第17話 残響
狂いそうになる痛みの中で、シェイクは絶叫する。人間が発する事の出来ない声を、人間が発する事の出来ない声量で。
彼を包む荊棘が蒼く燃え上がる。叫ぶ口からも煌々と炎が迸り、対して眼の中からは一切の光が失われていた。
灰色の髪に走る桃色の閃光。光の無い眼が蒼く染まり、全身に荊棘の紋章が浮かび上がる。
「ォォォォォォォォォァァァァァァッッッ」
脳裏に走る記憶。
── 何があったんだ!? どうしてこんな事をしたんだ、おい、答えてくれシェイク!! ──
── お前が父さんと姉さんを殺したんだ!! ──
── お父さんとお姉ちゃんを返してよ!! 返して!! 返して!! ──
── シェイク……どうしてお父さんとアデル姉さんがいないの? ──
── お兄ちゃん、明日プレゼントあげる! だから……もう、泣かないで ──
シェイクの左眼から、涙が零れ落ちた。
《オルドレイザー》のビームクローを受け止める赤いデヴァウルだったが、それも束の間、すぐさま身を引いて距離を取った。
斬り結んだ刹那、自身の掌部から発振させたビームブレイドが不自然に揺らめいた事に気付いたのだ。その原因を確かめるべく、赤いデヴァウルはビームライフルを放つ。
光線は《オルドレイザー》に届く前に霧散してしまった。それを見た赤いデヴァウル、そして遠目に見ていたペイルは気がついた。
「《オルドレイザー》の周りに……ビームバリア、が……!?」
人間の眼では視認する事すら困難なほどに薄いビームバリア。それが《オルドレイザー》の周囲に張られている。蜃気楼に似た揺めきが熱線のエネルギーを散らしているのだ。
『あれは一体……って、パストゥさん何を、ひぇっ!?』
『おい、誰かあのバカを、《オルドレイザー》を止めろ!!』
コムニの声を押し退け、パストゥの鬼気迫る声が通信機から響き渡る。続く彼女の言葉に皆が戦慄した。
『今の《オルドレイザー》は熱がまるで吐ききれてない!! このままじゃ熱暴走で機体がぶっ飛ぶぞ!!!』
「熱が吐けていない!? 今のDCDには排熱が追いつかなくなると自動停止する機能が……」
『そのジェネレーターカットの上限値をもう超えてんだよ!! 私らが積んだHHGならとっくに……っ、まさか……!?』
パストゥと同じ考えにグリムも至る。
「《オルドレイザー》に元々あった、あのジェネレーターか!!」
見れば《オルドレイザー》の背部、発掘された時にフレームへ接続されていたジェネレーターがあった位置から炎が猛っている。
『ちっきしょうが! このままじゃシェイクとソーンが死ぬ! っ、うぁぁぁ!! 私が整備した機体で、二度と死なせるもんかよ!!』
『待てパストゥ、何処行く気だ!?』
『止めんなジジイ!! 余り物の《ナチュラリー》に乗ってでも……おい、離せっ!!』
通信機から聞こえるパストゥとダイゾウの会話から、《オルドレイザー》に起きている異常事態が一刻の猶予も無いものだと伝わる。だがその場にいる誰もが、あの2体に近づく事すら叶わない。
近距離戦も遠距離戦も、あのビームバリアがある限り仕掛けようが無い。突破手段を模索しようとする赤いデヴァウルだったが、それすら《オルドレイザー》の猛攻の所為で一瞬にも等しい猶予しかない。
獣の引っ掻きの様な動きで斬りかかる《オルドレイザー》をいなせば、今度は尾の様にメデオブレイドが襲い掛かる。単調故に簡単に回避するが、単純なパワーとスピードで畳み掛けるが故に、攻める隙が見出せない。
先まで見せていた荊棘の様な絡め手がなくなった代わりに、出力が今までの比ではない。赤いデヴァウルはまともに戦うという思考を放棄した。
ビームクローでの一撃を敢えてビームブレイドで受け止めると、アイレンズから強烈な閃光を放つ。しかし怯む様子すら見せず、《オルドレイザー》は赤いデヴァウルを押し切った。
態勢を立て直すべく後ろへ退いた瞬間、《オルドレイザー》の鄂部から光が放たれる。刃の様に細く、鋭い裂光は赤いデヴァウルの右肩を貫き、刹那に切断した。
「ッッッッッッッッッッッッ」
黒い液体が宙に吹き散る。赤いデヴァウルの顎が僅かに開いた様が、苦痛に歪んでいる事を表していた。
「──────」
《オルドレイザー》の咆哮と同時に、再び顎部で炎が逆巻き始める。あの裂光を今一度放つつもりだ。
だが赤いデヴァウルの先には第3コロニーがある。あの貫通力と破壊力では、外壁を撃ち破る事は容易い。コロニーの外壁へ穴が開けば多くの命が失われてしまう。
だが今の《オルドレイザー》ならば躊躇いなく撃つ。
── 駄目だ……!! ──
否、《オルドレイザー》が躊躇わずとも、その担い手である彼が許さない。
── 止まれ《オルドレイザー》!! 俺に従え!! ──
光を放とうとした顎部装甲が閉じ、暴発。電流を迸らせる。半壊した頭部装甲から、本来のアイレンズとフレームが露出した。
それを見た赤いデヴァウルは、自らの千切れた腕を掴んで飛び去っていく。引き連れてきた《シャークバード》達はほぼ全て壊滅、加えて自身の右腕を切断された。この戦いは敗北だ。
ならば今は退き、改めて襲撃すれば良い。次は更なる戦力を携えて。
引き裂かれた右腕を見つめた赤いデヴァウルは、やがて顎を開いて笑って見せた。
「止まっ、たの……?」
沈黙した戦場を見たアルルは呟く。だがその問いに答える者は誰一人としていない。
ならば自身の手で探す他ない。《ソニックスラスト》で《オルドレイザー》がいた場所へ飛び立つ。
『アルル、待て!』
「待たないよ! 《オルドレイザー》探さないと……」
『そうじゃない、《シャークバード》が ──』
ペイルの声が届くより早く、アルルは気づいた。目の前で顎を有り得ない角度まで開き、《ソニックスラスト》を噛み砕こうとする牙が。
「あっ……」
何もかもが静止した時間の中、ゆっくりと牙がコクピットを刺し貫こうとした時だった。
目の前に立ち塞がった、蒼い竜の姿が。
自らの右腕を《シャークバード》に喰らいつかせると、左腕のビームクローで首を跳ね飛ばす。動力器官に引火させずに切断した為、生首だけが彼方へ放り出された。
「シェイク……ソーンちゃん……?」
遠目に見ていた時は恐ろしかった姿が、目の前にいる今は何故か、安心出来るような優しさと頼もしさを感じた。
《オルドレイザー》から炎が消えると、脱力した様に無重力に流されていく。慌てて《ソニックスラスト》が抱き止めると、政府軍からの通信が入った。
『全てのデヴァウルの撃滅を確認! ご協力頂いた企業の方々、誠にありがとうございました! 第3コロニー軍港にて、僅かばかりで申し訳ございませんが報償を譲渡致しますので、案内された順から ──」
だがしかしM・Sのメンバーに、この通信の内容は頭に入らなかった。
暴走し、荒れ狂うままに暴れた《オルドレイザー》。だが《オルドレイザー》がいなければ、第3コロニー防衛戦の結末はまた違っていたかもしれない。
『……グリム』
「分かっています、ストームさん。《オルドレイザー》と2人の処遇は……」
全ての感覚を取り戻した今、シェイクの耳に温かさと拍動が伝わる。自身の拍動と、彼女の拍動が重なり合う。
早く起き上がり、ソーンの無事を確認しなくてはならない。だがその意志とは対照的に、眠気に意識を引き摺り込まれていく。身体から熱が奪われていく感覚。それはソーンも同じ様で、シェイクを抱き寄せる。
意識が完全に落ちる寸前、寝言に似たソーンの小さな声が残った。
「シェイク、は……私、が……守る……」
続く




