第16話 痛みに吼える竜
熱い。
絡み付いた蒼い荊棘が皮膚を貫き、肉を食い、血管を刺す。身体中が、溶岩を流し込まれた様に熱い。
シェイクの首に回された手にも、同様に蒼い荊棘が巻きついている。耳元に充てがわれた唇から、容姿とはかけ離れた艶のある囁き声が溢れる。
「シェイク。あの赤いデヴァウルを……あなたの仇を……私達の仇を……討ちなさい」
彼女、ソーンに言われるまま、シェイクは《オルドレイザー》を操る。
普段とは比べ物にならない太さの熱線を放つメデオライフル。赤いデヴァウルは半身になって回避するが、掠めた脇腹の装甲が融解。嘲笑う様に裂けていた顎が再び閉じられたかと思うと、一気に飛翔しながら牽制の様にライフルを連射し始める。
赤いデヴァウルは理解したのだ。この状態の《オルドレイザー》は、今まで自身が嘲っていた雑兵とは一線を画す存在だという事を。
「……」
『ネクト、おい、ネクト!』
飛び去って行く2体に気を取られていたネクトは、ペイルからの通信で我に帰る。
『大丈夫か!?』
「っ、ぁ、うん。でもファイアスケイルが全機撃墜された。一度前線から離れたいんだけど」
『分かった、援護するから早く戻ってこい! 今の《オルドレイザー》は危険すぎる!』
「うん……ありがとう」
《ジェネレビオ》を巡航形態へ変形させ、ネクトは一時前線から離脱。《ブラストハンド》からの援護射撃に目を向けつつ、宙域で舞い散る蒼い薔薇を見つめる。
「……分かってた。そういう奴だって事」
あの時も、7年前も同じだった。家族と交わした約束を破り、自分との約束を破った。
その約束を破った時の報い、他の誰でもないシェイク本人との約束を守れなかった自分自身も、同じ。
あの時引き金を引けなかった心の弱さが、ネクトの心を緩やかに絞めつけていた。
「結局……こうなるんだな」
ペイルはスコープ越しに輝く蒼と赤を睨む。《ジェネレビオ》が前線から離脱した事を確認した後に狙いを定めたのは、謎の赤いデヴァウルと、暴走した《オルドレイザー》。2体が重なったその一瞬を狙い撃つべく、《ブラストハンド》のマニピュレーターをトリガーにかける。
暴走したら撃墜してくれ。そう言ったのはシェイク自身だ。一緒に乗っているソーンは気の毒だが、彼を信じた事が間違いなのだ。
幾度となく繰り返されるビームによる銃撃戦が止み、メデオブレイドとビームブレイドがぶつかり合う。その刹那、2体が重なり合った。
「……っ!」
待っていたその時。引き金を引けば、熱線が2体を貫く。覚悟を決めていた筈だった。
しかし、ペイルの指はそれを拒む。操縦桿を握ったまま動こうとしない。
「どうし、て……!?」
戸惑いはほんの一瞬だった筈。だが既にスコープの先に2体の姿はなく、その代わりに、《ブラストハンド》の眼前まで赤いデヴァウルが迫っていた。
息を呑むより早く、《ブラストハンド》の右腕部装甲内のビームブレイドを発振、頭部目掛けて突き出した。だがそれを僅かに首を動かすだけで回避され、逆に《ブラストハンド》の頭部へ鉤爪が突き立てられた。
「こいつ、こんな一瞬で……!?」
モニター内に満ちる白色の光。このままでは頭部ごとコクピットを貫かれる。
しかし、いつまで経ってもその光が放たれない。見れば赤いデヴァウルの掌に蒼い荊棘の様な炎が巻きついていた。
間を置かずに引き剥がされる赤いデヴァウル。そのすぐ背後には《オルドレイザー》が待ち構えていた。背中から更に荊棘が生長、雁字搦めにしようと迫るが、それを赤いデヴァウルは両掌から発振させたビームブレイドで次々と斬り払い、再び《オルドレイザー》から距離を取る。
今の行動は自分を助けたのか。暴走した状態で。
ペイルは再び操縦桿を握り直し、スコープを覗く。狙う目標は、
「注意を外した、今なら!」
今度は迷う事なくトリガーを引く。
一瞬の閃光と共に放たれた白色の熱線が向かう先は、赤いデヴァウル。
寸前で身を翻した赤いデヴァウルだったが、左胸部の装甲を抉られた。焼け跡が刻まれた自らの身体を見た赤いデヴァウルは、忌々しげに《ブラストハンド》を睨みつける。
「……最優先事項は、あの赤いデヴァウルだ」
他の誰でもない、自身に言い聞かせる様にペイルは呟く。通信から聞こえたシェイクとグリムの会話から推測するに、赤いデヴァウルはシェイクがM・Sに戻ってきた理由。怪物に乗り込んでまで追い求めていたものだ。
赤いデヴァウルを排除すれば、シェイクがM・Sにいる理由は無くなる。
「グリム兄さん……少しの間、《オルドレイザー》の援護に回ってもいいか?」
『ペイル?』
「あの赤いデヴァウルが《オルドレイザー》の暴走の原因だとしたら、まずは奴を落とす事を優先した方が良いと思う』
『……分かった。アルルを殿に付ける。シェイクとソーンを頼んだ』
入れ替わる様に前線の群れへ向かう《バインドホーク》を見送り、再びトリガーに指を掛けた。
《オルドレイザー》の猛攻は止まない。距離が離れればメデオライフルを連射し、少しでも近づこうものなら蒼い荊棘とメデオブレイドを振るう。
赤いデヴァウルは《ブラストハンド》の援護射撃を煩わしそうに回避すると、今度は突進してくる《オルドレイザー》の斬撃を掌のビームブレイドでいなす。《オルドレイザー》が確実に追い詰めているように傍目からは見えるだろう。
しかし、《オルドレイザー》の内部は地獄の様な状態だった。
「ぁ、ぁぁぁ……!!」
シェイクを縛る荊棘は全身に及び、一部は体内にまで潜航し始めていた。既に眼の中の光は消え失せ、生きながらにして傀儡の様になっている。
「シェイク、あぁ、シェイク……貴方の痛みが分かる……貴方の痛みが、私の痛みが、《オルドレイザー》の力になる」
ほぼ全ての感覚が消えた中、ソーンの声と痛みだけがシェイクに残っている。自分が今何をしているのか、何をすべきなのか。それは全てソーンが教えてくれる。
「この痛みを、奴等にも……味合わせるの!!」
先程までは甘く伏せられていたソーンの目が開かれた。それと連動する様に《オルドレイザー》のアイレンズから凄まじい光が溢れ出す。
「撃って、討って、壊して、殺して……!! シェイクの力、命、痛み、全部頂戴! 全部《オルドレイザー》の力に換えて……奴等を皆殺しにして!!」
《オルドレイザー》が吠える。メデオブレイドから発振する白刃が巨大化。《ハウェール・タイタニア》を両断した、宇宙を裂く閃光と化す。
『前方で超高熱源反応感知!! 全機退避、退避ー!!』
誰かが通信機を介して叫ぶ声をソーンは届けない。このまま《シャークバード》の群体、そして射線上のDCDと《アスカロン》諸共、赤いデヴァウルを破壊するつもりだ。
『ペイル……あれ、流石にやばいかも……!』
『本気でやるつもりか……!?』
アルルとペイルの声も届けない。
『マジかよ、おい新人くん!! それはダメだって!!』
『やめろシェイク!! やめろ、やめてくれ!!!』
ストームとグリムの声も届けない。
『……今度は、みんなを殺すんだ。姉さんと父さんの時みたいに』
ネクトの声も届けない。
筈だった。
「ぅっ!? ぅぅ、ぅぅぅ……!?」
ソーンの首が絞められる。荊棘ではない。シェイクの指が、白く細い首を握り潰さんばかりに絞めつけていた。
「ェ、ィク……苦、しい……やめて……!」
「……こせ」
シェイクとソーン、2人の荊棘が絡み合い、互いに傷つけ合いながら、互いの距離を近づけて行く。
「ぁ、ェ……シェイク……!!」
ソーンが涙を流した瞬間、シェイクが発した言葉がようやく耳に入った。
「寄越せ……お前の全ても、《オルドレイザー》の力も……全部、俺が使う!!!」
「……!! 良い、よ、シェイク……!」
ソーンの苦痛に歪んだ表情が一転、嬉々とした歪な笑みを浮かべた。
「使って!!」
白刃が消失した刹那、《オルドレイザー》に異変が訪れる。
全身に蒼い荊棘が巻き付いたかと思うと、両手マニピュレーターから伸びるビームクローは一つ一つがメデオブレイド並の長さとなる。
有線接続されたメデオライフルとメデオブレイドはまるで尾の様に動き回り、バックパックから伸びた花弁の様な炎は翼に似た形状へ変化。
「《オルドレイザー》が……あれじゃ、まるで……」
「竜……」
《オルドレイザー》の頭部、否、顎部が裂ける様に展開。
大量の蒼炎を吐き出し、竜の咆哮が宇宙を震わせた。
続く




