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第10話 声を上げる意味

 

 報告書を作成するのは日常茶飯事である。受領した報酬金、使用した弾薬。1つの仕事を終えるだけでも纏めねばならない項目は山ほど存在する。

 ましてや今回のように大規模な戦闘、それも予想していなかった個体や数を相手にした場合。本来の契約金だけでなく、依頼者から支払われる特別手当の金額も計上し、政府へ逐一報告しなければならない。一般企業が兵器を所持する、という事柄にはこれくらいの責務を背負うのは当然の事である。


 しかしグリムが作成している報告書はそれだけではない。


 宇宙に咲いた蒼い薔薇。目に焼き付いた白刃。全てが白昼夢だったのではないかと思いたくなるような一瞬の出来事。

 これらの事象を全てありのまま、ソーンを受け渡す依頼主へと報告する事。それがストームから言われた責任の取り方だった。

 キーボードを叩く指が止まった。自室のドアを叩く音が聞こえた為である。

「入ってくれ」

 訪問者の予想はついている。開く音に続いた声は弟のものだ。

「兄貴」

「ソーンの件は説明した筈だ。納得出来ないなんて言われても、今回ばかりは聞けないな」

「ならせめて俺にも処罰を下してくれ。《オルドレイザー》のパイロットは俺だ。あれはパイロットだった俺に責任がある」

 いつも通りの静かな口調。しかしながら断固とした主張が言葉の中に込められていた。

 しかしグリムは頷く訳にはいかない。その理由を2枚の紙と共に差し出した。

「1枚目はお前の、2枚目はソーンの診断書だ。ソーンの血中メデオライト濃度は前と比べて上がっている。対してお前には身体的異常が全く見られなかった。この場合、《オルドレイザー》の異常は彼女が原因だと考えるのが自然だ」

「検査結果だけで判断するのは早計過ぎじゃないか」

「だがお前もソーンもはっきりとした記憶がない以上、それぐらいしか判断材料がない。……どのみち、ソーンとは明日第3コロニーで別れる事になる。《オルドレイザー》の件はまた後で伝えるから、今は休んでいてくれ」

 シェイクはまだ何か言いたそうにしていたが、すぐに口を噤み、部屋を出て行った。

 彼を誰よりもよく知るグリムからすれば、シェイクが今のソーンの処遇に反対する事は分かっていた。この事態はシェイクの所為でも、ソーンの所為でもない。


 全ては《オルドレイザー》の危険性を把握し切れていなかった、自分の責任なのだ。



 前に広がる透明なガラス板。そこ以外は窓すらない無機質な壁。ベッドもあり、トイレもきちんと別の部屋に用意されている。

 《アスカロン》は軍の管轄にある艦ではない。船員は基本的に従業員として扱われる為、懲罰房や独房のような部屋は用意されていない。今ソーンが閉じ込められている部屋は、仮眠室の様な扱いになっている。

「……」

 しかしここがどんな目的で作られた部屋なのかなど、ソーンにとってはどうでもいい事。《オルドレイザー》から出てすぐに連れられ、第3コロニーに着くまでここから出ない様に言いつけられた。

 グリムとストームに連れて行かれる時、ソーンは皆の視線から自身に向けられる感情に震えていた。恐怖、疑念、思い出すと頭が痛くなる様な負の感情ばかり。

「ぅ……」

 毛布を頭から被る。視界が塞がった所で頭の痛みが酷くなるばかり、熱が篭って嫌な汗が浮かび始める。

 その時、毛布の向こうからガラスを叩く音が聞こえた。食事の時間まではまだ少しある。それ以外の用事で自分を訪ねる人物は1人しかいない。

「ソーン」

「っ!」

 飛び起き、ガラス板に顔を押し付ける。今のソーンにとって、何の疑いもなく信じられる人はシェイクしかいない。

「元気みたいだな」

「っ、っ」

 手元に紙がない今、頷く動きや表情からしか彼女の想いは感じ取れない。幸いソーンが表情豊かなので、シェイクにも十分彼女が思っている事は分かる。

「説得したがダメだった。すまない」

 首を振るソーン。しかし無機質な仮眠室を目にしたシェイクに、ソーンがここに閉じ込められる辛さが伝わってくる。

「こんな状況じゃ、言ったって信じて貰うのは難しいと思う……でも信じてくれ。ここにいる皆は悪い奴等じゃない」

 ソーンは目を伏せる。シェイクの言葉が信じられない訳では決してない。この艦で少しだが過ごしたから理解している。

 皆、自分が怖いのだ。当然だ。何せ当のソーン自身が、自分の得体の知れなさに恐怖しているのだから。


 痛みを感じたあの瞬間から《オルドレイザー》を降りる時までの記憶がない、その事実に。


「っ、誰か来る。ソーン、また後で」

「……ぅ」

 足早に去っていくシェイクへ手を伸ばしかける。しかしソーンは静かにその手を下げた。

 また会える。たとえ短くても、また会えるならそれでいい。

 ガラス板から顔を離し、再びベッドの毛布にくるまった。また合図が聞こえるまで。


「あっ、シェイク……」

 仮眠室を出たシェイクの前に、盆を持ったアルルがいた。エナジーバー2本に経口補水液。随分と少ない量の食事だ。

「それは、ソーンの?」

「うん、決まった量だけしかあげないようにって」

「誰の指示……いや、兄貴だろうな」

 何がソーンの力の引き金になっているのか分からない。とはいえ食事量を制限するのは些かやり過ぎではないのだろうか。

 シェイクは盆の上に、持っている分全て、計5本のエナジーバーを置く。

「兄貴には言わないでおいてくれ」

「いや、普通にダメでしょ。取ってよ」

「これでも足りないくらいだ。事情も知らずに拘束されるのは辛いじゃないか。食事くらい……」


「何で、そこまでソーンちゃんに優しくするの? 私達からは逃げたのにさ」


 普段の快活なアルルからは考えられない程に小さく、低い声。しかし本人がそれに気づいたのか、慌てて取り繕うように笑顔を作った。

「……ぁ、あぁいやいや! 何も言ってない、言ってないよ〜ん! さぁて、ソーンちゃんお腹空いてるだろうし早く行かないと〜!!」

 シェイクを躱すように、アルルは仮眠室へ消えて行った。シェイクが置いたエナジーバーは全て、目の前の宙を泳いでいる。

「…………そうだな。まだ、逃げてる」

 ソーンを利用して、7年前に家族の前から逃げ出した罪滅ぼしをしようとしている。否、罪滅ぼしですらない。現実逃避だ。

「一体どうしたいんだ、俺は」



「おー、来たなエース」

「やめてください」

 格納庫に呼び出されたネクトは相も変わらず不機嫌そうな顔をしている。しかしパストゥはそんなこともお構いなしに話を始める。

「《ジェネレビオ》の初運用、カメラの映像を見た感じは花丸な結果だった。これなら次からも問題はなさそうだ。んで、最後はパイロットの意見を聞きたくてなー」

「特にありません」

「あ? 特にないって事はないだろ」

「ありません」

 パストゥは目を細め、ネクトを睨む。しかし彼女は一切動じない。

「シェイクなんかはしつこいくらいにあれこれ言ってくるんだが?」

「彼と私は違う人間です」

「でも同じパイロットだ。シェイクだけじゃない、グリムも、アルルもペイルも、自分なりの意見を私達整備士にぶつけてきた。それがお前達パイロットを守る事に繋がるからだ。何でもいい、お前の意見を聞かせてくれ」

「ありません。以前と同じ整備をしてくれればそれで構いません。どんな調整でも私は乗れます」

 甲高い金属音が鳴り響く。周りにいた整備士達が一瞬手を止めたが、すぐにまた作業を開始する。

 パストゥが握り締めたスパナが手すりに叩きつけられ、小さな凹みが出来ていた。

「……他に話は?」

「あぁ、ねぇよ。時間とらせて悪かったな」

「失礼します」

 最初から最後まで他人行儀な態度のまま、ネクトは去って行った。

 スパナを投げる。反重力空間の中を突き進み、やがて壁に当たって動きを止めた。

 パストゥの目の前で佇む《ジェネレビオ》は、装甲、武器、一切に至るまで目立った傷はない。汚れを知らず、美しく戦場を舞った証だろう。どうしてもパストゥはそれが気がかりだった。

「彼奴も、初めての時はそうだったんだよな……」

「独り言か?」

「あぁ、お前とは大違いだったって事だ」

 入れ替わるように現れたシェイクへ意地の悪い笑いを送る。しかし彼はそんな事を気にする様子はない。

「それよりも、ショットシェルバズーカの話なんだが」

「何だ、何か文句あるのか?」

「金属片放出弾の他に、通常のHEAT弾を撃てるように改修して欲しい。通常規格のバズーカの部品を流用すればいけないか?」

「まぁ出来ない事はないけど、はぁ、面倒な注文だなぁ、ふふ」

「その割に嬉しそうだな」

「んなこたないって」

 シェイクの肩を何度も叩きながらパストゥは《オルドレイザー》のもとへ向かって行った。

「待て、後はメデオライフルなんだが、もう少し連射性を上げて欲しい。数発撃ってリチャージに30秒は取り回しが悪過ぎる」

「わーったよ! てかお前、あの一件で《オルドレイザー》がどうなるか分からないってのにやけにやる気だな?」


「俺は降りない」


 この一言にパストゥは一瞬呆気に取られ、やがて吹き出した。あんな事があって尚、降りないと言い張る目の前の青年。

 確信した。あの謎多き暴れ馬のパイロットは、こいつにしか務まらないと。

「しっかたねぇな、この天才美少女整備士様に任しとけぇ!」


 シェイクが初めて出撃した時、パストゥはまだ見習い整備士だったのだが、帰還した彼の機体の惨状はよく覚えている。そしてそこから長い間、彼の意見、不平不満を聞き続ける事になる。

 最初はただ面倒で、自分達の努力を踏み躙る様な行為だと思っていた。だが実際は、その逆だったのだ。

 それに気づくのが皆遅かったばかりに、7年前の悲劇が起こってしまったのだから。



続く

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