閑話:湯川伸弥の過去 中編
前回のあらすじ:湯川はある研究所での仕事で、小さな子供たちの世話を任される。
閑話中編です。閑話に登場する人物の名前は所長を除き、みんな湯川秀樹のwikiを参考にしました。分かった人は相当な湯川秀樹マニアです。一回きりの登場なので覚える必要は全くありません。
子供たちと実験を通した交流を始めてからまた数週間経った。
随分と子供たちと打ち解けたもので、私が部屋に入るとみんな寄ってきて、今日は何をするのかと聞いてくる。もしかしたら私は学校の先生や保育士が向いているのかもしれない。特に、あの女の子は実験のために「なぜ?どうして?」と聞いてきて説明するのも一苦労だ。
しかしその姿はまるで私の子供のころの姿を思い起こさせた。とある国民的アニメの秘密道具を見て、「この道具はどうなっているのだろう?なんでこの道具で動くのだろう?」と疑問を持ったのが私の研究者としての第一歩だったといっても過言ではない。もしかしたら、この女の子は将来私みたいな研究者になるかもしれない。
「先生?ぼうっとしてどうかしたの?それより今日も実験してよ!あれ面白いもん!」
一人の男の子の声を皮切りに、他の子どもたちも実験と騒ぎ出す。毎度実験のテーマを持ってくるのもなかなか難しいのだが……、そう言えば今日の昼ごはんにフルーツの盛り合わせがあったな。
「よし、じゃあ今日はフルーツを使った電気の実験だ。こら、フルーツと聞いてよだれを垂らすんじゃない。ちょっと実験に必要なものを取ってくるから、大人しく待ってるんだ。いいな?」
子供たちが元気よく返事をするのを聞いて、私は部屋を出る。部屋を出て廊下を歩いていると、こちらに向かってくるヴィクター所長が目に入った。
「こんにちは、湯川君。今日も相変わらず人気なようだね。だが、あまり子供たちに情を移すなよ。別れが惜しくなるぞ。」
「ご忠告ありがとうございます。所長も子供たちと遊んでみたらいかがですか?意外な発想で研究が進展するかもしれませんよ。」
やれやれとヴィクター所長は肩をすくめる。
「その話は置いておいて。湯川君、君に八木先生から連絡だ。八木先生といえば君の師のような方だっただろう、早く連絡を返してあげなさい。」
八木先生は私が博士課程の時からお世話になっている恩人だ。慌てて子供たちに急用ができたことを伝えてから、八木先生に連絡をする。
「――え?私の研究をデビット先生が着目されてる?話を聞きたいから次の国際学会で話さないか、ですって?」
デビット先生は研究者界隈で知らない人はいないほどの大先生だ。その人に研究を着目してもらえるとは非常に光栄なことで、同時にこれは大きなチャンスだ。この学会での成果によっては、私の研究の評価を覆すことが出来るかもしれない。
「もちろん参加いたします。日程は……、分かりました。すぐに準備に取り掛かりたいと思います。八木先生、本当にありがとうございます!」
さて、これから忙しくなる。普段の仕事をこなしながら、学会の資料の準備。あと休暇の申請もしておかなければ。嬉しい悲鳴に私は自然に笑顔になった。
準備も万端の状態で、出発の前日になった。どうも心ここにあらずといった感じだったのが、子供たちにも伝わってしまったのだろうか。心配そうな顔をして子供たちが話しかけてくる。
「先生大丈夫か?すげー変な顔してるぞ。」
「あ、ああ。心配いらない。なんの問題もない、大丈夫だ。うん、大丈夫。」
「どう見ても大丈夫じゃねえな……。」
仕方ないだろう。今回の学会は私の人生を左右するものになるかもしれないのだ。はっきり言ってめちゃくちゃ緊張している。移動の時間も含めて、発表まではまだ一週間程度あるというのにこんなに緊張してしまうとは。今日は出発前最後の実験だというのに、手がうまく動かないし頭も全く働いていない。
「それにしても俺も行きたかったなー!外で大きな実験をするんだよね!めちゃくちゃ楽しそうじゃん!」
そんな男の子の声が聞こえてきた。子供たちにとって私は”実験の先生”という認識なので、外で大規模な実験教室をやるとでも思っているのだろう。無邪気な子供たちの声を聞いていると、ほんの少しリラックスできた気がした。私の袖を小さな手がつかみ、弱弱しく引っ張る。そちらを見ると、実験に熱心なあの女の子が心配そうな顔でこちらを見上げていた。
「先生楽しくないの?いつも笑ってるのに今日は笑ってない。」
「え?」
「いつも楽しそうに笑って実験してるのに。今日は笑ってない。一人称も実験の時はよく”俺”って言ってるのに、今日はずっと”私”だし。」
そうだったのか。そんなに私はこの子供たちとの実験を楽しんでいたのか。というか、一人称が”俺”になっているなんて気付かなかった。もうずっと”俺”なんて言ってなかったつもりだけど、もしかして無意識では結構言ってたりしたのか?
しかし、子供たちをこんなに心配させてしまうとは大人として失格だな。確かにちょっと硬くなりすぎていたのかもしれない。もし万が一失敗してしまったらその時はその時だ。教職でも取って子供たちと携われる先生にでも転職しよう。
もちろん、研究者になって今の研究をするのが私の子供のころからの夢だったのだから、失敗するつもりなど毛頭ないが。
私は決意に満ちた目を浮かべ、顔を上げる。子供たちを心配させないように、そして帰ってきたときに子供たちに笑顔でうまくいったことを報告できるように。
「よし、実験を再開しようか!」
研究所を出発してから三週間が経った。ようやく大変だった学会が終わり、今は研究所への帰り道の途中だ。私の発表に対するお偉方の反応は上々、いや最上といっても過言ではない。共同の研究を持ち掛けられ、今後の研究の展望が見えてきた。研究の出資者も見つかり、自分の研究に今後は集中することが出来そうだ。
(そうなると、今の仕事も期間終了後に契約の更新は行わないってなるのか。子供たちと会えなくなるのはちょっと寂しい気持ちはあるが、今生の別れというわけじゃない。たまに遊びに行くくらいはしてもいいだろう。)
何も変わった様子のない研究所に入る。受付で中に入るための手続きをしていると、後ろから声をかけられた。声の主は振り向かずとも分かった、ヴィクター所長だ。
「おかえり、湯川君。話には聞いているよ、大成功だったらしいじゃないか。私たちは別分野だが、それでも耳に入ってくるくらいには界隈に衝撃を与えたようだね。そちらの研究を優先するならここの仕事は辞めることになるんだろう?君のような人材を手放すのは惜しいが、世界の発展のために君の力が必要だからね。今後の君の研究には私も着目していくよ。」
ヴィクター所長はどこかから話を聞きつけていたようだ。そこから他愛もない話も交えながら研究所の中を歩く。
「そういえばお土産を買ってきました。ヴィクター所長にも買ってありますので、こちらをどうぞ。」
「これは……ワインかい?いいね、私はワインに目がないんだ。今晩にでも一緒に飲もうじゃないか、今後の活躍を祈って。」
「いいですね、ぜひ。それと子供たちにもお土産を買ってきたんです。先に渡してしまってもいいでしょうか?」
「子供たちに?まあ別に構わないが。」
その言葉を聞いてヴィクター所長と別れ、子供たちのいる部屋へ向かう。子供たちに久しぶりに会えるからか、自然と口元がほころぶ。というのも、今回の発表の時に緊張しなかったのはある意味子供たちのおかげだからだ。その感謝の気持ちも込めてお土産も奮発した。喜んでくれるといいのだが。
そんなことを考えていると子供たちの部屋の前についた。一回立ち止まり、簡単に服装を直してから扉を開ける。
「ただいま、みんな!ひさし……ぶり……。」
部屋の中にいた子供たちの視線が一斉にこちらを向く。しかし、私は言葉をつづけることはできなかった。なぜなら、そこにいた子供たちのことを私は一人も知らなかったからだ。
「誰?」
中にいた子供の一人からそんな言葉が発せられる。私は嫌な予感がして慌てて部屋を出る。走って向かう先はヴィクター所長の部屋だ。
湯川の過去中編いかがだったでしょうか。子供たちはどうなってしまったのか。そして、湯川はこれからどうするのか。すべてが明らかになる次回をお楽しみに。
次回更新は10/22(金)を予定しています。




