夏の1
ずっと一緒にいると、色んなことが何となく分かってくる。
眠いんだろうな、お腹すいてるんだろうな、怒ってるんだろうな、嬉しいんだろうな。
それから……、
私のこと、なんとも思ってないんだろうな……。
「……とまぁ、十年も一緒にいるとそんな風に考えちゃってねぇ」
高校三年生の夏。放課後の教室。わんわんと泣きじゃくる蝉達を差し置いて、私は盛大に溜息を吐いた。
そして流れるように机に突っ伏すと、向かいに座る友人の茜が私の額にデコピンを打ち込む。
ペシっ。
おでこから景気のいい音が鳴り「ううっ」とつい声を漏らす。
「いだいです……やめてぐださい……」
「辛気臭いあんたが悪い。あと暑いしイラつく」
「半分八つ当たりじゃんかぁ」
張りのない語尾と共に私が体を起こすと、茜は机に頬杖を立てて呆れた目でこちらを見つめた。
「あのさぁ……みどり、明後日から夏休みなのにそんな後ろ向きでどうすんの」
「だって……」
「だってもなにも、あんたら部活引退してからも毎日一緒に帰ってるじゃん。今だって悠平君の補習待ってるわけだし、何がそんなに不安なのよ」
「いや、それは帰り道ほとんど一緒だから……。それに会話だってこっちが話振っても淡白な返事しかしないしさ……」
「何それ倦怠期? 付き合ってすらいないのに」
はっ、と鼻で笑いながら茜が言う。
悠平とは家が近所で、小学生の頃に始めた少年野球のチームが一緒だったことをきっかけによく話すようになった。
中学では悠平はそのまま野球を続け、私がソフトボール部に入り、その後二人とも家から近いこの高校へ進学したのだ。入った野球部では選手とマネージャーの関係が続いた。
しかし、そんな付かず離れずな関係にも終わりが近付いている。
「てか、どうしてみどりは就職選んじゃったのよ。悠平君スポーツ推薦で進学するんでしょ?」
「仕方ないじゃん。私勉強苦手だし……」
「まぁ県内の学校みたいだし、これからしばらく会えないってわけじゃないとは思うけどさ。これまで通り余裕こいていられないんじゃないの?」
「だよねぇ……」
百歩譲って進路が変わってしまうのは仕方ない……が、向こうが進学となると話は別である。
「大学生とか……絶対彼女作っちゃうじゃん……」
「まぁ、それは間違いないね」
頭を抱える私を見て、他人事のように笑い飛ばす茜。
「どっちにしろ、悠平君とただの幼馴染みから進展したいなら、みどりが頑張るしかないんじゃないの?」
頑張る……。頑張るかぁ……。
どう頑張ればいいのだろう、とより一層悩みこんでいると、教室の戸ががらがらっと音を立て、それに続いて聞き慣れた低い声が私を呼んだ。
「みどり、終わった」
悠平だ。
「う、うん。今行く。じゃあね茜っ」
鞄を持って立ち上がると、「帰り道、夏休みの予定つくっちゃえば」と茜は私に耳打ちをした。
「え、今日!?」
若干の同様を見せる私に茜は親指を立て、声を出さずに口を動かした。
がんばれ。