8.あれから1年!
朝起きると窓が開いていた。
私は窓に近づいて外を見た。
朝陽が昇るところだ。
まだ早い時間である。
窓なんて開けて寝たかしら?
でも朝陽というのはとても綺麗だ。
うん、中々いい朝ね。
風が吹くと、金の髪がサラサラと耳をくすぐった。
あれから1年、髪も伸びた。耳に掛けられるくらいは。
ちょっとは背も伸びて顔つきも大人びた。
髪が伸び始めた頃は美少年だったが、今は知的な貴公子といった感じか。
ドレスを着ればちゃんと女にも見えるようになった。
髪の長さもあるけれど、私の容姿は中性的なのだと思う。
「?」
ふと、窓辺に小さな箱が置いてあるのに気が付いた。
すごく高級そうな箱だ。
私はなんだろうと思いながらも迷わずそれを開ける。
中には氷のように透き通った水色のピアスが片方だけ入っていた。
手に取って見ると、私は思わず微笑んだ。
「綺麗だわ……」
それから魔力が込められているのに気が付いた。
凍り付くような……
ひたすらに冷たい冷酷な魔力。
どんな血も涙もない悪人が魔力を込めたのかしら。
けれど、これに魔力を込めた時は少しは…イヤ結構、情を込めたのだろうか。
なんとなくだけれど、一生懸命…、精根を使い果たす命のギリギリまで魔力を込めたような、うん、そんな必死さで作られた感じがする。
そして中に手紙も入っていた。
∞∞∞∞∞
ヴァレンテ令嬢へ
シオン・スハウゼンです。お久しぶりです。1年ぶりでしょうか。
そうですね、本当に随分と遅くなってしまいました。
1年前、私たちは約束をしましたね。
貴方から楽しい話を聞かせてもらう代わりに、私はとても甘くて貴方が食べたこともない、驚くようなものを用意すると。
しかし、スハウゼン帝国へ帰ってすぐに貴方から手紙が届き、そこには、貴方は私に約束の証であるピアスをあげた一方、私からは何も貰っていないので約束は無効だ、と書いてありました。
そんなものは一方的で私は納得ができるはずもありません。
そのため、貴方からいただいたピアスと同等となるものを貴方に差し上げて、約束を守っていただこうと思いました。
それが今、貴方の手元にあるかと思います水色のピアスです。
そのピアスの魔法石は溶けない氷といわれていて、一見ただの氷で常温では溶けてしまうのですが、魔力を込めることによって溶けなくなり、全く混じりけのない透き通った美しい石へ変貌します。
その美しさは類い希なるものだと言われており、また淡く光り、その光は心を落ち着かせる効果があるそうです。光は調節できますから、普通に付けている時は消していた方がいいかもしれませんね。
また王族や大貴族しか持ち得ないほど貴重で高価なものです。
この魔法石はとても繊細で脆く、それをこれほど小さく削って魔法式を施し魔力を込めたものは、この世にこのピアスしかないでしょう。
色々考えましたが、ヴァレンテ令嬢からもらったピアスほどの防御効果を付属するなんて不可能です。
そのため女性ですし、美しいものをあげるのがいいかと思った訳です。
貴方は知らずにくれたのだと思いますが、貴方のくれたピアスの魔法石は吸収石という特殊なもので、その特殊性によって貴方の規格外な魔力量がありったけ込められており、防御効果は途轍もないものになっています。もはや国宝級です。
それと同等のものなどできません。
しかし、貴方から貰ったピアスに施されていた魔法式では、込められている膨大な魔力量に対して不十分だったようで、直しが必要だったのですからそこを差し引いて、同等ということにしてください。
という訳で約束は守っていただきます。
PS.ヴァレンテ令嬢にいただいたピアスには何度も命を救われました。感謝しています。
シオンより
∞∞∞∞∞
「――長ッ!!」
私は思わず漏らした。
それから改めてそのピアスを見る。
「フーン?」
それほどすごいものなのねえ。
そういえばこのピアスの色はシオン殿下の瞳の色だわ。
一応、お礼くらい書いた方がいいわよね。
私はレターセットに手をつけた。
*~*~*~*~*~
シオン殿下へ
ピアスありがとうございます。
約束ですね、分かりました。
ちゃんと守りますわ。
それにしても突然だったので驚きました。
あれから音沙汰がなかったので、もう約束はなしになってしまったのかと思っていました。
あの手紙は衝動や思いつきで書いてしまったもので、私はそういったことがよくあるのですわ。
失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。
いただいたピアス、すごく綺麗です。
とてもすごいものだそうで、ありがとうございます。
それに私のあげたピアスがそんなにすごいものだと知りませんでした。
シオン殿下の命を救ったのだったら良かったですわ。
私はシオン殿下の命の恩人という訳ですね。
さすが私だと思います。
エリザベス
*~*~*~*~*~
「えっと、手紙を書いたはいいけれど……」
普通に郵便で出していいかしら?
そんなことを思っていると、窓際から子どもが顔を出した。
思わず凝視する。
ここ3階なのだけれど……。
それに、頭に耳が生えている。
獣人だ。初めて見た。
獣人は世界的に見ても人間ほど多くないし、この国ではほとんどいない。
私が近づいてもその子は逃げもせずに、ただ窓の縁に手を掛けて私を見上げた。
男か女か分からない中性的で、とても整った顔をしている。神秘的なほどに。
無表情でなんだか眠たげだ。
「眠いの?」
私が聞くとその子は頷いた。
「わん」
私は固まった。
「か、か…………ッ」
かわあああああああああああ――――――
そうしていると、その子がひょいっと私が持っていた手紙を抜き取った。
「あッ!」
そして犬になった。
犬になって、身軽な猫のように建物を渡って去って行ってしまった。
「神獣……?」
獣人というのは全くの獣になることはできないから、あの子は獣人ではない。
神獣とは、途轍もない力を持った獣で人間の姿になることができる。
昔は守り神的な感じで、1つの国に1匹王の近くにいるものだったらしいが、今は神獣が減ったのか、神獣がいない国も多い。
でも神獣がいる国もあるし、スハウゼン帝国の王太子であるシオン殿下なら神獣が懐いているのも分かる。
そのシオン殿下からの贈り物を持ってきてくれたし、あの子は神獣だろうと思う。
アメリア王国にも神獣はいるのかしら…、見たことないけれど。
…………んう???
◇◇◇
王宮に行くと王妃教育の授業が待っている。
今日はギルバート殿下…ポンコツ王子……ギルバートの王太子教育との共同授業だ。
授業が行われる部屋に入る。
私はいつも時間ギリギリに着くのでもう授業が始まるわけなのだが、まだギルバートは来ていない。
「今日もですか、申し訳ありませんが、ヴァレンテ嬢お願い致します」
「ハア、分かりました」
先生にそう言われて、私は仕方なく部屋を出た。
それからいくつか思い当たる場所をまわった。
そして――
「ここにおりましたか」
「げッ、エリザベス!」
ギルバートを見つけた。
「殿下、授業の時間ですわ、先生が待っております。早く行きますよ?」
私はニッコリと笑顔で言った。
「く、来るな!! 勉強なんてしたくない!」
ギルバートはそう言って逃げだそうとする。
しかし私はギルバートが走り出す寸前にギルバートの首の襟を掴んで逃がすのを阻止した。
「く、首が絞まるぅ……! やめろぉ」
「では逃げないでください」
私が困ったように言うと、ギルバートは素直に了承してくれた。
「わ、分かったからぁ」
全く、このポンコツ王子は……。
私は途中からギルバートに容赦をしなくなった。
さすがに婚約者である私に罰を与えることはできないらしいから。
◇
王妃教育が終わると、ユリアナ様とアベルがいる離宮に行く。
「あ、姉さん」
外で花に水をやっていたアベルが私に気が付くと言う。
「今日は閣下と先生も来てるよ」
「そうなの」
ユリアナ様に「いらっしゃい」と出迎えられて離宮の中に入ると、アベルの言っていた通り、すでに2人が来ていた。
「おやエリス、授業終わったのですね?」
「あッ、エリス様、先にお邪魔してます」
オズボーン宰相閣下と魔法のエディ先生だ。
この前…1ヶ月前くらい、王妃教育が終わってからどこかに行っていると閣下にバレた。
怒られるかと思ったけれど、怒られることはなく、むしろユリアナ様とアベルに良くしてくれるようになった。
閣下もユリアナ様とアベルに対して何かしら思うところがあったらしい。
その後、ユリアナ様とアベルの味方になってくれる人は少しでも多い方がいいと閣下と話し、この人なら大丈夫だと思ってエディ先生にも言った。
そうしたら、時々閣下もエディ先生も疲れを癒やしによくここでお茶をするようになったのである。
離宮に行くと時々は、こうして出くわしたりする。
2人共だと少し珍しいが。
「閣下は相変わらずお忙しそうですねえ」
エディ先生の言葉に、閣下はいつもの疲れた顔で、しかしどこか嬉しそうに言う。
「最近は下も育ってきて、大分マシにはなりましたよ」
陛下も王妃殿下も政務をしない方だ。
しかし知恵も経験もない2人に思いつきで変なことをされても大変だからと、閣下は促すことをしないと言っていた。
この国は閣下やその部下たちによって回っているのである。
そしてどうやら私は、そんな閣下たちに大いなる期待をされているらしい……。
帰る時、猫のリリを見つける。
「ニャア」
リリは私の足に体を擦りつけてきた。
私はリリを抱き上げた。
そして首を傾げて聞く。
「――リリって、神獣なの?」
「ニャアッ!?」
リリは驚いたようにビクッとする。
その反応で分かった。
「なるほど、何か普通の猫じゃない気がしたのよねえ」
「ニャー」
私が納得したように言うと、バレてしまったかというように鳴く。
「ニャア?」
そしてどうして分かったのか、というように聞いた。
「あのね、スハウゼン帝国の神獣って知っている?
なんだか眠そうにしているわんちゃんよ。この前会ったの」
「ニャ!?」
「私はスハウゼン帝国のシオン殿下と少し知り合いなのだけれど、お使いで来てくれてね。アメリア王国にも神獣がいるのかしらって思ったら、リリがそうかもしれないって思ったのよ」
「ニャー」
そういうことかぁ、というようにリリは鳴いた。
スハウゼン帝国の神獣は、無口で何を考えているか分からないような感じだったが、リリは違うようだ。
言葉を話していないというのに、大体何を考えているのか分かる。
分かりやすいリリに思わず苦笑した。
「ねえリリ、人間になってよ」
「ニャア?」
少しイヤそうに、何でよ、というように鳴く。
「それでニャアって鳴いて」
「?」
今現在鳴いているのに、どうしてわざわざ人の姿になってニャアと言うのかと怪訝そうにしている。
「可愛いから」
「ニャァー」
リリは意味不明だと溜め息を吐くように鳴いた。
◇◇◇
今日は王宮でお茶会がある。
お茶会なんて面倒でしかない。
甘いものを食べられるのはいいけれど、それ以上に精神的疲労が半端ではない。
甘いものがご褒美にあれば大抵の事は耐えられる私にとって、甘いものがあるにも関わらずお茶会が面倒というのは、とてもすごいことだ。
お茶会は個人的に開く小規模のもの、男性も参加するものもあったりするが、
今回のお茶会は大規模であり、参加者は女性のみで、同年代の令嬢たちが集まる。
こういう場では、男の前では出さない女の本性というか、そういうものが垣間見えたりする。
言うなれば戦場!!!
口上のバトル、嫌味の応酬、口喧嘩……である。
ついつい手が出そうになったのは1度や2度ではない。
私にとっては忍耐力、自制心、そういったものが試される場でもある。
とにかく!!
この私が侮られるなんてあってはならない。
この私が一番美しくなければならない。
私は見下される事が心底許せないのである。
「今日のドレスは、そうねえ、この青よ」
控えめな小さなフリルと、綺麗な刺繍が施されている、可愛らしい中にも上品さがあるドレスだ。
最近は背が伸びたから、そろそろ可愛すぎるドレスは似合わなくなってきたしやめようと思う。私の容姿的にも可愛いより美しいドレスの方がいいと思うし。
また、今日はシオン殿下に貰ったピアスを付けていくつもりだから、それに合うドレスを選んだ。
シオン殿下から貰ったピアスは、やっぱりすごいものなだけあって本当に綺麗だ。それでいてそれほど目立たないから、結構どんなファッションにも合わせやすい。
右耳に付けて、もう左耳には小さな粒のピアスを2つ付ける。
私はドレスやアクセサリーやらに興味がなくなってから、逆にセンスが良くなったようだ。
なんだか自分の姿を客観的に見られるようになったというか…。
「髪型はアップにして、この銀の髪飾りを」
公の場では鬘は、地毛の髪と同じ金で長髪にしている。
「あと、お茶会だからって化粧は濃くしないで。いつも通りシンプルでいいわ」
お茶会の会場に着くと、多くの着飾った令嬢たちがいる。
私はこの中で一番地位が高い!!
美しい! 頭がいい! 天才!
王太子の婚約者!
次期王妃!
つまり完璧!!!
「エリザベス様、ご機嫌よう」
「相変わらずとても美しいですわ」
「フフッ、皆さんもとても綺麗で可愛いですよ?」
「あの、今度うちでお茶会を開くのですけれど、皆さんよろしければ…」
「ぜひ伺いたいですね」
「いい茶葉が手に入りましたのよ」
「まあ素敵ッ」
私は目の前のチョコをつまみながらも、それなりに令嬢たちと会話をする。
大部分の令嬢は私に好意的だ。
そうはいっても、そうではない人もいる。
一人の令嬢が、談笑する私の元にやって来た。
「――エリザベス様、ご機嫌よう」
「あらカテリーナ様、ご機嫌よう」
この人は侯爵令嬢のカテリーナ。
ギルバードの婚約者候補だったけれど私に負けた女である。
事あるごとに突っかかってくる面倒な人だ。
カテリーナは意地悪な笑みを浮かべて言う。
「おや、今日のエリザベス様はとても落ち着いたドレスですわね」
地味だと言っているのである。
そう言うカテリーナは、黄色のフリフリなドレスだ。
子どもっぽいと思うけれど、私たちはまだ子どもである。
私の容姿は完全に美人の類いで成長が早くすでに大人びているから、もうそういうものは似合わなくなってしまったが、カテリーナのように成長が遅いチビなら普通に子どもらしくて可愛いと言える。
私は立ち上がって、私よりも背の低いカテリーナを見下す。
カテリーナは思わずというようにたじろいだ。
なんだか弱い者イジメをしている気分になるわね。
でも、そっちから話し掛けてきたのである。
「カテリーナ様のドレスはとっても可愛らしいこと、フッ 私はもう、そういったものは似合わなくて」
「ぐぅ……」
子どもっぽいのだというように私は言うと、カテリーナは悔しそうに唸った。
その様子に私は少しニヤッと笑う。
カテリーナは顔を赤らめてギャーギャー言って怒った。
私は案外カテリーナが嫌いではない。
カテリーナの悔しがる顔を見ると、なんだか気分がいい。
それを言うとメリッサには、好きな子ほどいじめちゃう感じですか、と苦笑された。
イヤ違うけれど、ちょっとその気持ちは分かる!
◇◇◇
お茶会が終わってから数日経った頃、離宮へ行くとユリアナ様が体調を崩していた。
――ゴホゴホッ
アベルは咳をするユリアナ様の背中を撫でた。
「大丈夫ですよ」
ユリアナ様は安心させるように笑う。
「それにしても、とても苦しそうだわ。医者は何て?」
「風邪だろうと」
「早く治るといいけれど」
「はい。エリスもうつるといけないので、あまりこちらにいらっしゃらないでください。アベルと遊んでいただければ嬉しいです」
「私、風邪を引いたことがないから、だからうつることはないわ」
私がそう言うと2人とも目を瞬かせた。
「風邪を引いたことがないのですか……?」
「嘘でしょ!?」
「フフッ、信じられない?」
そんな2人に私は笑う。
「しかし初めて私がうつしてしまうかもしれませんから」
ユリアナ様は私の言葉に微かに笑うとそう言った。
――それからユリアナ様の風邪は中々治ることはなかった。