3.◆パニック!?
突然の爆発に驚いてシオンとルスランが現場に向かうと、焼け野原の中心でエリザベスが腹を抱えて笑っていた。
それなりに距離もあるというのにエリザベスの笑い声が聞こえてくる。
服はボロボロ、肌も砂埃が付いていたり焦げていたりしていて、エリザベスの腰まであった綺麗な長い金髪はボンバーヘッドになっていた。
それなのに笑っているという……、かなり異様な光景であった。
しかしエリザベスがそこまで笑っているとなんだか笑いが伝染するようで、エリザベスのことを知る王宮勤めの者たちは、心配の感情が徐々に呆れに変わっていき、クスクス笑い始めた。
「――この爆発はヴァレンテ令嬢が起こしたもののようですね」
「ああ全く盛大にやらかして…、ハア」
「フッ、それにしても何がそんなに可笑しいんだか」
「エリザベス様、あれだけボロボロになって大丈夫かしら…、まああんなに笑っていますからねえ、フフッ」
「ええ、あれだけ笑っているのだから命に別状はないでしょう、ハッハッ」
後は、そんな異様な光景に引いている人たち。
「ええと、あちらは確かギルバート殿下の婚約者でしたよね…?」
「はい、何故あれほど笑っているのでしょう…、ハハ……」
エリザベスは才女という評判と共に、我が儘で自分勝手などとも言われているが、今回のことで頭がおかしいというのも追加されそうである。
それからエリザベスはシオンとルスランに気が付くとニコッと笑った。
「――ヴァ、ヴァレンテ令嬢ッ、フフッ、アハハッ、ハハハ!
わ、笑ってはいけないんでしょうけど、ハハッ、ご、ごめんなさいッ、フフッ」
ルスランは思わず爆笑し、1人で勝手に謝っていた。
エリザベスや周りの笑いにつられたようである。
それにしても笑い過ぎであるが。
しかし謝りつつもルスランは言う。
「シオン殿下、ヴァレンテ令嬢のあの頭、見ましたか? ブフッ」
ルスランは決して人をバカにしたりするような人間ではない。
ただただ、素直で天然な性質なのである。
――そしてそう問いかけた時であった。
ルスランはようやくシオンの異変に気が付いた。
「――え、シオン殿下?」
シオンは蹲っていたのだった。
「ハア、ハア……い、息が……、腹、腹が痛い……」
「シオン殿下!!??」
ルスランは慌てて叫んだ。
「――誰か! 誰か!! 医者を、医者を呼んでください!!」
幸い、エリザベスのために医者や治癒魔法師が集まっていたため、呼吸を荒げてもがき苦しむシオンは、すぐに介抱され担架で運ばれていった。
「殿下! シオン殿下、お気を確かにッ!!! 殿下アア!!」
ルスランはそれに着いていきながら、必死にシオンに声を掛けた。
治療室から医者が出てくるとルスランは駆け寄った。
「シオン殿下は!?」
「呼吸困難と腹痛の症状がありますが、原因不明で……」
「そんな……」
「それに苦しそうなのに、大丈夫だからと治療をさせてくれないのです」
ルスランはそれを聞いて何故だろうと神妙な面持ちになりながらも深く頷いた。
「分かりました、それでは私が治療を受けるようにとシオン殿下を説得します」
ルスランが治療室に入り、シオンに近づくとシオンはやはり息を乱している。
「シオン殿下、大丈夫ですか?」
ルスランが声を掛けるとシオンは苦しそうにルスランを見上げる。
「ルスラン、ですか……」
「はいそうですよ、…殿下、ちゃんと治療を受けましょう? ね?」
シオンは口を手で覆う。
吐きそうなのかと思ったルスランは慌てた。
しかし――――
「――フッ」
「?」
「フハハハッ! ハハ、クククッ、ハハハッ!!」
「へ? 殿下?」
突然笑い出したシオンにルスランは目を丸くする。
シオンは息も絶え絶えに言う。
「ハアハア、わ、笑い過ぎて……、ヴァ、ヴァレンテ令嬢のあ、ああの姿…、それに、な、何故笑ってッ、意味が分からな……ッ!! ヒ、ヒィイ」
普段は冷静沈着で、何があっても表情1つ変えもしないシオンだから、笑い転げているシオンにルスランは唖然とした。
「腹が痛い……、ルスラン、助け……フハッ」
「だ、大丈夫ですか!?」
ルスランはシオンを凝視して固まっていたが、シオンのあまりの常軌を逸した笑いに深刻そうに心配した。
笑いのあまり苦しいと言っている人間に、少しの呆れもなくそこまで深刻に心配できるのは、きっとルスランだけであろう。
シオンは息も絶え絶えに言う。
「王太子の婚約者たる公爵令嬢がッ、ハアハア、あ、あんなの、あり得ません! 絶ッ対、あり得ませんよッ……! ククッ、ハハハッ!!」
王族貴族というものは計算高く損得を考え、またプライドが高く周りの評価を気にする者が多い。
その中でシオンは、冷静沈着な性格と優れた頭脳によって、いつも論理的、常識的な考えで物事を図ってきた。
そんなシオンからすると、エリザベスが…、王太子の婚約者たる公爵令嬢が、爆発を起こし、謎に爆笑しているという破天荒な出来事は信じられないことだったのだろう。
その後ルスランは、シオンの名誉のためにも、ただ笑い転げていただけだという真実は言わずに医者に大丈夫だと伝えた。
それでもシオンは治療室の近くの客室に部屋を移動することになった。
その晩シオンは、眠りそうになっては思い出し笑いして、眠ってはそれが夢に出てハッと覚めて笑った。
朝方になってようやく少し眠ることができたのだった。
◆
翌朝、シオンの目の下には見事な隈ができていた。
シオンは頭を抱えながらも起き上がると言った。
「ああ、頭が痛いです。笑いすぎて顔も腹も筋肉痛です」
しかし首を傾げながら小さく呟く。
「……けれどなんだか、変な感じがしますね。体の調子は悪いのに、気分は悪くありません」
ルスランはカーテンを開けながら安心したように言った。
「それにしても笑いが収まって良かったです。本当にあのままだったらどうしようかと心配しました」
「――ああ、昨日はきっとあまりにヴァレンテ令嬢が非常識で…、非常識というか破天荒というか…、とにかく私の常識ではとても考えられないことで、フゥ、あり得なすぎてパニックを起こしてしまったようですね…」
「なるほどぉ」
不慮の災難だったとでもいうように、そしてどこか他人事のようにそう言うシオンに、ルスランは少しの疑いもなく納得したようだった。
それからシオンは気に掛っていたようで聞く。
「ええっと……、あれだけ笑ってしまった後に聞きづらいのですが、彼女は、ヴァレンテ令嬢はあれから無事だったのですか?」
「はい、命に別状はないそうです」
「そうですか…、それなら良かったです」
「王宮で治療をするそうで、ヴァレンテ令嬢も治療室の近くの部屋に泊まっているそうですよ」
「近くに……?」
「はい」
シオンはどこか思案顔になるのだった。
その後、着替えて朝食を取って……、本を読んでいたわけだが、シオンはふと何気なさを装ったようなわざとらしさで言う。
「ああー、うーん…、そうですね、ちょっと散歩でもしてきましょうかねえ」
「え? そんなにお疲れで、今日は休んでいてはどうですか?」
「いえ、体を動かしたい気分でして」
「? そうですか」
シオンはなんだかそわそわとして確認する。
「ええっと、ヴァレンテ令嬢はここの近くに泊まっているのですよね?」
「はい、そうらしいですよ」
「ほう」
「――あ、お見舞いに行くなら何か持って行かないと……」
そんなルスランの言葉にシオンは過剰反応した。
「お見舞いなんて行きませんよ!?」
ルスランはキョトンとする。
「行かないのですか?」
「何で行かないとならないのですか!」
「だって心配ではありませんか? ちょうど部屋も近いですし」
「し、しかし、ギルバート殿下の婚約者にお見舞いなど……」
「そんな気にしませんよ、僕たちまだ子どもですし」
「友人でもないし、話したことなんてまだ一度しか……」
「別にいいのではないですか? 一度話したことがあるわけですし」
「しかし……、ああ、貴方はいつも適当ですからねえ、これがとんでもない問題に発展する可能性もあるかもしれないのですから、そのあの……」
「?」
「フゥ、何故こんなに動揺して……」
シオンは疲れたように頭を抱えた。
そんなシオンにルスランは何かを閃いたようにポンッと手を打った。
「――あッ、分かりました!」
「何ですか?」
「殿下は人に興味がなかったのに、初めて興味を持ったのですね、ヴァレンテ令嬢に!」
「はあ!? な、何を……!!」
「だから気になるのでしょうねえ」
「気にな……ッ!!??」
シオンは顔を…、耳まで赤くさせる。
なんだかそれは、異性を意識して恥ずかしく感じている反応に見えた。
ルスランの言うように、シオンは人に興味がなかった。
人に興味がなかったからこそ、性別など意識もしなかった。
しかし今回、初めて興味を持った人が女…、同じ年頃の少女であった。
シオンは大人びているが、まだ10歳である。
子どもの頃に初めて異性を意識すると誰しも恥ずかしさを感じるものだろう。
そんな現象が今、他の子どもと同じようにシオンにも起こっていると思われた。
「か、勝手に勘違いされては困りますね、いや、た、ただ、昨日のことがあまりに可笑しくて、そのだから……」
「?」
シオンは目を泳がせながら、しどろもどろに早口で言う。
慌てすぎだし意識し過ぎである。
「勘違い?」
「なんでもありませんよ……」
不思議そうに首を傾げるルスランに、ああそういえば相手はルスランだった、と思い出したらしく、シオンはようやく落ち着きを取り戻した。
ルスランはしみじみと微笑ましそうに失礼なことを言う。
「フフッ、ようやくシオン殿下も人の心を持たれたのですねえ」
そんなルスランに、シオンは多少苛立った様子で立ち上がった。
「――じゃあ、行ってきますからね!」
「ちょシオン殿下、お供しますよ! シオン殿下1人では迷子になりますよ?」
「なるわけありません! 付いてこないでくださいね!」
そうしてシオンは焦れたように早々に部屋を出たのだった。
それから落ち着かなそうにスタスタと早歩きして少し経つと、シオンはようやく気が収まったように溜め息を吐いた。
「ハア――」
――その時であった。
ふと、前から少女が全速力で走ってくる。
深く帽子をかぶっていて顔は見えない。
白い療養服に、体中に包帯がしてある。
シオンは目を見開いた。
少女はシオンを通り過ぎる寸前足を急停止させた。
「――――あれ? シオン殿下ではありませんか?」