表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷血宰相と心優しき蛇竜  作者: まど
冷血宰相と心優しき蛇竜
1/11

1 冷血宰相と心優しき蛇竜

ほぼ初投稿なのでいろいろ実験的にいじるかもしれません。ご了承ください。


かつて暴虐の王が立ち、戦乱に荒れて国土は血泥と欷泣とで満ちみちたと聞くセム=リム王国。

かの国をいま治めるのは、騒乱を鎮めた武勇の王。万夫不当の猛者として知られる王を支えるのは、その辣腕で名の高い宰相。

「彼女」を人は、冷血宰相、と呼ぶ。







わたしの名前はミア。

かつてはもっと長い複雑な名前を持っていて、王女なんて身分だったりもしましたけど、今となってはしがない役人さんです。

わたしは今の仕事に誇りを持っていますし、とてもやりがいのある仕事なんですけど……。


「も、もう一回! もう一回言ってくださいぃ……」


わたしの哀れっぽい叫びが部屋にこだまします。

何回言ったって内容は変わらないんだよ、とでも言いたげな顔で口を開くのは、頭からふさふさとしたライオンさんの耳を生やした精悍な顔つきの獣人さんです。


「ミア、今回の仕事の相手は、かの冷血宰相だ。メイティさんが、彼女だと言っている」


「うう……」




そうですね、このあたりでちゃんと説明をしましょう。


獅子の獣人さんであるヘリオスはわたしのつがいです。


つがい、というのはわたしの知っている限りでは獣人さんに特有の制度?というんでしょうか、本能のようなものです。

様々な獣の特性を持つ獣人さんがいますが、彼らのほとんどが言うことには、見た瞬間、匂いをかいだ瞬間など、一瞬でその相手がそうだとわかるんだそうです。


ヘリオスはかつて、私にこう説明してくれました。


「一瞬で心を囚われてしまうんだ。たぶん、肉体的に惹かれるんだろうな。獣人というのは優れた身体能力の代わりに、理性や規則にあまり縛られない存在だから、獣人でない存在と比べて、肉体的な相性に引っ張られてしまいがちなんだろう」と。



わたしは、「女神さまの提案」なのではないかと思っています。

このひとと連れ添うのはどうかしら?って。


もちろん、つがいを見つけても連れ添わないひともいますし、つがいを見つけられずに生涯を終えてしまう獣人さんもいます。

つがいが同じ獣人であったり、同国の民であったりした場合には、まだ話は簡単なのです。


でも、時には敵国の民であったり、獣人を貶める教義を持つ信仰をしていたり。

ひと目見かけてつがいだと分かったのに、敵国の王女であったから泣く泣く諦めたというような話は、そう珍しいものではないんです。


そんな悲しみを少しでも減らすために。

機会だけでも、苦しむ獣人さんに与えられるように。


そういう意志のもとに建国されたのが、いま、わたしたちの住むザネイア獣王国なのです。


ザネイア獣王国は、獣人さんがたくさん住んでいる以上高い軍事力を保有していますが、いかなる状況においても中立であることを宣誓しています。


そして、わたしとヘリオスはザネイア獣王国の、国営結婚相談所の役人なのです。


その中でもわたしたちは、正式な手続きをしてザネイア獣王国の国民となり、他国のつがいと実際に会うことを求める獣人さんの、仲介をする役目を担っています。


わたしは純粋な人間で、一応元王女ですし、お恥ずかしいことですけどわたしとヘリオスの出会いは、その、恋物語として有名だったり、しますので。


つがいが他国の貴族だったり、獣人さんを忌避する国の民だったりする場合にも、元王女で人間でちょっとばかり有名なわたしは、会談の都合をつけやすいのです。


ですからわたしたちは年がら年中色々な国を飛び回っているのですが、ですが……。


わたしは手元の書類に目を落とします。


そこにあるのは今回の相談者さんの情報です。

今回の相談者さんは、メイティさん。彼女は引っ込み思案で穏やかで優しいひとで、好きなひとがいるというのなら全力で応援します!と言いたいところなんですけど……。


メイティさんは、身長30メートルくらいの……ワームなんです。


ワームというのは、竜の一種だけれど翼や足を持たないものをいいます。つまり、メイティさんは超巨大な爬虫類……。言ってしまえば太くて長い蛇さんです。


ちなみに彼女は、人化はできません。


ザネイア獣王国では、意思疎通のできるけもの型のひとも相談することができることになっているので、メイティさんは獣人ではないかもしれませんが、それに準ずる扱いになっているんです。


「ど、どうしろって言うんですかーー!」


彼女が見つけたつがいは、セム=リム王国の冷血宰相として有名なニザーム・アルセイラさん。


セム=リム王国を継ぐのは代々男子であると決まっていることからもわかるように、あの国は男性が強い国です。まあ、セム=リム王国に限らず、戦乱の絶えないこの大陸では、力の強い男性の方が尊重されることが多いんですが、それはさておき。


そんななかで、国の中枢に携わるただ一人の女性として名を響かせ、遠く離れたこのあたりまでも冷血宰相という評判が伝わってくる彼女は、一味違います。



代々忠臣を輩出してきたアルセイラ家に生まれたにも関わらず、十代の頃に家族を冤罪によって処刑され、ただ一人温情をかけられた彼女だけは修道院に送られて生きながらえたそうです。


つまらないことでアルセイラ家を断絶させた暴虐の王は、そのまま止まらずに国内を蹂躙しました。

そんな混沌のさなか、立ち上がった王太子は王に対抗するための知略を求め、修道院に生涯幽閉されるはずだった彼女を配下として、十数年の抗争のはてにやっと平和を取り戻した、と。


それだけならば英雄譚なのですが……。


彼女は、その手段を選ばない知略、でよく知られているのです。


不吉の印として忌み嫌われる漆黒の髪を持つ彼女は、農民一揆の参加者全員の処刑を顔色一つ変えずに命じただとか。さらには彼らの生首を素手で掴んで投げ捨てただとか。

十数年の戦いの中では、城に火薬をしかけた状態で逃走したふりをして、国王側の兵士、といっても同じ国の民であるはずの人々を数千人と殺しただとか。


そんな冷徹非道なひとと、あの優しいメイティさんなんて!

それにメイティさんの見た目はやっぱり、その、あんまり好きじゃない女性も多いですし!


でも、わたしたち国立結婚相談所の使命は、獣人さんに機会を与えること。

実際に会ってみて、気に入らなかったならそれでいいのです。

そう、たった一度でいいから、会ってもらえるように説得をすればいいんです……。

あの冷血宰相を、大きな蛇さんと会ってもらえるように説得だなんて……。

うううぅ。今から泣いてしまいそうです。





✳✳✳✳✳





わたしはメイティ。大きな蛇の姿をしている。


生まれた時のことはもう覚えていないくらい昔のことだけど、ずっとひとりで生きてきた。

メイティという名前も、自分で付けた。なんとなく響きの気に入る名前を選んだだけ。


わたしの種族であるワームは滅びつつある旧い種族で、これまでわたし以外のワームに会ったことはない。世界を虱潰しに探せばいるのかもしれないけど、別にそれはどうでもよかった。わたしはウサギやヤギやニワトリと追いかけっこをして、たまに食べて、昼寝をして、わたしなりに楽しく過ごしていたから。


この大きな、大きな蛇の姿を好むひとなんてほとんどいないことくらい、これまで生きてきた間に知っていたから、わたしはずっとひとりで生きていくつもりだった。



わたしも一応は竜の部類に入るから、竜や獣人にとっての常識であるつがいというものが、わたしにも適応されうることは知っていた。

ただ知識として知っていただけだった。



その日は朝から天気が良くて、火属性のわたしは機嫌がよかった。日の光を浴びて鱗を温めるととてもいい気持ちになる。

そのまま散歩に行きたくなって、宙を舞っていたチョウをぱくりとおやつ代わりに食べると、機嫌よく鼻から火花を吹いて、ぬるぬるずるずると草原を移動し始めた。

このあたりには最近国ができたらしい。近くの村に集団で住んでいるリザードマンのひとりに聞いた。彼らはその国民になったらしい。

確か……なんたら獣王国。

最近と言っても、その話を聞いたのは十年くらい前だったかもしれない。よく覚えていない。

つがいを応援するとかなんとか? よく分からない。


火花をリズムよく吹きながら、最近できた道を横切ろうとしたら、遠くから何かがやってくるのを感じた。

目はあまり良くないから、それ以外の感覚器官で感じるのだ。

たぶん馬車だろう。音からすると、まあまあ立派な馬車だと思う。最近、このあたりを馬車が通ることが増えた。国とやらができたからだろうか。


道から引っ込んで、少し離れた、大きく茂った草の中に身を隠す。

やましいことなんてないけれど、わたしを見ると大抵のひとは攻撃してくるものだから。

自分も、道端で巨大な蛇がこちらを見ていたら襲われると思って攻撃すると思う。

まあ、蛇ではないんだけど。


がたごとと激しく揺れながらやってきたのは何台かに連なった馬車。立派な旗をひらめかせて走ってきた先頭の馬車は、ちょうどわたしの目の前あたりでがくんと止まった。

どうやら、道に転がっていた巨大な石を避けようとして止まったらしい。

離れて走っていた後続の馬車もがくん、がくん、と続いて止まったのは少し面白かった。

あ、そういえばその石、もしかしたらわたしの昨日の散歩で転がしてしまったものかもしれない。

少し申し訳ない。今はただ止まっただけだけど、もし事故になっていたら大変だ。これからは気をつけようと思う。


そんなことを考えながら見ていたら、三番目の馬車の扉が勢いよく開いて、誰かが飛び降りてきた。


「襲撃かっ!」


鋭く叫びながら飛び降りてきたのはたぶん人間としては立派な体格をした、戦士らしき人間だった。たぶん強い。


「ただの石ですよ、ずっと座っていて飽きたからといってそう無警戒に馬車を飛び出さないでくださいっ」


男の人が飛び出したあとの馬車から聞こえた声に、なんだか、鱗がぱちぱちと弾けるような心地がした。


「アルセイラはいつもいつもそう硬くて疲れねーのかぁ? そもそも俺、国じゃ一番強いしなぁ?」


「ええそうですね。だからと言って魔術障壁を施した馬車から不用心に飛び降りるのは蛮勇かと思いますが」


少し低めの声を、もっと聞きたくなった。

姿を見たくなった。馬車の奥にいるそのひとは、用心深いみたいで、扉の近くまでは来てくれない。

少し、ほんの少しだけ移動すれば見ることができるかも。

でも、この男の人はかなり強い。もし気づかれて攻撃でもされたら、火花を吹けるだけの平和なワームであるわたしは殺されてしまうかもしれない。


危ない、でも見たい。

二つの気持ちに揺れ動いている間に、男の人は馬車に乗り込んで、馬車が動き出してしまった。

過ぎ去る馬車を眺めていて感じたのは、後悔だった。

追いかけようとも一瞬思って、でも、わたしはそんなに速く動けないから、逡巡している間に馬車は小さな豆粒になってしまった。


その日の午後はずっと頭がぼーっとしてなんだかふわふわしていた。

とにかくあの声のひとにもう一度会いたかった。姿すら見ていないのに。

ぽわぽわした頭のままずるずる動き回っていたら、知り合いのリザードマンに会って、それはつがいを見つけたんじゃないかと指摘された。


これが、つがい?


日光浴をしすぎた時みたいに頭がくらくらして、鱗が変に光るこの気分は、つがいを見つけてしまったから?

分からない。

どうしよう、どうしようと頭をふらふら回しながら沼地をずるずる這いずり回っていたら、見かねたリザードマンに、結婚相談所に連れてってやるから来い、と結構強引に言われた。


「でもお前……人化できないからな……」


小さくつぶやかれた言葉の意味をちゃんと実感として知るのは、わたしが結婚相談所に着いて、わたしのつがいかもしれないひとについて詳しく知ったあとだ。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ