第九十七話:交渉、そして告白
前回のあらすじ:皇帝との交渉で戦争を終わらせることはできなかった。アインは皇帝を殺すことを決意。
第九十七話です。本当はこの話を百話に持っていきたかった。
<アインシュ=ヴァレンタイン視点>
それからは帝国の動きは恐ろしいほど無かった。とはいえ、完全に引いたわけではないようで何人かの斥候の姿が確認されている。
その間、俺はひたすら自分を鍛えなおすことにした。
理由は簡単。帝国へ侵入して、皇帝を打ち倒すためだ。そうするためには俺はまだまだ弱い。学院でしていたよりはるかに厳しい訓練を自分に課した。
訓練相手を務めることはできないが父さんにも訓練を見てもらっていた。学院に入ってから多くの実戦を経験したためか、俺の剣を見た父さんは「強くなったな。」ととてもありがたい言葉をくれた。
思わず涙ぐみそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまることができた。
すぐにでも帝国へ出発したかったが、万が一再び帝国が攻め入ってきた場合に守るための戦力が足りなくなる。なので、応援が到着するまでは出発を延期したのである。
そして今日、ついに待ち望んでいた応援が到着した。
「久しぶりだな、アイン君。」
応援にやってきた一段の戦闘を歩いていたのはタレス騎士団長。風の魔剣を巧みに操り、かつては一緒に戦ったこともあるドレッド領騎士団の団長だ。
他にも各領から名だたる騎士たちが応援に来てくれたようだ。もちろん王国すべての戦力、というわけではないがこれほどの戦力があればヴァレンタイン領を守り切ることはさほど難しくはないだろう。
タレス騎士団長と軽く挨拶を交わした俺は団長格の人々に施設についていろいろ案内する。
通信機を備えた部屋を案内した時が大変だった。誰しもが重鎮であるために、いかに自分の領に持ってこれるかを虎視眈々と考えているようだった。
そして、最後に作戦会議室を案内する。そこには車椅子に乗った父さんが待っていた。
「応援に来ていただいて助かりました。王国を守るために皆様の力を貸していただきたい。」
「何だその情けない姿は?」
父さんのことを昔から知っているらしい一人の男が笑いながら嫌みったらしく口をはさむ。どうやら父さんのことをあまり知らないようだ。
かつての父さんの実力を知っている人ほど、今の父さんの姿を信じられないのだろう。幾人かは笑うことなく深刻に父さんの姿を見つめている。
嫌味を言ってきた男に対して、父さんは重々しく口を開いた。
「ええ、情けない限りです。帝国は未知の兵器を利用してヴァレンタイン領を蹂躙していきました。もしあの攻撃が今この場に降り注げば、ここにいる人もほとんど死に至るでしょう。」
「それほどまでの脅威ということか。」
タレス騎士団長は父さんのことを良く知っている人間の一人。父さんの姿を見て帝国への脅威度を一段階引き上げたようだ。
「少なくとも俺はあの場で死ぬつもりでした。今生きてるのはそこにいる息子のおかげですね。」
その場にいる全員の視線が俺に注がれる。「こんな子供が……?」という懐疑的な視線が多い中、フォローをしてくれたのはまたしてもタレス騎士団長だった。
「彼の実力は私も保障しよう。それに彼の活躍はそれだけではない。最近では魔道具界隈で革命が起こっているとまで言われているが、それも彼の仕業だ。」
「通信機に魔法銃、彼の貢献は数え切れん。転移魔法も扱えると聞いている。そんな規格外な存在なら疑うべくもないだろう。」
俺はその人を知らないが、俺のことを知っているらしい人がタレス騎士団長に賛同する。タレス騎士団長は一歩前に出た。
「ここに来てまだ帝国の力を疑っている者がいるのだとしたら即刻この場を立ち去ってほしい。戦争においてそんな考えを持つ人間は邪魔でしかない。」
それから男たちは何も言うことなく、ただこちら側の説明を聞くだけだった。
意識を集中させて剣を振るい、訓練用に立てておいたかかしを次々と切り裂いていく。相手からの反撃をイメージし、その攻撃もかわすように動く。かわし際に魔法銃を構え、魔法を放ち残っているかかしを打ち抜いていく。
体の調子は上々。応援もようやく到着した。……そろそろか。
まだ動きを見せていない帝国ではあるが、こちらの準備も十全に整った。あの男を打ち倒すためにそろそろ出発しようと思う。
このことを話したのは父さんとヨーダ兄さんだけだ。
父さんは俺の決めたことならと、ただ頷いてくれた。一方ヨーダ兄さんは俺についてきたかったが、それを父さんが許さなかった。
父さんはこの戦争、さらにその先を見据えているようで、ヨーダ兄さんにはヴァレンタイン領を守るように命じた。それが領主たる者の責任だ、と。
父さんの怪我は良くなっているが、以前のように自由に動けるとは限らない。自分の不透明な未来にヴァレンタイン領の民たちを巻き込むわけにはいかない。つまり、領主をヨーダ兄さんに継がせようとしているのだ。
そのことを明言はしなかったが、ヨーダ兄さんも理解したのだろう。それ以上は何も言わず、俺に激励の言葉を与えてくれた。
ゆっくりと息を吐き袖で流れる汗をぬぐう。そんな俺に近づいてくる気配が二つ。そちらの方を見なくてももう分かる。アイヴィとエスカだ。
近づいてきたアイヴィは俺の方にタオルを差し出してくる。
「はい、アイン君。きちんと汗は拭いてくださいね。」
「あ、ありがとう。アイヴィ。」
この二人にはまだ俺が帝国へ向かうことは伝えていない。伝えるつもりではあるのだが、何となくタイミングがなく伝え損ねていたのだ。
それこそ今がタイミングか。俺はそう思い、汗をしっかりぬぐった後二人に真剣な表情をして向き直る。
「アイヴィ、エスカ。俺は帝国に向かおうと思う。あの皇帝アーベニールを倒すために。」
一体どんな反応をするだろうか。困惑するだろうか、怒るだろうか、それとも泣かれてしまうだろうか。俺は不安に思いながら二人の反応を見る。
その反応は俺の予想しなかったものだった。
「なるほど、それでいつ出発します?」
「私たちはいつでも出発できるように準備はできています。」
アイヴィとエスカの反応に思わず呆けた顔をしてしまう。もしかして帝国に行くことを父さんかヨーダ兄さんから聞いていたのだろうか。
それに「準備ができている。」とは一体どういうことなのだろうか。もしかして俺についてくるつもりなのか。俺はそんなつもりは一切ないのだが。
そう伝えようとするより先に、アイヴィが先手を取る。
「私たちはついていきます。たとえアイン君が私たちを置いて一人で出発したとしても後から絶対に追いかけます。……もう、置いてかれるのは嫌なんです。」
俺は帝国へ行く危険性を説明しようとする。しかし、今度はエスカが先手を取る。
「危険なのは承知の上です。それでも、私たちはアイン君の隣に居たいのです。」
二人の気持ちは分かる。だが、それでも俺はついてきてほしくない。あまりに危なすぎる。
「分かってません。」
まるで俺の思考を読み取ったかのようにアイヴィの言葉が俺の思考を遮る。
「だって、私は、アイン君を。あなたのことを愛しているから。」
そう言われ俺は何も言えなくなる。思い出すのは戦場で父さんに寄り添う母さんの姿。たとえ死ぬかもしれないと分かっていても、愛する人の傍に居ようとするその気持ちは何となく理解したからだ。
「先にアイヴィさんに言われてしまいましたね。私も同じ気持ちです。アイン君、大好きです。」
俺は思い出す。出会ってから今までの二人との思い出を。良い思い出もあれば嫌な思い出もあった。二人を傷つけられたり、実験体にされたり、連れされれたりしたこともあった。その時に感じた怒りの感情は、果たして"友達"だからあふれた感情なのだろうか。それだけなのだろうか?
ほんの少し笑顔になる。ほんの少し、自分の感情に素直になっても良いだろうか。
「俺も――」
九十七話いかがだったでしょうか。唐突ですが第五章『戦争編』はこれにて終了とします。いくつかの閑話を投稿後、第六章『帝国編』を更新していきます。更新を今まで通りの頻度で続けていくのが難しいので、週二更新くらいになってしまうかもしれません。
次回更新は6/3(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




