第七十一話:非常事態、そして襲撃
前回のあらすじ:アインはニュートに勝利したが、何か非常事態が発生したようだ。
第七十一話です。アインの試合中、何が起こっていたのでしょう。
<三人称視点>
「た、大変です!団長代理!」
ここは王都騎士団の本部。そこに一人の若い騎士が慌てた様子で走りこんできた。
「どうした?用件は簡潔に伝えろ。」
団長代理と呼ばれた男性は冷静に返す。現在、騎士団の団長は対抗戦の会場警備の指揮を執っているため、残されたメンバーの中で最も優秀な男が団長代理を任されていた。
若い騎士は一度息を整えてから姿勢を正す。
「ものすごい数の魔物が一斉に王都に向かってきています。その数は推定で百を超えると報告がありました。しかも、その中にはBランク以上の魔物もいると。現在、冒険者協会にも連絡を行っている最中ですが、おそらく緊急招集となることでしょう。」
「なんだと?」
団長代理は訝しげな顔をする。もともと群れる性質の魔物でない限りは、基本的に魔物は集団で行動したりしない。変異種などの例外がいるが、それでもそこまでの規模になることは普通あり得ない。
「それは確かな情報なのか?」
団長代理の隣に立っていた男が質問する。あまりに突拍子もない出来事であるがゆえに、信じられていないかのような表情だ。
「間違いありません。王都の外に出ていた複数の冒険者がそれを目撃しています。進行速度は速くありませんが、迅速な対応が必要です。ご指示を!」
団長代理はほんの少し考えるようなそぶりを見せる。今日は学院対抗戦、しかもそれを国王が観に行っているために騎士の多くをそちらの警護に回している。
それほどの規模の魔物に対応できるだけの戦力が騎士団本部には残っていない。
「対抗戦の会場の警備を最低限にして、残りをこちらへ呼び戻せ。だが、王の周りの警護だけは減らすな。それと、会場にいる団長に現在の状況を伝え、細かい指示を仰げ。残っている騎士たちは迅速に準備を整えよ!」
「はい!」
その場にいた全員がピシッと敬礼をして返事をする。そしてすぐに準備に動き始めた。団長代理もすぐに武装を整えて、出陣の用意を始めた。
<エスカ視点>
目が覚める。体がけだるい。動くのもおっくうになるほどだ。近くでぱたぱたと動く気配を感じる。
(確か、私たちは対抗戦で"双子の聖女"と戦って……。結果は?結果はどうなったんでしょう?)
記憶がおぼろげだ。一つ一つ記憶をたどっていく。アイヴィさんの魔法、それが結界にぶつかって破って。アイヴィさんに迫りくる魔法を撃ち落として。記憶がはっきりとしてくる。私たちは"双子の聖女"に勝ったんだ。じわじわと勝ったという実感が湧いてきて、嬉しくなってくる。
動いていた気配が近づいてきて、私の目の前に現れた。
「あっ、目を覚まされたんですね。体の調子はどうですか?どこか痛かったりしませんか?」
私は上体をゆっくりと起こす。実際に動かすと、想像以上に体の重さが実感される。
「体がとても重いです。痛みは……ありません。」
「ふむふむ。たいした怪我はありませんでしたので、治癒魔法で十分に治っているようですね。体が重いのは魔力が足りなくなっているからでしょう。あれほど魔法の打ち合いをしていたのですから、当然ですね。しっかりと休憩すればすぐにいつも通り動けるようになるでしょう。」
ふと視線を横に移すと、同じように簡素なベッドで横になるアイヴィさんの姿が目に入った。
「アイヴィさんは大丈夫なのですか?」
「はい。彼女の怪我もそこまでひどくありませんでしたので、治癒魔法で治しました。おそらく魔力欠乏と精神的疲労からまだ眠っているのでしょう。大丈夫です、そのうち目を覚ましますよ。」
安心してほっと息を吐く。私もアイヴィさんも随分と無茶をしたものだ。
会場から歓声が沸き起こっているのが聞こえる。おそらくアイン君の試合の歓声だろう。アイン君の試合を見られないのは残念ではあるが、きっと彼は相手が例え相当な強者であっても勝つだろう。試合の後にいっぱい話を聞くとしよう。そしていっぱい話を聞いてもらうとしよう、私たちの頑張りも。
もう少し横になろうと思ったその瞬間。部屋の扉が開かれ、一人の男性を先頭に三人ほど入ってくる。
先ほどまで私と話していた救護班の人がそちらの方に歩く。
「すみません。ここは関係者以外立ち入り禁止です。休憩中の方もいますので、申し訳ありません。外にいる兵士から話は聞いていませんか?」
「これは失礼。私はゾイ=フーシェ。フーシェ家の当主だ。そこの二人に話があってお邪魔させてもらったんだ。」
フーシェ家。確か王都にある魔法研究を生業としている貴族の一つだったはず。そんな人が私たちにどうして……。
「どんな方であれ例外はありません。お引き取りください。用件があれば、後ほど学院を通じて行うのが良いかと。」
救護班の人も引かない。貴族と聞いても引かないのは、この人ももしかしたら貴族の出身なのかもしれない。
ゾイさんの後ろに立っている男性の目が細く光る。その目を見て、私の背筋にぞくりと寒気が走る。
「え。」
私たちをかばうように立っていたはずの救護班の人が、急に力を失ったように倒れこむ。倒れこんだ床にジワリと赤い液体が広がっていく。
一歩ずつ男が近づいてくる。よく見るとその右手は赤色に染まっている。
「いやー、さっきの試合は見せてもらったよ。そこの嬢ちゃんもだけど、人間にしてはなかなかやるじゃないか。」
男の姿がぶれて、紫色の肌があらわになる。後ろに立っていた女性もため息を一回つくと、姿がぶれて紫色の肌が現れる。
「ま……ぞく……。」
声が震えているのが分かる。私は思わず自分の体を抱くようにして、後ろに下がろうとする。
「けど、ごめんね。今回君には用がないんだ。君の後ろにいるその女の子に用があるんだよ。」
私の後ろ……。そこで気づく。この人たちの目的はアイヴィなのだと。
「大人しく後ろの女の子を引き渡してくれるなら、君だけは助けてあげようかな。な、良いだろう?」
魔族の男が後ろの二人の方を向きながら言う。恐怖で身が縮こまる。しかし、それだけは。その要求だけはのむことができない。私はキッと目の前の男を睨みつけ、アイヴィを守るように前に立つ。
私の様子を見て、男は心底つまらなさそうな顔をする。
「面白くないなー。自分の命欲しさに友達を売るような人間の醜さ。そんなのが見たいんだけど。なあ、旦那?」
パンッという乾いた音とともに腹部に熱が走る。急に力が抜けて私は床に膝をつく。思わずお腹を右手で抑える。お腹から生暖かい液体が流れる感触がする。
ゆっくりと顔を上げる。すると、ゾイさんが見たこともない変なものを手に持ってこちらに向けているのが見えた。その口のような部分から白い煙が上がっている。
「もうちょっと話しても良かったんじゃないの、旦那?」
「時間がないんだ。さっさと行くぞ、連れていけ。」
「はいはい。」
意識が薄れていく。倒れこむ私を無視して、魔族の男がアイヴィの方に近づき、アイヴィを肩に担ぐ。
私は扉の方へ歩いていく彼らの方に力を振り絞って手を伸ばす。しかし、その手は何もつかむことなく空を切って、私の意識とともに落ちていった。
七十一話いかがだったでしょうか。乾いた音がして、口の部分から煙が出る、一体何なんでしょう……。そしてエスカは無事なのでしょうか。
次回更新は2/21(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。
お知らせ(再掲):以前投稿した短編『ただ一つの変わらない日常』がSVB大賞を受賞しました。自分の作品がこのように評価していただけて非常に光栄に思います。もし良かったら、そちらも読んでいただけたら嬉しいです。




