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Demonic_Wolf.log

「魔狼?」


 聴き馴染みのない単語に、思わず鸚鵡返しに答えてしまう。魔の狼。魔物と化した狼。先程まで倒していた狼と何が違うと言うのか。


「はい、魔狼です。ギルドに入りたてとは言ってもイザークさんは魔導師ですからご存じですよね?」


 集めてきた素材を鞄に詰めながらアミエラが俺に聞く。ご存じですよねと言われても知っているはずがない。A世界にも狼はいるが、魔狼なんて狼はいない。

 どう答えるべきかと悩んでいると、視界の隅に魔狼の説明が表示された。シアのアシストだろう。ありがたい。その説明によると、こうだ。


 魔物には先天的な種である「魔物」と後天的に魔物となる「魔獣」の二種類あり、その名の通り生まれた時から魔物であった物と、様々な要因から魔物となった物だ。

 前者はゴブリンやオーク、ドラゴンと言ったA世界のファンタジー作品に頻出するモンスターの類で、後者は野生生物や植物等、「本来魔物ではない種」が魔力を蓄積する事によって魔物に準ずる魔獣となる。

 ここで重要になるのはその能力差だ。魔物は生まれながらのモンスターであり、その力量はまちまちだ。先天種はその特質から、全身に魔力を蓄積し、より上位の種へと突然変異を果たす。

 しかし魔獣は元からの魔物ではないために、徐々に魔力を取り込み、少しずつ魔獣に変化する。

 酷使する部位……酷使するうちに壊れてしまった部位を自然回復する際、知らず知らずのうちに魔力を取り込んでしまう。

 そういう素養を持つ個体は、魔獣化していない同種の物に比べて能力的に優れている。魔獣はエリートからしか生まれないのだ。

 完全な魔獣ではない「混ざり物」であったとしても、魔物で言えば中位程度の種と同等の力を有しており、複数のパーティが万全の状態でぶつかったとしても、数名の重傷者は免れられない程なんだそうな。

 そういった説明に目を通して、俺はアミエラに返答する。


「ああ、ある程度は分かる。魔狼は魔獣の類だから、多少変化した個体でもかなり危険なんだろ?」

「その通りです。抜け替わった爪を見つけましたが、根本が変色しています。少なくとも前足は魔獣化していると思われます」

「こっちは牙だね、頭も魔獣化してるとなるとちょっとマズいね、頭やられてる奴はとにかく攻撃的だから……」


 イルマがポケットから取り出した大きな牙は、根本が真っ黒になっており、黒曜石のように艶やかに輝いている。

 牙の根本に危険性は無い。だが、俺にはその牙が鋭利な刃物のように思えて仕方がなかった。


「どちらにしても魔狼が出現するのなら、これ以上森に入るのは無理です。ギルドに帰還して、討伐クエストを発行するよう報告しないと……」

「出来れば何割変わってるかくらいは確認して帰りたいけど、狼じゃ下手に近づくとバレちゃうからねぇ……」

「……うん、イザークさんを危険に晒す訳にはいかないもんね。すぐに逃げよう。最悪、私達が囮になってでも……」


 俺が牙に見入っている最中に、レイラ達は対策を検討しているが、どうやら逃げの一手のようだ。しかも、やたらと俺を逃す事を優先している。

 その理由も、実は分かっている。ヨルガの花束で自らのランクを偽っているとか、魅了の効果が現れているとかってだけではない。

 これは資料の隅に書かれてあった事だが、魔物や魔獣の餌は魔力だ。

 完全な魔獣は魔石……SIや魔道具の電池として使われる石を食べるだけでも生きていけるが、混ざり物は魔力だけでなく獲物を狩る。生体としての栄養が必要だからだ。

 そして、混ざり物にとって魔力も栄養も摂れる格好の生物がいる。それが人間……特に、魔導師だ。


「……俺が残れば、お前らは逃げられるか?」


 三人の目がこれほどまで無いくらいに見開かれた。全身を震わせ、涙が目の端に溜まっている。


「悪いが、お前らがAランクの冒険者だって分かってるんだ。俺に色仕掛けを企んでた事もな。俺が一人で生き残ったって、ギルドからの信用は低い。変なクエストに巻き込ませるくらいだしな。だが、お前ら三人がギルドに掛け合えば、すぐには無理でも、早めに討伐に——」


 俺が全てを説明し終わる前に、強烈なタックルを食らった。見れば左右の腕にアミエラとイルマ、そして胴体にはレイラがしがみついていた。

 魔狼が近くにいると言うのに、えらい余裕だ。いや、魔狼の件よりもヨルガの花束がバレた事の方が優先順位が高いのだろうか。


「ちが……違う、違うんです!」


 胴体にしがみついていたレイラがぽろぽろと涙をこぼしながら必死に訴えかけてくる。


「何が違うんだ? お前らはギルドからクエストを受けた。クエストの為に身分を偽って俺に近づいた。俺は何故かは知らないが、ハニートラップの餌食にさせられそうになった。全て純然たる事実だろう?」


「違うんです! その……確かにイザークさんが言う通りですけど、違うんです!」

「だから、何が違うんだ?」

「最初は私達、確かに身分を偽りました。強い力を持つ魔導師だって事を傘に着て女性冒険者に手を出す人もいるから、素性を調査しろって言われて……私も何度か受けた事があるクエストだから、いつも通りにやればいいって……でも……!」


 レイラの腕に力が篭る。女性とは言え名うての冒険者だ。胴を万力のように締め付けられ、背骨と肋骨が悲鳴を上げる。

 両腕に抱きつくアミエラとイルマもそうだ。豊満な胸を押し付けるように腕を回しているが、その膂力はレイラに決して引けを取らない。

 どれだけ柔らかな肉体でも、恐ろしいまでの腕力で抑えつけられると強烈な圧迫感で腕がひしゃげてしまいそうになる。

 傍から見たら、感動モノのハーレムイベントだろう。だがその実態は地獄だ。仏教で言う所の衆合地獄だ。のし掛かる岩山が女達の馬鹿力に変わっただけの話だ。


「でも! 私、初めてなんです! こんなに……こんなに男の人を好きになったのなんて、初めてなんです! だから言い出せないのが苦しくて、辛くて……」

「く゜ふっ……た゜のむ、まじできつい、はなして゜」


 レイラの肩を叩いてギブアップの意思を伝えたかったが、両手はアミエラとイルマに取られている。万事休すだ。


「イザークさんが好きで、気を引きたくて、でも私にはクエストがあるから……もうやだ、もうやだよぉ! イザークさんに嫌われるくらいなら私、ギルドなんて辞める!」

「       ぺく゜っ」


 肺の中の空気が全て押し出されたのに、空気を吸い込めない。急速に窒息させられている中、シアの声が脳内に響いた。


『お楽しみのところを申し訳ありません、マスター。強い魔力を持つ生物の接近を確認』

(楽しんでいるように見えるか、これが!?)

『……バイタル低下。マスターの身体に異常を確認。緊急事態と認めます。障害を排除します』


 俺の体の中から吹き出るように空気の塊が放出され、俺にしがみついていた三名が弾かれる。

 遠くに飛ばされる事はなかったが、皆バランスを保てずに尻餅をついている。俺は急激に入ってきた冷たい空気にひとしきりむせ返り、目の前に星が舞うのを頭を振って無理矢理回復させた。

 ついでに三人にかけていた魔術を解除する。どちらにしても、これからよく分からない敵と戦うにあたって、魔力を常に消費したままではハンデを背負い込む事になる。それだけは避けたかった。


「……俺もお前らに言ってなかった事がある。俺はお前らのクエストに気付いてから、魔術を使っていた。魅了の魔術だ」

「……えっ、そんな……!」

「卑怯だ、なんて言ってくれるなよ。先に仕掛けたのはギルドであり、お前らだ。……魔術は解除した。どうだ? 俺に魅力を感じる事はなくなっただろう?」


 熱っぽい視線が消え、三人は戸惑いの表情を浮かべている。まるで夢から覚めたような顔つきだ。それでいい。これで心置きなく逃げる事が出来るだろう。俺を放置して。


「さあ、行け。魔狼がもうそこまで来てるぞ」

「で、でも、イザークさん……」

「俺はお前らの心を操った、いけすかない魔導師だ! いつお前らを犯してやっても良かったが、手を出さずにおいてやっただけだ! ほら、さっさと俺を置いていけ! ギルドに駆け込んで仲間を呼べ!」


 せっかくなので、俺を置いて逃げる罪悪感を減らしてやるために悪役を演じる事にした。人から離れる為に、心にも無い事を言うのは慣れている。

 ついでにレイラを接近中の魔力反応から遠ざけるように突き飛ばしてやった。我ながら見事な悪役っぷりだと思う。


「イザークさん! 何でそんな酷い事言うんですか!? イザークさんが優しい人だって私、分かってます!」

「嫌だ! 嫌だよ! あたし、イザークと一緒に戦う! だから……!」


 アミエラとイルマがまだ食い下がってくる。魔術を解いたにも関わらず好意を抱いてくれる事は、決して嬉しく思わない訳ではないが、タイミングが不味い。

 魔狼が、もうそこまで来ている。俺の視界の隅には簡易的なマップに浮かぶ光点が、凄い勢いで近付いているのが表示されている。


「お前らはウザったかったんだよ! ベタベタ引っ付いて来やがって! それで俺が喜ぶとでも思ってたのか!? 反吐が出る! 目障りだから早くレイラを連れて……」


 マップの光点が動かなくなったと同時に、地面に重い何かが降り立った音がした。振り向くとそこには体高3m、体長は5mはあろうかと言う巨大な狼が前傾姿勢で唸り声を上げて威嚇している。

 米国産の無駄にデカいSUVとタメを張れるくらいの巨体から放たれる殺気は、ギルドの面接室でフォークスから受けたそれよりも粘っこく、濃密だった。

 よく観察してみると、体表の殆どが赤黒く変色しており、元となった種を思わせる灰色の毛皮はほんの少ししか残っていない。これはもう、殆ど魔獣と言っていい。

 俺も多少は覚悟していたが、まだまだ足りなかったようだ。こんなデカブツだと、こんな禍々しい生き物だと思わなかった。実物を目の前にして、俺の体が無意識に身震いする。


「そんな、これ程だなんて……こんな魔獣、イクシアスのギルドの全勢力をぶつけたって……」

「イザーク、駄目だよ……逃げよう? あたし達と一緒に逃げよう?」

「こんな近くまで来たんじゃ、もう逃げきれない……! せめてイザークさんと一緒に戦います!」


 駆け寄ってくる三人に対し、SIを操作して先程使った風の魔術を叩き込む。強烈なベアハッグをかますレイラ達を引き剥がした魔術だ。

 出来るだけ開けた所に転がるように調整はしたが、今回は手加減無しだ。今度は三人とも10m近く転がった。

 この魔術は風の下級魔術でエアブラストと言うそうだ。「最近使った魔術」タブに書いてあった。便利は便利だが、ブラウザの検索機能みたいに生活感に溢れているのはどうにかして欲しい。


「キャアアアア!」

「イザーク、なんでこんな事すんの!?」

「まさか……自分だけ犠牲に? やだ、やだよぉ!」


 俺と三人の間に物理障壁が展開された。アリアを治療した際に貼った奴に似ている。俺は操作していないので、シアが機転を利かせてくれたのだろう。

 ちらっとレイラ達の方を見ると、障壁に対してレイラは剣を抜いて斬りかかり、イルマは槍をぶん回し、アミエラは何本もの矢を同時に射掛けている。が、障壁はびくともしない。

 さっさと逃げてくれたら多少は気が楽だったのだが、今は三人にかまけていられる暇はない。いつ魔狼が襲いかかってくるか分かった物ではないからだ。

 思念でSIを操作し、適切な魔術を探りながら魔狼と睨み合いを続けていると、シアから報告が入った。

 

『マスター、魔狼の解析が終了しました』

(勝手にやってくれたのか、すまん。で、どうだ?)

『魔力と負の思念が入り混じっているため不完全ではありますが、WCEで拘束が可能です』

(そうか、それじゃあどうやって倒すか……は? 拘束?)


 玉砕覚悟で立ち向かっていたので、思いも寄らない提案に目を白黒させていると、WCEが自動で起ち上がる。そこにはDemonic_Wolf01と記された項目があり、選択すると幾つかのコンテキストメニューが現れた。


『拘束、温度上昇、魔力暴走、会話……会話!?』

(SIを仲介させる事で、念話による会話が可能な魔物もいます。必ずしも会話が成立する訳ではありません)

『……とりあえず拘束だ、それから決める』

(かしこまりました、マスター)


 かなりの距離を取っているはずなのに、少なくない範囲の視界を占有している黒い魔狼は、前傾姿勢のままで動きを止めた。

 まるで金縛りにでも遭ったかのようにピクリとも動かない。目だけがキョロキョロと泳いでいる。


(よし、会話を試みてくれ)

『かしこまりました。お気をつけて』


 脳内を劈く耳障りなノイズに一瞬だけ眉を潜めると、魔狼の声が流れ始める。いや、これはもはや声ではない。声とは言えない。ただの思念だ。


『イタイイタイイタイイタイコロスイタイコロスコロスイタイコロスコロス』

(おい、聞こえるか? 痛いのか?)

『ダレダオマエコロスイタイイタイイタイコロスコロスイタイイタイイタイ』


 言葉の……いや、思念のキャッチボールになっていない。こいつの考えてる事は「痛い」と「殺す」がほとんどだ。俺の呼びかけを理解している分だけ救いはあるが。

 しかし、何より辛いのは会話にならない事ではなく、この魔狼が感じているであろう痛みや苦しみ、重苦しい憎悪や憤怒の感情がこちらにまで流れ込んでいる事だ。

 あまりの辛さに立っていられなくなり、俺は片膝をついてしまった。すると途端に、魔狼から流れ来る思念の汚濁が途絶えた。


『SIで中継する上で、流入する思念にはフィルターをかけていますが、それでも濾過しきれない負の思念があるようです。お辛いようですので、会話を一時中断します』

(すまない、ありがとう。何でこいつはこんなに痛がってるんだ?)


 俺は素朴な疑問をシアにぶつけた。魔物化のプロセスで、痛みを発する箇所があるのだろうか。


『魔獣化とは、傷ついた部位が回復する際に魔力を取り込む事により、体組成が通常とは異なる物に変化する現象です。この際に取り込まれた魔力に負の感情が含まれていると、傷が治らないまま魔獣化します』

(傷が治らないまま魔獣化……ちょっと分かりにくいな)

『部位としては強靭になるのですが、傷自体の治癒や痛みの除去がありません。酷い虫歯を治療せず、上から銀歯を被せ、決して抜けないように細工をされているような感じと言えば分かりやすいでしょうか』


 ……少し想像してみたが、確かに辛い。永遠に続く歯痛、抜く事も治療する事も叶わず、ただただ膿んで痛みを残すばかり。

 ただの歯痛ならまだしも、この魔狼は体表の殆どが変質している。全身を苛む苦痛、それが死ぬまで……いや、強靭になっているだけに死が簡単に訪れないとなると、殺すと痛いしか言わなくなるのも分かる。俺だって御免被りたい。


(何だか可哀想になってきたな)

『負の感情に汚染された魔力を抜き、傷を回復魔術で治し、魔物化した細胞を通常の細胞として代謝させる事で治療が可能と思われますが、お勧めはしません』

(……治せるのか? こいつを?)


 治す必要のあるなしは脇に置いても、可能性があるなら聞いておきたい。別に魔狼に同情している訳ではないが、無闇に殺す必要も無いだろう。


『自分の発する物以外の魔力や魔術は、基本的に干渉出来ません。この魔狼の魔力は何十人もの人間の物であり、今は死んでいる者由来なので制御出来ません。空気中に霧散すれば魔力も環境のサイクルに還りますが、魔狼に取り込まれている間は、その体内に残留し続けます』

(それじゃあ、誰も助ける事なんて……ああ、そうか、SIか)

『その通りです。SIはエクスプロイトを利用する事で全ての魔力に干渉出来ます。魔力の固定化による拘束も、魔力を用いた念話も、そして魔狼に残る魔力を強制的に解放する事も』


 なるほど、確かにこの方法でなら魔獣は解放出来るのかも知れない。この世界で唯一の方法で、この世界でただ一機、SIにしか出来ない芸当だ。だが、シアはしかしと続けた。


『……しかし、誰も試した事の無い、試せる人も居ない方法です。魔術シミュレータも結果を予測出来ません。予期せぬ事態が起きるかもしれませんが、それでも治癒を行いますか?』

(……ああ、やってくれ。気休めかも知れないが、こいつとの……魔狼との念話チャンネルを開いてくれ)


 誰にも出来ない事なんて、この世界に来て既に何度かやっている。身分を偽りイクシアスへ入り、アリアを奴隷から解放して治療し、三人娘とギルドの秘密裏のクエストも暴いた。

 だから、今回もきっと大丈夫だ。俺一人ならいざ知らず、こちらには無限の知識と勝利をもたらす魔導書にして、最高の相棒が付いている。

 魔狼の体から黒いガスが噴き出すのと同時に、念話のチャンネルが開かれる。相変わらず滂沱の如く痛みと殺意を訴える思念が流れ込んでくる。


(おい、聞こえるか、犬ッコロ! 今からお前の痛みを取ってやる!)

『コロスコロスイタイイタイイタイイタイダレダオマエイタイイタイイタイ』

(お前を魔力から解放してやる! 感謝しろとは言わないが、せめてそのまま山に帰れ! 人を襲わずどこか静かな所で暮らせ!)


 体表から赤黒い物がボロボロと落ちる。鱗のようでも瘡蓋のようでもあるそれは、地面に落ちると液体に変わり、地面へ吸い込まれる。

 そこへSIを操作して回復魔術を叩き込むが、膿んだ箇所も傷跡も治らない。皮を引き剥がされたような跡が生々しく残り、見るからに痛々しい。


(どういう事だ? 回復しないぞ)

『魔獣化した細胞は、同じ魔獣化した細胞でしか補えないのかも知れません。回復魔術は生物としての細胞を活性化させる魔術ですので……』

(不可逆って事か……どうする?)

『一か八かの賭けになりますが、魔狼の全魔力を排出し、マスターの魔力を最大限まで注ぎ込んで完全な魔獣にします。成功すれば、魔狼は回復能力を得て自己回復するでしょう。失敗すれば、魔狼は命を落とすかも知れませんし、魔力は無駄になります。よろしいですか?』


 こんな命を賭けた大手術をインフォームド・コンセントも無くやっていいのかとも思ったが、肝心のクランケは発狂状態だ。

 俺は逡巡したが、シアにゴーサインを出した。


(……ああ、やってくれ)


 俺の一言を受けて、魔狼が強く輝きだした。銀色の迸る光は魔狼の内側から放出されている。その頭上にはプログレスバーが現れ、100%を目指して動き始める。

 黒いガスの奔流がさらに強くなり、魔狼の体から赤黒い物体が弾き飛ばされ、腹からドス黒い液体が流れ落ちる。

 何のついでか、俺の体も輝いている。こちらは虹色の光だ。俺を中心とした光の柱が、空へと伸びている。

 ……今考えることではないのかも知れないが、パチスロの演出か何かに見えてしょうがない。


『オゴアアアアアアアアアアア!!!』


 くだらない事に気を取られている場合ではなかった。

 突如として念話チャンネルから流れ込んできた怒号に意識が引き戻された俺は、魔狼に呼びかけた。

 

(……俺の声に答えろ! 意識をしっかり持て!)

『ア……アああ……お、お前は……人間……?』


 今までと違い、意志を感じられる言葉が返ってきた。痛みに曇らされた意識が戻ってきたのだろうか。俺は声をかけ続けた。


(どうだ、まだ痛いか?)

『いや、痛いのは痛いが……大分楽になった……何故……何故、助けた?』

(何故って? 俺だって喰われたくないからさ)

『これほどの魔力……私を殺すのは容易かったはずだ。何故私を助けた? 何故私を助けられた?』


 俺の目には、魔狼の魔力が組み変わる進捗が見えている。あと20%で完全に入れ替わり、純粋に俺の魔力だけで満たされるだろう。

 拘束のせいで動けないまま俺を睨みつけ、答えを待つ魔狼に、俺は答えてやった。


(力とは可能性だ。力があれば、出来なかった事が可能になる。選択肢が増える。何を選ぶか、どうするかは力を持つ者次第だ。ああ、小難しい事を言ったが……)


 魔狼の魔力の組み変えが完了する。プログレスバーが100%に到達した。今や魔狼から立ち上っていた黒いガスは消滅し、その姿は淀んだ血のような色を湛えた禍々しい物ではなく、神々しいまでの銀色に輝いていた。

 俺は魔狼と呼ぶには大分印象が変わってしまった銀色の大狼の拘束を解除し、言葉を続ける。


(助かりたいから、力を使った。誰も傷付かずに助かる方法があるから、選んだ。俺がそうしたかったから、やった。ただ、それだけだ)


 手に握ったままのSIから急激に魔力を吸い上げられるのを感じながら最後に一言だけ、茫然としたままの魔狼に投げかけた。


(さあ、もう痛くないだろう? 山に帰れ。そして人間を襲おうとしないでくれ。また同じ目に遭うだろうからな)

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