た事があった。廃棄された通信衛星やDCDの残骸が漂うデブリ帯を動き回る為か、通常の規格とは全く異なる調整をされていたのだ。
「じいさん、俺も出ていいか?」
「構わんが、この視界で出られるのか?」
「任せろ、あんたと一緒で海賊退治は経験済みだからな」
『いっや〜、こっちは大量ゲット〜! そっちは〜?』
『機銃と、おぁっ、副砲貰っちまった! 激アツ!』
専用の回線を用いて、互いの成果を報告し合う《ヴァルチャー》のパイロット達。その全員が未だ10代前半の少年少女達であった。
「船長、いっぱいになったから一回帰るね!」
『あぁ、気をつけて帰って来い。お前が帰ったら、あっちに一度警告を送る』
「はーい!」
通信を切り、取り付いた船体から飛び立とうとした時だった。
「さーて……え、えぇ!?」
自身の《ヴァルチャー》に迫るDCD。両手に2本のビームバスターブレイドを携えた、《ソニックスラスト》だった。
「な、何でバレたのー!?」
小柄かつ戦闘用ではない《ヴァルチャー》では万に一つも勝ち目はない。急いで離脱しようとするが、
「あっ、ちょっ、荷物が重くて速度が……もうっ!」
剥ぎ取った《アスカロン》の武装の重量により、加速が乗らない《ヴァルチャー》。泣く泣く積載した武装を捨て、《ソニックスラスト》から逃げ去って行った。
「……別にいっか。撃墜しちゃったらやばいし」
アルルは無理に先程の《ヴァルチャー》を追う事はせず、別の《ヴァルチャー》へ狙いを定める。
「いいの持ってるじゃーん、頂戴よー!」
「こいつ……!」
《ブラストハンド》が持つビームスナイパーライフルを奪おうと組み付く《ヴァルチャー》。《ブラストハンド》は腕部のビームブレイドユニットで追い払おうとするが、撃墜してはいけないという意識ばかりが先行し、良いようにあしらわれてしまう。
「いっひひ、じゃあもーらいっ!」
「……鳥に盗まれるくらいなら」
《ヴァルチャー》が台座をクローユニットで切り離そうとした瞬間、ペイルは《ブラストハンド》の左腕からビームガンを発射。ビームスナイパーライフルのフレーム部を撃ち抜き、爆散させる。
「ぎゃっ!? ば、バッカじゃね!? 自分の武器ぶっ壊すなんて、ぇ、ひぃっ!?」
今度は爆風に煽られた《ヴァルチャー》へすかさずビームガンを発射する。出力が低い為に装甲を貫く事は叶わないが、怯んだ《ヴァルチャー》は逃げ出していく。
「パストゥさんに叱られる……」
呟きつつ、ペイルは通信状況を確認する。変わらずアルルとの通信は途切れたままだ。
「何なんだよ……!」
思わず歯噛みする。今までは小競り合いこそすれど、ここまでしなかった。アルルの変化に、ペイルの内心は穏やかでなかった。
性懲りも無く艦に取り付こうとする《ヴァルチャー》へ、内蔵式ビームガンと予備のビームライフルで威嚇。幸い相手の肝が小さいのか、ある程度出鱈目に放っても離れていく。しかしこの視界ではいずれジリ貧になるだろう。
「せめて目の前の煙が晴れれば、っ!?」
その時、いくつもの爆発が宙域に輝いた。DCDの爆発ではない。小さな無数の爆発、ミサイルだ。
「ストームさんか!?」
『海賊は煙に巻くのが好きだからな! もうすぐ晴れるから辛抱しとけ!』
《ヴァレットボックス》が放つ大量のミサイル、それらの爆発が、金属片混じりの煙を焼き払っていく。徐々に視界が開けていくのが分かった。
『け、煙が晴れちゃうよ〜!』
『せ、船長、どうしよう!?』
「追い剥ぎはここまでか。お前ら、すぐに帰投しろ」
男は《ヴァルチャー》のパイロット達へ告げる。《ヴァルチャー》は戦闘用DCDではないものの、その得意な形状と小さな体躯のおかげで速度は既存のDCDを大きく上回る。パイロットは子供だが、操縦技術は正規パイロットとなんら遜色ない腕前である。振り切るのは容易だ。
そう考えていた時だった。
『あ、あれ、《ヴァルチャー》が、動かな、きゃあっ!?』
『あぁおい、なに捕まってんだよ、ひっ!?』
「っ、どうした?」
『2人捕まっちゃった!』
モニターを拡大する。そこにはワイヤーによって雁字搦めにされた機体と、ビームマシンガンを突きつけられた機体、2機の《ヴァルチャー》が映し出される。
「……なるほど。分かった」
男は席を立つと、操舵席に座る少女へ呼びかけた。
「向こうの船に繋いでくれ。お話の時間だ」
「ほい……って、なんか向こうから信号出てるよ?」
「……あっちもそのつもりみたいだな」
「ダイゾウさん、繋がりそうですか?」
『狭域の共通電波で呼びかけてるからあっち次第だ。にしても、本気で海賊と交渉するのか?』
「交渉、というよりも、ただ帰ってもらう様に頼むだけです」
その為に、《バインドホーク》の足元でもがく《ヴァルチャー》を用意したのだ。
「ネクト、そのDCDも押さえておいてくれ。《ジェネレビオ》の装備じゃ難しいかもしれないが」
『大丈夫』
ビームマシンガンの銃口を押し当てられた状態では逃げ出せないだろう。グリムは目の前で漂う海賊船に意識を向ける。
と、通信リストの中に、見覚えのないコードが追加された。すぐさまそれを指で叩く。
「応答願う。応答願う」
『……聞こえている。うちの仲間を交渉材料に、何が望みだ』
返ってきたのは男の声。恐らく海賊船の艦長だろう。
「何故こちらに攻撃を仕掛けた?」
『海賊にそれを聞くのか。のこのこ縄張りに来た奴等から身包みを剥ぐ、海賊はそんな連中だと教わらなかったか?』
「ここはデブリ帯からかなり離れた場所だ。それに隕石採掘を政府が許可している宙域。つまり政府の目が届いている。そんな場所を縄張りにしている海賊なんて、学校じゃ教わらなかった」
グリムからの答えに、男の口元が僅かに緩んだ。
『なるほど。人並みに勉強はしているか』
「こちらからの要求は一つ。この宙域から撤退して欲しい。そうすれば仲間も解放して、通報も追撃もしない」
グリムの要求はかなり譲歩したものだった。一般企業に海賊の捕縛義務は課されていないが、遭遇した場合は通報の義務がある為だ。しかしそれを盾にされて膠着しては埒が開かない。その為、この宙域から出て行って貰う事を最優先にしたのだ。
だが、男からの返答は意外なものだった。
『悪いが、俺達の家には面倒な客人が居座っている。帰る訳にはいかない』
「面倒な、客人?」
『その為にはこの宙域の隕石、いや、その中身が必要だ。隕石採掘は諦めてくれ』
「……仲間は、どうするつもりだ」
『もちろん取り返す。お前達が帰らないって言うならな』
「申し訳ないが、こちらにその意思はない」
『そうか。じゃあ、仲間は返して貰う』
その時、新たな熱源反応を、回復した《バインドホーク》のレーダーが捉えた。その速度は《ヴァルチャー》の比ではない。
「何を、出した!?」
『グリム兄さん、避けて!』
ネクトからの呼びかけに反応し、グリムは《ヴァルチャー》を拘束していたワイヤーを切り離し、直上。先程まで《バインドホーク》がいた位置を熱線が通過した。
「あの、機体は……まさか!?」
グリムは、その機体に、否、その機体の眼に見覚えがあった。
《ヴァルチャー》と同じものを大型化した一対のウィングブースター、腰部の小型ブースターユニットと脚部を装甲と一体化したスラスター。右腕部の装甲から露出したビームブレイドユニットと、左手に携えた長銃身のライフル。鋼色をベースにメタリックオレンジカラーのラインが走る機体色。その全てが初めて見る姿。
だが、忘れる筈もない。青いツインアイ、その間で煌々と輝くモノアイ、計3つの眼光。
「《トライファルコン》……!?」
それは7年前にグリムの弟、シェイクが駆っていたDCDの名だった。
続く




