第九十四話:使者、そして同行
前回のあらすじ:かつて戦ったことのある魔族が帝国からの使者としてやってきた。
第九十四話です。急に使者がやってきて、「話があるから一人で来い」なんて言ってきたらふつうはどう思うでしょうか。
「単刀直入に聞く。あの方――皇帝が話をしたいそうだ。来るか?」
魔族の言葉を受けて俺は真剣な顔で思考に耽る。
罠の可能性が非常に高い。ノコノコとついていったところを多数で待ち伏せする。そんな戦略だってありうるのだから。
俺たちが黙っているのを見て、魔族が言葉を続ける。
「ああ、もちろん来るのはお前ひとりだ。罠だと思うかもしれないが、俺は知らねえ。ただ、使者として来ただけだからな。」
ここまであからさまに罠に見えることが他にあるだろうか。行った先で皇帝が待っている保証などどこにもない。
だが、これはある意味チャンスでもある。皇帝と話すことができれば様々なことが明らかになる。
十中八九皇帝は異世界の人間だろうが、その確信が持てるのは大きい。それに、皇帝の目的を知ることができれば、この戦争を止めることだってできるのかもしれない。
……どうするべきだろうか。
「いや、ちょっと待った。やっぱりお前のほかに一人までなら連れて行っても良いぞ。そっちの方が面白そうだ。」
こちらは真剣に考えているというのに、随分と余裕なものだ。そう思ったのは俺だけではなかったらしい。
「面白い……だと?ふざけるなよ。」
偶然ついてきていた『パーツェン』リーダーのジョージ。彼は静かに怒り、剣を抜いた。その怒りからか彼からものすごい覇気が感じられる。
しかし、魔族はその覇気に動じることなくへらへらと笑う。
「それが俺の行動原理だからな。これでも結構譲歩してるんだぜ?答えは明日で構わない。明日の正午、ここに来な。来なかったら……、まっ、そういうことだ。」
来なかったらどうなると言うのだろうか。そんなことより、答えが明日までというのは助かる。今から十分に考える時間があるということだから。
魔族は背を向けて帝国領の方へ歩いていく。それを確認して俺達もいったん戻ることにした。少なくとも父さんには相談しておかなくてはならないだろう。
「罠だな。」「罠ですね。」「罠だと……思います。」
順番に父さん、エスカ、アイヴィの言葉である。
「今回の戦争でお前は複数の魔族を単独で圧倒するという戦果を見せた。それもそれなりの実力を持つ魔族を、だ。帝国側がお前を脅威とみなすには十分だろう。そんなお前を罠で消したいと思うのが自然な考えだな。」
理由はともあれ罠の可能性が高い。それが満場一致の結論ではあった。
しかし、俺の心の片隅には「行くべきではないか」という思いがある。何もせず戦争がズルズルと長引かせるよりは何か動くきっかけをつかみに行くべきじゃないだろうか。
本当なら応援の到着がそのきっかけとなるはずだった。しかし、思いがけないこの機会を逃してしまっていいのだろうか。
俺は右手を顎に当てて考える。もしかしたら俺がこうやって悩むことすら見通されているのかもしれない。だとしたら、こうして悩んでいる時点で皇帝の術中にはまっていると言えるのかもしれない。
悩んでいる俺がふと思い出したのは先日のエルの言葉。
(前だけを向いていれば良い……か。)
俺は前を向く。そこには真剣な表情でこちらを見ている父さんの姿。俺はゆっくりと口を開く。
「やっぱり俺は行こうと思う。確証はないけど、今動くべきだと。そう思うんだ。」
父さんはじっと俺の顔を見つめる。ほんの数秒、俺の表情を確認した父さんはふっと笑った。
「お前が決めたことなら良いだろう。良い顔をしている。」
俺はほっと肩をなでおろすが、俺の決断に異議を唱えたのはアイヴィだった。
「あ、危なすぎます!行かない方が良いです、絶対に。」
アイヴィの心配はよく分かる。だからこそ、俺はアイヴィに向き直って真摯に応える。
「俺は話さないといけないんだ。何でこんな戦争を始めたのか、何が目的なのか。アイヴィだって帝国に狙われたことがあるんだ。その理由を知りたくはないの?」
アイヴィは何も言わない。
「俺は知りたい。そのチャンスをようやく掴むことができるんだ。たとえ危険だと分かっていても行かなきゃいけない。虎穴に入らざれば虎子を得ず、だよ。」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……、良い言葉だな。その通りだ。」
父さんの反応に俺はハッとする。その言葉は前世のことわざで、こちらの世界にはないことわざだ。しかし、その違和感を覚える人間はこの場に誰もいない。
「……分かりました。でも、だったら私がついていきます。その魔族はアイン君以外に一人ついてきても良いって言っていたんですよね?」
「いやそれは駄目だ。」
アイヴィの提案を俺は却下する。皇帝はアイヴィを狙っていた。狙われている対象をみすみす目の前に連れて行くわけにはいかない。
「でしたら私が。」
「それも却下。」
続けざまにエスカが手を挙げるが、即座に否定する。理由は同じ。あの魔族がいる以上、エスカの事件にも帝国が関わっていたということ。実験体となっていたエスカを連れていくわけにはいかない。
「俺が……って言いたいところだけど、この体じゃ無理だな。」
万全でない父さんを連れていくはずないだろう。
しかし、一緒に行くとしたら誰だろう。この場にいる人は全員却下として、ジョージが安定だろうか。彼なら実力者だし、ついてきてくれそうな気がする。
こっそり後をつけて大勢で向かうという選択肢もあるが、気づかれれば戦闘になってしまう可能性が高い。一人なら転移で一緒に逃げることもできるが、複数人となればそうはいかない。
「ジョージさんに声をかけてきます。それが一番安定の選択かと。」
「ふむ、彼なら問題ないだろう。」
父さんの賛成を得られ、アイヴィとエスカは不服そうながらも渋々と頷いてくれる。俺は声をかけてこようと部屋を出ようとするが、その前に入ってきた人物によって止められることになった。
「アインについていく役割……、俺に任せてくれないか?」
「ヨーダ兄さん?」
そこに立っていたのはここ数日姿を見せていなかったヨーダ兄さんだった。
九十四話いかがだったでしょうか。まあ、絶対に罠ですよね。そうと分かっていても行かなければならないことがある。まさに"虎穴に入らずんば虎子を得ず"ですね。
土日に予定がありますので、次回更新は5/25(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




