第三十二話:疑似魔剣、そして失踪
前回のあらすじ:魔力操作や無詠唱魔法のことを魔道具店ルネの店主ルミーネさんに知られてしまう。その応用として疑似魔剣を作ることが出来そうだ。
治癒院で目が覚めるエスカの視点から始まります。2章の終わりに向かって物語は動き始めます。
<エスカ視点>
ゆっくりと目が覚める。周囲を見渡すが、見覚えのない光景だ。
(ここは、どこでしょうか?確か、私は……)
まだ意識が覚醒しきっていない中、現状を把握しようと頭を回転させる。そして思い出す、アインシュ=ヴァレンタインに決闘を申し込んだこと、魔法が自分の制御の利かない状況に陥ってしまったことを。
(そうですか、私は負けてしまったのですね。一番でない私にどれほどの価値が残っているのでしょうか……?)
今までの自分をすべて否定された気分になり、とてつもない不安感が押し寄せてくる。思わず上体を起こし、自分の体を両腕で抱きしめる。
(あれだけのことをしてしまったのです。もう学院に私の居場所はないでしょう。家族には申し訳ないですが、学院は退学して、それから……)
これからのことを考えると涙がこぼれてくる。どうしてこんなことになってしまったんだろう。学院に入学する前はこんなことになるなんて思ってもみなかった。
決して"天才"と呼ばれることに胡坐をかいていたわけではない。人並み以上の努力は怠らなかった。それなのに私は極大魔法を発動させることもできず、ある時から自分の成長を実感することが出来なくなってしまっていた。
(これから……?これからって何?もう考えたくない。私は……、怖い……。)
涙がとめどなくあふれてくる。声を抑えることもできなくなり、嗚咽がこみあげる。
そんな時だった。扉が静かに開けられる気配を感じた。誰かが近づいてくるが、私はそちらに気を向ける余裕なんてもうなかった。
「目を覚ましていたんだね、エスカ。泣いているのかい?そうか、あんなことがあったんだ、君が不安に感じるのは仕方のないことか。」
声からコッド先生だと分かった。しかし、話をしたいとは思わない。だって私は決闘に負けて、先生の期待も裏切ってしまったのだから。
「反応はしなくていいし、話を聞くだけで良い。私もかつては自分が天才だと思っていた。だが、私よりはるかに優秀な魔法使いは大勢いてな。自分が少し魔法が出来るだけの凡人に過ぎないんだと思い知らされたよ。」
顔は上げないが、先生の話に聞き入ってしまった。先生の話が今の私の状況に酷似していたからだ。
「考えたよ。どうやって凡人でありながら、そんな天才たちに追いつくか。私の研究テーマを知っているかい?『魔法使いの後天的才能について』だ。私のコンプレックスがありありと見て取れるだろう。」
この先生なら分かってくれるのかもしれない。私の思いを。
「もう少し、もう少しなんだ。私の研究は間もなく実を結ぶ。君には先に結果を教えるが、魔法使いの才能は後天的に開花させることが可能なんだ。君が学院を辞めるつもりならそれを止めることは私にはできない。だが、私の研究に少しだけでいい、手を貸してくれないか?」
思わず顔を上げる。涙で私の顔はもうぐしゃぐしゃだ。先生が私の方に手を差し伸べている。私は手を震わせながら、すがるようにその手をつかむ。いや、つかんでしまった。
<アイン視点>
退院して一週間が経った。今は放課後の訓練を行っているところだ。エスカが目を覚ましたという話は聞いていない。いくら体は魔法で管理されているから大丈夫だと言われても、ここまで意識が戻らないとなると心配になってくる。
ゆっくりと型の確認をしながら剣を振る。退院して一週間たったから、もう多少の運動は問題ないだろうと判断し、久しぶりの訓練を行っているがどうにも体がうまく動かない。
(今の体たらくを見せたら父さんにぶっ飛ばされるな。)
なるべく早く感覚を取り戻そうと、一挙手一投足に意識を向けながら素振りを続ける。単純に振るだけでなく、体の魔力を操作しながら時に体に負担がない程度の身体強化を使用したりしつつ振る。
その様子を見て、近くで無詠唱魔法を練習していたアイヴィが声をかけてくる。
「もしかしてアイン君は剣の訓練と同時に魔力操作を行っているんですか?」
「そうだね、もし戦うってなったら、俺の場合魔力操作と、併用できないと、話にならないから。」
素振りは止めず、アイヴィの質問に答える。理想は魔力操作を意識して行うのではなく、無意識レベルで行い、戦闘時のリソースを他に割けるようにすることだ。
「なるほど、アイン君の魔力操作がとてもスムーズなのにはそういう秘密もあったんですね。私も何か武術始めてみようかな……。」
アイヴィには申し訳ないが、アイヴィの運動神経はあまりよろしくない。彼女が不恰好な武術で戦っている姿を想像して思わず吹き出してしまう。
「あー!今なんで笑ったんですか?確かに私運動は苦手ですけど、やるときはやるんですよ!」
「ごめんって。悪気はなかったんだ。でも想像したらつい。」
そういうと、アイヴィは頬を膨らませて、プイとそっぽを向いてしまった。
さて、剣の訓練はこれくらいにして、新しい魔法を試してみようかなと思ったとき、学校の方が妙に騒がしいことに気が付いた。見てみると学院長が険しい顔をして他の先生方に指示を出している。その中にはアベル先生の姿もあった。
「どうかしたんでしょうか?先生方があんなに集まって、何か問題でも起きたんですかね?」
アイヴィも気になっているようだ。ちょうどアベル先生が少し離れたので、話を聞こうと近づいていく。アベル先生もこちらに気付いたようで、小走りで近寄ってきた。
「どうかしたんですか、アベル先生?」
「アイン君、君も無関係というわけではないだろうから、教えておかないといけないだろう。」
どうやら深刻な事態が起きたのだろう。アベル先生が真剣な表情でそう言った。
「エスカ君が治癒院から姿を消した。現在捜索中だが、行方が分かっていない。」
何だって?エスカが行方不明?どういうことだ、さっぱり分からない。
「説明はわしが引き受けよう。アベル先生は担当の地域の捜索をお願いします。」
学院長が説明してくれるようだ。アベル先生は大きくうなずき、走っていく。おそらく捜索に出るのだろう。
「エスカ君は今朝目を覚ましたらしい。寝たきりじゃったとはいえ、体の傷はもう癒えとったからの、簡単なチェックを行って問題なしという判断でそのまま退院という流れになったんじゃ。治癒院を出て以降、彼女を目にしたものはおらん。」
今朝目が覚めたのか。だが、情報が少ない。
「エスカは誘拐されたのでしょうか?それとも自発的に姿をくらましたのでしょうか?」
「それすらも分からん。今はどんな些細なことでも情報が欲しいと思っとる段階じゃ。アイン君、何か知っとることはないか?」
そうはいっても、俺は彼女が目を覚ましていたことすら知らなかったのだ。彼女がどこに行きそうかなんて皆目見当がつかない。でも、気になることはある。
「学院長、コッド先生はどうされてますか?確か決闘騒ぎの責任を取るということで自宅謹慎になっていたはずですが。」
そう、コッド先生は決闘騒ぎの責任を被り、謹慎処分を受けていた。だがそれ故に、決闘前にエスカと何を話していたのか聞く機会を逃してしまったのだが。
「コッド先生か。謹慎とは言っても、今はそういう場合じゃないからの。応援として来てもらうために若い先生に呼びに行ってもらっとるところじゃ。」
ちょうどその時、コッド先生を呼びに行ったであろう若い先生がこちらによって来た。
「大変です、学院長。コッド先生の姿が見えませんでした。自宅にはいらっしゃらないようです。」
その報告を聞いた瞬間、全身に電流が走ったような感覚に襲われた。まさか、いや、それなら違和感も全部説明できる。
「学院長、もしかしたらコッド先生がエスカを誘拐した可能性があります。」
そういって学院長に説明する。エスカは落ち込んでいるようだったのに、決闘の直前では様子が全く違っていたこと。そして、決闘の前にエスカはコッド先生に呼び出されていたこと。
俺はずっと、コッド先生がエスカをたきつけるように色々なことを吹き込んだのだと思っていた。いや、それは間違っていないのかもしれないが、やはりあの変わりようは異常だ。
もしあの時、エスカが何かしらの魔法の影響を受けていたとしたら。そしてその影響で精神が不安定になり魔法が暴走してしまっていたとしたら。
「ふむ、確かにそれほどまで様子が変わっているのなら、何かしらの精神誘導の魔法は受けておったのかもしれんな。そして、その影響で魔法が暴走してしまうことはあるかもしれん……。じゃが、アベル先生は精神系の魔法は得意じゃなかったはず。もしかしたら協力者がおるのかもしれん。組織的な犯行かもしれんのう。」
学院長は髭に手を当てて、何か考えるそぶりを見せる。そして若い先生の方を向いて言い放つ。
「ただいまより、コッド先生を捜査対象に追加する。コッド先生がエスカ君を誘拐した犯人である可能性があるということを全員に知らせるのじゃ。その情報を衛兵たちにも共有しておくこと、ええな。」
三十二話目いかがだったでしょうか。子供らしい悩む感じとそれを利用する大人という感じを出したかったのですが、うまく描けているか不安で仕方ありません。ようやくアインもコッド先生が黒幕なことに気付きました。ずっと疑ってはいましたが、ここで確信しました。
追記:土曜と日曜の間に書き溜めをしようと思っていたのですが、急用が入り一文字も書けませんでした。もしかしたら今週か来週の平日に更新できない日が出来るかもしれません。




