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Adventurer's_Guild.log

 イクシアス到着までの三日間はシアのアラームで起こされていたが、今日は起こされる前に目が覚めてしまった。

 ようやく夜明けと共に起きる生活が身についたのか、それとも責任感のせいで眠りが浅かったのか……どちらにせよ、ありがたい。

 今日は冒険者ギルドへ向かわなければならない。

 冒険と言うくらいだ、昨日の昼前に街中で見た戦士のように、武装をしていないと不自然かも知れない。

 俺はマテリアライズとモディファイ・クオリアでショートソードと円形のウッドシールド、革鎧を作ってみた。

 剣と鎧は我ながら良く出来た方だと思うが、盾はパチモノ感が否めない。釜の蓋の方がマシかも知れない。

 そもそも、この世界の盾を良く知らない。俺のよく知る盾と言えばA世界の警察や軍隊、民間警備会社で使われているポリカーボネート製のライオットシールドだ。

 一通りの装備を整え、隣のベッドで寝息を立てるアリアに目を移す。彼女は何とも妙な格好で寝ていた。

 上半身をベッドに預けて、下半身は膝立ちで尻を突き出した状態だ。まるで名探偵の麻酔針でも食らったかのような、何とも奇妙な寝姿だ。ワンピースのままだから、目のやり場にも困る。


「なんだこれ、何をどうしたらこんな格好になるんだ?」


 俺が首を傾げていると、シアの念話が頭に響く。


『おはようございます、マスター。アリア嬢はマスターがおやすみになられている間、何度も起きようとしましたので、スリープの魔術で眠らせました』

「それでこの格好……なるほど、事情は分かった」

『アリア嬢の睡眠時間は平均で約1時間、最短で40分でした。魔術のレジスト値が高いだけでなく、彼女自身が極度のショートスリーパーであるためです』

「ショートスリーパーなんてモンじゃないだろう、それは……」


 俺が呆れてため息をつくと、アリアの目がぱちりと開いた。そして何度か瞬きをして、がばりと飛び起きた。


「あ、あ、お、おはようございますっ! まど……イザークさまっ」

「ああ、おはよう。よく寝られたか?」

「も、申し訳ありませんっ! あの、起きようと、したんですけど! 眠くなって! あの! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 アリアはベッドの上でシーツに額を擦り付けて震えている。一体この子は今までどんな生活をしていたんだ? 劣悪なんて言葉で括れる話ではなさそうだ。

 掛ける言葉を選べないままでいると、SIから音声が流れる。念話モードでなく、スピーカーモードに切り替えたシアの声だ。……そう言えば、SIのスピーカーってどこだ?


「それは私の魔術による物です。マスターが嫌と言う程寝ていいとおっしゃったにも関わらず、1時間も経たずに起きようとしましたので、強制的に眠らせる魔術を行使しました」

「あ、あの、それは……早く起きないと、たくさん寝ちゃうと、怒られる……ので」

「貴女はもう奴隷ではないのですから、ゆっくり休んでも責める者はいません。とは言え、昨日の今日でいきなり矯正するのは難しいでしょう。私が監視出来る時はしっかり見張りますので、そのつもりでいてください」


 表面的に捉えると、奴隷の癖を矯正しようとしているのか、奴隷の教育をしているのかがイマイチ分かりにくい。

 だが、これがシアなりの面倒の見方なのかもしれない。


「は、はい。よろしくお願いします……えと、ビブリオ・マキナ……さん?」

「私はスキエンティア・インフィ二アムのアシスタントキャラクター、シアです。気軽にシアとお呼びください」

「あ、はい、よろしく……です、スキ……えっと、シア、さん?」

「はい。それで結構です。アリア嬢」


 昨日は帰り道でも話をしなかったし、治療が済んだら寝てしまったので、まともに話をする機会が無かった。

 もっとコミュニケーションを取って相互理解に努めたいが……今日は生憎、やることがある。


「アリア、俺達はこれからやらなければならない事がある」

「あ、はい……私も、ですか?」


 しまった、普通にシアを一人の人間として数えていた。あまりにも普通に喋るものだから勘違いしていた。

 しかし、そこで変に取り繕うのも何だかシアに悪い気がするし、へそを曲げて機能をロックダウンされても困る。

 俺はなるべく波風が立たないように訂正した。


「ああ……いや、君はここに居てくれ。俺とシアは働き口を探しに冒険者ギルドに行く」

「じゃ、じゃあ私は……お掃除、しましょうか? あと、お食事とか……」

「ここは宿だからな、それは必要ない。君はゆっくり休んでてくれたらいい」


 頭をぽんぽんと撫でてやるが、アリアは静かに、そして確実に混乱していく。目が泳ぎ、手が忙しなく動き、僅かに震えている。


「わ、わたし、役立たず……ですか? いらない、ですか?」

「いや、そういう事じゃなくてな……」

「あ、あの、こんな事言うの、失礼です、けど……す、捨てないでください! お願いします! 何でもしますから!」


 ついには泣きべそをかきなぎら俺の服を掴んで来た。何なんだ、暇がそんなに怖いのか?

 末期の社畜でもこうはなるまい。いかに長いこと尊厳を踏みにじられて来たのか、片鱗は見えるが全く想像がつかない。


「ああ……もう、分かった分かった、どうにかするから泣くな、服を掴むな」

「うう……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ようやく落ち着きを取り戻した様だが、こんな状態で部屋に置いてはいけない。だが、今のアリアを冒険者ギルドに連れて行くのも気が引ける。


「ここに置いていけない……冒険者ギルドにも連れて行けない……適度に働かせる事が出来て、安全な……そうだ」


 確実に解決出来る訳ではないが、相談する価値のある場所を一つ思い出した。

 俺は急いで身支度を整えて、アリアについて来るように指示した。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


「ここで働く? いいですよ。こないだ女の子が一人、結婚して辞めちゃいましてね。人手が足りなかったんですよ。短期でも長期でも大歓迎ですよ、うちは」


 宿屋の主人のハンスがニコニコ笑顔で答えた。今朝の受付には少年とハンスがおり、俺が降りてきたのを見つけると、朝食をどうするか尋ねてきた。

 俺は外で食べると答え、この宿で求人のアテがないかを聞いてみた。すると先程の返事が帰ってきた訳だ。

 何か手伝える事があればいいのにと言ったのはハンスだ。無理を承知で頼んでみれば、何か良い案を出してくれるかも知れない。

 別に人手が足りていても、給料が出ずとも良い。俺が帰ってくるまでアリアを預かってくれればそれだけで御の字と思っていた。


「しかし自慢じゃないですが、うちの給料はそんなに良くないですよ? 身元引き受けの代金をスパッと払える額は難しいです」

「いや、働くのは俺じゃなくて、この子なんだ」


 俺はアリアの背中を軽く押した。アリアは一歩進み出たが、俯いたままでもじもじとしていた。


「おや、こちらは……どちらさんですか?」

「昨日連れて来た、あの女の子だ。名前はアリアだ。働いてないと落ち着かないらしいから、ここで働かせて貰えればと思ってな」

「いや、でも、あれだけ怪我してて歩くのも大変そうだったのに……本当にあの子なんですか?」


 疑いたくなる気持ちは分かる、昨日の時点では酷い有様だったが、今では全く装いが変わっている。昨日との共通点なんて亜麻色の髪の毛と白いワンピースくらいだ。

 その亜麻色の髪の毛だって毟られて一部禿げていたのに、今では完全に再生しており、髪の毛はサラサラで、艶やかなキューティクルが眩い。

 自信の無さそうな表情だが、あの顔中を覆い隠していた傷や痣や腫れの下に、こんな整った顔立ちが眠っていたなんて思いもしないだろう。

 ハンスの隣の少年なんて、アリアが姿を見せてからずっと視線が釘付けになっている。ダメだぞ。うちの娘はやらん……いや、娘ではなかった。妹のようなものだ。


「ああ、回復魔術をかけたらこうなった。俺もまさかここまでとは思ってなくてな」

「いやはや……しかしこれは本当に凄い。さすが魔導師殿ですね。アリアさんの仕事着は家内に用意させましょう。部屋の掃除や料理の仕込み、給仕の手伝いが主な業務になります」

「何から何まですまない。俺はこれから出かけて来るので、この子には何か食べさせてやってくれ。金は出す」


 俺が財布を開いてなけなしの銀貨を出そうとするが、ハンスがそれを押し留めた。


「いやいや、うちは賄い付きですから、お代は結構ですよ」

「そうか、分かった。アリアがどこまで働けるか分からないから、もし働くのが難しそうなら早めに言ってくれ。その時は別の手を考える」


 俺はアリアに向き直り、頭を撫でた。


「アリア、俺が帰ってくるまでハンスさんのお世話になりなさい。絶対に無理をしない事。指示をよく聞いて、ちゃんとご飯を食べなさい。いいね?」

「は……はい、ちゃんと頑張る……です」


 こくこくとうなずくアリアを俺はイマイチ信用出来ない。

 この子は多分、無意識にオーバーワークを繰り返す気がする。重度の社畜の匂いがする。

 しかし、信用出来ないからと側を離れない訳にはいかない。俺には金が必要なんだ。労務管理はハンスがきっちりやるだろう。そう信頼するしかない。

 

「では行ってくる。ハンスさん、後は頼む」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、イザークさん」


 俺はやや後ろ髪を引かれる思いで、宿を出た。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 冒険者ギルドへの道すがら、屋台で朝飯を買った。焼いた挽肉とみじん切りにした野菜を薄い生地で巻いた食べ物だ。

 春巻き、餃子、タコス……いや、クレープか?

 A世界でも探せばありそうなこの食べ物の名前はラミラス。これを油で揚げるとまた別の名前になるらしい。そっちはまた今度頂こうと思う。

 食べながら歩くのは行儀が悪い……と言う風習は、この辺にはないようだ。道行く人も、結構な割合で何か食べながら歩いている。

 俺も倣って、歩きながらラミラスを一口齧る。うまい。肉も野菜も何が使われているのか見当も付かないが、素材の旨味を強くしている濃い目の味付けがたまらない。多分、この黒いソースがいい仕事をしている。

 父親に連れて行ってもらったテーマパークの屋台料理を思い出す。あの時食べたのはタコスだったが。

 最初はロクな調味料もない未開の料理や、良くてフィッシュアンドチップスで有名な某国みたいにやや期待出来ないモノが出てくるかと思いきや、なかなかどうして、料理はA世界並みに発展している。

 ラミラスを食べ終える頃には、ARが冒険者ギルドと示す建物が目の前に近づいていた。


(フィッツジェラルド傭兵冒険者ギルド?)

『はい。ここがイクシアス唯一の冒険者ギルドです』

(傭兵もやるのか?)

『依頼を受けて一定の成果を納品するのが冒険者、依頼を受けて一定の労働力を納入するのが傭兵です。例えば、物品の輸送は冒険者、商隊の護衛であれば傭兵です』

(……難しいな、業務の線引きで揉めそうだ)

『はい。ギルド間では、他ギルドの領分への不可侵が不文律として浸透しています。冒険者と傭兵は事業の仕分けが難しく、冒険者と傭兵はセットで取り扱う事が許可されています』

(なるほどな……フィッツジェラルドってのは?)

『おそらく人名でしょう。末端のギルドは民間企業、その取り纏めのギルド協会は公益社団法人に近い物で、そのトップは公的機関の成績優秀者や有力貴族の……』

(ああ、日本で言う所の天下りか)


 こんな異世界でまで世知辛い話を聞く事になろうとは。しかし、上の方の話は正直どうでもいい。俺は金さえ貰えればいいのだ。

 俺はフィッツジェラルド傭兵冒険者ギルドのドアを開けて、中に入った。

 受付らしき長いカウンターには左から傭兵、冒険者、依頼受付、買取と書かれた看板が置いてある。

 さらに奥には机と椅子がオフィスの様に並んでおり、書類仕事をしているのが見える。まるで区役所や警察署のような見通しのいい造りだ。

 カウンターの中には区分け毎に女性が三名ずつ居り、並んでいる傭兵や冒険者の相手をしている。この時間帯は混むのか、どの列も4人前後並んでいる。

 どこに並べばいいのか分からずに入口のドアの前で悩んでいると、カウンターの奥から誰かが一人、こちらへやって来た。


「やあやあ、初めて見る顔だね? ようこそフィッツジェラルド傭兵冒険者ギルドへ。私がこのギルドを取り仕切っているギルド長のフォークス・クラレンス・フィッツジェラルドだ。よろしく!」


 シャッポでも被せたらよく似合いそうなロマンスグレーの髪に、痩せぎすな体軀をスーツに似ているシックな装いで着飾った初老の男が手を差し出した。

 カウンターに並んでいる筋骨隆々な男達と違い、フォークスと名乗った男は瀟洒な雰囲気を漂わせており、傭兵や冒険と言った単語とはかけ離れている様に思われた。

 俺はその手を握り、挨拶を返す。


「わざわざトップがお出迎えとは恐れ入る。イザークだ、よろしく」

「新しい出会いは嬉しく、めでたい物さ。特にこんな片田舎ではね。それでイザーク氏、今日のご用件は?」

「ああ。冒険者になりたいんだが、どうしたらいい?」


 俺がそう訪ねると、フォークスは握手していた手を離し、今度は肩に手を回して来た。スキンシップの多い男だ。


「なるほど、冒険者にね! 賢明な選択だ! やはり男たる者、ロマンと一獲千金は夢だよねえ! とりあえず面接をやろうか! ああ、メアリー! 三番の面接室を頼むよ!」


 フォークスがカウンターの向こうへ声を掛けると、事務エリアで仕事をしていた性格のキツそうな眼鏡の女性が立ち上がり、奥の通路へと消えた。


「さ、こちらへお越し頂けるかな?」


 フォークスが肩を組んだまま、俺を促す。カウンターの跳ね上げ式の天板を開け、事務所エリアを抜けて、さらに奥へ。

 関係者以外立ち入り禁止の看板といくつもあるドアをスルーし、「第三面接室」とネームプレートの掲げられた一番奥の部屋に通される。

 部屋の中は大きめの机と椅子が二脚、差し向かいになるように置かれていた。窓際には鉢植えが置かれており、それ以外に目立つ物は無いが、ARが反応している。

 部屋の天井隅と鉢植えには遠見の魔道具……監視カメラのような物だろうか。魔力路は別の部屋に伸びている。

 机の天板の裏には録音用の魔道具が付いている。魔力路は見えないので、こちらはスタンドアロンだろう。

 フォークスは奥の椅子に座ると、空気を一変させた。先程までの温厚でフレンドリーな雰囲気ではなく、さすがはギルド長と思わせる重苦しい存在感と強い威圧感、それに人を試そうとしている鋭い眼光が俺を襲う。


「さ、それじゃあ面接をしようか。椅子に掛けてくれ」


 フォークスがこちら側の椅子を手で差し示す。俺は一歩ずつ歩み寄り、椅子に腰掛けた。

 机に肘をつき、両手を組んでいるフォークスの視線がさらに険しくなる。

 一体何を聞かれるのだろうか。これまでの経歴を聞かれると地味に困る。実はここに来るまでにある程度のカバーストーリーは用意していた。だがこの威圧感で真っ白になってしまった。

 だが、狼狽ている様子を気取られてはいけない。俺は持ち前のポーカーフェイスで無表情を貫いた。

 どれくらい時間が経っただろうか。数十秒か、はたまた数分か。とても長く感じる。

 フォークスが大きく息を吐き、やおら立ち上がり……大きな声を上げた。


「はい、面接終了! 採用ォ!」

「早っ!? まだ何も聞かれてないぞ!?」


 場を支配していた緊張感が一気に霧散する。してやったりと言いたげに、フォークスはにんまりと笑顔を浮かべていた。


「わざわざ君の生い立ちを聞く必要があるかね? 過去を問う必要はあるまい。大事なのはこれから先、何を成すかだ。それに君は魔導師だろう? なら優秀であるに決まっている」

「……ああ、そうだ。一応俺は魔導師だ。しかし、何故それを?」

「まず君、剣を使い込んでないだろう? 握手した時、君の手に剣ダコが無かったからね。盾も……その、どこの素人が作ったのかと言うくらいに酷い。鎧は新品のようだしね。全体的にちぐはぐだ。かと言って無謀な一般人かと思いきや、魔力はべらぼうに強い。そこで本業は魔導師、装備はダミーだろうと思った訳さ」

 

 あの一瞬でそこまで見抜かれていたとは思わなかった。いろいろ対策してきたが全て無駄だったとは。下手な考え休むに似たりとはこの事だ。

 ……それにしても、やはり盾は酷い出来だったか。無理して作らなければ良かったか?


「後は、この部屋に入った時の視線かな。すぐに魔道具の隠し場所を見つけていただろう? 余程の手練れの魔導師でもなければ、そんな芸当は無理だろうさ」

「……そんな所まで見られていたとはな。恥ずかしい限りだ」

「ちなみに合格の一番の判断要素は、元とは言えS級冒険者である私の威圧を物ともせずに着席し、涼しい顔でいなせる胆力だ。いやあ、恐れ入るよ。こんな逸材がこの街に居るとは思わなかったね」


 笑顔で拍手するフォークスの態度は人をからかうような物ではなく、純粋に称賛しているようだった。しかし、とてもじゃないが喜べない。

 全てこの男の手のひらの上で弄ばれていたように思えて仕方ない。ヘラヘラと軽いフリをしているがその実、底が見えない。

 俺にはどうも、この男を信用する事が出来ない。俺に隠している事があるんじゃないだろうかと勘ぐってしまう。

 俺のそんな猜疑心をよそに、フォークスは勝手に話を進めている。


「君なら多分、すぐにでもB級……いや、A級になれるんじゃないかな? さあ、面接も終わったんだからこんなカビ臭い部屋に用はない! 早いとこカードを授与しようじゃないか! 受付に戻ろう、な!」


 フォークスは椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、早歩きでドアの前に行き、勢いよく開け放した。

 そして俺に振り返りもせず、そのままツカツカと歩いて行った。

 ……本当に、読めない男だ。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 SIの偽造データを元に、傭兵冒険者ギルド登録者識別符号票……通称冒険者カードが発行された。

 ここのカード発行機はスタンドアロンで、役所の戸籍データベースにアクセスしている訳ではない。

 何故データベースとの照会を行わないのかについては、カード発行を待つ間にシアが教えてくれた。


 傭兵や冒険者はとどのつまり「底辺の職業」であり、脛に傷持つ輩も少なからずいる。本籍地から離れた国で冒険者になる事も珍しくない。

 個々の都市は実はイントラネットのような物で、インターネットのように全世界規模で繋がる情報網は無い。よその国やよその街のデータベースにアクセスすることは出来ない。

 なので身分証に刻み込まれている「この戸籍はきちんと正規の手順を踏んで登録されましたよ」と証明する緻密な魔力印章を読み込む事で、戸籍確認を行なっている。

 もし身分証がなければお手上げなので、本籍地から新しい身分証を取り寄せるしかない。魔力パターンは一人一人違うので、それを元に戸籍を調べてもらう必要がある。

 魔力を込めたクリスタルと再発行料金を本籍地の役所に送付し、現住所の管轄内の役所で新しい身分証を受け取り、それから登録……となる。

 最悪で半年近く待たされるケースもあるので、どんな人間でも身分証は無くさないように気をつけているんだそうな。

 SIは魔力印章の偽造が可能なので、スタンドアロンである事は都合がいい。

 しかし、SIが使用不可能な状態に陥った時を想像すると、とても怖い。

 冒険者カードは身分証と紐付いているので身分証の代替品として使えるのだが、それでもやはり、怖い。


「さあ、これで君も冒険者だね! 最初はFからなんだけど、君はEからにしといたよ! 優秀な魔導師が薬草集めってのも何かこう、パッとしないからね! まあ君ならすぐ上がるだろうから、誤差だけどね! 誤差!」


 フォークスは赤銅色に輝くクレジットカードサイズの板を俺に差し出す。本当にこの男は口がよく回る。

 しかし言い方は少し考えて欲しい、窓口に並んでいるうちの数名がこちらを殺気のこもった目で睨んでいる。

 そりゃあ訳もない。好きで最低クラスに甘んじている奴はいない。薬草摘みに矜持がある奴もいるだろう。

 そういう連中を敵に回すような発言だ。さすがに組織のトップに喧嘩は売れないだろう。そうなると俺の身が危ない。

 睨み付ける男達をなるべく見ないようにしていると、フォークスが柏手を打って、俺に話を持ちかける。


「でだね、その代わりと言っちゃ何なんだけど、依頼を一個、受け入れてくれないかな?」

「……分かった、詳細を頼む」

「Fクラスのパーティがいるんだけど、近場のダンジョンで素材採集をする依頼を受けたんだよね。ギルドの規定でダンジョンへの進入には魔導師が最低一名必要なんだけど、手隙が居ないんだ。だから君には、そのパーティと共に依頼を達成して欲しいんだよね」


 おーい、とフォークスが呼びかけると、壁際に集まっていた三名の女性がこちらに駆け寄ってきた。三人ともスタイルが良く、美女揃いだ。


「この子達がFクラスパーティ『崖下の菫』だ。左からレイラ、イルマ、アミエラだ」

「片手剣使いのレイラです、よろしく」

「槍使いのイルマだよ! よろしくねー!」

「弓使いのアミエラと申します。お手数をお掛けします」

「イザークだ。魔導師だが、見習いのような物だ。よろしく頼む」


 俺はそれぞれ差し出された手を握った。

 レイラは波打つ赤髪に勝ち気そうな切れ長の目で、俺よりも身長の高い女選手だ。豊満な肉体が鎧で押さえ付けられており、何とも窮屈そうだ。

 イルマは逆に俺よりも身長が低く、童顔だ。ツインテールに結んだブロンズヘアが、より幼さを際立たせている。そうかと思えば、体は出る所はしっかり出ており、アンバランスな色気を感じる。

 アミエラは上品な顔立ちにたおやかな仕草、そして育ちの良さを醸し出す話し方からどこかの令嬢のように思わせる。腰まで伸びた茶髪は、とても冒険者や傭兵の物とは思えない程艶やかだ。

 三名ともとびっきりに美しい。こんな場末の冒険者ギルドに居ていい人材ではない。だからこそ、そこに違和感を感じる。


(シア、どうだ?)

『はい。皆さん嘘をついています』

(だよな、そんな気はしていた)


 シアの事だから、三人の冒険者カードの解析は済んでいるだろうと思っていた。流石、仕事が早い。


『レイラ嬢は本名リア・ハーディス、イルマ嬢は本名クリス・アンバー、アミエラ嬢は本名ヘンリエッタ・フィルマールです。皆さんAランク冒険者で正式なパーティ名は暁の運び手、受けているクエストはヨルガの花束です』

(ヨルガの花束? それを集めてくるのか?)


 もしかしてダンジョンで集めて来る素材の名前だろうか。気になったのでシアに尋ねてみた。


『ヨルガはこの辺りでは採取出来ません。ヨルガは虹色の花弁を付ける大輪の花ですが、その香気には精神を狂わせる毒が含まれています。その特性から一部では隠語として用いられています。それは……』

(ハニートラップか)

『ご明察です。男性への諜報目的の色仕掛けを指します』

(それをギルドが依頼している……標的は俺か)

『クエスト履歴データベースをダウンロードしました、これより解析します。何か判明しましたらお知らせしますので、クエスト中は警戒してください』


 適当な身の上話を三人に振りながら、シアに相談をいているうちに、いつダンジョンに赴くかという話になった。

 今はまだ朝だ。昼に出ても最短で日が沈むまでには帰って来れるくらいの距離だそうだ。ダンジョン内には安全地帯があり、そこで一泊する事も考えているそうだ。

 俺達は一旦解散して、昼に門の前で待ち合わせる事とした。

 

12/6にイルマの本名をリリアからクリスに変更しました。

リアとリリアって一文字違いだし分かりにくいですもんね。早く気付くべきでした。

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