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1.美少女で天才!




「――こんなんじゃダメッ!!!」



私は鏡に向かって声を上げた。


サラサラの金髪、青い瞳、白い肌、ぷっくりとした赤い唇……、かなりの美少女である私が映っている。

少しつり目で、気の強さと共に品性や聡明さを感じさせる美少女である。


私はエリザベス・ヴァレンテ、10歳。

ヴァレンテ公爵家の長女。

そしてアメリア王国の第1王子で王太子の、ギルバート殿下の婚約者だ。


そんな私は王妃教育を受けるために毎日王宮に通っているが、王宮での授業まで時間もないというのにドレスが決まらない。


地味だし、腰に付いているリボンもダサいわ!


メイドが違うドレスを持ってくる。

「こ、こちらはどうでしょう?」

黄色の可愛いドレスである。

でも、10歳の私には子どもっぽいのではなくて?

「ダメ!!」

メイドたちが慌てふためいていると、私付きメイドのメリッサが困ったように言う。

「お嬢様、このままでは授業に間に合いません」

「もう! じゃあこれでいい!」

私は綺麗な刺繍にレースがあしらわれたフリフリのピンクのドレスを選んだ。



そして着替えた後、バッグを持ってさあ行こうとすると、私はハッとする。

「ああそうだ、今日は魔法単語暗記ブックを持ってくるように言われていたのだわ……、時間がないのに!」


私はその日の授業の科目に関わらず、全科目の教材を毎日持って行っている。

先生やメリッサには重いでしょうと言われるが、毎日準備するのも面倒だし。

でも今日は、貰ったきり一度も使っておらずバッグにも入っていない魔法単語暗記ブックを使うと言われていたのだった。


私は机の引き出しをガッと思い切り開ける。

中はグチャグチャである。

私は整理整頓が苦手だ。

メイドたちは、うわあ、というような引いた顔で引き出しの中を見ていた。

私はそんなことは気にもせず引き出しの中をガサゴソと探った。


部屋自体はメイドが掃除してくれるが、机の上や中など、プライバシーのあるところはメイドが触れないので自分で整頓しなければならない。

ただ机の上は極めて綺麗。というか何も置いていない。

お母様に怒られるから、全部引き出しの中に入れて、見た目だけでも綺麗にしているのだ。


私は魔法単語暗記ブックを見つけ出すと雑にバッグに詰め込んだ。


「じゃあ行ってくるわ!」

私はメイドたちの見送りを待ちもせずに駆けだして、外に止めてある馬車に乗り込んだ。


「早くだしてちょうだい!!」

「かしこまりました!」


ちなみに、毎日こんな感じであるが遅刻は一度もない!





王宮に着くと、授業を受ける部屋までダッシュする。

王宮に勤める者や使用人たちの、いつものことだと慣れた視線が時折通り過ぎていった。


授業を受ける部屋に入ると、先生がすでに来ている。

私は席に座る。

時計を見ると、ちょうど針が動き授業の開始時間を指した。

私は1つ息を吐き汗を拭うのだった。



いつものことなので、先生は何事もなかったように授業を開始した。


「それではこの前のテストを返します」

テスト用紙を受け取ると、95点である。


――私は天才だった。

授業以外で勉強をしたことはない。

宿題もやらない。

私は勉強が嫌いだ。

好きな人間などいないだろう。

だが、天才であるから授業を聞くだけで、まあそれなりに、優秀な成績を残すことができるのだった。

宿題に関しては、私がやってこなくても優秀であるからもう出してこなくなった。


授業の開始ギリギリにやって来て、授業が終わるとすぐに帰る、宿題も予習復習もしない、そんな私にもっと真剣に取り組むようにと言う人もいる。

でも、私の婚約者であるギルバート殿下は、授業をよくサボり、王太子教育と王妃教育の共通授業では私が殿下を連れ戻しに行くこともしばしば、もちろん成績は悪い。

それに比べると、私は授業をきちんと受けているのでとっても真面目だと思っている。





休憩時間になると私は外に出た。

休憩時間くらいは外の空気を吸いたいわ。

息苦しいったらないのだから。


「フゥ~~……」


私は腕を上げて体を伸ばしたり、肩を回したりしながら王宮の素晴らしい庭園を歩いた。

この庭園は複雑な迷路のようになっている。

道の両側は3メートルはある背の高い花々が隙間なく咲いて覆われている。

分かれ道や曲がり角が多いため方向感覚を失う。

私は方向感覚が鋭いので、迷うことはないが。


そうして散歩していると、ふと、次の曲がり角の先から誰かの声が聞こえてきた。


ん?


曲がり角からひょっこり顔をだして見る。

私と同じくらいの歳の子どもが2人いた。


1人は氷のような冷たさを感じる、色素の薄い水色の髪と瞳をした、かなりの美少年。

もう1人は緑色の髪と瞳で、どこかぽやっとした雰囲気を持っている。美少年の付き人のようだ。


2人が私に気が付いたので、私は2人に近づいた。

「こんにちは」

「? こんにちは」

私の言葉に美少年が答える。


「私はエリザベス・ヴァレンテと申します」

「……私はスハウゼン帝国の第1皇子シオンです」

「私はシオン殿下の側近のルスラン・クルスと申します」


皇子ッ!? 

隣国、スハウゼン帝国の?


私は思わず目を丸くする。


シオン殿下には威厳を感じさせるオーラがあった。

姿は私と同じくらいの歳のようだが、落ち着いていて大人びている。


そんなシオン殿下に私はとても感心した。

ギルバート殿下と全く違うわ。

王子にも色々いるのねえ。

王子とはイケメンで偉そうにしているだけでいいのだと思っていた。

ギルバート殿下がそうだから。


シオン殿下のオーラを感じながらも、私は全く臆することなく言う。

「いつからアメリア王国に?」

普通に、一応会ってしまったからには話をしなくてはと思ったのだ。


シオン殿下は言う。

「つい2日前ですね。少しの間滞在する予定です」

「まあ、そうなのですね。ゆっくりしていってください。

アメリア王国では蜂蜜が自慢ですよ、体にもいいのです」

「ええ、そうですよね。蜂蜜ならいただきました」

「蜂蜜のお菓子はとっても甘くて――」


話していて、私はそうだと思って聞く。


「シオン殿下はギルバード殿下にお会いになられましたか?

私はギルバード殿下の婚約者なのです」

私の言葉に、シオン殿下がほんの一瞬嫌そうな顔をしたのが分かった。


「そうなのですか。ええお会いしました」

「どうでしたか?」

「……どうとは?」

シオン殿下は怪訝そうに聞く。

「仲良くなりましたか? 友だちになりましたか?」

「仲良く……? と、友だち?」

シオン殿下は困惑したように言った。


どうやら仲良くなれなかったようだわ。

ギルバート殿下は偉そうで上から目線、自慢話ばかりで話が長い。

そんなギルバート殿下は、媚びてくる人ならいいが、そうでない人には悪印象を持たれてしまう。


ここは婚約者である私がサポートをするべきね。


「ギルバード殿下は、まあちょっと、偉そうだし話が長いかもしれませんが、でもその……」

何か、ギルバート殿下のフォローを――。

「勉学は……」

ダメね。

「運動は……」

ダメだわ。

「特技……」

知らないわ。ないのではなくて!?


私は何かないかと考えて、そしてハッとする。

そうだわ!



「ギルバート殿下はイケメンです!!」



私は自信満々に声を上げた。

「……は?」

するとシオン殿下は思わずといったように声を漏らす。


私は安心した。

フゥ、ギルバート殿下に取り柄があって良かったわ。

うーん、ちゃんとフォローできたかは分からないけれど……。


そうこうしている間に、次の授業が近づいている事に気が付く。

「――あッ!!」

私の声にシオン殿下はビクッとする。

「私は王妃教育の授業がありますので、申し訳ありませんがこれで失礼しますわ!」

「ああ、はい」

シオン殿下は私の勢いに押されるように言った。


私は走りだして角を曲がる寸前、後ろを振り向いて最後に言う。

「――ぜひ、私とも仲良くしてくださいねッ!!!」

すると、シオン殿下が少し驚きながらも頷いたのが見えた。



それから、授業が始まってからふと思う。

そういえば、あの迷路庭園から戻れたかしら?

私は最初から迷うことなどなかったが、普通は迷ってしまうから案内人と一緒に入るそうだ。





授業が終わる頃にはもう夕方である。

昼過ぎに授業が終わる日もあるが、そういう日は王妃殿下にティータイムを誘われることが多いため、大抵帰りは夕方頃だ。


家に帰ると皆で少し遅めのティータイムにする。

皆というのは、家の使用人たちだ。

私は甘いものが好きで、私の好きな甘いものを、美味しいでしょうと皆と共有したいと思うのだ。


「メリッサ、お茶にするから暇な人を呼んできて」

「かしこまりました」

メリッサが少し弾んだ声で言う。


暇な人と言ったが、私のこのティータイムは人気なようで、使用人たちの間でどうやら順番が組まれているらしい。


「これはクリームが濃厚で、それでいてしつこくないわ。

それにとっても甘いわね! そうでしょ?」

「ええそうですね!」

「本当に美味しいです!」

「新作だと言っていましたよ!」

「とても良い出来だと伝えてちょうだい、また作るようにと」

「かしこまりました」


私は専属のパティシエを何人も雇っている。

私に美味しいお菓子を作らせることはもちろん、美味しいお菓子の発明、研究をさせている。


それから皆で食べていると、執事のセバスチャンがもうすぐ夕食の時間なのでそろそろティータイムを終了するようにと伝えに来た。


「セバスチャンもこれ食べてみて!」

「私は甘いものが苦手なので」

「食べてみて!」

「ですから、私は甘いものが苦手です」

「私が食べろと言っているのに食べないと言うの!?」

「ええ苦手ですから。――貴方たち、そろそろ片付けて仕事に戻ってください」

セバスチャンはスッパリ断ると、使用人たちにそう言ってさっさと出てっていった。


「いつもながらなんて無礼なの!? もうッ!!」

私が金切り声を上げると、まあまあと皆が宥めるのだった。





夕食の時、お父様が聞く。

「エリザベス、王妃教育の方はどうだ?」

「はい、順調ですわ!」

お父様の言葉に応えると、お父様とお母様は私を褒め称える。

「そうか、とっても偉いぞ」

「よく頑張りましたね、エリザベス」

「はい!」

「エリザベスは我が家の誇りだ、次期王妃になるのだからな!」

「ええ、エリザベス、自信を持ちなさい。貴方はとても美しくて、その上、王太子の婚約者。貴方は完璧よ」


お父様とお母様にとって、王太子の婚約者で次期王妃という事が重要であるようだ。

だから私がギルバード殿下の婚約者であり続ける限り、お父様とお母様は私に甘々だろうと思う。


ふと、お父様が珍しく、空気の様に静かなルーカスお兄様に声を掛ける。

「ルーカス、お前はどうだ? そういえばこの前のテストは2位だったそうだな」

「はい」

「努力が足りないんじゃないか? 次は1位をとれ」

「はい」

お父様の声、言葉は、私の時とは違って冷たく厳しい。

お母様は全く興味がないようで、淡々と食事をしている。


お兄様は笑わない、陰気くさい。

何を考えているのか分からないが、ただ私やお父様、お母様を嫌っているように思う。

フンッ、こっちだって嫌いだし!


私とお兄様は腹違いだ。

父は同じ、ここにいるお父様だが、母が違う。

お兄様の母が亡くなってから、私のお母様がここに嫁いできて私を産んだ。

きっとお兄様との険悪な関係はこのことが原因なのだと思う。


空気は悪いものの、私はそんなことを気にせずに口を開く。

「それよりも明日は、初めての剣術の授業と魔法の実践授業があります! とっても楽しみですわ!」

私は勉強、読書、裁縫なんかは嫌いだけれど、運動は好きだ。

だからずっとずっとその授業を楽しみにしていたのだ!


私の言葉にお母様は心配そうな顔をする。

「ああ、貴方の体に傷でもできたらどうしましょう。くれぐれも顔にだけは傷をつけないように」

「はい! 分かりましたわ」

面倒だと思ったが、一応いい返事をしておいた。


そして私はついでに言った。

「ああそうだ、ねえお父様、実は欲しいドレスがあるのですけれど……」

「可愛い娘の欲しい物何でも買ってあげるぞ」

「わぁ! お父様大好き!」

するとお母様もすかさず便乗する。

「貴方、私も欲しい指輪があるの! お願いッ」

「ああ分かった分かった」


パティシエ、お菓子、ドレス、宝石……。

お父様に頼めば基本的に何でも手に入るのである。






◆◇◆◇



明らかに走るのに適していない、フリフリしたピンクのドレスを纏ったエリザベスが、汚れるのを気にもせず颯爽と走り去って行くのを、シオンは呆然と見送った。


「――何ていうか、嵐のような人でしたねえ」


ルスランがのんびりとした口調で言う。


「何ですかアレは……」

シオンが小さく呟くと、ルスランは笑った。

「フフッ、面白い方でしたね」

「面白いというか……、何も考えていないバカではないですか。

この国はもう終わりですね。次期国王と王妃がああでは」


シオンの嘲笑混じりの言葉に、ルスランは「いいえ」と否定した。

「ヴァレンテ令嬢は頭脳明晰な方ですよ」

ルスランは天然で抜けているところはあるが、真面目で中々に優秀な人材で、滞在するアメリア王国の王族貴族の情報は事前に調べていた。

「そうなのですか?」

「はい」

シオンは意外だというように微かに目を見張った。


「なんでも授業だけで全て理解し覚えてしまうそうです。

まあシオン殿下もそうですね。

同じようにシオン殿下も天才と言われていますし。

ハア、凡人からすると全く羨ましいことですね」

「へえ」

シオンが多少興味を持ったように目を細めるが、それに気づきもしないルスランは「そうそう!」と謎に嬉しそうに付け足した。

「ヴァレンテ令嬢は甘いものが好きらしいです」

「……それはどうでもいいですが」

シオンは呆れたように溜め息を吐いた。



「――というか!」


そこで、ハッと思い出したようにルスランが声を上げた。


「どうやってこの迷路みたいな庭園を出ますか?

まあ、方向音痴のシオン殿下に聞いてもどうにもならないですよね」

ルスランは時々無自覚に失礼なことを言う。

「知りませんよ」

シオンはその言葉に苛立たしそうに、ほんの少し気まずそうに答えた。


シオンには少し自信過剰なところがあり、方向音痴であるというのに、自分がそんなわけがないと認められず、もちろんこんな迷路も迷うわけがないと思っていたのだ。


ルスランも、これほどまでに複雑な迷路だとは思わず、シオンが方向音痴であっても自分がいれば大丈夫だと思ったのだ。

ルスランは意外に方向感覚に優れている。

しかしエリザベスほどではなく、さすがに初めからの攻略は難しかったようだ。


「あッ、ヴァレンテ令嬢に案内してもらえば良かったですね」

「迷ったなんて言えるわけないでしょう」

「まあ、今となってはもう遅いですが……。

ヴァレンテ令嬢はこんな複雑な庭園を迷わないなんてすごいですねえ」



――その後シオンとルスランは、2人のような迷子がいないかを定期的に見回っている庭師に見つけられて、無事に戻ることができたのだった。


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