第三十八話:魔剣、そして魔王
前回のあらすじ:タレスvs魔族の男はタレスの勝利で終わる。タレスは騎士団長としての使命を果たすべく、アインのもとへ急ぐ。
三十八話目です。ついにアインvsエスカ(in 魔王)です。
<アイン視点>
俺は狭い通路を駆けていく。後ろからは激しい風の音や、魔族の男の叫ぶ声が聞こえてくる。タレス騎士団長は戦っているようだ。しかし、心配はいらないだろう。タレス騎士団長はこのドレッド領で最強と言われているほどの男だ、彼がそうやすやすとやられてしまうとは考えられない。むしろ早く決着がついて、すぐに追いついてくるのではと思わせるほどの実力だ。
通路の先に大きな扉が見える。俺は扉までに駆け寄り、中から音がしないか扉に耳を当てて確認する。中からは何も音が聞こえない。俺はゆっくりと扉を開けた。
部屋の中にはベッド・卵型のよくわからない装置・そしてたくさんの檻があったのだが、それ以上に目を引いたのは部屋の中央に立っているエスカの姿だ。彼女は目を閉じ、両の手を広げ、ただ立っているだけのように見えた。その異様な雰囲気に声をかけるのがためらわれていたが、助けに来た対象が目の前にいるのだと自らを鼓舞し、エスカに近づいていき声をかける。
「エスカ、無事だったんだね。コッド……先生はどうしたんだ?いや、それは後で良いか。さあ、早く学院まで戻ろう。」
そう声をかけると、彼女はゆっくりと目を開いてこちらに視線を向ける。その仕草に俺は言いようのない違和感を覚える。さらに近づこうと足を踏み出した瞬間、背筋に悪寒が走った。この場にいたら死ぬ、そんな動物としての本能だろうか、俺はほぼ無意識にその場から横に跳ぶ。先程まで俺が立っていた位置に轟音とともに雷が落ちた。
ほんの少し、エスカは驚いたような顔をして雷を避けた俺の方を見る。
「ほう、先程の男よりやるようじゃな、我の魔法を避けるとは。調子を取り戻すにはちょうど良い相手じゃの。」
「エスカ……じゃないな。誰だお前は?」
確信した。これはエスカではない。先程の無詠唱で発動した雷魔法、口調、仕草、すべてが目の前の存在がエスカではないと主張している。
「エスカ。先程の男も我のことをそう呼んでおったな。この体の持ち主の名前といったところか。じゃが残念じゃったの。」
そう言ってエスカは胸元を見せるように、服を下に引っ張る。そこには人間には存在しないはずの魔核が埋め込まれていた。
「我は魔王。かつて人間の勇者と戦い敗れてはしまったが、今ここに復活を果たした。恐れおののけ、人間ども。我の復活は即ち魔族と人間の戦争の開始を意味する。再び恐怖のどん底に落としてやろうぞ。」
そう言ってエスカが決してしないような下卑た笑みを見せる。エスカの体をした魔王の態度とは裏腹に、俺の頭は妙に落ち着いていた。
――おそらく、コッド先生は魔核をエスカに埋め込む実験を行ったのだろう。その実験に用いた魔核が本来魔王のものだったということか。結果として、エスカの体のまま魂が魔王の存在が出来上がった。
――助けることが出来るのだろうか?体が崩壊していたり、魔物化していたら助けることは不可能だと思うが、体自体はエスカのものだ。あの魔核を取り外すことさえ出来ればエスカを助けられるかもしれない。
――前世でいう外科手術のようなものを行って魔核を取り外すか?いや、素直にそんなことを受けてくれるはずがない。それに、無理やり魔核を取り外すことで体にどんな影響が出るかもわからない。
いや、何をするにもまずは大人しくしてもらわなければならない。最初にやるべきことは、魔王の無力化だ。しかも殺してはならないという縛り付きでだ。おそらく肉体がエスカのものである以上、魔族ほどの耐久力もないだろう。手加減しながら目の前の魔王を無力化することが出来るだろうか。いや、エスカを助けるためにもやらなくてはならない。
俺は腰に提げていた剣を手に取る。そしてそのまま剣を部屋の隅の方へ放り投げた。魔王は先程よりはっきりと驚きの表情を見せる。
「どうした?まさか我相手に素手で戦うというのか?嘆かわしい、長い年月を経て魔王の恐ろしさすら人間どもは忘れてしまったということか。教えてやろう、小僧、かつて人間最強と言われていた勇者でさえも特別な武器なしでは我にその刃を届かせることすらできなかったのだ。ほれ、今なら剣を拾うことを許す。早く拾え。」
確かに本に書かれている通りの魔王なら俺では手も足も出ないだろう。だが、先程の魔法、渾身の一撃ではなく様子見の雷撃であることは理解しているが、それでも威力も弱いし、速さも遅すぎる。
「随分と口が回るな、魔王様。俺の勝利条件はあんたを殺すことじゃない。あんたを倒したうえで、その子の体を無事に返してもらうことだ。そのために剣は必要ない。……それとも、たかが人間の子供一人に臆しているのか?」
魔王を挑発して様子を見る。俺の言葉に対し、眉を少しぴくつかせ怒りをわずかに見せるが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「……勇気と蛮勇は違うぞ。すでにこの体は我のものじゃ。魔核こそが我の魂であるが、すでに肉体と結びついておる。この魔核が壊れたり、無理やり取り外すなんてことがもし起こったら、それは我、つまりこの肉体の死を意味するのじゃぞ。」
やはり単純に魔核を破壊したり、取り外したりするだけでは無理か。それでも、エスカを助けるために俺は最後まで思考を止めてはならない。
魔王は両手を天に向かって掲げ空を仰ぐ。その両手の間にバチバチと電気がほとばしる。そのまま両手を俺の方に向けて、貯められていた雷撃が放たれる。
俺は横にステップしてかわす。ただ今回は一回では終わらない。俺が立っている位置に的確に放たれる雷撃を身体強化の魔法を使用して、素早く動きながらかわしていく。
「動きだけは素早いようじゃの。じゃが、逃げてるだけでは我を倒すことなど出来んぞ。」
幾度も繰り出され、地面を焦がしていく雷撃をかわしながらも思考は止めない。
やはり弱い。弱すぎる。もし彼女が完全な魔王なら俺はすでに死んでいるはずだ。そして、部屋に入ってきたときのまるで瞑想しているかのような姿。そこから推測されるのは、魔王はまだ万全ではなく時間が経つことによって徐々に力を取り戻していくのではないだろうか。
身体強化を用いて、魔王の背後に回り込む。わずかに反応が遅れていたので、首筋に衝撃を与えて意識を刈り取ろうと試みる。しかし、魔王の体からバチっと電気がほとばしったかと思うと、とてつもない速度でこちらの方へ振り向き蹴りを繰り出してくる。あまりに想定外の速さで俺は避けることが出来ない。
「がはっ!」
俺はもろに魔王の蹴りをくらい、吹き飛ばされる。受け身を取ろうと態勢を変えようとするが、その前に部屋に置いてあったベッドに激突する。
立ち上がろうとすると、すぐそばに倒れている人物が目に入る。かすかに焦げたようなにおいがするその人はまさに、コッド先生であった。おそらく魔王の雷撃をもろに受けてしまったのであろう。だが、それを気にしているほどの余裕は今の俺にはない。
(……さっきの蹴り。あれはエスカの身体能力では不可能な速さと威力を備えていた。魔王が扱っている魔法は雷、つまり電気であることを考えると、魔法で無理やり体を動かして俺の身体強化の魔法と同じようなことをしているのか。)
蹴りを食らった腹をおさえながら、ゆっくりと立ち上がる。近寄れば身体強化の魔法で蹴り飛ばされ、距離を取ると雷の魔法で攻撃してくる。厄介だな。
三十八話いかがだったでしょうか。アインは武器と魔法を使って最初から全力を出していれば、殺すことは可能でしたでしょう。でも、エスカを助けなければならないという気持ちから自ら殺すことを放棄しました。エスカを救うことはできるのでしょうか。




