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Procedures.log

 まだ開いていない深雪の牡鹿亭の酒場で、アリアと賄いを頂いた。数種類の野菜と余りの肉で作ったスープと、やや堅いパンだ。

 パンが堅いのは焼き立てでは無いと言うだけで、日数が経ったにしては小麦の香りが感じられるいいパンだ。出来れば今度は焼き立てを食べてみたい。

 スープも素材の味と塩だけでごまかした粗末な汁でなく、コンソメのような下味の付いた上等な物だ。

 食生活も衣類もそうだが、このB世界はA世界よりも数段劣った中世ファンタジーと言う訳ではなさそうだ。


 深雪の牡鹿亭の酒場は宿泊客に朝食を出す時と、夕方からの営業時間内でしか利用出来ない。

 宿の客は冒険者や傭兵といった旅人が殆どで、日中は仕事をしている事が多く宿から出ている。

 世界規模では分からないが、少なくともここイクシアスの住民は昼食を摂る生活サイクルのようで、冒険者もギルドに隣接している酒場で食事を済ませる事が多い。

 この深雪の牡鹿亭においては、昼は従業員が昼食を摂るための時間としているようだ。

 賄いは本来従業員のみらしいが、アリアの保護者だからとハンスから特別に許可が降りた。


「……誰も居ないな」

「お昼を過ぎてますからね、皆さんお仕事に戻ったみたいなので……」


 アリアと差し向かいで昼食を摂っているが、誰もやって来る気配が無い。いや、厳密に言えば一人居る。入り口から物凄い形相で俺にガンを飛ばしている少年だ。

 確か俺が初めてこの宿に来た時に応対してくれた少年だ。アリアをハンスに預けた時にもいた。

 あの時もチラチラとアリアを気にしていたようだったし……もしかして、惚れたか?

 俺は極力気付かないフリをしながら、アリアに話を振った。


「仕事はどうだ? 他の従業員とうまくやっていけてるか?」

「はい、皆さん良くしてくださっています。何も分からない私に、一から教えてくださって……女将さんに料理は素質があるって褒められました、えへへ」


 アリアの照れ臭そうな笑顔に、ここ数日の疲れが解けていくように思える。なるほど、世のお父さん方が子供の為に働く気持ちが理解出来る。

 そんなほのぼのとした雰囲気とは反比例的に、入口でこちらを伺う少年の機嫌はさらに悪くなり、視線は峭刻になっていく。おい少年、俺はアリアの保護者だぞ。そんな態度を取っていいのか?

 変な殺気が飛んでくる酒場の入口を意識から外し、アリアとの会話を続ける。


「変な奴に絡まれたりとかはないか?」

「えっと、酔ったお客さんにしつこく絡まれましたけど、ハンスさんや他のお客さんが守ってくださいました」

「ハンスがか……見た感じ、人の良さそうなおじさんって感じだが」

「はい、すごく優しい方なんですけど、その時ばかりはお客様困ります! って立ちはだかってくれました……そう言えば、イザークさんはお仕事どうでしたか?」


 キラキラとした目でこちらを見つめるアリアに、少し居心地の悪さを覚えた。こればかりはしょうがない、女性冒険者三名に懐かれて何もせずに帰りましたなどと言えるはずが無い。

 俺は一部業務内容をオミットして伝える事にした。


「ちょっとした研修のような物で、街の外で一泊して来た。魔獣が現れたから従魔にしてな」

「っ!? ま、魔獣!? え、イザークさま大丈夫ですか? 怪我は? 怪我はないですか!? 大丈夫ですか!?」


 アリアは飲んでいたスープを噴き出し、スプーンを握りしめたまま俺に近づいてぺたぺたと顔や体をまさぐる。おいやめろ、余計なヘイトを稼ぐんじゃない。


「おいアリア落ち着け、大丈夫だ、怪我は無い。そもそもお前を治療したのは俺だろうが」

「あ……そうでした、イザークさまなら自分で魔術を使えましたね……」

「全く……その取っ散らかる癖は相変わらずか……話を戻すぞ。魔獣の脅威を取り除いたって事で、ギルドマスターから褒賞を貰った。これでお前の戸籍登録と身元引受人の申請が可能になった」


 俺はストレージから金貨袋を取り出して、アリアの前に置いた。アリアは見てもいいですか? と確認を取りながら、袋を手に取り中を覗いた。


「うわあ、こんな大金見た事無いです……やっぱりイザークさまは凄いです、たった一日でこんなにお金貰えるなんて……私、五角銀貨一枚稼ぐのがやっとですから」

「いや、そんな事は無い。たまたま運が良かった……いや、悪かったのか? どちらにせよ、これはただのあぶく銭だ。俺は全く働いたつもりはないし、一生懸命働いて得た金の方がよっぽど価値がある。アリアから貰った銀貨は宝物として取っとくからな」


 俺がそう言うと、アリアは小さくありがとうございますと呟いて、食べ終わった食器を片付けてくれた。

 入り口を見ると、少年はハンスに怒られていた。鬼気迫る表情でこちらを覗き続けていたのが見つかったようだ。

 俺の視線に気づいたハンスがこちらに小走りで駆け寄って来る。


「すみません、イザークさん。トーマ……いえ、うちの倅がずっとお食事中の様子を覗いていたみたいで……アイツ、アリアちゃんにホの字のようでしてね」

「覗き魔にはうちの娘はやれんとでも言っといてくれ。……ところでハンスさん、午後からアリアを借りてもいいか? 身元引き受けの目処が立ったから役場に連れて行きたい」

「ああ、もうお金集まったんですね。やっぱり魔導師さんは稼ぎも桁違いだ。アリアちゃんが抜けるのは全然問題ありませんよ。酒場の営業が始まる頃には帰ってきて貰えると助かります」

「早く帰れるかどうかは役場次第だな、すぐに用事が済めばいいんだが」


 俺の懸念にハンスがうーむと唸りながら顎をさする。


「身元引き受けの申請はすぐに終わるでしょうが、問題はアリアちゃんの戸籍登録でしょうな……出自が出自なだけに、時間が……場合によっては金も掛かるでしょう。分かりました、今日はこれで上がりでいいですよ」

「すまん、迷惑をかける」

「何を言ってるんです、アリアちゃんには助けられてますよ。昨日も新しい看板娘が現れたって大騒ぎだったんですから。まあ、羽目を外したバカもおりましたがね」


 ハンスはガハハと大笑いをして、続ける。


「そうそう、冒険者ギルドのフォークスさんもお越しでしたよ。羽目を外した奴は冒険者でしてね、フォークスさんが嗜めたんですが……いやいや、あの人が元S級冒険者だった事を思い知らされましたよ」

「相当手荒な嗜め方をしたようだな、さぞかし酔いも醒めた事だろう」

「いやいや、全くその通りです」


 しばらくハンスは他愛もない雑談に興じていたが片付けを済ませて戻ってきたアリアに「今日はもう上がっていい」と伝えて仕事に戻って行った。

 ……いやアリア、違うぞ。クビじゃない。これから役場に行くだけだ。午後休だ。そんな世界の終わりのような顔をするんじゃない。

 ワーカホリックも相変わらずの様で、まだまだアリアから目を離せそうには無い。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 午後休となったアリアを連れて、街を歩く。アリアは宿屋の制服から白いワンピースに着替えた。衛兵詰所で着せて貰っていた奴だ。

 何せアリアには服が無い。身一つで放り出されたのだからしょうがない。プロダクトで作っても良かったが、この世界に馴染むファッションを知らない。

 役場での用事が済んだら、服屋に行くのも悪くない……そんな事をぼんやり考えていると、役場に着いた。

 石造りで二階建ての大きな建物で、門扉と建物の入り口には武器を携帯した衛兵が入り口を守っている。堅牢な雰囲気から役場と言うよりは簡易的な砦のように見える。

 どうしても日本の市役所のイメージに引っ張られ過ぎて、これを役場として見る事が出来ない。俺は間違えて軍事施設に来たんじゃないだろうか?


(シア……これは本当に役場なのか?)

『はい。イクシアス議事堂兼役所に間違いありません』


 なるほど、役場にしてはやけに大きいと思ったが、議会の場も含めた物なら納得だ。

 アリアの元持ち主のオルバも東街区の議員と名乗っていたし、この国は民主主義国家なのだろうか?

 アリアを伴ってごつい衛兵の守る門を抜けるついでにシアに説明を求めたが、簡単に言えば王政と民主主義のいいとこ取りみたいなスタイルのようだ。

 王族も貴族も居るが、中央政権は王都に集約されていて、イクシアスやその他地方都市まで手が回らないのが実情。

 ここイクシアスにも領主がいるが、全てを領主の手の物で管理するにも汚職や腐敗でえらい事になった時代があり、それならいっそ領民から代表を出せば文句は出ないだろうと議会制を取り入れたんだそうな。

 しかしオルバみたいな人間が政治に食い込んでいるのを見るに、健全な運用は為されていないようにも思えるが……政治手腕と人間性は別なのかも知れない。

 シアの説明を聞きながら役場内へと足を進めるが、看板の類が少な過ぎてどこへ向かえばいいのか見当が付かない。


「えーと、戸籍関係はどこだ? 似たような受付が多くて分からんぞ」

「ごめんなさい、イザークさま……私、文字はさっぱり読めなくて……」

『周囲の検索が完了しました。戸籍登録の窓口はこのまま進んで左端のカウンターです』


 ご丁寧にマップに光点で指し示してくれるんだから至れり尽くせりだ。

 俺はアリアの手を引いて、カウンターへ向かった。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 俺の心配をよそに、手続きは極めてスピーディーに行われた。

 まず、アリアの戸籍登録だが、奴隷システムに絡む非常に特殊な事案と言う事で、当日の衛兵の責任者であるアントニオと冒険者ギルドのマスターであるフォークス、そして当面の雇用主である深雪の牡鹿亭のハンスによってアリアの身柄が保証された。

 役場に行く直前にハンスに手紙を渡されたが、その手紙こそが保証する事を示す書類だった。

 そして身元引受人となる俺の身分証が必要になったのだが、ここで一悶着あった。

 こういった公式な場ではビブリオ・マキナではなく正規の身分証が必要だと説明を受けた。当然、俺は持っていない。

 そこで新しく作る事になったのだが、シアがちょっとした悪巧みを提案してきた。


『書き換えの可能なカードを作りましょう。一度情報が書き込まれれば改竄は出来ませんが、アクティベーションを行うフェイズの直後にシステムへの割り込みを行い認証コードのみが記載されたカードが出来ます』

(そこにお前が書き込みや消去が出来る様に細工をするのか?)

『はい。戸籍データベースは都市ネットワークごとに独立しています。他の都市での戸籍の確認は認証コードに重きが置かれています』

(改竄出来ないんだから、認証コードさえ正規なら問題ないだろうって事か)

『その通りです。……介入直後に作業手順を入れ替えます。最後に行われる改竄防止の魔術処理を最優先で行わせる事で、常時改変可能なワイルドカードを作成します。ラミネート加工したカードにフェルトペンで書き込むようなイメージです』


 今でこそ冒険者だが、俺の本業はスパイだ。身元が割れたら仕事がやりづらい。出来る事なら、戸籍を誤魔化せる手段は複数あった方がいい。

 アリアもいつまで一緒にいられるか分からないが、もし連れて行くのなら名前を変えなければならない事もあるだろう。

 俺はシアの提案を了承し、悪巧みを実行させた。WCEの介入は滞りなく行われ、俺達は書き換えが容易な身分証を手に入れた。

 書き換えが容易とは言ったが、このカードの内容も魔力によって書かれている。WCEでの改竄以外で、書き換える事は不可能だろう。


 身元引き受け人の申請も、滞りなく受理された。指定された金額を支払うと、受付の女性が一枚のカードを持って来た。

 これは国の発行する手形で、指定した期日……この場合二ヶ月後に役場へ持ってくると額面通りの金を返して貰える。

 このカードの額面は金貨9枚と銀貨8枚。これはこの国の何処の役場でも換金が可能だ。ただし、魔力パターンを登録した本人でなければ受け付けてもらえない。本人確認の為だ。

 俺は受付の女性が見ている前で、カードに手を当てて魔力を流す。

 B世界に来た当初は魔力を随意的に動かすどころか魔力の存在自体に猜疑的だったが、今ではこの位は平気で出来るようになった。慣れとは恐ろしい物だ。


(……そういや、この国って何て名前だ? イクシアス以外、B世界の地理はさっぱりなんだが)

『アデル王国です。ここはアデル王国イクシアス領となります』

(じゃあこのカードはアデル王国共通手形って訳だ。イクシアスから逃げる羽目になった時の為に、他のアデル王国領も検索しといてくれ。他国じゃ使えないだろう?)

『候補は既に用意しています。緊急事の誘導もお任せ下さい。それよりも、二ヶ月以内に逃げるような事態にならないよう努めて下さい』


 こうして、喫緊の課題であったアリアの戸籍登録と身元引き受け人の申請は完了した。

 スピーディーさに拍車をかけたのは、受付の女性が面倒臭がりで、説明の書類を投げてよこすだけでロクな説明を行わなかったからと言うのもある。

 予想以上の短時間で解放された俺達は、服や小物を求めて街を練り歩き、夕方前には宿へと戻るのだった。

今後の展開につきまして、活動報告にお知らせがございます。

ご愛読頂いている皆様におかれましては、ご一読頂ければと思います。

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