第九十六話:対話、そして交渉
前回のあらすじ:皇帝アーベニールと対面する。
第九十六話です。皇帝とアインの会話なのにヨーダ視点なのは、アインの頭の中では考えていることが多すぎて書くのが面倒だったからです。
<ヨーダ=ヴァレンタイン視点>
「あんたの"故郷"はどこだ?そこに帰るために"何"が必要になる。」
アインの質問に皇帝は高笑いを挙げる。その質問の意図が俺には分からなかった。この男の故郷がどこなのかは確かに分からないが、それをわざわざ聞く必要があると思えない。
それに皇帝の反応も気になる。今までの質問ではアインを観察するような目をしていたが、まるで何かを確信したかのような笑い声だ。
「やっぱりお前も同郷ってことか?そうじゃないとその質問は出てこないものな!」
同郷……だと?アインはヴァレンタイン領で生まれた。それは俺がこの目で確認している。間違いなくアインは俺の弟だ。
訳が分からなくなり、俺はアインの方を見る。アインは鋭い目つきを変えず、肯定も否定もしない。ただ黙ってじっと皇帝の方を見ているだけだ。
「故郷はお前が想像している通りだ。そこに帰るための装置の設計図は俺の頭の中にある。いくつか足りないピースがまだあるがな。」
皇帝は勢いよく椅子から立ち上がり、アインの方に手を差し伸べる。
「だが俺一人ではどうしても時間がかかる。アインシュ=ヴァレンタイン、俺に協力してくれないか?」
「何だと?」
思わず声を上げる。あまりにも荒唐無稽な話だ。今、俺たちは戦争状態にある。一時的にこうして対話をしているが、敵同士であることに変わりはない。
「お前が望むなら大概の条件は飲んでやる。富、名声、何でも用意することもできる。決して悪くない話だと思うが?」
「ふざけるな!アイン、こんな奴の言うことなんて聞く必要ない。帰るぞ。」
俺はアインの手を取り外へと連れ出そうとする。しかし、アインはピクリとも動かない。
「……その条件に"戦争の終結"を入れることは可能か?今後二度と王国に手を出さないというのであれば考えてやる。」
「アイン!」
こんな奴と取引する必要なんてない。俺は大きな声を出してアインの名前を呼ぶ。しかし、アインは俺の方を見ることもしない。
「ふむ、"戦争の終結"か。確かにお前にはそれくらいの価値があるのかもしれん。だが、完全に手を出さないというのは無理な話だ。俺の求めるピースは王国にあるんだからな。」
アインを帝国領に渡すわけにはいかない。俺は反論しようとする。
「アイヴィ=ドレッド。彼女もこちらに引き渡すというのであれば、その条件を飲もう。」
その名前が出た瞬間、テントの中の空気が一気に張り詰めるのを感じた。先ほどまでも厳しい顔つきをしていたが、その表情は先ほどまでと全く違う。目の前にいる男を殺さんとでもするような殺気のこもった顔つきだった。
「……交渉は決裂だ。あんたの要求は飲めない。」
アインの声は非常に低い。怒りを押さえつけて、体の底から絞り出しているような声だ。しかし、皇帝はそのようなアインの殺気を受けても飄々として受け流す。
「なんでだ?良い話だろう?王国民大勢の命がたった二人の身柄だけで保障されるんだ。何が最善かなんて言わなくても明らかだろう。」
この戦争は間違っている。一刻も早くこんな戦争は終わらせなくてはならない。けれど、そのためにアインやアイヴィちゃんが犠牲になる必要なんて全くない。
「やれやれ。お前はあっちに帰りたいと思わないのか?俺はあちらでやり残したことがあってな。一度はあちらに帰りたいと思っているんだ。協力してくれよ。」
「やめろ。」
アインの声は相変わらず低い。
「俺はあんたの故郷なんて知らない。俺の故郷は王国、ヴァレンタイン領だ。」
「何だと?」
ここで初めて、皇帝の表情が曇る。それはアインの言葉を信じられないとでも言いたげな表情だ。
「だが、お前の発明品の数々は……。」
「それに、アイヴィ。どうせあんたは実験動物にするつもりだろう。」
アインは皇帝に口を挟ませないようまくしたてる。
「実験動物?失礼な。異常魔力体質の有用性を分かっていないわけがないだろう。」
異常魔力体質?聞きなれない言葉に俺は頭に疑問符を浮かべる。それはアインも同じだったようだ。
「異常魔力体質?」
「知らないのか?まさか、本当に違うというのか。いや、だとしたら……。」
ぶつぶつと皇帝は独り言をつぶやく。
そんな皇帝を無視してアインは立ち上がる。
「話はこれくらいで十分でしょう。出来れば平和的にこの戦争を終わらせられれば良かったのですが、それはできないようだ。」
「良いんだな。あの地獄をもう一度見ることになるが。」
こいつの顔を一発ぶんなぐってやりたい。俺はその気持ちを抑え、テントを出ようとするアインについていく。
アインはテントを出る直前、振り返らずに皇帝に言葉をぶつける。
「その前に止めて見せる。」
その言葉からアインの決意が痛いほどに感じ取ることができた。
<アインシュ=ヴァレンタイン視点>
今回の交渉で得られた情報は多い。
皇帝――アーベニールが異世界人であるということ。そして、その世界は湯川がいた世界とは異なる世界だった。
アーベニールの目的はその世界に帰ること。湯川は異世界についても研究していたから知っている。世界を渡るというのは簡単なことではない。アーベニールの世界がどれほど発展していたとしても、この世界の技術ではかなり困難である。
そして、その世界を渡るための装置。その鍵となるのはおそらくアイヴィであるということ。異常魔力体質という言葉は知らないが、アイヴィのあの異常な魔力量に関連する体質の事だろう。そして、それを利用すれば世界を渡るための装置を作ることが可能ということだと推測される。
……すべての倫理感を取り払っても良いのであれば、俺もアイヴィを利用することで世界を渡る装置を作ることは可能だと思う。だが、それはつまりアイヴィを人とは思わず、異常なまでのエネルギーを供給するためのバッテリーと考えなくてはならない。
おそらくアーベニールもアイヴィをそうやって利用するつもりなのだろう。そんなことを許せるはずがない。
(この戦争を……、すべてを終わらせるためには、アーベニールを排除するしかない。)
あの男は狂っている。戦争を起こして愉悦に浸るような狂気にまみれている男だ。そして、この世界にとっての異分子でもある。
さすがに敵陣の真ん中で剣を突き付けるわけにもいかない。周囲にも護衛の魔族が複数確認できたし、かなりの実力者も中には混じっていた。作戦を立ててからでないと、アーベニールに触れることすらできないだろう。
決意を込めてアーベニールのいるテントの方を睨みつけた。
(俺は、あの男を、殺す。)
九十六話いかがだったでしょうか。アインは前世で異世界にわたるための装置を(ほぼ)完成させていました。その知識からアイヴィを利用すれば装置の再現が可能と考えているようです。あまりに非人道的なので絶対にやりませんが。
次回更新は5/30(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




