第19話 亀裂
「えぇ〜!? シェイクとソーンちゃん置いて行っちゃったの〜!?」
「ミーティングで言った筈なんだが……」
素っ頓狂な声を上げるアルルに、グリムは呆れ笑いを浮かべる。そのミーティングでアルルがうたた寝していた事は知っていたが、今更注意をするような歳でもないと思い放っておいたのだ。
「《オルドレイザー》の改修が間に合わないから、パストゥさんと一緒にそれが終わるまで第3コロニーで待機しているんだ」
「え〜、じゃあ次の隕石採掘の仕事は一緒じゃないんだ〜。つまんないの」
「随分、打ち解けてるみたいだな?」
「あぁ、うん。シェイクとはまだ微妙、なんだけど……ソーンちゃんとは最近、ちょっとずつ仲良くなってきたかも。この前もまた一緒に服買いに行ったし!」
アルルの発言にようやくグリムは合点した。少し前、第3コロニーを発つ前、シェイクと話した時。
「兄貴、一つだけいいか」
「あぁ、何だ?」
「アルルに金の使い方を教えてやってくれ。得意だろ?」
長い領収書と、使用不可を示す赤いコードが浮かんだキャッシュカードを提示したシェイクの顔を思い出し、思わず笑いそうになった口元を慌てて押さえた。
「アルル、今度少し勉強しよう」
「えー、やだー!」
「これからも必ず使う事になる。昔、何度も言われただろう。ちゃんと勉強しないと海賊になるしかないんだぞって」
「うがぁぁぁ」
凄まじい形相で拒否するアルルに困り果てていると、格納庫の上部からペイルが降り立った。
「まったく、18にもなって何やってるんだか」
「む、なんだよーペイル、嫌味ったらしいなぁ」
「嫌味だよ。……グリム兄さん、今日の仕事は海賊が頻出する場所だって情報が届いた。念の為、全機出撃で行った方が良いってダイゾウさんが」
アルルのむくれ顔を軽く流し、ペイルは用事を伝える。グリムは了承の意を込めて頷いた。
「こらー! 何軽く流してんだよー! そっちから吹っかけてきた癖にー!」
「……良い加減、大人になれよ」
「……何、それ」
いつものじゃれあいだと見守るつもりだったグリムだったが、2人の言葉に緊張が走った。
今のペイルの言葉には棘があった。普段の仲が良い故の言葉ではない、アルルを責める様な色を含んでいた。
だが何より、アルルがそれを感じ取って、尚且つそれに対して攻撃的な反応を示した事が、グリムは全く予想していなかった。
「ペイルがそれ言うの? シェイクに対してあんな大人気なく怒る癖に」
「何……?」
「ソーンちゃんに対してもさ、会っても知らないふりするし、話しかけようとしたらさっさといなくなるし。何あれ、子供じゃないんだから」
「お前、何も分かってないだろ。シェイクが、彼奴が7年前にした事を許せって言うのか?」
「別にそんな事言ってな──」
2人の間に漂う雰囲気が瞬く間に険悪になる。グリムが慌てて2人を引き離そうとした瞬間だった。
「……あんな気味が悪い奴に懐かれてるからって、何を調子づいて」
「っ、ペイル!!」
遂にアルルがペイルへ胸倉へ掴みかかった。止めに入ろうとしたグリムは2人の喧騒で突き飛ばされてしまう。
「何だよ偉そうに言って!! 結局ペイルだって大人になんかなれてないじゃん!!」
「おい、やめろっ! 何だお前、急に……!?」
「そうやって色々難しい事言ってるけど、どうせシェイクの事が気に入らないだけなんでしょ!? 皆と仲良くなろうとしてるソーンちゃんが気に入らないだけなんでしょ!? 私、今のペイルなんかより2人の方がよっぽど──」
「っ、お前なぁ!!」
そして今度はペイルがアルルの肩を乱暴に掴む。普段いつも一緒にいる2人が喧嘩をする事など珍しくはない。だが、この喧嘩は何かが違う。
「やめろ2人とも、落ち着け!! うぐっ!?」
止めようとしたグリムすら巻き込んで再び突き飛ばし、整備橋から危うく落下しかける。今は整備中の為に完全な無重力状態ではない。DCDの胸元の高さから落ちたなら怪我は避けられないだろう。
「俺が彼奴より、何なんだよ!? 父さんとアデル姉さんを殺した奴より、何だって、言ってみろ!!」
「離せ! ペイルゥッ!!」
その時、張り詰めた空気が破裂した様な甲高い音が2回響いた。先程まで鬼の様な形相で言い合っていた2人は、腫れ上がった頬を押さえて固まってしまう。
「2人ともやめなさい」
一番末の妹であるネクトの平手打ちが、ペイルとアルルの頬を見舞ったのだ。呆気に取られる2人を他所に、ネクトはグリムを引き上げる。
「グリム兄さん、大丈夫?」
「ぁ、あぁ。すまない」
それだけ言うと、ネクトは去ってしまった。自らの乗機である《ジェネレビオ》の元へ。
「……」
「……アルル」
「いやー、ごめんごめん! ちょっと熱くなっちった!」
アルルは笑顔をグリムとペイルへ向けると、何処かへ行ってしまった。それが作り笑いである事は、誰の目にも明白だった。
「グリム兄さん、俺は……」
ペイルはグリムへ何かを言いかけたが、すぐに口をつぐみ、去ってしまった。彼の後悔が痛い程に伝わった所為で、後を追う事は出来なかった。
「アデル姉さんなら、こうはならないんだろうな、きっと」
誰にも聞こえないほどの声で吐いた小さな弱音は、すぐにDCDの整備音の中に紛れた。
「この航路、海賊が出るんじゃなかったか、ダイゾウさん」
「どうした急に?」
ブリッジの空中モニターに記された航海図。現在《アスカロン》が向かっている隕石採掘宙域を見ながら呟いたストームの言葉に、ダイゾウは虚をつかれた。
「どうしてわざわざこんな場所を選んだんだ?」
「さぁな。それを決めたグリムに言ってくれなきゃ分かんねぇさ」
「悪い、聞き方がダメだったな。……どうしてこんな場所を許可したんだ?」
ダイゾウは少し困った様に目を細める。が、すぐにまた活力が漲る眼差しへと戻った。
「何、俺も現役のパイロットだった頃は嫌ってほど海賊を相手にしてきた。久しぶりに面が見たくなってな」
「ほーん、奇遇だなそりゃ。俺もちょっと海賊には縁があってね」
するとストームは小さく笑う。思い出を懐かしむ様に。
「まさか、元海賊っていうんじゃねえだろうな?」
「それはちょっとなんて縁じゃないでしょおじいちゃん。じゃなくて、知り合いになっちまった奴がいたんだよ」
それを聞いた時、ダイゾウはストームへ目を向けた。
「なっちまったって、海賊にか!?」
「あ? いや、んな驚く事か? このご時世、誰が海賊になったって不思議じゃ……」
「まぁ、そうなんだけどよ……」
一度そう言ったきり口を閉ざしたが、やがて彼自身が耐えられなくなったのか、話し始めた。
「その、なんだ……俺のせがれは、丁度お前くらいの歳でな」
「お、おう。それで?」
「せがれが16の時に政府軍に入隊して、少ししたくらいか……突然消息を絶ってな。俺や女房に何の連絡もなくだぞ?」
「……もしかしたら、ダイゾウさんとこの息子と俺が同期かもしれないと?」
「あぁ」
「まっさかそんな……ん、いや。確か、確か……」
ストームは今一度、ダイゾウのファミリーネームを思い出す。そしてかつての同期のそれと照らし合わせる。
「……レイツ・ゼット」
「んぉ!? そりゃお前、俺のせがれの名前 ──」
「ダイゾウさん! 前方に謎の艦船の反応を感知しました!」
「何っ!?」
一度話を打ち切り、ストームとダイゾウは前方のモニターを注視する。
《アスカロン》と比べるとかなり小型で、全長は半分ほどしかない。積まれている武装は極端に少ないが、後部に見えるブースターは異様な程に巨大である。L字型に湾曲した艦体後部の格納庫を見ると、海老に似た姿をしている。
「ここらはもううちが採掘許可を貰った宙域だ。ただ通りがかっただけだろうけど……コムニちゃん、一応所属確認要請の信号出しといたら?」
「は、はい、既に送っているんですが……反応が一向に無くて」
コムニが少し焦った様子で、再び信号を送ろうとした時だった。
「……待ってコムニちゃん。もう信号は必要ないかも」
「え、ど、どうしてですか?」
「一瞬あの海老のお尻から何かが発進したのが見えた。こっちの信号を見て出撃させたんだとしたら……」
次の瞬間、艦内に甲高いアラーム音が鳴り響く。艦隊へ高熱原体が接近した事を知らせるものだ。
「えっ、えっ!? ま、まさか……!?」
「こっちに攻撃してくるつもりか! コムニは緊急放送を頼む! ストームは艦を戦闘用自動操縦に切り替えてくれ!」
「りょ、了解!」
「あいよ」
ストームは急ぎ席に着くと、切替操作を行いつつモニターを確認する。
艦隊の横に記された、髑髏を絞めあげる巨大な烏賊のエンブレム。こんな派手なものを掲げる組織などそういない。
「派手に喧嘩売ってくれたなぁ、海賊さん?」
続く




