第七十五話:謎の男、そして兄妹仲
前回のあらすじ:アイヴィは怪我無く無事だったが、謎の男と魔族の出現と分からないことだらけだ。
第七十五話です。皆さんは兄弟がいますか。自分には兄がいて、めったに連絡を取りませんが、会ったら一緒にゲームをしたりする仲です。
王都の宿の一室。俺はベッドに横になって考え事をしていた。
数日前、学院対抗戦が行われていたあの日、王都は魔族と魔物による襲撃を受けた。その被害は少ないとは言えないものだったが、壊滅的なものではなかった。
それはひとえに、王都の騎士や冒険者が優秀であり、しかも両者が協力し合った結果だといえる。
俺はアイヴィ救出に奔走していたため知らなかったが、対抗戦の観客席に魔族が襲撃し、国王が直接狙われた。しかしながら、護衛についていた王都の騎士団長が返り討ちにしたという。
そして、王都の外からも魔物の大群の襲撃があったらしい。明らかな異常事態に、普段はそこまで仲が良くない騎士団と冒険者が協力して王都防衛戦を行っていたようだ。
この二つが同時に起こるなんて、誰から見ても仕組まれたものだと考えるだろう。結果として、今回の魔族と魔物の襲来は"王都戦線"として歴史上類を見ない重大事件となった。
しかし、そんな王都戦線の中でひっそりと行われていたアイヴィ誘拐事件。それにも魔族が関わっており、さらには王国の貴族がそれに協力していたという事実。今は王国貴族の上層部は様々な対応に追われていた。
なぜそんな事件が起こったのか。俺は目をつむって考え始める。
魔族による国王および貴族への襲撃、魔物による王都への侵攻、そんな中ひっそりと行われたアイヴィの誘拐。
どれが"敵"にとって本命だったのだろう。
単純に規模から考えると国王襲撃か王都への侵攻のどちらかが本命のように感じる。実際、ほとんどの上層部はそのように考えている。しかし、だとすればアイヴィの誘拐が行われた理由が分からない。
その不自然さを考えると、もしかしたらアイヴィの誘拐こそが本命だったのではないだろうか?だとしたら、アイヴィを誘拐して"敵"は何をしようとしていたのか?
アイヴィには勇者の魔力という唯一無二の才能を持っている。魔族にとってはそれが、かつて主であった魔王を殺した勇者を彷彿とさせる。よってアイヴィに対して復讐心が芽生えていたとしても不思議ではない。
しかし、それは殺害する理由にはなっても、誘拐する理由にはならない。
誘拐するということはアイヴィに何かしらの利用価値があったということだろう。確かに倫理面を抜きにすれば、アイヴィの価値は計り知れない。
エスカの事件が思い出され、嫌悪感がこみあげてくる。誘拐してアイヴィを利用しようとする奴らだ。そんな奴にまともな倫理観を期待してはならないだろう。
吐き気に襲われて俺は思考を中断する。人を人と思わないやつのことを考えるとどうしてもこうなってしまう。
コンコンと扉をノックする音が聞こえた。俺は体を起こし、扉の方までゆっくり歩き、扉を開ける。そこにはアイヴィとエスカがいつもの笑顔で立っていた。
「こんにちは、アイン君。もしかしてお休みでしたか?ごめんなさい。」
「外を出歩くことすらままなりませんからね。お話をしに来ましたの。」
アイヴィとエスカはあれからほとんど宿から出られていない。魔族に誘拐されそうになったアイヴィには現在騎士団から護衛が派遣されており、外出が制限されているのだ。エスカはそんなアイヴィに付き合って、部屋で一緒に話したりしているらしい。
宿の隣にあるちょっと開けた庭のような場所で俺は訓練をしていたが、二人は対抗戦の疲れなどもあり宿でゆっくりしていたのだ。
「ちょっと考え事をしていただけだから。どうぞ、入って。」
二人を部屋に招き入れる。部屋はそんなに広いわけではないので、さっきまで横になっていたベッドを直し二人に座るように促す。
俺は一人用のテーブルの前に置かれていた椅子を動かして、ベッドの近くに腰かけた。
「買い物にでも行って気晴らしできれば良かったんですけど、今は護衛の騎士の方もいらっしゃいますし、ままならないものですね。」
「宿の中だと娯楽も少ないからね。暇になるのは仕方ないよ。一応騎士団の方にいろいろ融通を利かしてもらえないか聞いてるから、もう少しの我慢だよ。」
騎士団は再び魔族が襲撃してくるのを警戒しているようだが、俺はその可能性は低いのではないかと考えている。
というのも、先日の襲撃は結果としてかなり大規模の物だったため、再度あの規模で襲撃してくることはさすがにできないと思うからだ。しばらくは魔族の襲撃はないのではないだろうか。
俺はエスカの顔をじっと見つめる。結果的にアイヴィは傷一つない状態であったが、エスカは違う。腹部を貫かれて出血多量、生死の境をさまよっていたというのに、随分元気になったものだ。
俺の視線に何を感じ取ったのか知らないが、エスカはほんの少し顔を赤らめる。
「その……、そんなに見つめられると少し恥ずかしいですわ。」
「……。」
アイヴィが無言の圧をこちらに送ってくる。俺は咳払いして視線を外す。
「いや、随分と元気になったと思ってね。さすが聖女の治癒魔法。」
「ですね。私が目を覚ましたころにはすでに傷も塞がっていましたし、最初見たときはただ寝てるだけかと思いました。」
エスカを連れて対抗戦の会場まで戻った時、すでに妹のルンさんによる治療は終わっていた。観客席を狙った魔族の襲撃は救護室にまで手を伸ばしていたらしく、姉のリンさんもその迎撃に打って出ていたということを後から聞いた。
「リンさんもルンさんも優しかったですわね。昨日は私の体調が問題ないか、わざわざ様子を見に来てくださりました。」
攻撃的な口調とは裏腹に、姉のリンさんは優しい性格をしているらしい。リンさんは治癒魔法が苦手で攻撃魔法が得意なのは性格に依るものなのかと思っていたのだが、そうではないと話してみて分かった。
それからもしばらく他愛のない話を繰り返した。俺の対抗戦での試合やニュートさんのこと、二人の試合や、レオ第二王子殿下の事などいろいろなことを話した。
そんな時、扉をノックする音が聞こえてきた。俺は席を立ち、扉を開ける。ヨーダ兄さんとデザルグさんだ。
「よっ、アイン。やっぱりアイヴィちゃんとエスカちゃんもここにいたか。邪魔しちゃったか?」
「全然問題ないよ、兄さん。デザルグさんも一緒ってことは騎士団の仕事?護衛の件?」
もしかしたらアイヴィの護衛が少し緩くなるかもしれない。
「それもある。けど、一番用があったのはお前にだ、アイン。」
俺に?少し疑問を覚えてから思い出す。ゾイの屋敷にある転移の魔法陣の解析をしていなかったことに。アイヴィの無事に安心しきってしまっていたため、すっかり頭から抜け落ちていた。
言い訳をさせてほしい。大事なことだから忘れないだろ、と思うかもしれない。しかし、ゾイの屋敷は王都の騎士団が調査することになり、俺はそれに同行させてもらえなかったのだ。それは仕方ないだろう、騎士団のほとんどにとって俺は首を突っ込んだ民間人に過ぎないのだから。
いくらヨーダ兄さんが俺のことをいろいろ言ってくれたところでそれは覆らず、騎士団の許可が終わるまでは待機ということになっていた。
「騎士団の調査は一通り終わった。ゾイ=フーシェが今回の事件の協力者である可能性が高いという証拠が出てきてな。もちろんその証拠には相手側の素性は書かれていなかったが、魔法陣の解析が終わればそれも分かる可能性があるからな。」
そうは言っても、なぜ俺なのだろうか。王都なら魔法陣の解析ができる人だって大勢いるだろうに。俺のそんな疑問を瞬時に理解したヨーダ兄さんが話を続ける。
「魔法陣の専門家は匙を投げたよ。それでちょうど王都に来ている魔法陣の専門家のアベル先生に白羽の矢が立った。アベル先生に聞きに行ったら、アインに任せるってよ。」
アベル先生は魔法陣学に非常に詳しいが、それは従来の魔法陣だ。今回の転移魔法の魔法陣など、今までの経験とは異なるものとなれば俺の方が分かると判断したのだろう。アベル先生は俺が転移魔法が使えると知っているのも大きい要因かもしれない。
「それがアインへの用事な。それで次はアイヴィちゃん達の方な。」
ヨーダ兄さんがアイヴィとエスカの方に向き直る。
「今まではなるべく外出をしないように、と言ってたがそれは解除。護衛がいる限り、外出は自由にしてよし。俺とデザルグがしばらくは護衛につく。」
「に、兄さんが?」
アイヴィが驚愕の表情を浮かべる。それはまるで予想していなかったという顔だ。そんなアイヴィの様子を見て、デザルグさんは少し不機嫌そうな顔をする。
「悪いか?」
「い、いえ。頼もしいです。」
アイヴィの言葉にデザルグさんは顔をそらす。それは妹の様子を心配する兄の姿にしか見えない。俺とヨーダ兄さん、それにエスカもそんな仲が良さそうな兄妹の様子を見て微笑ましい視線を送った。
七十五話いかがだったでしょうか。険悪な仲だったドレッド兄妹でしたが、少し関係が改善されたようです。デザルグが大人になったのか、妹が誘拐という危機にさらされたことで家族の大事さに気づいたのか。皆さんのご想像にお任せします。
次回更新は3/7(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




