一生のお願い
「一生のお願い。大通りに新しく出来たお菓子屋のフィナンシェ買ってきて!」
「・・・はぁ」
両手を合わせてねだるのはプラチナブロンドの美女。対するため息は見目恐ろしき仏頂面の男。機嫌が悪いのではない、標準装備である。
「これで何回目の『一生のお願い』だ」
「『一生に一度のお願い』だなんて言っていないもの。『一生の内に何回かあるお願い』の一つよ」
悪びれるどころか胸すら張って言い張る。もう一度ため息をつくが、幼い頃から彼女の我儘を叶えなかったことは一度だって無いのだ。
「一つでいいのか?」
「十個!」
「五個までな」
値切りはしても。
だからきっと、今度もまた叶えてしまうのだろう。
「ねぇ、一生のお願いよ」
珍しく元気の無い彼女は、今にも壊れそうな笑顔を浮かべていた。
「我儘もいい加減にしろ、お前ももう成人するんだから」
「ええ、大丈夫よ。これが最後のお願い、そう、『一生に一度のお願い』だから」
そんな笑顔は似合わない。もっと高慢で威高げに押し付けて来るものだろう。
「きいてくれるわよね?」
そしたら、仕方が無いから叶えてやる。
「この悪徳令嬢め!貴様との婚約は破棄させてもらう!」
一人で立つ彼女。対するはピーチピンクの髪をした女を連れ立つ王子とその取り巻き。
「身に覚えがありません」
「往生際が悪いぞ。貴様が彼女にした数々の悪行は知れている」
ここから見える彼女は貼り付けたような顔をしていた。
「私は何もしておりません」
泣くでも詰るでも無く淡々と述べる様からは何の感情も読み取れない。
「少しでも懺悔する心があれば許してやったものを」
それに苛立ったのだろう。王子は大きな声で宣言する。
「数々の悪事を働いた罪で貴様を処刑する!」
会場がざわめき揺れる。彼女は動じない。
それもそうだ。彼女はこうなることを予期していたのだから。
『一生のお願いよ。もし王子が私を罪人としたら』
「審議にもかけずに処刑とは暴論でございます」
「私の慈悲を無下にしたのは貴様の方だ!」
彼女の正論は通らない。それが通るならば現状こうなってはいない。
「殿下、この国は絶対王政ではありません」
「黙れ!この無礼者め!」
これ以上は不毛だと思った。いや、始めからこのやり取りに価値はない。
振るった剣は違うこと無く彼女の首を刎ね、勢いが余った血は王子に迸った。ゴロリと転がった頭と斬り落ちてしまったプラチナブロンドが赤い標を床に刻む。
悲鳴は思っていたよりも上がらなかった。
「ひっ!」
引きつった声に顔を上げれば、青ざめた顔をして王子から離れたピーチピンクと、服だけでなく顔にまで血がつき怯えたようにこちらを見る王子がいた。
どの口が処刑をほざいたのかと言わざるを得ない情けなさだった。
「なっ、なな、何をしている!」
「無礼者を処刑しろという殿下のご命令通に従ったまでです」
剣に着いた血を払えば、「ひぃ!」とピーチピンクが悲鳴を上げた。
「そ、そうか、そうだな、よくやった」
ありもしない威厳を取り戻そうとするかのように王子が胸を反らすが、青い顔では情けない限りだった。
「会場を汚してしまい申し訳ございませんでした。汚れてしまいましたので私はこれで失礼致します」
「うむ、ご苦労。おい誰か!それを片付けろ!」
それと呼ばれた彼女の体へ幾人かの兵が駆け寄る。誰も近づかぬ彼女の頭をマントで丁寧に包み抱えて会場を去る。
誰からも声はかからず、道は譲られていた。
「お前は本当に我儘だな」
冷えた廊下には誰もいない。
抱えた頭は返事をしない。
それでも、耳の奥には声が響いている。
『無実の罪で捕らえられて苦しみや辱めを受けるなんて絶対に御免だわ』
『だから殺してちょうだい』
『あなたが私を』
『痛いのは嫌よ。痛くないようにしてね』
『一生のお願いよ。ね?』
「お易い御用だ」
我儘なんてただのおねだりだ。
高慢なんじゃない絶対の信頼だ。
図々しいのではない甘えていたのだ。
他の誰にも見せない顔でただ一人だけに。
「ああ、お前はとんだ悪役令嬢だな」
他には完璧な令嬢面をしていた癖に。
「俺に愛してるお前を殺させるなんて」
抱えた首は微笑んだまま何も言わなかった。
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