第四十五話:議論、そして女の闘い
前回のあらすじ:疑似魔剣に関する実験は失敗に終わった。
四十五話目です。ドレッド家の家へ出発します。
今日はドレッド家の当主、つまりアイヴィの父親に会いに行く日だ。俺は指定された時間通りに寮の前に立っていた。俺の隣ではアイヴィがどこか微妙な表情で立っている。
なぜ微妙な表情をしているのか理由は明らかだ。今この場には俺とアイヴィだけではなくもう一人、エスカがいるからだ。本来ドレッド家にお邪魔するのは俺だけの予定で、エスカは来ないはずだったのだが、なぜか今この場にエスカはいる。
俺は頭を抱えて、苦い表情をしながらエスカに尋ねる。
「えっと、どうしてここにいるんだい、エスカ?前言ったように今日は休みのはずなんだけど。」
「ええ、分かっていますわ。ですから今日、休みを利用して、アイヴィさんのご実家に挨拶に伺おうと思いまして。」
自信ありげな表情でエスカが答える。聞きたいのはそういうことではないのだが。俺は困ったようにアイヴィの方を見る。アイヴィは、自分は何も知りません、とでも言いたいかのように両手を顔の前で振っている。
そんな俺たちの様子を見てエスカは言葉を続ける。
「もちろんアポイントメントはとっていますわ。私の父にお願いして、連絡を取っていただきました。公爵様とつながりを得られるチャンスだと、父も喜んでいましたよ。」
父親に連絡して、それからアポの連絡を取っていたとなると、俺がアイヴィの家を訪ねると決めた日には動き始めていたのだろう。エスカの行動力には脱帽するしかない。
ただ、俺はまだしも、アイヴィにすら言っていないのはどうかとは思うが。
「まあ、決まったものは仕方ない。ここにいるということは、アイヴィの迎えの馬車に一緒に乗るということで良いんだよね?」
エスカは元気よく「はい!」と返事をする。そんな風に話していると迎えの馬車が来たようだ。御者台から執事らしき人が降りてきて、俺たちに向かって恭しく礼をする。
「私はドレッド家に仕えるバースと申します。本日は旦那様の命により、皆様のお迎えに上がりました。」
そういって馬車の扉を開ける。馬車は大きく、俺たち三人が乗ってもまだ余裕があるような広さがありそうだ。アイヴィとエスカが先に馬車に乗り込む。
俺も遅れて馬車に乗り込もうとするが、バースさんが俺の方を見ているのに気づいた。ただ見ているのではなく、何か見定めるような視線だ。
「あの、俺の顔に何かついてますか?」
「……いえ、何もありません。失礼いたしました。多少揺れますので、馬車が動いている間は座られるようお願いします。」
バースさんに妙な態度を感じつつも俺は馬車に乗り込んだ。
馬車の中には奇妙な空気が流れていた。馬車の中はボックス席のような構造になっていて、ゆうに六人は座れるほどの大きさの座席だ。アイヴィとエスカは対面するように座っている。二人とも広い座席をそれなりにゆったりと使っている。しかし、二人とも俺が十分座れる程度の間を残して座っていた。
そこで俺は気づく。俺はどちらの席に座るべきなのだろうか。アイヴィの隣か、エスカの隣か。
俺がどちらに座るかを逡巡していると、アイヴィが自分の隣の座席をポンと叩いて俺の方に声をかける。
「どうしたんですか、アイン君?ほら、馬車が出てしまいます。早く座ってください。」
アイヴィは笑顔なのだが、どこか威圧感を感じさせる。アイヴィの言葉を受けて、エスカも自分の隣をポンと叩いて笑顔を浮かべる。アイヴィの笑顔と同様に威圧感を放っている。
「そうですよ、アイン君。さあ、こちらへどうぞ。」
俺の方を見ていた二人が、今度は顔を合わせて視線で火花を散らす。
これは完全に俺のミスだ。少し考えればこうなることは予想できたというのに。後悔先に立たずとはまさにこのことか。
俺は一つため息をつくと、ゆっくりとエスカの隣に座った。理由は簡単だ。今回アイヴィはホストの立場で、俺とエスカが客人として同じ立場にいるからだ。
そんな理由を知ってか知らずかエスカは勝ち誇ったような顔をアイヴィに向けている。しかし、アイヴィはそんなエスカの表情などどこ吹く風といった感じで、ゆっくりと俺の正面に席を移動した。
そして俺の顔をじっと見た後に、今度はエスカの方に勝ち誇ったような顔を向けた。言葉のない二人の争いに俺は頭が痛くなりながら、早く馬車が動くことを願っていた。
馬車が動き出してからは、先ほどの一触即発の空気などなかったかのように話が弾んだ。とは言っても、いつもしているような雑談でたいした中身のない話だ。
そんな雑談をしていると、御者台の方から「そろそろ到着します。」とバースさんの声が聞こえてきた。馬車の窓からほんの少し顔を出してみると、視線の先には大きな屋敷が見えた。
門がゆっくりと開き、馬車が中に入っていく。さすが公爵家といった感じで、庭も豪華できちんと手入れされている。ヴァレンタイン家は前世でいうと、田舎のちょっと金持ちの家という感じだが、ドレッド家は誰もが想像するような大貴族というような屋敷だった。
屋敷の正面の大きな扉の前で馬車が停まる。するとすぐにバースさんが馬車の扉を開ける。俺たちが馬車から降りると、そこには一人のメイドが立っていた。
「私は馬車を厩舎の方までもっていきますので、ここからの案内はよろしく頼みます。」
「かしこまりました、バース様。」
そういってメイドはこちらを向くと、きれいな礼をする。
「初めまして皆様。私はメイドのルカです。これから皆様を旦那様のもとに案内します。」
ルカさんのその言葉に俺たち三人は驚愕する。当然だ。事前の話では仕事で忙しいから会うのは夕方以降になるかもしれないと聞いていたのだから。今は昼過ぎ。当然、当主としての仕事をしている最中だと思っていた。
「そんな顔をされるのも分かります。私たちにも知らされたのは昨日でしたから。旦那様は仕事を調整されて、今日は家でできる仕事のみにされたそうです。現在もお仕事の最中ですが、皆様が到着されたら案内するように仰せつかっております。」
ルカさんがゆっくりと玄関の大きな扉を開ける。アイヴィが中に入っていくのに続いてエスカも中に入っていく。俺は一度深く呼吸をして、覚悟を決めてから屋敷へ足を踏み入れた。
四十五話いかがだったでしょうか。自分の友人が幼いころに同じような経験をしていました。その友人は悩みもせず、女の子たちの隣には座らずに、男友達の隣を探して座っていました。その時は特に何も思いませんでしたが、こんな漫画みたいなシチュエーション本当にあったんだと大人になってから思います。次回はアイヴィの父親とご対面です。
次回更新は11/19(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




