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後半は大型犬とのふれあいタイムと化してしまった事情聴取から解放され、俺は冒険者ギルドを離れた。
フォークスがフィリップをしこたまモフって満足したついでに鑑定の魔道具を使って調べたら、その正体が神獣であり、ついでに天狼と言う種族だと気付いた時の彼の狼狽っぷりは凄かった。
すぐさま部屋の端まで後退り、尋常じゃない脂汗をかきながら両手を上げて降参のポーズを取るその様は、今思い出すと少し笑える。
クエストの後処理や今後の話があるからと三人娘とフォークスはそのまま第三面接室に残る事になり、俺はお役御免との事で解放された。
その足で受付に行き、フォークスから貰った特別受給票を早速金貨に替え、こうして宿への帰途に付いていると言う訳だ。
(目標金額をたった二日間で達成してしまった)
手の中の麻袋には、大きな金貨が二枚と小さな金貨が五枚入っている。しめて金貨25枚分だ。
金は比重が高い金属だ。五百円玉の材料であるニッケル黄銅の三倍……に少し届かないくらいだったと思う。
ずっしりと重たいはずの金貨だが、俺にはどうにも軽く思えた。
(……何か、達成感が無いな)
麻袋を手のひらの上でポンポンと弾ませていると、シアの念話が飛んで来る。
『マスター、その金貨は確かにマスターの成果で得た物です。犯罪を犯して手に入れた物でもありません。マスターが受け取って然るべき物に相違ありません。何か不服な点があるのですか?』
(ああ……そうだな。確かに満足はしていない。この金は俺が汗水流して稼いだものじゃない。あくまでSIとWCE、それにシアのサポートあっての物だ)
俺との契約金とフォークスは言った。フィリップの調伏は魔物討伐と同義だとも言った。
だがそれは、俺がやった訳ではない。確かに怖い思いはしたが、結局は規格外に設定された俺の魔力とSI任せだ。俺との契約と言うが、魔改造された魔導師としての俺との契約だ。
この金貨袋に重さを感じないのは、貢献度の薄さや当事者意識の無さも原因なのかも知れない。
『マスターのお気持ちも分かります。ですが、身元引受人の登録はアリア嬢の今後を左右する案件です。こだわり過ぎても良くありません。手続きは早いうちに済ませるべきです』
(そうだな……ああ、確かにそうだ。綺麗な金であればそれだけで充分だ。それ以上の選り好みは……ただのエゴだな)
俺は金貨袋をSIのストレージに入れて、再び街路を歩き出す。
事情聴取が思いの外時間を取ってしまったようで、既にお昼時を超えている。飲食店と思しき屋台のうち、いくつかは撤収の用意を始めている。
そう言えば、昼飯を食べていない。イクシアスに帰って来てからずっと気を張っていた事もあって忘れていたが、ギルドの隣で食べると言う手もあった。
冒険者ギルドに隣接している建物は酒場が入っており、ギルドからは直通で繋がっている。昨日は到着後すぐに面接が始まったし、面接が終わるとクエストだったので、チラ見する程度にしか見られなかった。
依頼の報酬で朝から飲んだくれる奴からパーティ集合までの暇つぶしまで、様々な理由で冒険者の集会所と化しているらしい。
他の冒険者との面識もほぼ無く、そもそも馴れ合う気が一切ない俺には当然、酒場を集会所として利用するつもりはない。
それに腹が減ってるとは言え、来た道を引き返してまでギルド横の酒場に行くつもりも無かった。と言うのも――
(……シア、追って来てるか?)
『はい、今の所は一名だけです』
(誰だ?)
『クリス嬢です。気配を消して、一定の距離をキープしています。ARマッピングにマーカーを表示しておきます』
(クリス……つまり元イルマだな、分かった。適当に人通りの多い所を抜けて撒こう)
『闇属性中級魔術のインコグニートを常駐させます。マスターの気配や不随意的に放出される魔力を極端に低下させる事で、隠密行動の成功率を高めます』
俺は三人娘から追跡される可能性を見越していた。先程の聴聞会でも気付いていたが、魅了が抜けたにも関わらずあんな惚けっぱなしのあいつらだ。
パーティの勧誘だけでなく、何らかの接点を持とうとするだろう事は予想していた。
定宿をダイレクトにバラされた訳ではないが、彼女達もA級冒険者だ。辿ろうと思えば深雪の牡鹿亭で働くアリアから調べは付くだろう。
別に真面目に取り合う必要もないが、追跡されるのも気分が悪い。俺は努めて冷静に混雑した道を選って歩く。
視界の端に表示された光点は、最初のうちは俺の後をついて来ていたが、人混みを二つ抜ける頃には動きが止まり、あちこちをふらふらと動き回るようになっていた。
(……よし、撒いたな)
『はい。クリス嬢は我々をロストしたと思われます』
(隠密状態は維持して、さらに離れるぞ。深雪の牡鹿亭付近で周囲を検索して、大丈夫そうなら解除だ)
『かしこまりました、マスター』
俺はそのまま歩く速度を上げて、迂回路を通りながらアリアを放置してきた宿へと向かうのだった。
—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—
深雪の牡鹿亭を目指して歩いていると、嫌でも街の住人が目に入る。
中には一目で冒険者だと分かる服装をしている人間もいるが、イクシアスに住まう市井の人々は割とお洒落な格好をしている。
デザインこそ古めかしさを隠せないが、染色技術が高いのかも知れない。ケバケバしい原色系やビビッドカラーは見当たらないが、配色に気を使った着こなしをしている女性がかなり見受けられる。
男性は白や黒、グレーに茶色や深緑と言ったシックでシンプルな色使いの服が多い。
色彩的にはいいとして、俺の服はデザイン的に浮いている。今は魔術のお陰で溶け込めているように見えるが、冒険者とも一般人とも言えない服装だ。正直に言って、カモフラージュ性に乏しい。
(どっかで服でも買うかな)
最低でも外套は買い換えたい。さすがにミリタリーコートは目立つ。
ここから少し離れた街の中心には時計塔が建っており、その壁面には巨大なスクリーンが嵌め込まれている。
そこでは購買意欲を煽るような服飾関係の広告が延々と流れている。
A世界から来た俺には、あのビジョンが魔道具だと言われても到底信じられなかった。何なら変なタイミングでOSの操作画面やブルースクリーンが表示されるんじゃないかと思っていた。
しかしアレもれっきとした魔道具であり、WCEで介入が可能だ。それはこの街に来た時に調査済みだ。
ちょうどいいタイミングでマントの宣伝を始めたビジョンをぼーっと眺めていると、シアの声が脳裏に響いた。
(プロダクトを使用すれば、購入する必要はありません)
『そりゃあまあ、そうなんだけどな……あんま頼り過ぎるのも考え物かって思えてな』
プロダクト……マテリアライズとモディファイ・クオリアを組み合わせたオリジナル生産魔法には、いくつか欠点がある。
一つは、術者の能力によっては低品質な物が出来上がってしまう点だ。俺の能力はこの世界に来る際にチートレベルに魔改造されてしまっているので、ここは問題無い。
重要なのはもう一つの欠点、ディスペルを受けると消滅してしまう可能性がある所だ。
ディスペルは他人の魔力への干渉が出来ないこの世界の数少ない例外だ。他人の魔術を解除し、魔力を霧散させる事が出来るカウンター魔術だ。これはマテリアライズも例外ではない。
上から下まで全て魔力で出来た服で揃えていた場合、ディスペルの効果を受けると素っ裸にされてしまう。
今の所ディスペルの使い手……どころか魔導師にすら遭った事が無いが、いつどこでディスペルをかけられるか分かったものではない。
(やっぱり服は物理的にしっかりした物がいい、いきなり全裸なんてまっぴら御免だ。このあたりはやけに寒いしな)
『かしこまりました。それでは作成しますのでしばらくお待ち下さい。品物は先程ご覧になられていたマントでよろしいですか?』
俺の視界の端にさっきまで見ていたビジョンの映像が取り込まれ、3Dモデリングされていく。ご丁寧に俺が試着しているプレビュー画像も用意されている。
(いや、プロダクトは使わない。直接言わないと理解出来なかったか?)
『はい。プロダクトは用いません。物理的に作成します』
(……お前、そういう事も出来るのか?)
『はい。ストレージ内のアイテムを使用し、別のアイテムを作成する事は可能です。今回はレシピがありませんので、形状から推定して作成いたします』
とは言っても、俺のストレージの中には大した物はない。それこそ旅に出る最初の頃に作った魔力製の野営道具や服、金を入れた袋や小銭入れ、そして昨日食べるつもりでいたが突然の来客のせいで調理後そのまま突っ込んだラーメンくらいな物だ。
マントの材料になりそうな物なんて入れた覚えは全くない。魔力製の品物を使っても、それもディスペル一発で消えてしまうのではないだろうか?
(これまでにマントを作るのに役立ちそうな物を拾った覚えはないが?)
『はい。マスターはそれどころではなかったと思います』
(俺の預かり知らぬ所で集めてたのか……素材は一体何だ?)
『天狼の牙、そして毛皮です』
俺の視界の左端に2つウィンドウが起ち上がる。そこには白くて大きな牙と、銀色に輝く毛並みの皮が表示されている。
もしかしてフィリップの物だろうか。牙は分かる。生え変わる事でもあるのかも知れない。だがしかし、毛皮? すくすく牧場にいるフィリップから身ぐるみ剥がしてきたのだろうか?
『マスターがフィリップを再組成する際、利用価値を鑑みて回収しておきました』
(ああ、昨日のあの時か……ちゃっかりしてるな。それならフォークスに見せれば討伐報酬上乗せしてもらえたかも知れないな)
『恐れながら、それは得策ではないと思います。天狼の素材ともなるとギルドでは値を付けられないでしょう。記録を精査しましたが、フィッツジェラルド傭兵冒険者ギルドの発足以来、天狼の討伐報告はおろか、発見報告すら一件もありませんでした』
(……そんなレアな魔物であれば、いらん波風が立つだろうな。主に上流階級で)
『様々な組織から探りを入れられる可能性もあります。そして何より、今はアリア嬢の保護が最優先です。天狼の一件は、ギルドマスターが情報を握りつぶしてくれている方が我々の利になります』
(だから素材を回収してた事も黙ってたのか?)
『はい。出過ぎた真似をして申し訳ありません』
(いや、いい。申し訳なく思うなら、マントの作成をしっかり頼むぞ)
俺は街頭ビジョンから視線を外し、深雪の牡鹿亭への道のりを再び歩き出す。
視界の右上では現在処理中のタスクである「マント作成」のプログレスバーが徐々に伸びている。この速度であれば、宿へと辿り着く前にマントが出来上がる事だろう。
『天狼のマントが完成しました。装備しますか?』
完成を告げるシアの声が聞こえたのは、深雪の牡鹿亭の看板が目視できる程度の近場までたどり着いた時だった。
俺が「頼む」と念じると、今まで着ていたミリタリーコートが消え、その代わりにマントが現れた。
燻し銀を思わせるくすんだ銀色の毛皮で作られたマントの首周りにはファーがあしらわれている。牙なんて何に使うんだと思っていたが、純白のボタンが牙製のようだ。何とも豪華な使い方をするもんだ。
着心地は抜群に良い。軽い割に保温性も高く、冬場や雪山での活動では重宝する事だろう。
フードも付いており、目深に被れば隠密性は上がるだろう。だが……
(少し目立つ……かな)
色合いは地味だ。しかし鈍い銀色のマントと言うのは若干目立つ。動く度に金属光沢が光を反射し、否が応でも目を引いてしまいそうだ。
『問題ありません。天狼素材の特性により認識阻害が発生しています。このマントを装備している間、周囲の者はマスターの存在を知覚しにくくなります。マントへ魔力を通すとステルス機能が発動し、周囲の景色と同調します』
(まさか夢のステルス迷彩が、こんな所で実現するとはな……いや、ちょっと待て。この状態でインコグニートが発動したらどうなる?)
『マスターの存在は誰からも知覚されなくなるでしょう。人混みや行列に並ぶ際は注意が必要です』
俺が求めていたのはこんなトンデモ性能のマントじゃない。そりゃあ、隠密性に長けた装備はあった方がいいに越したことはない。俺のメインの仕事はスパイだ。
新しいマントは目立たない為に欲した訳だが、こういう意味での目立たなさじゃない。別の意味で浮きに浮いている。
(……後で普通のマントを頼む、素材は今度買うから、それで作ってくれ)
『かしこまりました』
俺はひとまず天狼のマントをストレージにしまい、再びミリタリーコートを呼び出して袖を通した。
これからアリアと顔を合わせると言うのに、知覚されないのは困る。インコグニートの常駐も終了させ、俺は深雪の牡鹿亭の扉をくぐった。
—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—
「いらっしゃいませ! 深雪の牡鹿亭へようこ……あ! おかえりなさいませ、イザークさま!」
透き通るように美しいこの声は聞き間違えるはずがない、アリアの物だ。俺の姿を認めたアリアがカウンターから出てきて、こちらへ駆け寄って来る。
「ああ、ただいま。一日放ったらかしにしてしまって済まなかったな」
「いいえ、大丈夫です。冒険者は遺跡やダンジョンへ出かける時は数日帰らない事もあると聞いていましたから……」
昨日までは辿々しかった喋り方も、大分改善されている。接客をしているうちに人と話す事にも慣れてきたのだろうか?
「それよりもイザークさま、これ見てください! 女将さんがお洋服をくださったんです! ここで働く間着ててもいいんですって!」
アリアがその場でくるりとターンした。緑色のスカートが焦げ茶色のエプロンと共にふわりと舞った。亜麻色の長い髪もワンテンポ遅れて揺れる。
親バカ……保護者バカだろうか? 花のように咲き誇るアリアの笑顔がとても可愛らしい。
「ああ、その……良く似合ってる」
「えへへ……ありがとうございます。あ、そうだ」
アリアはエプロンのポケットに手を突っ込んでごそごそと探り、中の物を俺に差し出してきた。
アリアの手のひらに乗っていた物は、五角形の銀色の硬貨だった。
「これは?」
「えっと、昨日の私のお給料です」
「……凄いな、宿代以上の金を稼いだ訳か」
確かこの宿は一部屋銀貨4枚だったはずだ。見た目の可愛らしさはこの通り、俺も太鼓判を押してもいいくらいだ。
とは言え一昨日までは身体的にも精神的にもボロボロだった少女がそこまで働けるとは思っていなかった。これはハンスや女将さんの教育の賜物か、それともアリアの才能か。
「えっと、昨日はとてもお客さんが多くて……すごく大変だったんですけど、ハンスさんが私がいたから助かったって言ってくださって、これを」
「そうか……頑張ったな」
俺がアリアの頭をぽんぽんとなでてやると、相好を崩して年相応の少女の顔になった。
「はい、一杯頑張りました。ですから……このお金、受け取ってください」
アリアが再び俺に五角銀貨を渡そうとする。俺にはその理由がさっぱり分からなかった。
「何故だ? お前が稼いだ金だろう? 旨い物を食ってもいいし、服を買ったっていい。貯金して今後の生活の足しにするのもいい。俺に渡す必要は無いんだぞ?」
「私、最初に決めてたんです。お給料を頂けたら、イザークさまに渡そうって。私を奴隷から開放してくださって、ずっと駄目になってた体を治して頂いて……冒険者になったのも、私の身元引受人になる為なんですよね?」
「……誰から聞いた?」
「昨日、酒場でお酒を飲んでいたひょうきんなお客さんが言っていました。イザークさまは今イクシアスの外で私のためにお仕事をしてるから数日は帰って来れないだろうって」
「フォークスか……全く、勝手にべらべらと喋りやがって……」
赤ら顔でアリアに余計な事を吹き込んでいるフォークスが容易に想像出来た。
アリアはややイラッとしている俺の手を取り、そこに銀貨を乗せる。
「私、本当に感謝してるんです。私が受けた恩はこんな銀貨一枚で返せるような軽い物じゃないって分かってます。だから、初めて稼いだお金はイザークさまに差し上げようって……ここで働く事になった時から、決めてたんです」
「……本当にいいのか?」
アリアは笑顔を崩さず、俺の手を握りしめる。そのまま俺は銀貨を握りしめる形になった。
……その銀貨は俺がギルドで受け取った金なんかより、よっぽど重く感じた。
今まで虐げられ、自由になり、初めて得た給料。戸惑いもあっただろう。楽しいばかりじゃない。それでも、世間に認められた証として給金を得た。
そのアリアの初めての給料だ。たった一枚の銀貨がこんなにも重い物だとは。
「……重いな」
「そうですか? イザークさまは私なんかよりたくさん稼げると思いますけど」
「いや、金額じゃない。重いのは……」
そこに乗っている想いと苦労だ……と言おうとしたが、止めた。それは彼女には関係の無い事だ。俺は銀貨をストレージに大切にしまった。
「……何でもない。ところで、アリアはもう昼飯は食べたのか?」
「あ、実はまだなんです。もう少ししたらお昼休憩なんです」
「もしよかったら、一緒に食わないか? 俺も飯を食いそびれたから帰ってきた所なんだ」
アリアは嬉しそうに頷いた。
三週間も間が空いてしまいました、申し訳ないです。
物書き用の名義を分けたり、新名義用のTwitterアカウントの設定をしたり
やる気が完全に途絶してしまって復旧するまでいろいろやったりしてました。
今後も変なタイミングで間が空いてしまう事があるかも知れませんが、
生暖かく見守っていただけると幸いです。




