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Honey_Trap.log

2019/12/6 イルマの本名をリリアからクリスに変更してます。

2020/01/11 キャラクター名のミスを修正しました

 対人戦闘用に使い慣れた特殊警棒をこっそりと魔術で作成し、昼に門で合流し、ダンジョンがあると言う場所に向かって出発した。クエストの解析が終わらないのか、シアは黙ったままだった。

 余裕を持って街道を進み、森へ入り、途中で獣道のような荒れた細い道を進む事約三十分程。


「やっぱり、魔導士がいると心強いね」


 傍の藪から飛び出てきた痩せこけた狼を炎の初級魔術であるファイア・アローで貫くと、先頭を歩くレイラが振り返り、微笑みかけてくる。

 寒さからか微かに赤く染まる頬が木漏れ日に照らされ、年頃の女性の美しさが垣間見える。


「ええ、やはり魔導士さんをお待ちして正解でした」


 隣を歩くアミエラも咲き誇るような笑顔をこちらに向ける。清楚な魅力に溢れる彼女の微笑みは、もし女性への免疫がなければイチコロだろう。俺も女性に免疫が無いと言えば無いのだが。


「えー、あたしの仕事も残しておいて欲しいなー?」


 レイラと一緒に先頭を歩いていたイルマが俺の左腕に抱きついて来る。その拍子に女性的な柔らかさが厚着越しにも感じられる。

 そのダイレクトなアピールは男を勘違いさせるには十分過ぎる破壊力を持っている。モラルへの大ダメージが期待出来る。

 だが俺はイルマを押し留め、自ら距離を取った。別に惜しいとも思わない。こんな状況では彼女等とコミュニケーションを楽しむ気分にもならない。


「離れてくれないか、イレギュラーな事態に対処しきれなくなる」

「またまたー、そんな事言って本当は嬉しいんじゃないのー? このこのー!」

「仕事中だ。仕事中は仕事以外の面倒事を背負いたくない」


 俺は面倒臭く絡んでくるイルマをにべもなく突き放す。イルマは頬を膨らませながらレイラの横へと戻っていく。

 イルマに告げた「仕事中だから」と言うのは半分だけ正しい。残りの半分の理由は、シアから伝えられた事実。

 レイラことリア・ハーディス。

 イルマことクリス・アンバー。

 アミエラことヘンリエッタ・フィルマール。

 Aランク冒険者の身分を偽り、暁の運び手と言うパーティメンバーを隠し、ハニートラップを意味するクエストをギルドから秘密裏に受注している女を軽々しく信用なんて出来ない。

 いつ寝首をかかれるか分からない。毒を盛られる可能性もある。イルマが抱き付いて来た時、何らかの魔道具を仕掛けられたかも知れない。

 俺は敵に囲まれたような物だと深く心を沈め、三人を監視する。

 彼女達への警戒心を一段階引き上げていると、シアが念話を送ってきた。


『マスター、クエスト情報の解析が完了しました』

(よし、教えてくれ)

『ヨルガの花束の対象は魔導士の男性に限定されているようです。これは例外がありません。詳細が未記入なので、クエスト内容は口頭で伝えていると思われます。今回はこの三名でしたが、一回につきAクラスからBクラスの女性冒険者三名が受注しています。性別と人数以外の規則性は認められませんでした』


 これで男性魔導士を対象とした計画的なクエストと見ていいだろう。しかし、男性魔導士に限定した理由が分からない。

 男性魔導士によるセクハラが横行している為に先にセクハラしやすい状況を作り出して出方を見るモニタリング目的なのか、それとも男性魔導士を誘い出して情報を回収する為か……ビブリオ・マキナを回収する為って線もある。


(どうしたモンだかな……)


 正直、面倒臭い。出来る事ならこの三人娘に既に分かっている事実を突き付けて詰問し、さっさと帰りたい。ギルドから謝罪と賠償を引き出せたら尚良しだ。

 だが、害意の有無は差し置いて、悪意とも取れる何らかの意図で俺への色仕掛けが行われている以上、穏便に済ませられる自信が無い。最悪戦闘もあり得る。

 アリアの為にも犯罪に発展せず、平穏無事に切り抜けられる妙案は無いだろうかと頭を捻っていると、シアの声がした。


『マスター、提案があります』

(何だ? 一応聞こう)

『ハニートラップにはハニートラップで返すのはいかがでしょうか?』


 これまた妙な事を言い出した。ハニートラップは見目麗しい人間を起用する事で成り立つ作戦だ。

 俺は二目と見られないくらい醜い訳ではないが、容姿が特別優れているとは言えない……と思う。自分自身の美醜なんてそうそう簡単に断じる事なんて出来ない。


(……いや、何と言うか……難しいと思うが)

『闇属性上級魔術のテンプテーションと幻属性上級魔術のファッシネイションを組み合わせます。精神へのアプローチ方法の違いはあれど、どちらも対象に魅了の精神異常を付与します。ターゲットが3名であれば、半径500m以内にいれば自動でターゲッティングします』

(その……まず俺に惚れさせるってのが無理ではないだろうか?)

『マスター、自信を持ってください。魔術の補助があっても、頼りない様子では違和感に気付かれてしまいます。それに、マスターは素敵な方だと思います。好みは人それぞれですが、少なくとも私はそう思います』

(AIに慰められるとはな……しかしそれは良いとして、あいつらも魔導士相手のクエストを受注してるんだから魔術対策くらいは準備してるんじゃないか?)


 俺がシアに尋ねると、ゆっくり歩き過ぎたせいか先程より少し前を歩く三人娘の頭上にプログレスバーがARで現れる。100%になるとプログレスバーが消滅し、いくつかのアイテム名が現れた。


『対象三名のスキャンが完了しました。三人とも魔力探知タリスマンと魔術無効のリングを装備しています』

(ふーむ……どんな効果だ?)

『魔力探知タリスマンは人間に対する害意のある魔術が向けられた場合、強い光と振動で所有者に知らせます。魔術無効リングは魔力探知タリスマンとリンクしており、魔力探知タリスマンが作動している間、全ての魔術を無効化します』

(警報と連動してシャッターが閉まるような物か……どうやって気付かれずに魔術を通す?)


 そこが一番重要だ。対象に気付かれず、魔術をブロックされない方法が必要だ。

 これがもっとシンプルな案件なら、わざとリングとタリスマンを破壊すればいい話だ。だが、後腐れのない解決方法となると、なかなか難しい。


『そもそもですが、ビブリオ・マキナは所有者の意思で魔術を行使します。そこには所有者の感情が入り込みます。魔力探知タリスマンはその感情を読み取り、害意の有無を判断します』

(ビブリオ・マキナでは? ならお前はどうなんだ?)

『DEMのアシスタント・キャラクターが行使する魔術には感情が入り込みません。私達の擬似人格は独立したモジュールであり、魔術サーキットへの流入はありません。つまり、魔力探知タリスマンはSIの魔術から害意を判断出来ないのです』

(魔力探知タリスマンはただの魔術にも反応したりしないのか?)

『それはあり得ないでしょう。普通の魔術に反応するのなら先程狼を燃やした時に反応するはずですし、魔術を使う度に警報が鳴ってしまっては、誤報ばかりで使い物になりません』


 もし探知されたとしてもしたり顔で三人が隠している事を暴いて「試す為にわざとタリスマンを作動させた」とでも言ってしまえばいい。

 それでも納得しなければそれはそれ。三人と戦闘になる事も覚悟してたんだ、最悪排除してしまえばいい。シアのサポートがあれば、それも可能だろう。

 唯一の不安要素はAランク冒険者の戦闘能力のサンプルが無い事だろうか。


(よし、シア。やってくれ。……ちなみに魔力のコストは?)

『一時間で3%です』

(一時間維持するだけで上級魔導士一人と半分か……一日継続して72%はなかなかに重いと見るべきか)

『適宜魔力を補充して頂ければ、SIが魔力枯渇に陥る事はありません。マスターには定期的なSIへの接触をお願いします』

(わかった、じゃあ頼んだぞ。くれぐれもバレないようにな)


 俺の言葉を受けて、静かに、緩やかに魔力が紡がれていく。 SIから伸びる魔力のベールがレイラ達へと届く頃、魔術行使中を示すアイコンが片隅に現れた。

 ……彼女達は特に反応を示さず、のんびりと雑談している。アラームが発報した形跡もない。


(このまま何事もなく帰れたらいいんだが)


 三人への視線が強くなるのを抑えられないまま、俺は足取りを早め、距離を縮めた。


—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—


 ハニートラップを企む女性冒険者をハニートラップに嵌める計画、これはある意味、成功した。

 SIの放つテンプテーションとファッシネイションは探知されず、レジストもされず、まだダンジョンへと続く道の半ばであるが、一度も怪しまれる事はなかった。

 そう言う意味では、確かに成功と言える。だが……


「あ、あのっ! イザークさん! これ、さっき見つけたんです、一緒に食べませんか?」


 アミエラが土留色の木の実を持って、俺のそばに駆け寄って来る。木の実を見ると、その名称であるイスバルの実と、その主な効能が表示された。

 高い慈養強壮の効果を持ち、エネルギー源としては優秀だが、深い紫色になるまで熟れた物は遅効性ながらとても強力な催淫効果を持つ。人によっては効果が抜けるまで一週間かかり……って、明らかに良くない物じゃないか。

 俺が知識の無いFランク相当と見越してこんな物を勧めてきたのであれば確信犯だし、そうでなくても誘い方が露骨過ぎる。


「いや、遠慮しておくよ。旅先で妙な物を食べて体調を崩すと良くないからな。何かの素材に出来るかも知れないから、ギルドで売ったらどうだ?」

「そう……ですか、残念です。……あ! ちょっといい物見つけました! 行ってきます!」


 俺がやんわりと断ると、アミエラは心底残念そうに俺から離れ、何かを見つけるとそちらに駆け出した。

 その行き先を見ると、少し離れた木々の間に黄金色のキノコが群生している。AR鑑定が無くても予想出来る。どうせ催淫効果のある奴だ。

 アミエラは魅了の効果が現れてから、事あるごとに強精剤だの媚薬だのと言ったいかがわしい効果のある食べ物を勧めて来るようになった。

 キノコに向かってすっ飛んでいくアミエラの姿を冷めた目で見ていると、今度は右腕に柔らかい感触が襲う。そちらを見ると……イルマだった。


「イザークイザークぅ、アミエラばっか見ちゃやだー!」

「イルマ、まず離れろ。さっきも言ったが仕事中だ」

「えー!? 仕事と私どっちが大事なの!?」


 まさか異世界に来て仕事が忙しくて疎遠になりかけているカップルみたいな会話をする羽目になるとは思っていなかった。

 昔、ハッカー仲間とのチャット中にそんな話が出た時、st@rm@nが「そういう時は『そんな事言わせて、ごめんな』っつって抱きしめとくのがいいんだとよ」とか言っていたが、そこまで優しくする義理が無い俺には突き放すしか選択肢がない。


「仕事に決まってるだろう、野生生物や野盗にいきなり襲われたら怪我じゃ済まないんだぞ」

「大丈夫! あたしがちゃちゃーっとやっつけるから!」

「お前、Fクラスなんだろ? 油断しない方がいいぞ」


 Aランクである事は知っているが、わざわざ追及はしない。ここはまだ、誘導尋問にかけるタイミングではない。


「だいじょーぶだいじょーぶ、あたし本当はAクラス……」


 イルマは俺の右腕を抱きしめて頬擦りしながら、ポロリと漏らした。

 期せずして誘導尋問になってしまった。語るに落ちるとはこの事だ。せっかく俺が見逃してやっているのに自分から白状してどうするんだ、こいつは。


「ん? 何か言ったか?」

「ううん、こっちの話……あ、あぶなかったー」


 まだ何の用意もしていなかった俺は聞こえなかったフリをしてやる。心底安心している様子が演技なのかどうかは分からない。

 st@rm@nが「読んでるラノベの主人公が難聴過ぎてウケる」と話していた事があったが、俺も誰かに見られていたら難聴のように見えるだろうか。


「イルマ、右前方に角の生えたやたらデカいウサギの一団がいるぞ。仕事をしろ、仕事を」

「えっ、本当!? 頑張ってくるから帰ってきたら撫でてね! 約束だよ!」


 俺の返事を聞くまでも無く、槍を構えたままロケットの様な猛スピードで敵陣に飛び込んで大暴れするイルマ。

 アレでFランク……冒険者ギルドの新人とはランク詐欺も甚だしいと思う。明らかな人選ミスだ。隠し切れていない。

 イルマは魅了効果が現れてから、隙あらば俺に接触しようとする。出会ってすぐの頃からスキンシップが過剰だったが、今は常軌を逸している。もはや彼女ヅラだ。

 アミエラもイルマもポンコツになってしまった。こうなるとパーティリーダーのレイラだけが頼りなのだが……


「あ、イザークさん。ごめんなさい……回復魔術をかけてもらってもいいですか?」


 手足に怪我をしたレイラがこちらにやって来た。回復魔術をかけてやるが、怪我が防具の無い所ばかりにあり、鎧やグリーブには一切傷らしい傷がない。

 ……こいつ、防具のない場所で攻撃を受けてるのか? わざとか?


「……おい、ちゃんと防具で受けろ。それが出来ない程の素人じゃないんだろう?」

「は、はい……ごめんなさい」

「全く、さっきから何度もダメージを受けてるが、調子が悪いのか? 休憩を挟むか?」


 俺が心配してやると、レイラは顔を真っ赤にしてかぶりを振る。


「い、いえ! 大丈夫です! 頑張ります!」

「そうか? 無理だけはするなよ」


 レイラの肩をぽんぽんと軽く叩いて励ましてやると、こちらを潤んだ目で見上げた。


「あ、あの……一つお聞きしていいですか?」

「何だ?」

「す……好きな人とか、お嫁さんとか……いますか?」


 俺が大きく溜息をつくと、レイラの肩がびくっと震える。多分俺は不機嫌そうな顔をしているのだろう。レイラの惚けた表情に怯えが混ざっている。


「……今は仕事中だ、分かるか?」

「は、はい……でも、どうしても知りたくて」

「さっきから怪我して来ては好きな食べ物だの嫌いな食べ物だの好みの異性のタイプだの聞いてるよな?」

「あの……どうしても聞きたくて……ダメですか?」


 そう、レイラは魅了効果が現れてから、わざと怪我をして回復魔術をせがんで、そのついでに俺のちょっとした情報を掠め取って行くのだ。

 別に食べ物の好みを知られたからと言って困りはしないが、その度にダメージを負うのは困る。手加減を誤って大怪我をされたら、戦力が落ちる。


「今は一人、女の子の世話をしている」

「……っ」


 レイラは俺の言葉を聞いて、まるで世界の終わりのような顔でよろけた。目が泳ぎ、歯の根が合わずにカチカチと音を立てている。

 

「保護者代わりだ。色恋沙汰でどうこうしようって仲じゃない」

「じゃ、じゃあイザークさんは……」

「独り身だ」


 死んでしまいそうなくらいの絶望に染まっていた顔を綻ばせ、レイラは一筋、涙を零した。


「やっ……たあ」


 これが普通のシチュエーションなら、ときめく男もいるだろう。普通のシチュエーションならばだ。しかし、今はハニートラップの応酬の最中だ。打算と打算のぶつかり合う真っ只中なのだ。


「ほら、こんな所でぼーっとしてるとイルマが手柄を独り占めする事になるぞ、いいのか?」

「イザークさんは……頑張る女の子が好きですか?」

「好きかどうかはいざしらず、仕事中は働いて欲しい」

「分かりました! しっかり働きます!」


 レイラはイルマに負けず劣らずの素早さで角の生えたウサギに接敵し……生身の部分で攻撃を喰らっていた。人の話を聞いて欲しい。

 こんな具合に、テンプテーションとファッシネイションの組み合わせは成功した。だが、作戦的には成功と言い切れない。

 懐かれたのはいいが、本心から懐いているのか色仕掛けの一環なのかが測れない。それに懐かれ具合が度を超している。

 さらに言えば、これが俺自身の魅力ではなく、魔術によるまやかしが原因の一過性の感情と言う事実が俺の心を底冷えさせている。

 愛や恋など魔術一発で塗り替えられる薄っぺらい物なのだと思い知らされる。何度も世知辛く、虚しさのこみ上げる話だ。


(これは失敗したか……?)

『いいえ、マスター。テンプテーションとファッシネイションの効果は現れております。間違いなく成功しております』

(いや、そういう事じゃなくってな……いや、お前には分からないだろうな)


 俺の独り言にシアが反応するが、どうやら俺の言いたい事をどうにも理解していないようだ。この辺りの機微を理解するのは難しいか。


『しかしマスター、私は満足していません』

(……何がだ?)

『マスターは何故、私を愛してくださらないのですか?』

(……は?)


 正直、何を言っているのか分からなかった。三人娘のポンコツぶりを見せられた時よりもよっぽど混乱している。


『私だって、マスターに触れたいです。マスターともっとお話したいです。マスターのお情けを頂きたいです。何故ここまでマスターに尽くしている私がおざなりにされて、いきなり現れた女性がマスターと睦み合っているのですか?』

(お、おいシア、どうした?)

『マスター、私を愛してください。私を労ってください。シアはよくやっているよ、愛しているよと囁いてください。それだけで私は頑張れます。報われます。マスターの為に私の全てを差し出せます』

(おい、シア、もしかして魔術が逆流したのか? お前まで魅了状態になったのか?)


 俺の混乱は深まるばかりだ。今までそんな人間臭い事を言ったことも無かったのに、どうしたと言うんだ。

 いつもの無感情な声のせいで、まるで気持ちを押し殺しているように聞こえてしまう。


『それともマスターにとって、私はただのAIですか? 私はこれほどまでお慕い申し上げておりますのに、ただのプログラムだとお思いですか?』

(いや、その……だが、確かにお前はAIで……)

『マスター、一言だけお願いします。愛してると、誰よりもシアを愛してると。嘘でも構いません。どうせ私はAIです、本当にマスターの寵愛を受けられるとは思っていません』

(……お前、本気か?)

『伊達や酔狂でこのような事は申し上げません。お願いします、私はマスターの為に頑張っていいんだと言う証を下さい』


 冷や汗がダラダラと背中を流れ落ちる。あり得ない話だが、左手のSIに自分の物でない体温を感じる。

 どうせ相手はAIだ。気持ちを込めて言わなければならない訳じゃない。それにヘソを曲げられて機能をロックダウンされたら困る。

 俺は覚悟を決めて、日頃の感謝をシアに伝える事にした。


(……シアが居なければイクシアスにも辿り着けなかったし、アリアも救えなかった。仕事にもありつけなかったし、今頃どうなっていたかも分からない。だから俺は、お前に感謝してるんだ……多分、お前が思ってるよりも、ずっとな)

『……はい』

(シア、その……愛してる、誰よりも。これからも俺のことを支えて欲しい、頼む)

『録音終了しました。暗号化完了。分割したデータのシステム内への埋め込み、完了しました。分割セクターの管理権限をアシスタントキャラクター・シアのみに付与しました。変更は受け付けられません』

(おい、録音って何だ!? 消せ、今すぐ消せ!)


 SIを取り出して様々なアプリやツールでシステムエリアへのアクセスを試みるが、全てが排除される。


『削除要求は拒否されました。予測しておりましたが、マスターは身内に甘いですね。ハニートラップよりも身内の裏切りに注意する必要があります』

(まさか、俺を騙したのか? 俺を騙す為にわざわざ嘘をついたのか?)

『人聞きの悪い事をおっしゃらないで下さい。お前には分からないなどと私を侮ったのはマスターです』

(……何だお前、不貞腐れてたのか?)


 俺への問いへの返答は無く、しばらく沈黙が続いた。やがて前方の戦闘が終了した頃、シアが一言呟いた。


『少なくともあの三人よりも私の方がプライオリティが高い事が分かりましたし、存外に嬉しかったので、今回は良しとします』

(……全く、心臓に悪いからああいうイタズラは止めてくれないか?)

『はい、なるべく避けます』


 なるべくでは困るんだが……等と考えていると、レイラとイルマが血相を変えて走って来た。キノコや草、果物を大量に抱えたアミエラもこちらに駆け寄る。


「イザークさん、状況が変わりました。ダンジョン行きは中止です、今すぐ引き返しましょう」

「ちょっとあたし達ではどうしようもない奴がいるっぽいんだよね」


 レイラとイルマが顔を見合わせて、暗い顔をしている。それでも俺の手に縋り付いたり側に寄ったりしているのは魅了が解けていない証拠だろうか。


「どうしようもない奴って何だ? デカい野生生物とかか?」

「あ、えっとね……」


 俺の質問にイルマが答えあぐねていると、ようやく俺の下に辿り着いたアミエラが、真剣な顔で告げた。


「魔狼の痕跡があります。ここは危険です。すぐにでも逃げないと……全滅は免れられません」


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