第五十六話:騎士団長、そして情勢
前回のあらすじ:騎士団長と模擬戦を行い、完敗する。
五十六話目です。唐突ではありますが、第三章最終話です。
尻もちをついた俺にタレス騎士団長は手を差し伸べる。俺はその手を取り、立ち上がる。肉体的にも精神的にも疲労困憊という感じだが、どこか満足感を得られていた。
言い訳のしようがないくらいの完敗だ。俺の作戦を完璧に読み切り、対応しきるその手腕は余裕すら感じさせられた。今回の模擬戦は非常に良い経験になった。
俺の戦い方はまだまだレパートリーが少ない。簡単な魔法を目くらましにしての剣術か転移魔法で裏を取るくらいしか作戦がない。無詠唱魔法という他の人にはないアドバンテージがあるのだから、もっと存分にそれを生かして戦うべきなのだ。
俺の顔を見て騎士団長も満足げな表情を一瞬浮かべる。しかし、すぐに厳しい顔に変わると周囲の騎士を一瞥する。
「今の戦いを見て諸君らが何を感じたか私には分からない。しかし、良い機会だから言わせてもらおう。今の騎士には足りないものが多すぎる。」
騎士たちは反論もせずに黙って聞いている。
「騎士の剣術は非常に合理的で強力なものであることは間違いない。だが、それに胡坐をかいているようでは駄目だ。例えば、諸君らは魔法を軽視したりしていないか?アイン君が魔法学院の学生だからと、少しでもなめてかかった者はいないか?」
俺と打ち込みを行った騎士が目をそらす。
「別に今から魔法の訓練をしろとは言わない。どうしても人には向き不向きというものがあるからな。だが、そういう戦い方をする人もいると頭に叩き込んでおかなければならない。相手がいつも正々堂々と騎士の戦い方をしてくれるとは限らないのだ。騎士の剣術を崩さない範囲で柔軟性を持つ。それが最も手っ取り早く強くなる方法だと思え。」
騎士団長は一人一人の騎士の表情を見るように、周囲を見渡す。最初、俺が訓練場に来た時とは別人のような顔つきをしている騎士たちが多い。
「もう一つ、言っておかなければならないのは、私がアイン君に勝てた理由についてだ。はっきり言ってほんの少し天秤が彼の方に傾いていれば、私は負けていただろう。」
その言葉に騎士たちは驚きの顔を見せる。騎士たちにとって騎士団長は最強に近い存在で、今の模擬戦でも結果としては俺を圧倒した形だったのだから騎士団長の言葉を理解できていないのだろう。
「天秤が私の方に傾いてくれた理由は簡単だ。私は彼の戦い方や性格をよく知っていた。そういった情報があったからこそ、彼の手札を見切ることができたのだ。もし初見だったら、転移魔法による不意打ちに対応することはできなかっただろう。」
例え初見だったとしても、騎士団長ならギリギリのところで対応できたような気がするのは俺だけだろうか。もちろん先ほどの模擬戦のように余裕で受け止めることはできなかったかもしれないが。
「情報というのは非常に強力な武器だ。相手の戦い方を知っているというだけで、戦いを有利に進めることができる。もちろん、実際の戦場で相手の情報を持っていることなど稀かもしれないが、だからこそ強力な武器となる情報を収集することを怠るな。」
確かに情報は大きな武器になる。情報があるかないかで、戦い方は全く異なってくるだろう。騎士団長は騎士たちの甘い考えを治したかったのかもしれない。良い出汁にされた感が否めないが、こちらもよい経験ができたので良しとしよう。
それから騎士団長はいくつか騎士に連絡事項を伝えて、各自の模擬戦を開始するように号令をかけた。そして、俺の方に近づいてくる。
「さてアイン君。いろいろと疲れただろう。今日の訓練はこの模擬戦で終了になる。参加してくれてありがとう。」
「いえ、こちらとしても良い経験になりました。次は騎士団長が対応できないような作戦を考えておきますね。」
「ふふ、それは楽しみだ。だが君もそろそろ学院が始まる頃だろう。秋になれば君はきっと忙しくなるだろう。」
秋?確かに学院が再開して、夏季休暇の間よりは忙しくなるだろうが何かあっただろうか。俺の困惑など知らん顔で騎士団長は言葉を続ける。
「君を良い様に使ってしまったことは申し訳ないと思っている。だが、現状では騎士団の強化は優先すべき点なのでな。」
「何かあったのですか?」
騎士団の強化が優先事項?いや、騎士団とはつまるところ戦いのための機関だ。その強化が優先事項ということはまさか……。
「近頃は隣の帝国の動きが怪しくてな。帝国の情勢はどの程度知っている?」
帝国とは王国の隣にある大国だ。俺の実家であるヴァレンタイン領は、この帝国と国境を接している。
確か帝国では数年前に皇帝が崩御して、一時的に国内が混乱していたはずだ。それからのことは俺は知らない。
「最近になって、帝国は急に軍事などの重要な情報を隠すようになってな。間者からの情報も大したものは得られていない状況だ。しかし、急に統制が取れた動きをし始めたことから、新たな皇帝が生まれたのではないかというのが上層部の判断だ。」
俺たちが住んでいる王国、隣の帝国、そして凶悪な魔物が住む領域をはさんだ東の大国。この三つの国がこの世界で強大な力を持つ国々だ。他にも小さな国々は存在するが、その国力は比べるべくもない。
今まではどの国も積極的に領土拡大などを考えていなかったが、もしかしたら今度の皇帝はそうではないかもしれない。三国の国力がバランスをとっていたために問題なかったが、もし皇帝が王国に攻め入ってきたりしてそのバランスが崩れたりしたら世界は混乱することになる。
事の重大さは理解できた。万が一のことが起こってからでは遅いから、騎士団の強化は先にしておきたいということなのだろう。
「そうは言っても戦争になるのはまだまだ先の話だろうがな。騎士団の強化もそんな簡単に行くものではない。長い時間をかけてやっていくことになるだろう。」
俺を呼んだのにも様々な思惑があったらしい。もし戦闘に役立つような魔道具を作ることができたら、優先的に騎士団に回すことにしよう。
長く有意義な騎士団の訓練は終わり、俺は寮への道を満足した顔で帰るのだった。
<三人称視点>
夏季休暇とは言っても、教員が休みになるわけではない。例にもれず、カイル学院長は学院長室で数多の書類と格闘していた。
いつも通り一枚一枚書類を処理していく過程で、一枚の手紙が目に入る。
「そうか、夏季休暇も終わりじゃし、そろそろあれの時期かのう。」
手紙を開封し、中身を読む。その手紙を読んでいると、学院長室の扉がノックされる。一旦手紙から目を離し、「どうぞ。」といって招き入れる。
「お久しぶりです、学院長。いろいろ大変だったとお聞きしました。」
「ああ、君か。ちょうど良い。今あちらからの手紙を読んでいたところじゃ。」
中に入ってきたのは一人の青年だ。さわやかな顔立ちをしていて、いかにも優等生という雰囲気を醸し出している。
「ちょうどその件でお伺いに来ました。今年の一年生は有望株が多いらしいので、選出の相談をしたくて。」
「ふむ、では話し合いを始めようかのう。学院対抗戦の。」
暑い夏は終わりを告げる。そして熱い秋が始まる。
五十六話いかがだったでしょうか。ほんの少し世界の情勢について触れました。いつこの設定が出てくるか……。そして第四章「学院対抗戦編」が始まります。忘れているかもしれませんが、アイン達が通っているのは第二魔法学院です。
次回更新は12/17(金)になります。第四章の前に閑話を一つ更新します。
お知らせ(再掲):年末の更新は12/24(金)が最後になる予定です。年始の更新については未定です。




