フィボナッチ老害連続殺人事件
多少歪んでいます。
7月になって、蝉の声が鬱陶しくなり、徐々に上がりだした気温が体を蝕んで、そして『高齢者の連続殺人事件』そんなニュースが世間を賑わせるようになってかれこれ10日目だ。
犯人は10代から30代の男女何人か、そんな曖昧な情報しか警察はまだ掴めていない。警視庁は500人規模での捜査体制を整え、メンツを懸けて挑んでいるが未だしっぽは掴めていない。
メンツを懸けて、というのも現時点の5件の事件、10人の死者の第一被害者が元警視総監だったからだ。元ボスの首をとられ犯人をみすみす逃したではメンツなどあったものでは無い。だが昼夜問わずの必死な捜査の甲斐もなく未だ犯人に繋がる情報は一つもない。そもそも一連の事件が繋がっているという結論が出たのですら今日である。
事件は一日おきに起きている。被害者は1日目が一人、3日目も一人、5日目二人、7日目三人、そして9日目の昨日が五人、と3日目は何故か違うが、それ以外では増えている。事件が起きた範囲は半径1キロ圏内と狭く、警視庁から500人もの警官を詰めた以上ネズミ1匹逃れることは出来ない、そう、ニュースを見た誰もが思った。
だが夜が明け、11日目となる今日、新たに8人の゛高齢者゛が遺体として発見された。これで計18名の゛高齢者゛が殺された。そして18人全員が65歳以上の高齢者だった。
警察が大きく打って出たのにも関わらず逃した、狙われているのは高齢者ばかりである、この二点を中心にザワザワと人々に情報が伝播しだした。
人々は他人行儀でニュースを見ながら、専門家ぶってこぞって意見を発信する。SNSでも一番メジャーな話題としてトレンドにちらほら現れた。中には警察よりも多いのではというほどの情報を発信する者もいた。
曰く、二回目の被害者は日本一の長寿としてテレビにも出ていた老人だった。
曰く、三回目の被害者はおしどり老夫婦として地元で知られていた。
曰く、四回目の被害者はいずれも大企業の元社長で、懐石料理屋から出てきたところを殺された。
曰く、五回目の被害者は五人ともが同じ河川敷で寝食を共にするホームレスだった。
曰く、被害者全員に共通するのは、住んでいる地域と、65歳以上という年齢のみである。
曰く、被害者の数はフィボナッチ数である。
中にはこの事件を゛間引き゛と呼ぶ者も出てきた。
そしてまた一晩が開けた。警察は警戒態勢を続行、次の事件の防止に務めるという見解を発表し炎上。さらに夕方には13人もの高齢者の遺体が発見された。
各局は速報としてこぞってニュースを届けた。各家庭に情報が行き渡ったかという所でさらに速報として、各局宛に送られてきたという犯行声明を流した。それはTwitter、YouTubeにも『TOTA-Thining of the aged-』というアカウントにより、テレビよりも少し早いタイミングで投稿されていた。
内容はズバリ犯行声明、そして国民への問いかけ。時間はTwitterに合わせたのか何れも2分20秒となっている。
『我々は゛TOTA゛。高齢者の間引き、高齢者の淘汰という意味を掛けている。我々の悪辣極まりない犯行の数々は皆も存じているとは思うが、これは間引きだ。間引きというのは通常では植物を栽培する際に苗を密植した状態から、少数の苗を残して残りを抜いてしまう作業を指すが、江戸時代では口減らしとしてこれが行われていた。物事は時代により変化する。今日本に求められていることこそ゛高齢者の間引き゛である。
そもそもなぜ高齢者を生かすのか、皆は考えたことがあるだろうか?年金を貪り、時代遅れの古臭い考えを大声で喚き散らし強要し、果てには自らの一切を他人に押し付けベッドでのたまう。こんな非生産的の塊を、何故守り保護し敬わねばならない? 我々は甚だ疑問に思う。高齢者が居なくなれば増え続ける社会保障費の一切が無くなり、一人で、老人一人を背負うとかいう無茶も要求されず、この国は救われる。そう考え我々は集った。
メンバーは10代から40代の男女と多岐にわたる。つまりこれが民意だ。今はちっぽけな民意だが一ヶ月もすれば本物の民意へと変わると我々は予測している。我々を否定する者が果たして何人残るだろうか?
我々が皆に齎すものは2つだ。人生の明確なゴールと自浄作用。動けすらしない体になり、言語を形作ることさえおぼつかなくなってまで生き長らえる意味はあるだろうか? いや、ない。
ゴールが決まればそれまでの生を存分に謳歌できる。違うだろうか?有終の美を飾ることの素晴らしさを我々は老人どもに説かれたことはないだろうか? ならば我々が自浄作用として彼らに有終を齎そうではないか。
最後に皆の意見を問いたい。民意を問いたい。Twitter、YouTube、そしてニュースに流れるURLから我々のホームページへと飛べる。我々に賛同するかしないか、どちらかを選んで欲しい。もちろん意見は何度でも選び直せる。皆も自浄作用となり、我々が道を誤てば賛同を止めてもらって構わない。そして賛同したからと言って責任が問われることは無い。何万人もが賛同するのだから警察に何が出来るでもない。安心して頂きたい。
そして言い忘れていたが、高齢の紳士淑女よ。自分だけは大丈夫だとかいう傲慢な自信は捨て、残り多くても60数日の余生を存分に楽しんで頂きたい。我々の願いだ』
皮肉としか取れないような、しかし心からの本心にも思えるその言葉で締めくくられた犯行声明は、時速3万RT、1540万回再生という驚異の数値を叩きだし、日本全国至る所へと拡散された。保存されてしまえば警察も政府も何も出来ず、何故かブロックされ元動画を削除することすら出来ない。この時点で敵グループに優秀なエンジニア、ハッカーがいることを警察は考えた。そして明日の21人に備え、サイバーテロ対策班まで巻き込んだ総勢警視庁1000名、地方警官100,000名というこれまた驚異の動員により日本全国に警戒態勢を敷き、その日の犯罪件数が日本全国でたったの一件となるほど厳重に警戒した。
だが、二十一人の高齢者の遺体は、これまで通り゛元警視総監の体の一部゛という確たる証明とともに発見された。これがこの日日本で唯一起きた事件である。
世間はこれでもかというほど騒いだ。トレンド上位は゛間引き゛、゛TOTA゛、゛高齢者゛、゛フィボナッチ老害連続殺人事件゛という単語が占め、ニュースは他の一切よりもこのニュースを優先した。
警察の血と汗滲む真夏の大捜査線も見事に撃ち破り34人、55人、89人、144人と高齢者が殺された。この時点で既に累計死者数では日本最大規模の大量殺人事件となった。7月30日の144人が殺された事件では、老人ホームが燃やされた。なかなか手が回らなくなったのだろう。だが何故か64歳以下の死者は出なかった。
そして8月に入り233人、377人、610人、987人と高齢者が殺された。賛同者を引き入れたのか、何れも個々として殺されている。警察は『史上最悪の大量殺人事件』として内閣に非常事態宣言の発令並びに自衛隊の投入を要求したが、内閣は世論を恐れ棄却。トップがぐずぐずとしている間にも時間は過ぎてゆき、1597人、2584人、4181人と殺されて行った。一部の保険会社では社長が夜逃げしたらしい。
この時点で例の゛国民投票゛は賛同が46万票、反対が154万票。賛同が全体の4分の1を占めた。およそ一万人の死を認めると意見した者が46万人もいるということだ。
そしてお盆真っ只中の8月14日、TOTAは再び動画を投稿した。
『現時点での死者は10945人となった。テロでもこんな数は死なない。しかし未だに警察は我々のしっぽすら掴めていない。我々は66人で成り立っている。今までの殺人は全て我々によるものだ。
だが、ここから先は流石に我々だけでは手が足りない。そこで46万人の賛同者の諸君、手を貸してくれないだろうか? 65歳以上の高齢者を手当たり次第に殺して欲しい。別に私怨でも構わない、ストレスの発散でもいい。いるだろう? 身の回りに。゛いつか殺してやる゛と思った老害が。
それは上司だろうか? 教師だろうか? 患者だろうか? あるいは肉親だろうか? それを今叶える時が来た。最初は抵抗があるかもしれない。だが考えて欲しい。君たちにストレスを与え、君たちを虐げてきたのは彼らだ。それを返すだけだ。そこに正当性は必ずある。ぜひ考えて見てほしい。
そして君たちでより良い未来を作ろう、これが本当の民主政治だ。主権は我々にある、我々が未来を決めよう。消して無理強いはしない。だがもし協力してくれるのなら、私達は君達がこの事で罪に問われぬよう動くことを確約する』
動画は瞬く間に拡散された。一度目を上回る勢いで一時間で日本全土を駆け巡った。
この動画はこう言ってるのだ。『高齢者ならば、殺しても罪に問われない』と。
一番最初に動いたのは大阪のある学校の現在停学処分中の女子高校生だった。動画が投稿された次の日、5日ぶりにセーラー服に腕を通し登校し、退職間近の担任と教頭、校長を鈍器で殴りつけ殺害した。もちろん他の教師は取り抑えようとした。だが教師に捕まると思われた瞬間学校中のスプリンクラーが作動し少女は満を持して下校した。
これが皮切りという訳では無いがその後も全国各地で数件の、老人が殺害される事件が起きた。
それが全国各地に広まったのが8月17日。ある無名のYouTuberが一本の動画を投稿した。内容は母校の校長にお礼参りをしに行くもの。#フィボナッチ老害連続殺人事件 を添えて。
瞬く間に動画は再生され、4時間後には再生数10,000,000回を突破し、567人だったチャンネル登録者は150万人に増えた。これがきっかけでYouTuberは無名有名問わず高齢者を殺し、動画にした。『じじいぶっ殺してみた』『ばばあ十人斬り』『老害駆除わず』などという動画で急上昇は瞬く間に埋め尽くされた。罪にならない、前例がある、利益が出る、この三つが揃った瞬間人々から殺人という禁忌に対する忌避感は消え失せた。
そして第二陣の動画が広まると、一般人も各々の恨みを老人へと向け始めた。
6765人、10946人、17711人、28657人とみるみるうちに死んで行った。もはや当初の十数人の死者で騒ぎ立てるような感覚は奪われ、超大規模殺人事件を日常の1ページへと人々は転換して行った。
公の安全を守るのが仕事の警察ですら、遺体の回収だけで業務が埋まり、警戒態勢を解かざるを得ず、犯人に対する手がかりもないまま遺体の回収に追われることとなった。既に当初の゛メンツ゛の欠片も頭には残っておらず、防ぎようのないものという諦観が現場では漂っていた。
しかし、上層部ではそうも言ってられない。彼らは自らがターゲットである。部下を身辺に配置し、警視庁の自らの部屋で部下の二十四時間の護衛の元寝泊まりをせざるを得ない。首相官邸周辺には警官が大量に配備され、企業の重役はボディーガードの手配に勤しんだ。当初渋っていた非常事態宣言も即日の法改正により自衛隊への権限委託付きで発令された。自衛隊は日本各地へと派遣され、それを見た国民は政府による無断かつ無宣言での法改正に思いいたり、政府への不信感が増えると同時に『TOTAこそ正義なのでは?』という疑問が起こった。
一連の流れにより゛民意による老害の排除゛は進んだ。8月の終わりまでに46368人、75025人、121393人、196418人、317811人と、ついに10万の位まで死者は増えた。
件の゛国民投票゛は賛同2306万票、反対2333万票と賛否がほぼ同等となった。
自衛隊、警察は膨大な死体の処理に終われ、犯人探しはおろか目の前で起きている殺人を止めることすら困難となった。ゴミの埋め立てで頭を抱えていた政府は死体の埋め立てで頭をひっくり返さなければならなかなった。保険会社は軒並みが廃業、介護施設はガラガラ。老人は一歩でも外に出れば殺されるため外出を控えるようになった。
さらに9月2日、国のトップである現内閣総理大臣が、その尋常でないほどの防衛体制も虚しく何者かによって暗殺された。これを皮切りに国の主要人物にまでその魔の手が伸びた。いよいよ国政が揺らぎ始めたことでTOTAの信頼は揺らぎの無いものとなった。
゛国民投票゛はその名の通り国民投票となり、賛同が7465万票、反対が2407万票という参議院選挙をも上回る投票率により見事TOTAは民意を獲得した。
大量虐殺はもはや、ルーティーンと化し、514229人、832040人、1346269人、2178309人、3524578人、5702887人、9227465人と死んで行った。そして9月16日、今日、敬老の日、わしはこの事件の首謀者に殺されるのであろう。わしの孫に。
最期にこの事件で将来謎として残るであろうものに対する解答でも載せてこの手記を締めくくろうと思う。
1.何故被害者数とフィボナッチ数が綺麗に一致するのか、特に8月からは一般人も自由に殺した。なのに何故ピッタリと一致するのか。
2.首謀者は結局誰なのか。
3.一人目の共犯者である女子高生の時のように、なぜ日本全土での見守りが可能だったのか。
4.なぜ高齢者以外は死ななかったのか。
「おじいちゃんー? いる?」
「早かったなもう着いたのか。まだ手記が書ききれてないのに」
「いやーおじいちゃん孝行な孫娘でしょ?」
「お前は首を締めにかかってくるのを善行と呼ぶのか?」
「あー、7月の頭のこと?あれは一応フィボナッチ数の0を作りたくて、殺害未遂なら0としてカウントできるかな? と思って」
「どうしてそこまでフィボナッチ数に拘るんだ?」
「大好きなおじいちゃんに教えてもらったことだからね。いつまでも忘れず胸にしまっておくよ」
「はぁ……そこだけ切り取れば完璧なんだがなぁ。花の女学生が3000万人の老人を殺すとはにわかに信じ難いな」
「パパもママも知らないのに警察なんかが分かるわけないよね! それに私はまだ殺人未遂しかしてないし?」
「今ならまだ引き返せるから自首したらどうだ? 殺人と殺人未遂は大分違うぞ?」
「全く、そう言って自分だけ生き残ろうとして。もう他には高齢者は日本にいないんだから。それにどっちにしろ無期懲役だろうしね。まあ敬老の日の贈り物としてグサッと一思いに殺してあげるよ」
「全く、こんな化け物を世に送り出したかと思うと背筋が凍るわい。至って普通の可愛い孫だったのになぁ」
「私は今でも可愛いよ?ちょっとメンヘラチックだけど。好きな人は殺してでも手に入れたくなっちゃうしね」
「わしといい、元警視総監といい、愛し方は言うまでもなく好みまで捻れてるな」
「まあ良いじゃない、かわいい孫娘に殺されるんだから。それに警視総監さんは遊びだから私の手は汚してないでしょ? おじいちゃんは特別なの。あんまりグダグダ言ってると有終の美じゃなくなっちゃうよ?」
「それも、わしの言葉か。つくづく愛されてるな」
「うん、愛してるよおじいちゃん。だから、死んで?」
「ああ」
孫娘の熱い抱擁と接吻と共に、わしの臓器を可愛らしくデコレーションされた刺身包丁が貫いた。かわいらしく、ぐりぐりなんて言いながら引き抜いた刺身包丁にはわしの血と、何処かの破片がからまっており、
「アっ……キレイ……」
なんて言いながら恍惚とした表情で絶頂に達する孫娘を見ながら、わしの意識は暗闇へと沈んで行った。
二度と戻れぬくらいに深く、深く。
ジャンル詐欺ですか?いいえ恋愛です。
*この小説はフィクションです。作者が実際にこう考えているわけでもございません。