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第14話 コロニー防衛戦

 

《本艦は間もなく緊急発艦いたします! 各員は発艦時の衝撃に備えてください!》

「ま、待って待って〜!」

 艦内に響くコムニの放送で一気に騒がしくなる《アスカロン》。それは普段憩いの場である休憩室と、隣接する厨房も例外ではなかった。

「メロウさん、野菜はしまっておきました!」

「調味料棚と器具棚も施錠しました!」

「みんなありがと〜! 私の方も……はい、終わり!」

 メロウは小さな身体で駆け回り、調理中だった鍋の蓋に留め具を取り付ける。これで艦内が無重力状態になっても中身を溢す心配はない。

「じゃあみんな、宇宙用スーツに急いで着替えるよ!」

 休憩室を飛び出していく糧食班のメンバーに混じり、メロウが部屋を出た時だった。

「わぉ!?」

「おっ、と。ごめんメロウ姉さん」

 既にパイロットスーツに着替えているグリムとぶつかった。倒れ込む刹那、2人の身体がふわりと浮き上がる。おかげでグリムはメロウを抱き止める事が出来た。

「発艦したか……」

「ありがとうグリム」

 屈託のない笑顔を向けられ、グリムは少し困った笑顔を返す。小さな身体を艦内移動用グリップがある通路端に導き、自身も格納庫へと急ぐ。


「行ってらっしゃーい、みんなのことお願いねー!」

「あぁ。姉さんも気をつけて」


 見送られる時に見えた柔らかな笑みは、緊張するグリムの精神を解してくれるもの。強張っていた表情筋がほんの少しだけ動かしやすくなった。

 そして通路を進む最中、トレーニングルームのドアが開いた。中からメロウとよく似た髪と顔立ち、しかしながらグリムよりも背が高い恵体が現れる。

「ネクト? もう少し休んでいても良いんだぞ?」

「大丈夫。休眠カプセルで1時間も寝られたから十分」

 気づいたネクトは姉であるメロウとそっくりな笑みで、グリムの心配を拭う。

「起きて早々すまないが、頼んだぞ」

「うん。パイロットスーツに着替えたらすぐに出る」

 擦れ違う様にして2人は行くべき場所へと向かう。既にシェイク達も向かっているだろう。

 どのようにしてデヴァウル達が政府軍の防衛ラインを抜けたのかは分からない。第3コロニーに配属された政府軍のDCDもパイロット達も一級品。ただのデヴァウルに手を焼く様な部隊では無い筈。

(例え何があろうと……俺は誰も死なせたりしない)


 人の死は、遺された者達の運命を狂わせる。7年前の悲劇を体験したグリムは、自らの指揮に家族達の命がかかっている重みを胸に戦場へ向かう。




『バード3、こちらナイト1! また1匹抜けられた、すまない!』

『バード3了解! 手が空いた機体は抜けた穴を埋め合わせてくれ!』

『埋めようにも、くっ、生憎人手が足らん!』

 バード3、《ナチュラリー》のⅣ型が防衛ラインを抜けたデヴァウルを追って前線を離脱したのを見た兵士が愚痴をこぼす。

 《ナチュラリー》のⅣ型は、可変機構の他に装甲や武装出力に手が加えられた機体であり、現状政府軍にしか配備されていない最高性能の《ナチュラリー》である。HHGの出力の関係でⅣ型にしか搭載されていない大型ビームライフル《サンダーバード》を装備している。

『逃げた奴等はもうバード達に任せるしかない、俺達はこれ以上抜けられないように戦うんだ!』

『情けないぜ……天下の第3コロニーのナイト部隊、《ハーダー》を使ってこの様は!』

 ナイト部隊と呼ばれる防衛部隊が駆るDCD、《ハーダー》。分厚く丸みを帯びた重装甲。背部バックパックに備えられた大型スラスター1つと、その側に備えられた2つの小型ブースターによって機動力を確保している。そして《ナチュラリー》より一回り大きな体躯すら覆い隠す、巨大なラウンドシールド《デュバーン》、ビームバルカンを兼ねた大型ビームランス発振器《カラドボルグ》を装備している。

 デヴァウル達が放つビーム弾を、《ハーダー》達のシールドは弾き散らす。幾重にも積層され、表面に耐ビームコーティングを施されている恩恵である。

 しかし《ハーダー》の得意距離まで、砲撃するデヴァウル達は近づいて来ない。弾幕の様に放たれるビーム弾に乗じて防衛ラインをすり抜けられるのだ。


「はいはーいちょっと横通りまーす!」


 その時《ハーダー》達の真上を高速で通り抜けた紅い機影が見えた。紅いDCDは凄まじい速さでデヴァウル達の軍勢に突貫。弾幕が乱れ始める。

 瞬間、背後から今度は白色の熱線が飛来。次々とデヴァウル達を撃ち抜いていく。


『あまりちょこまか動くなアルル! 当たるぞ!』

『へー! 簡単に当たってたまるかってんだい!』

「何処の企業だ一体……」

『悪いな。ここからは俺達も参戦させてもらうぜ』

 《ハーダー》達の側に接近してきたのは1機の《ナチュラリー》。しかしその様相は他の《ナチュラリー》とはまるで異なっていた。


 変形する為の稼働部には内部にスラスターを備えた増加装甲、バックパックに敷き詰められた、大型マシンガンと大型バズーカが2丁ずつとその予備弾倉。腰部ラックに懸架された携行型ガトリングガンと、右手に携えたアサルトライフル。肩の装甲に装着されたミサイルポッド。

 ビーム兵器が主流となったこの時代に、実弾兵器でデヴァウルと戦う人物はほとんどいない。そしてこの《ナチュラリー》が放つ灰色とダークイエローのカラーリング、左肩のシャチのデカールを持つ者を知らない政府軍兵士はいない。


『ストーム少佐殿でありますか!?』

「今は少佐じゃねぇんだわ。ってか、御宅んところの大佐は何処よ?」

『ゾルワルト大佐の部隊はしばらくしたら到着するとの事です!』

「んじゃ来るまで適当にやっとく」


 ストームが駆る《ヴァレットボックス》が前線へ躍り出る。アサルトライフルを放ちながらミサイルを斉射。空いた左手で腰のガトリングを取り出し、更に弾幕の厚みを増やす。

 身体を弾丸で削られ、アルルの《ソニックスラスト》と合わせて陣形は崩れる。あるものはペイルの《ブラストハンド》の狙撃に、あるものは《ソニックスラスト》のビームバスターブレイドに、あるものは《ヴァレットボックス》の弾幕に押し潰されていく。


『グリム、こいつら《シャークバード》だ。この辺っていうか何処でも見る奴等。ただこんな一丁前に編隊なんて組むようなデヴァウルじゃないぞ確か』

「そうでなきゃ政府軍が苦戦する訳がないか……ただこのまま行けば殲滅もそう難しくはない」

 しかしこのパターンでは、毎回デヴァウル達のリーダー個体が存在していた。今回も何処かにそういった個体がいるかもしれない。

「3人はそのまま撹乱と殲滅を。俺とネクトはコロニーに近づいた奴等を狩る。シェイク達は防衛ラインの援護を頼む」

『上位個体の索敵はいいのか?』

「《バインドホーク》のレーダーにかからないという事は、まだ防衛ライン付近まで近づいていないと思う。迂闊に孤立するより、今はまだ防衛に専念した方が良い」

『分かった』

 《オルドレイザー》は《ハーダー》達の元へ赴く。デヴァウルの群体を散らす中、再び防衛ラインを越えようとする個体が出始めた。


「シェイク、右の方に来た!」

 ソーンの声に導かれるままに、シェイクはメデオライフルのトリガーを引いた。

 白色の光は高速で飛行する《シャークバード》を撃ち抜いてみせた。爆発に紛れて抜け駆けしようとしていた個体も続け様に狙い撃つ。

 一度ラインより前へ出向き、《ヴァレットボックス》が張った弾幕を無理矢理抜けようとしている《シャークバード》を探す。

「……いた! シェイク、アルルの後ろにいる奴!」

「あぁ、それと、その右!」

 シェイクとソーン、各々が見つけた個体へ狙いを定める。メデオライフルとショットシェルバズーカを同時に構え、発射。

 メデオライフルから放たれたエネルギーと、ショットシェルバズーカから放たれたHEAT弾は寸分違わず命中。近くにいた個体、そして《ソニックスラスト》が爆風に煽られた。

『ぬぎゃあ!? ちょっとちょっと、ヒヤリよヒヤリ!』

「ご、ごめんなさい!」

「すまない」

 そう口では言いつつ、《ソニックスラスト》に近づこうとした《シャークバード》をメデオライフルで撃つ。

『コラー、シェイクー!!』

「お前なら大丈夫だ」

 文句を言いながらもビームバスターブレイド2本を振り回して戦うアルルの援護を続ける。

 立て続けに連射しているメデオライフルだが、とうとう再充填の時が来た。

「再充填まで……10秒。ここまで変わるものか」

 依然として他のビーム火器に比べて再充填時間は長いが、元が30秒と考えれば飛躍的な改善を遂げていた。


「シェイク……」

「どうかしたのか、ソーン」

 小さく震える声で呼びかけるソーン。思えば出撃前にも何か不安がる素振りを見せていた事をシェイクは思い出す。

「グリムは探すなって言ってたけど……やっぱり私、リーダーを探した方が良いと思う」

「……どうしてだ?」

「何となく、だけど……」

 明確な理由がない事が後ろめたいのか、ソーンの声は尻すぼみとなる。

 理由は分からない。だがソーンの予感が正しいと仮定すると、間違いなく事態は厄介な方向へ進むだろう。これまでの交戦経験と照らし合わせれば彼女の発言を全て無視する事は出来ない。

「……兄貴」

『どうしたシェイク?』

「戦線から少し前に出てみる。リーダー個体がいるかもしれない」

『待て、今は戦線の維持が優先だ。増援が来てからにしてくれ』

「あまり悠長に構えすぎるとデヴァウル達にも増援が来るかもしれない」

『何処にいるのか目星はついているのか?』

「はっきり言って、無い。ソーンの勘を俺が信じただけだ」

 何故かは分からないが、シェイクはグリムとの会話ですら煩わしさを覚える程の焦りに苛まれ始めていた。まるでソーンの勘が伝播しているように。

「すまない、命令違反の処分は必ず俺が受ける!」

『なっ、シェイク!?』


 グリムの制止も聞かず、《オルドレイザー》は一気に前へと躍り出た。その進路上にいた《シャークバード》達をメデオライフルの照射で薙ぎ払う。

『ちょ、まっ、何処行くんだよシェイクー!』

『あーあ、こりゃまた拗れそうだ……ちょいちょいアルルちゃん、弾幕少し濃くするから一旦離れてな』

 ストームは《ヴァレットボックス》のバックパック側部、折り畳まれたウェポンアーム2本を展開。四つ腕となった《ヴァレットボックス》は大型マシンガン2丁、アサルトライフル、ガトリングガンを構え、同時に肩装甲のミサイルポッドを展開。一気に全てのトリガー引き、実弾の嵐を巻き起こす。

『イヤー!! 何で私ばっかりこんなー!!』

 《ソニックスラスト》が急速変形、戦線から離脱した瞬間に弾幕が《シャークバード》の群れを押し潰していく。

『こいつで少しは片付いただろ。悪いねアルルちゃん』

『ほんとだよー! シェイクと2人で反省文な!』

「……ほんと、迷惑をかけてるな」

 《ヴァレットボックス》の無理な弾幕も、《オルドレイザー》が一瞬抜けた穴を補う為。これでリーダー個体がいなければ、自身が処罰を受けるだけで済むのだが。

「っ、っ?」

 何故か《オルドレイザー》の機体制御が、先程から少々安定しない。装備重量の増減による影響とは思えない誤差範囲で。

「さっきまでは何ともなかったのに……」

「ねぇ、何で怒ってるの?」

「ソーン? 怒ってるって、俺は別に……」

 僅かに振り向いた時、シェイクは息を呑んだ。


 ソーンの眼が、蒼く明滅している。



「どうして怒ってるの、《オルドレイザー》?」



 次の瞬間、シェイクの目に映像が映り込んだ。《ソニックスラスト》を光速で付け狙う光、エネルギー。幻覚でもなく、夢でもない、未来視。そしてそれがすぐに起きる事を理解した。何故かは分からない。

 分からない事ばかりなのに、シェイクは《オルドレイザー》を動かしていた。

『へっ、どしたのシェイ──』


 右手のビームシールドを展開した刹那、飛来した太い光が打ち付けてきた。

「うぐぁぁぁっ!?」

「んっ、ぁぁぁ!?」

 防ぎ切れずに弾かれた《オルドレイザー》は、近くを漂っていた通信用小型人工衛星に叩きつけられた。

『シェイク!? ソーンちゃん!?』

『はぁっ!? これは……グリム、長距離狙撃だ!』

「狙撃!? 《バインドホーク》の感知外から……っ、各機、一度遮蔽物へ退避!」

 各員に指示を飛ばしつつ、グリムは何とか敵の位置を探る手段を講じる。

 頭部のブレードアンテナを伸長、展開。鶏冠の様に広げると、全ての制御関係機器と電力をソナー関係機器に回す。これで《バインドホーク》は攻撃、防御、移動、他機との通信すら行えなくなるが、戦艦すら超える大範囲の索敵を行う事が出来る。

「何処だ……何処に……!?」

 《アスカロン》の影に隠れ、あらゆる影を洗い出す。デブリ、小隕石、機体の残骸、デヴァウルの死骸。それら全てを点の動きだけで判断して除外しつつ。

「…………感知範囲端、《アスカロン》艦橋より10時方向……!!」

 遂に見つけ出した。急ぎ《バインドホーク》を元の状態へ戻し、オープン回線に繋ぐ。



「M・S、及び政府軍に通達します! 《オルドレイザー》を狙撃したデヴァウルを発見! 《アスカロン》より……300km地点!!」



 300kmの距離から、針の先より小さく見える《ソニックスラスト》を狙い撃とうとした輩。

 土台代わりにしていたデヴァウルを蹴り出し、自らの狙いを庇った機体が吹き飛んだ方向を見据える。首を鳴らし、手にしたライフルを一気に放熱させる。

 蜂の針に似た細い銃身を持つ赤いライフル。鮮やかな紅色をした鎧の様な装甲と、深紅の筋繊維の隙間から覗く黒い骨。鋭利な爪を携えた手脚が準備運動の様に蠢く。


 背中に生えた4つの噴射口から赤いエネルギーを放ち、飛翔した。


 蒼い眼に光を灯して。



続く

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