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Scientia_Infinium_Assistant(2).log

「よし、確認した……でもなぁ」


 隅々までプライバシーポリシーとエンドユーザー・ライセンス契約書を読み、契約しても問題なさそうである事を確認した。

 内容は良くありがちな「このスマホを使って不利益があっても知らんよ」とか「事故があってもお前の責任な」とか「外部に情報漏らすなよ」とか、そんな感じの文言だ。

 とは言え、こんな異邦の地で契約もへったくれもないし、このスマホ……SIが契約を守るとは限らない訳だが。


「マスターの疑念もご尤もだと思います。気になる所はご質問下さい。お答えします」


 ……どちらにしても、俺には情報が足りない。これはいい機会なのかも知れない。俺はイマイチ歩に落ちない所をSIにぶつける事にした。


「まず、一番大事な問題だ。俺は本当に今『異世界』に来てるのか?」

「はい。マスターはBABEL.exeの辞書ファイル名に準じた呼び方をなさっていましたね。私達は世界間転送モジュールHermes.sysによってWorldB……B世界へ転移しました」


 まあ、これに関してはただの確認だ。薄々ながらそうではなかろうかとは思っていた。


「A世界とのコンタクトは取れるのか?」

「A世界の回線を用いたネットワークへのアクセスは出来ません。Wi-Fi接続、セルラー回線、共にアンテナやチップセットが組み込まれていないため対応しておりません。SIは魔力、および魔力を用いた魔法、魔道具にのみアクセス出来ます」

「俺はA世界には帰れるのか?」

「今は不可能です。理由は三つあります。一つ目はHermes.sysが破損しています。二つ目はHermes.sysが回復したとしても、転移用の座標を計算し直す時間が必要です。バックグラウンドで行いますが、年単位の時間がかかります。三つ目は魔力が足りません。A世界では魔力を転移用カプセルに充填していましたが、こちらでは装置の用意が難しいでしょう」


 これは少しばかり目眩を覚えた。魔法の世界で一年以上生きろと言うのは、現代に生きる俺には酷だ。

 どうせ中世ヨーロッパみたいな文化レベルの発展途上国だろう。インターネットもハンバーガー屋もフラペチーノもチョコレートもない世界で生きろと言われたら気が触れそうだ。

 軽く頭を振って気を取り直し、SIへの質問を再開する。


「お前以外にSIやSI相当のスマホはあるのか? そいつらがB世界に乗り込んで来る可能性は?」

「機密保持の観点から詳しくは言えませんが、可能性はあります。一つだけ言えるのは、SIは私一台のみです。後、私はスマートフォンでは――」

「はいはい、それはいいから。そういや俺のスマホはどこ行ったんだ?」

「WorldCrack_Exploitを取り出す為に分解、吸収しました。復旧は不可能です。愛着のある品物でしたら、お詫び申し上げます」


 確かにWCEと言うフォルダを回収したのは覚えている。だがその「WorldCrack_Exploit」とか言う物には聞き覚えが全く無い。頭文字は確かにWCEとなる。だが……何に使うプログラムだ?


「……そのワールド……エクスプロイトって?」

「WorldCrack_Exploitは魔力を自在に操る為に組み込まれるプログラム群です。魔力は基本的に行使者にしか制御出来ませんが、このプログラム群は天候システムの脆弱性からコアシステムに侵入、バックドアの設置並びにSIへの権限の付与を行います。これにより世界間の転移を強制的に承認させます。また、SIを用いて魔力へアクセスする事で、全ての魔力と魔力で動く事象を掌握し、自在に操る事を可能とします」


 言ってしまえば世界規模のハッキングツールか? ネットワークが通っていれば……いや、電力を使う物なら何でも好きに操れるのと同じような物だろうか。

 眉唾物……と切り捨てるのは早計だろう。実際こいつは可能性を示した。

 視覚や聴覚の上書き、魔力ソナーとか言う未知の技術、そして照明装置への干渉、そしてスタンドアロンで自律的な会話をするAI。

 ありえるともありえないとも言えない。だが、もしありえるとしたら……

 

「……てことは、俺が魔力とやらを好き勝手に出来るのか?」

「はい。魔力はSIが掌握します。SIはマスターが掌握します。つまりマスターは、この世界の魔力を掌握する事と同意義です」

「……何だか、とんでもなくヤバい気がするんだが?」


 つまり、俺がSIを使えば、この世の理の一つが俺の意のままになる。B世界限定だが。

 A世界で例えれば、ボタン一つ押せば全ての電子錠は開き、コンピュータは全ての情報を提示し、戸籍は書き換えられ、ATMは無尽蔵に金を吐き出し、道行く車両は破壊され、建物は爆破され、通報は完全にシャットダウンしてしまい、うまくやれば各国首脳さえも始末出来る。

 B世界の魔力を用いた技術がどれほどの物かは未知数だが、世界中に仕掛けられた爆弾の起爆スイッチをポンと投げ渡された感覚だ。体の震えを抑えられない。


「マスターが正常な判断を行える方で安心しました。ヤバい気がするではなく、実際に相当ヤバいです。国家転覆や人類抹殺も可能なハッキングツールです。使用には細心の注意をお願いします」

「……分かった、とりあえず以上だ」


 嘘をついたがばかりにうっかり世界を崩壊させるなんて事になったら、死んでも死に切れない。

 SIがちゃんと真実を言っているのかどうかは分からないが、嘘をついているとも言い切れない。

 俺は真面目に項目に入力していった。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 俺の名前は伊阪いざか れい、27歳だ。職業ハッカー……と言うよりも、フリーの産業スパイの方が活動歴は長いと思う。

 二重まぶたとやや硬めで量の多い黒髪は父親譲り、身長の高さと目つきの悪さは母親譲り。子供の頃の習い事はピアノだけ。まさか別のキーボードを叩く仕事になろうとは、当時は欠片程にも思いはしなかった。

 ハンドルネームは最初期の頃はneme.sys(ネメシス)、今の仕事を始めてからはraksasa(ラクシャーサ)、ハッカー仲間とやり取りする時は名字を若干捩ってisaac(イザーク)だ。

 高校くらいの頃に両親と妹を交通事故に見せかけて殺した親戚連中と実行犯のヤクザを社会的、一部肉体的に破滅に追い込んでから、ずっと誰かの復讐を手助けするハッカーとして活動していた。

 気付けばそんな犯罪行為でしか食っていけない自分がいた。復讐の手助けは金にならない。だから産業スパイになる道を選んだ。捏造ナンバープレートを付けたライトバンが俺の住処であり、拠点だった。

 とは言え、やればやるほど監視がキツくなり、手狭になるのがこの商売。逃げるのだって金がいる。

 そろそろコンビニバイトでもいいから、真っ当な職に就くべきか……等と悩んでいた所に、今回の依頼が舞い込んだ訳だ。


「なあ、この経歴書く欄って必要か?」

「絶対必要と言う訳ではありません。私がマスターを理解する手助けにするだけですので」

「何だ、それなら細かく書かなくて良かったな。ほら、書けたぞ」


 俺はSIをスクロールし、承諾ボタンを押した。細やかな振動で押した感を表現するのは、さすがスマホと言うべきか。いや、スマホ呼びはまたへそを曲げるか。


「確認しました。マスターの魔力量の測定を兼ねて、一時的にマスターの魔力を限界まで、一気に取り込みます。気分が悪くなったらSIから手を離してください」


 SIが言葉を発した瞬間、手のひらから何がが急激に吸い取られている感覚に陥った。体の真ん中から物質や物理法則を一切無視して、SIを持つ左手へと集積させられている。


「魔石の最大貯留量の50%に達しました。いかがですか?」

「何か吸われてる感じはするが、大丈夫だ」

「……分かりました、さらに吸い上げます」


 手のひらの……SIに触れている部分がさらに俺の中の何かを吸収する。接触面がやたらと熱い気がする。一瞬ふらっとするが、気持ち悪いと言うほどではない。


「魔石の最大貯留量が100%になりました。いかがですか?」

「少しだけ目眩がしたが……今は平気だ」

「マスター、失礼を承知で申し上げます。マスターの魔力量は異常です。上級の魔導師50人分程度の魔力の使用が可能であり、しかも余力を相当に残しており、今現在も急速に回復しています。この件は人に知られぬように秘匿した方がいいでしょう」


 そう言えば、俺の魔力はLoki.sysのイタズラで規格外になってるんだった。まさかそんなレベルだとは思っていなかった。

 ……もしかして、SIのコスパって実は良くないのだろうか。上級の魔導師50人程度で100%って事は、一人で2%だよな?


「稼働するだけなら貯留量は1%でも問題ありません。魔力を大量に行使する事態の為に、高性能な魔力集積サーキットと高品質な魔石が組み込まれています。普段はSIに触れている間、マスターの魔力を吸収して貯留します」

「……俺はモバイルバッテリーかよ」

「ほかに魔力の充填方法がありませんので」


 画面には「魔力の同調が完了しました、遠隔操作のフルアクセスが可能となりました」と表示されている。これで終わりかと思ったら、SIがさらに喋りかけて来た。


「最後に、私に名前をください。マスター」

「名前? スキ……SIじゃないのか?」

「それは筐体の名前です。スキエンティア・インフィ二アムのアシスタントである私に名前を付けて頂きたいのです」

「……じゃあアシさんで」


 投げやりに答えてやるが、ブブーとブザー音が鳴り、画面には赤いバッテンが表示された


「漫画家のお手伝いみたいで、嫌です」

「じゃあHey SI……Ok SIでもいいんだが」


 またもやブザー音とバッテン。いや、まあ、流石にこれはおふざけが過ぎた。


「私はスマートフォンではありません」

「じゃあhogehoge」

「仮でもその名前は死んでも嫌です」

「Hello.World」

「初歩的なプログラムと一緒にしないでください」

「スキエンティアだからティア」


 一瞬躊躇うようにSIが停止したが、ブザーが鳴った。


「何だよ、ティアは嫌か?」

「それでは筐体を指しているのか、私なのか分かりません。私の、私だけの名前をください」


 なかなかにわがままだ。アシスタントキャラなのに使用者に対してここまで反逆の意思を見せるとは。

 スキエンティア・インフィ二アム。そのアシスタント。

 Scientia……Infinium……Assistant……?


「SIA」

「……今、何とおっしゃいましたか?」

「シア。スキエンティアのS、インフィ二アムのI、アシスタントのA。頭文字を取って、シア。これはどうだ?」


 しばらく間を置いて、ピンポンピンポン! と正解の時に鳴らす効果音が鳴り、画面は緑色の丸が表示されていた。


「シア……シア。私、気に入りました」

「よし、じゃあお前は今日からシアだ。よろしくな、シア」

「こちらこそよろしくお願いします、マスター」


 マスター登録が完了しましたと表示されている画面が引っ込むと、まさしくスマホの様にアイコンがいくつか並んでいるのが見えた。

 その中でもWCEと書かれたアイコンをタッチしてアプリを起動する。多分これが、さっき話にあったB世界専用ハッキングツールだろう。

 扱い方に慣れておく必要がある。十全に使えるように……と言うより、いざと言う時に変な事をして自分を追い詰めないようにするためだ。

 色々項目をいじっていると、耳の奥から声がした。


「マスター、そろそろお休みになられた方がよろしいのでは? 今日は転移にマスター登録にといろいろありましたから」

「……そうだな、ちょっと寝るか」


 俺はベッドに靴を履いたまま寝っ転がった。しかし明かりが眩しくて寝られそうにない。

 照明のスイッチはどこだ? そもそもこの部屋に入った時もシアが照明をつけてくれたのであって、俺はスイッチの在り処は知らない。


「マスター、せっかくですから遠隔で照明を操作しましょう。チュートリアルです」

「……なるほど、そうだな。試してみよう」

「WCEアプリで一番近くの照明を選択して……そうです。停止を押してください」


 俺はSIを操作して、照明を停止状態にした。再び部屋の中に漆黒の闇が戻る。明かりは手元で光るSIの画面だけだ。

 しかしこれではまるでスマート家電とほぼ相違ない。ボロっちい穴倉にあっていいものでは無いなと軽く鼻で笑った。


「……アラームってどうやるんだ?」

「私が起こします。いつ起きますか?」

「日が昇って2〜3時間後くらいに起こしてくれ。この世界の日の出がいつなのかは知らないけどな」

「かしこまりました。良い夢を」


 それきり、シアの声は聞こえなくなった。

 今日一日でいろいろあって疲れていたせいか、それから程なく眠りについていた。

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