閑話:湯川伸弥の過去 後編
前回のあらすじ:夢をかなえるために学会へと旅立つ湯川。帰ってきた彼の目に入ったのは見知らぬ子供たちであった。
閑話後編です。少しショッキングな表現がありますので、苦手な方は区切ってある部分の中を避けてお読みください。
私は勢いよく扉を開ける。中にいたヴィクター所長は少し驚いたような顔をしてこちらを向いた。
「どうしたんですか、湯川君。お土産は子供たちに喜ばれましたか?」
「あの子たちじゃない。私がいた時の子供たちはどこにいったんですか?」
無事に生きているならそれでも構わない。頼む。お願いだ。
ヴィクター所長はその表情を崩すことなく答える。
「なるほど、前の子供たちでしたか。彼等なら亡くなりましたよ。だから言ったんです、あまり情を移すな、と。」
私はヴィクター所長に駆け寄り、胸倉をつかんで壁に押し付ける。
「なんでこんなことを!あんたらはここで何の研究をしてるんだ!」
「別に大した研究はしていませんよ。ただ、多くの実験をする必要があって、実験動物が多く必要なんですよ。ああ、もちろん秘密裏にではありますが、国の許可もいただいています。だからこそ新しい実験動物の補充も迅速に行うことが出来るというわけです。」
実験が必要?国の許可を得ている?
「あんたらは子供たちの命を何だと思ってんだ!?ふざけるな!あんたらのやってることは実験なんかじゃない。ただの殺人だ!」
あの子たちが喜んでいた実験は……もっと楽しいものだったはずだ。私は思わず拳を握り思い切り振りかぶるが、傍で控えていたスーツを着た男にそれを止められる。
「君なら分かってくれると思っていたのですが、残念です。ここを出た後に警察に駆け込んでも無駄ですよ。先程も言ったように、ここは国の許可もいただいている研究を行っています。もちろん何かあった場合は国が私たちを守ってくれます。では、もう会うことはないとは思いますが、さようなら。」
ヴィクター所長がそう言った瞬間に私の首筋に衝撃が走り、意識が遠のいていった。
気が付いたら私は研究所の外のベンチで横になっていた。私一人程度の力ではあの研究所をどうこうする事はできないと思われたのだろう。実際、その通りだった。
警察に通報してもすでに手が回っているのか取り合ってもらえないし、いくつかの研究倫理を守ろうという機関を訪ねても結局のところは何もしてはくれなかった。あの子供たちを殺すような非人道的な実験を止めることは私にはできなかった。
しかし、私にはたった一つだけの希望があった。それは私の研究テーマである”タイムマシン”だ。もしタイムマシンが完成したらすでに亡くなってしまった子供たちを助けることが出来るかもしれない。そのたった一つの希望にすがって、私はすべてをなげうって研究に従事した。
私からかつてのような笑顔は無くなっていた。ただタイムマシンを完成させることだけを目的として、それ以外のことには一切目を向けない。目には大きな隈ができ、顔もやつれ髪もぼさぼさになっていた。私の見る景色から色は失われてしまい、何事も楽しいと思うことはできなくなってしまっていた。その頃から私は変人科学者と呼ばれるようになった。
世間には私なんかよりよっぽど狂気な科学者は大勢いることは身をもって味わったのだが、そう呼ばれることに抵抗などはなかった。タイムマシンを完成させ子供たちを助ける、それが出来るのならば他はどうでも良かった。
月日は経ち、私は一つの機械を完成させた。それが”疑似タイムマシン”である。これは自らの意識を過去に飛ばし、その時に何が起こっていたのかを知ることが出来る機械だ。まだ完全に過去に行くことはできないが、意識だけは過去に飛ばすことが出来るようになったのだ。
この機械が完成したとき、私は悩んだ。子供たちの死の瞬間に私は立ち会っていないため、どのような死に方をしたのか私は知らない。もし子供たちが苦しみ、恨み言でも吐かれたりしたら私は心が折れてしまうかもしれない。完全なタイムマシンの完成を待つべきかとも思った。それでもやはり、私は向き合うべきだ。子供たちの死に、そして私の弱さに。
私は疑似タイムマシンにつながっているヘッドギアを被る。すでに時刻・座標のデータは入力してある。私は一度大きく深呼吸し、疑似タイムマシンを起動した。
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私は忌々しいあの研究所の実験室に立っている。研究員たちが大勢あわただしく動いているが、突っ立ている私を気にする人は一人もいない。当然だ。これはただの過去の映像で、実際には私はそこにいないのだから。
ベッドの上に子供たちが横になっていて、両手足を固定されている。子供たちは慣れているのか、それを気にする様子はない。
私はひと時も忘れたことのない子供たちの元気な姿を見て、泣きそうになる。そしてこの後起こるであろう出来事を想像し、自分の唇を強くかむ。
「にしても退屈だよなー。先生がいないとこんなに退屈になるとは思わなかったぜ。」
「そうだね。実験もすっごい面白いけど、それ以上に先生がやっぱり面白いよ。実験の時の先生、ころころ顔が変わって百面相みたいだよ。最初はこんな面白い人だなんて思わなかった。」
子供たちの声が聞こえてくる。そうだったのか、私はそんな風に思われていたのか。
「帰ってきたらまた実験してくれるのかな?次はどんな実験してくれるんだろう……。」
あの女の子も会話の輪に混じる。最初は部屋の隅でじっとしているだけであったが、この時には他の子供たちと随分打ち解けていたようだ。
子供たちの会話の間も研究者たちはせわしなく動く。そして注射器を取り出すと、一人ずつ注射していく。私は思わず「止めろ!」と声をかけるが、もちろんそれに対する反応はない。
注射をしてしばらくは何も起こらなかったが、事態は急に動き出す。一人の男の子がけいれんを起こしたのだ。学会に行く私を励ましてくれたあの男の子だ。
一人が異常をきたしてからは連鎖するように、他の子供たちも苦しみ始める。治療を施そうとする研究員がいたが、ヴィクターがそれを制止する。
「治療の必要はない。今回は経過を観察する。この後にどんな反応が起こるかをしっかり記録しておくんです。」
子供たちのけいれんは収まらないどころか、どんどん酷くなっていく。まるで体の中の血管が暴れまわっているかのようだ。体が耐え切れないのか、子供たちの体から血が噴き出し始める。子供たちの叫び声を耳にし、思わず耳をふさぎたくなる。想像以上の惨い光景に吐き気が込みあがってくる。噴き出す汗が止まらない。
やがて子供たちのけいれんも収まってくる。だがそれは具合がよくなったわけではない。けいれんが収まった子供たちの顔から生気は失われてしまっていた。かろうじて息のある子供もいるが、虫の息だ。間もなく息を引き取るだろう。
まだ息のある子供たちの中に、あの女の子もいた。私は思わず走り寄る。息も絶え絶えな彼女の手を握るように、自分の手を重ねる。しかし、私の手は彼女の手に触れることなく通り過ぎる。自分への気休めにしか過ぎないが、そっと彼女の手の上に自分の手を置いた。
気付いているはずはない。本来そこに私はいないのだから。それなのにどういうわけか、私の手を握り返すかのように女の子は手を動かしたのだ。
私は信じられないといった表情で女の子の顔を見る。息も絶え絶えになりながらも、笑顔を浮かべて彼女は言葉を発する。
「せん……せい……?おねがい……、わたしの……ううん、わたしたちのこと……忘れない……で……。」
忘れられるはずなんかない。これからも絶対に忘れない。私の思いが通じたのか、女の子はどこか安心したような表情を見せる。
「せんせいの……実験のときにみせる……わらった顔。だいすきなの。……だから、これからも……たのしく……実験して……。いつか天国で、いっぱい……おはなしして……。」
私はハッとする。いつから実験を楽しいと思わなくなってしまっただろうか。もし今助けられるとして、今の私の顔で子供たちに顔向けできるだろうか。
景色がゆがむ。機械の限界が来たようだ。ゆっくりと意識が現実に引き戻される。最後の時まで、私は彼女の手を離さなかった。
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私はゆっくりと起き上がり、ヘッドギアを外す。涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、笑顔を浮かべる。私はちゃんと笑えているだろうか。
「このままじゃいけないんだよな。私、いや、俺は前に進むことにするよ。たくさんお土産持ってそっちに行けるように。」
そう言って俺はしっかりと前を見据える。色褪せて見えた景色はきれいに色づいていた。
それからはいろいろなことがあった。疑似タイムマシンの功績が認められ、ノーベル賞を授与された。そして俺はノーベル賞の会見の場で、あの研究所の非道な実験について告発した。あの非道な実験は世間に知れ渡ることになり世界的な非難も集め、多くの研究者および研究に加担していた政治家などが失脚することになった。そしてその恨みもあってか、時には命を狙われることもあった。
タイムマシンの研究も進展があった。過去に行くことは可能だが、過去に行った時点で”本来ありえない”世界の選択がされたことになるため、元の未来に戻ることはなくなってしまう。つまりは今現在生きるこの世界と、過去に行って変わってしまった世界の二つの平行世界が生まれてしまうということだ。
それが世界にどんな影響を与えるかわからない以上、タイムマシンをうかつに完成させるわけにはいかなくなってしまった。それどころか、世界の総意としてタイムマシンは完成させないし使わない、ということが決定してしまった。俺だけがそれに異を唱えるわけにもいかず、今も研究を続けてはいるが、定期的に監視が俺の研究所にやってくる。
しかし、今日も今日とて俺は実験を行う。今日の実験のデータを眺めながら、普通とは違う奇妙なデータを発見する。
「まじかよ……、こんなのあり得るのか?」
やはり実験は楽しい。まだ世界のだれも知らないことを知るような実験ならなおさらだ。
「過去でも未来でもない世界……、俺たちの世界とは違う”異世界”。」
そして物語の歯車は動き始める。
湯川の過去後編いかがだったでしょうか。物語は第一話へとつながっていきます。湯川は別に子供たちを助けることを諦めていたわけではありませんが、それ以上に未知の実験を楽しんで土産話をたくさん持っていこうと考えています。
結構なスピードで更新をしてきましたが、このペースで更新するのがしんどくなったのでちょっと長めの休みを取ろうと思います。二週間ほど休んで、三章は11/8(月)から更新を再開したいと思いますので、良ければまたその時読んでいただけたら幸いです。




