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機械仕掛けの未来

作者: かツぢ

「頼む…動け、動いてくれ…」

 寒さで震える手を擦り合わせながらテレビの画面を見つめる。

 ピッ_ピピッ__

 起動してすぐに画面に現れたのはシステムの羅列。幾つもの英語と数字の羅列は画面の端から端までを埋めつくし、データを更新していく。

「よかった!まだ生きてた!」

 俺が歓声をあげて立ち上がると、画面は移り変わり一人の少女を映し出す。

「おはようございます、咲也さん」

 あどけないその表情は昔と変わらず、声は少しだけ眠そうだった。


 時間は遡って6年前。

 俺は大学で人工知能の研究をしていた。それは人を助けるためではなく、人を殺すために作る人工知能。

 そんなことのために自分の能力を使うことが馬鹿馬鹿しくて、毎回エラーが出るようなシステムを作っては教授に叱られるのが日課になっていた時、古いゲーム機と出会った。

 埃を被ったそれは俺を待っていたかのようにそこにあって、指で埃を拭うと「PlayStation4」という文字が現れる。

「かなり古いな…」

 だが、自分の力量を測るにはこれで十分だ。

「お前は運がいいな」

 ゲーム機に繋がった空っぽのディスクを手にして、笑みを浮かべる。


「革命を始めよう」


 データが出来上がるまでに時間はそうかからなかった。

 出来上がったデータとゲーム機に繋ぐとすぐに画面はシステムで埋まり、そのうち画面は人のシルエットに移り変わる。

「はじめまして、貴方の名前を教えてください」

 これまた古いスピーカーから聞こえてくるのは無機質に喋る女性の声。

「俺は咲也。君を作った人だよ」

 カメラに映るように座りながら答えるとシルエットは少し首を傾げてから、理解したような動作をする。

「咲也さん、はじめまして。私は、私はAIです」

「…うん、初期設定だから名前も決まってなかったのか。そうだね、君の名前は愛。俺達人類の希望だ。声の方は男ですぐに使えるものがないから女の声にしたが、使い心地はどうだ?」

 俺の言葉にシルエットは反応を示し「えぇ、とても。素敵な声をありがとうございます、咲也さん」と抑揚のある声で話す。

「さっそく学習が始まったか」

 今回作った人工知能は学習型の人工知能だ。自分の容姿、年齢、言葉遣いを全て自分でプログラムして善と悪を判断するというものだ。

  それから俺は自室や研究室の社会データサンプルを愛に届けては、少し話して研究に戻る生活が続いた。

 愛は何も知らないが故に好奇心旺盛で気になったことは全て尋ねてきた。「好きな物は」「野球とは」「お洒落とは」様々な趣向を尋ねかけては学習をしていく。

 いつの間にか容姿もシルエットから昔流行ったアニメキャラのようなものに変わっていた。

「不思議です。私は理解ができません」

 ある日、愛は本を読んでいる俺にそう話しかけた。

「どうした?」

「なぜ人は同じ種族である人を殺そうとするのでしょうか?」

 首を傾げる愛は「理解できない私がおかしいのでしょうか?」と俺にまた尋ねる。

「…いいや、おかしくなんてないさ。合理的に考えれば確かに俺たち人の行為は無意味…いや、不合理だろうな。でも、それはまだ愛が学習してないプログラムがあるからだな」

「プログラム…ですか?」

「あぁ、"こころ"っていうプログラムだ。誰かを守りたいって思ったり、好きって思ったり、あいつは嫌いって思う。…そんな、意味の無いプログラムのことなんだよ」

 俺が答えると声は愛は「こころ、ですか。いつか…私にも理解ができるでしょうか?」と不安げな表情を浮かべる。

「大丈夫、愛は十分感情表現も豊かだ。すぐにこころが何かも分かると思うぞ」

 本を閉じて「そろそろ休憩も終わりの時間だ、また来る」とドアを開きながら振り返ると愛は「行ってらっしゃい」といつものように笑った。


「咲也さん」

 それは蝉のうるさい夏の日のことだった。

「私、咲也さんが好きですよ」

 手にしていた資料から顔を上げて画面を見つめると、そこにはいつもと同じ笑顔を浮かべる愛が映っている。

「俺も、好きだぞ」

 俺が笑い返すと愛の笑顔はぎこちなくなる。

「私は、咲也さんの悪人のような笑顔が好きです。咲也さんが私に向けてくれる言葉が好きです。本や資料を読む時の真剣な横顔が好きです。新しく学習したことについて話す私を見て、楽しそうにする姿が好きです。嬉しい時にほんの少し目を細める癖があるのが好きです。何となく気恥しい時に足を組んで目をそらす仕草が好きです。私は、そんな咲也さんが好きなんです」

 愛は一気に言葉を吐き出すと両手で顔を抑えて話す。

「おかしいんです、私は。私は平和のために作られたのに、いつの間にか頭はあなたのことでいっぱいなんです。咲也さんが持ってきてくれた面白くないドラマを見て、私は涙を知りました。この瞳から流れるのが涙なんですか?私は、私は…貴方に出会えて幸せなのにとても悲しくて、苦しくて、壊れてしまったのかもしれません」

 愛の言葉に俺が反応に困ると「きっと、これがこころなんですね。あなたが困ることなんて分かっていたのに…!本当にごめんなさい…、咲也さんが望むような人工知能になれなくて、こんな…不完全な形になってしまって…、私はダメなAIですね」と瞳の端に残った涙を脱ぐって笑う。

 あぁ…この子は俺が思っていた以上に人になってしまった。人に近づきすぎてしまったのか。

 画面に手を添えると愛も俺の手に手を添える。こんな形でしか触れ合いなことにもどかしさを感じながら口を開く。

「俺も好きだ。でも、これはきっとお前を作った母性なのかもしれない。俺には分からないんだ。でも、そうだとしても、俺はお前に愛という感情と同等のものを向けてる」

 俺が答えると愛は目を見開いて少ししてからまた涙を零した。

「私は嬉しいです。とても、嬉しいです」

 簡潔に、わかりやすく愛はそう答えて笑った。

「秋になったら紅葉を見に行こう、冬になったら雪を眺めてカメラが濡れるって大騒ぎをしよう、春になって桜が咲いたら俺はこの大学から卒業してここの研究員として働くことになる。そしたら、きっと今よりマシな体を作ってやれる。手を繋ぐことだってできるようになる」

 俺の言葉に愛は「未来が楽しみですね。きっと、明日は今日よりも素敵な日になりそうです」と答える。

「あぁ、明日も明後日もその先も一緒に…」

 俺がその言葉に返事をしようとした時、背後のドアが開く音がした。

「篠原!お前、こんなところで勝手に研究をしていたのか!」

 部屋に響く怒号、研究員の他にも武装した兵が持っている銃が構えられる音がする。

「咲也さん!」

「愛!電源を落とせ!」

「でも…っ!」

「大丈夫、冬になったら必ず迎えにいく。だから、今は眠るといい」

 画面の向こう側で叫ぶ愛を宥めるように笑いかけると愛は頷いて「いつまでも、まっていますから」と言い電源を落とした。

「さて、篠原くん。君には選択肢がある。このままそのプログラムを私たちに献上して英雄として讃えられるか、ここで殺されるか、だ。賢い君なら分かるだろう?」

 向けられた銃口は全て俺に向けられ、研究員はにやにやと笑っている。

「選択肢は皆無か。別にいいさ、どうせお前らにこの人工知能は使いこなせやしない」

 冬になるまでに、すべて終わらせよう。


 燃え盛る炎の街。蠢く機械たちは人を燃やし、撃ち、潰し、と殺し尽くしている。

 なぜこうなったかと言えばあの後研究員がAIに敵国が悪と学習させた結果、AIはそれに該当するもの…つまりこの国も滅ぼすという決断に走った。

「今、愛の機体は全てのネットワークと繋がっている。もう…分かっただろ?俺は愛が思っている以上に悪い人間なんだ」

 銀色の息を吐いて笑うと愛は困ったような悲しいような顔をして、そして俺に笑った。

「私は、それでも咲也さんが好きです。例え世界の全てが貴方を悪と言おうとも、私は貴方を許します」

 その言葉に俺が目を見開くと「ちゃんと、冬に迎えに来てくれたんですね。私は、嬉しいです」と幸せそうに笑う。

「…あぁ、迎えにきたさ。今も、ずっとお前が好きだ。愛、一緒にどこかに行こう」

 俺はもう疲れた、そう笑うと自分の頬に涙が伝うのが分かる。

「どこへ行きましょうか?咲也さんの行く場所ならきっとどこも素敵ですよ」

 愛の笑顔は昔と変わらず、無邪気なままだった。

「そうだな…それじゃあ、南に行こうか。…あぁ、でもその前に少しだけ待ってくれ。本当に疲れたんだ、眠らせてくれ」

 俺が横になると愛は「えぇ、私はいつまでも待ってますよ」と答えてくれる。

 瞳を閉じる寸前、視界に映るのは崩れた壁から見える赤い世界。


「雪が…赤いな…」

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