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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの海へ還る

作者: 江藤樹里

 全ての生物は海から生まれた。いくら人が空を飛ぼうと、やがては海へ還る。


 それは、父の口癖だった。母は長い髪を掻き上げながら毎回笑って頷くのだ。海辺で出会った二人には海が特別だったのだろう。そして二人は嘘をつかなかった。半信半疑だった自分だけが、海には還れなかった。


 正確には自分だけではなかった。シオリもまた、海には還れなかった。


 二年前の二一一五年秋、客船シレーネはたった二人を残し、数百人の乗客を冷たい海の底へ連れて行ってしまった。その時、自分にとっても海は特別になった。


 自分とシオリだけ、選ばれなかった。世間は奇跡だともてはやしたけれど、生き残った自分達こそ運が悪かったような気がした。


 それは二人にしか解らない奇跡の後味だ。同じ味を知るからこそ一緒にいられたのに、神様は随分と残酷らしい。


 今度はシオリが星の海へ呼ばれてしまった。


 自分はまた、選ばれなかった。そんな思いを抱えながら、毎日のように届くシオリの手紙をやっと開封したのが一週間前。遂に明日は巨大隕石が衝突する地球から、巨大宇宙船が旅立つ日。そしてシオリと永遠のさよならをするはずの日。


 隕石衝突は夏に発表された。詳しいことはよく分からないが、現代の技術力では隕石の破壊は不可能で、確実に地球へ衝突する。地球は助からない。即ちその時点で地球にいるもの全てが、助からない。


 世界各国で巨大宇宙船団による外宇宙への亡命が発表されて人々は大混乱に陥った。目的地は地球によく似た惑星で、人類の居住が可能と言われている“Kepler(ケプラー)-452b”だ。


 到着まではおよそ百二十年かかるらしい。映画にあるようなコールド・スリープ技術は未完成だから、人類は宇宙船の中で生活していくことになる。当然、搭乗できる人数も限られる。日本の一般人搭乗可能数は二百万人だとニュースキャスターが神妙な面持ちで話すのを、高校の寮の自室でテレビを見ながらシオリは鼻で笑っていた。


「一般人の中に医療者や技術者が入るんなら、実際はもっと少ないでしょ。あぶれる人の方が多いんだから、あたし達が入る可能性ってすっごく低いと思わない? 誰が選ばれるかよりマサキと食べる最後の晩餐を何にするか考えた方がよっぽど建設的」


 腰に届きそうなほどの、よく似合う黒髪を揺らしてシオリが言った。二人で見ていた映画の最中に入った臨時ニュースに呆気にとられていたせいか、ド直球に自分の疑問を言葉にしていた。


「それって、地球が終わる日まで二人でいられる“ビジョン”が見えたってこと?」


「そうよ。最後まであたし達、一緒よ」


 彼女の発言は何だかくすぐったくて、どんな表情を浮かべて良いのか困っていると、大きな目を細めてシオリが意地悪に笑った。


「あらあら~? マサキったら照れてるの?」


「そりゃ、そういう風に言われれば」


 困って頬を人差し指でぽりぽり掻きながら答えると、シオリは首を傾げた。


「喜んでくれると思って言ったのにな~。あたし、マサキが笑うとこ好きなのよ」


「シオリが笑ったら笑えるかも」


「え~それずるーい」


 言いながらシオリが弾けるように笑う。その笑顔につられるようにして笑った自分を、シオリの大きな目は見逃さなかった。


「ほら、それ。あたし、マサキのそうやって咲くように笑うところ、好きよ」


 自分もシオリの笑顔が好きだと精一杯勇気を振り絞って返したのに、シオリは慣れているようにサラリと感謝を述べて躱していった。


 幸せな時間だった。同じ傷を舐めあっているだけの関係だと、外から見たら言われるものかもしれない。それでも同じ体験を共有できるからこそ、お互いに気を遣わないでいられた。そして自分達にはお互いが必要だった。それに二人はやっと笑えるようになっていた。


 それなのに。


「マサキ、あたしね、今回は選ばれたの」


 宇宙船が旅立つ三か月前、告げられた言葉の意味が解らなかった。嬉しそうに笑うシオリは、相変わらず自分の好きな笑顔なのに。


「本当は言っちゃ駄目なの。でもマサキにだけ特別に教えてあげる。誰にも言わないでね」


 耳元でされた秘密の話は、宇宙船搭乗の抽選にシオリが当たったという内容だった。笑顔のまま話して、笑顔のまま寮を去ったシオリは、三か月の研修に行ってから毎日のように手紙を書いて寄越した。


 一週間前になってようやく、山になったシオリの手紙を開封した。一週間なら、三か月分の手紙もどうにか読み終えて、宇宙船が旅立ったニュースを見ながら隕石の衝突を待てるような気がしたからだ。けれど手紙には、シオリの本音が隠されていた。


 シレーネ号の事故後しばらく、生き残った二人の中学生は世間から注目された。両親を失い、身寄りがなかったため同じ施設に入った自分達に誰もが関心を向けた。直接は訊いてこなくても、施設の子ども達に様子を探らせるメディアもいた。プライバシーは何処にもなかった。


「もううんざり! あたし達の秘密のルール、作りましょ!」


 シオリの提案とアイディアで、一見何ともない手紙でも本音を曝け出すことができるようになった。その方法は二人しか知らない。二人で意図して共有した、最初の秘密だった。


 シオリが三か月寄越した手紙はシオリの本音で溢れていた。手紙には、どうしてシオリが抽選で選ばれたかが記されていた。


 シオリには、未来を知る力がある。と言ってもはっきりとしたものではないし、コントロールできるものでもない。シレーネ事故後に出たものだから生まれ持ったものでもないのだろう。気になる夢を見た、とカウンセリングで話したシオリの夢通りの災難が起きたり、ふと感じ取った予感を言葉にした途端それが現実になったりした。事故後に診てくれていた医者は首を捻った。大きな病院で検査をしても、遂に原因や未来を知るタイミングをコントロール可能かは解明できなかった。


 何処までの大人が知っていたのか子どもである自分達は知らない。だが未来を知る力は、遺伝する可能性に賭けて将来に残した方が良いと判断されたらしい。作為的な抽選にシオリは選ばれ、半ば無理矢理に搭乗せざるを得なくなったのだ。


 選ばれた二百万人は老若男女様々だが、それぞれ個体識別番号がつけられ、遺伝子の型を記録されたとシオリは言う。高性能コンピュータが弾き出した結果から、シオリの伴侶に相応しい人物があてがわれた。


 移住計画に選ばれるような人だ。身寄りもないただの高校生の自分なんかより遥かにシオリに相応しいに違いない。包容力も経済力もあって、きっと優秀なんだろう。


 ――このままじゃあたし、知らない人の花嫁にされちゃうよ。


 けれどシオリが、助けて欲しいと願うなら。


 行かなくてはならないと思った。


 シオリの手紙には侵入経路や扉のパスワードなどが暗号の中に事細かに記されていた。一度も返事を書かない自分が来ることに賭けて、三か月もの間調べ尽くしたのだろう。決行日時も指定されていた。それが、今日。


 一週間で準備を整えて、夜闇の中をインターハイの記録を塗り替えた脚が音もなく駆けた。シオリに会えるかもしれない期待と、つまりは脱走になることへの不安と緊張感で心臓はドキドキと高鳴っていた。いつもより早く息が上がって、夜道に自分の呼吸音が響くような気がした。宇宙船出発前の夜はバカ騒ぎをする人もいないのか、しんと静まり返っていた。


 ――夜明けまで逃げ切れれば、あたし、宇宙船に乗らなくて済むわ。自分から逃げた奴を追いかけて出発を遅らせる余裕なんてないもの。


 手紙に書かれていたシオリの言葉は切実だった。一日は逃げられなくても、数時間やり過ごすだけなら。シオリはそこに賭けたのだ。


 二百万の人をいきなり宇宙船に乗せて飛び立つことはできない。三か月の研修の間にいくつかの集団を作って生活を共にする。さながら仮初の家族のようで滑稽だとシオリは馬鹿にしていた。シオリの家族もあの日、海へ還った。別の両親など欲しくはないのだと。


 シオリが集団生活を送る場所は、未来を知る力のことを考慮してか厳重な警備が固められた研究所内だった。さながら囚われたお姫様。だけどシオリは、おてんばなお姫様だ。


 厳重な警備と聞いていたけれど、大きく製薬会社名が書かれたビルの正面からシオリは堂々と出てきた。彼女と目が合った瞬間、胸が一杯になって気持ちが溢れそうだった。眉根を寄せて耐えれば、シオリの顔も一瞬くしゃりと歪んだように見えた。


 少し離れながら、シオリの後について行き先を辿る。シオリには同伴者がいた。迂闊に声をかけられなくて、なるべく気配を消しながら見失わない距離を保つ。


 近くの駐車場に入って二人は一台の車に乗った。百年前は車が空を飛ぶと言われたらしいが、車は地面を走るものだ。人工知能が最適なルートを弾き出して一定の速度で自動運転してくれる。昔は運転技術を身に着ける必要があったと言うが、今は必要ない。小学生でも乗りこなせるくらい容易だ。


 動き出した自動車は駐車場の前に差し掛かった自分の前に止まる。道路へ出るためにカメラが周囲を窺っているんだろう。止まった自分を認識したのかゆっくりと前へ出てきた。座席部分が目の前に来た時、スライドドアが開いて強い力で中に連れ込まれた。背後でドアが閉まる音がして、車が発進する。


「誰も見てなかった?」


 緊張したシオリの声が耳元でした。思わず顔を上げればシオリの真っ直ぐな髪が頬に触れる。


「大丈夫よ、シオリちゃん。誰もいなかったわ。安心してちょうだい。

 その子がマサキちゃん?」


 シオリの問いに少しかすれたハスキーボイスが答える。視線を向ければ膝丈のスカートから伸びる筋肉質な脚が視界に入った。何かスポーツをやっている人なんだろう。明るい色で染めた短い髪に、濃いけどよく似合った化粧をしている人が優しく笑っていた。


「ケイちゃんのおかげでまた会えたわ。ありがとう、ケイちゃん」


 シオリが声に安堵を滲ませて答えた。安心するのはまだ早いわよ、とケイちゃんさんは言う。


「日の出までが勝負なんだから。アンタも、アタシも」


 宇宙船は日の出と共に飛び立つ予定らしい。それまでに捕まらなければ良い。でも、ケイちゃんさんはどうなのだろう。会話の内容から助けてくれているらしいことは分かるのだけど。


「そうね。ケイちゃんも、気を付けてね」


「アタシは何とかなるわ。成人してるし、知り合いも多い。だけどアンタ達はまだ未成年。何だかんだ言ったってこんな時間にうろついてたら怪しまれるわよ。だから、ね」


 ケイちゃんさんはシオリの肩に手を置いてまた優しく笑った。


「この車、乗っていきなさい。行きたいところがあるんでしょう?」


 シオリが目を見開いて首を横に振った。長い髪がそれに合わせて揺れる。


「駄目よ、ケイちゃんだって行きたい場所があるじゃない」


 それで何となく察した。ケイちゃんさんもきっと、会いたい人がいるのだ。だから脱走するシオリを手伝ってくれている。


「言ったでしょ、アタシは良いの。どうにでもなるんだから。頼れる人だっている。でもアンタ達には、アンタ達しかいないでしょ」


 シオリが泣きそうに顔を歪めた。


「ケイちゃんだっているわ」


 シオリが絞り出した言葉にケイちゃんさんは一瞬瞠目して、それから愛おしそうに笑んだ。シオリの頭を撫でて、ついでにその腕に抱かれている自分の頭も撫でてくれる。


「そうね。でもアタシはここまで。後はアンタ達の力で踏ん張りなさい。お互い、上手くいくことを願いましょ」


 ケイちゃんさんが声をかけると車は止まった。最寄駅の近くだ。表通りには出ないところに車を止めて、ケイちゃんさんが降りる。


「あたし、ケイちゃんがお姉ちゃんだったら良かったって思ってるよ」


 シオリの言葉にケイちゃんさんも笑った。


「アタシ、姉妹って憧れてたのよね。シオリちゃんのおかげでお姉ちゃんになれたわ」


 ケイちゃんさんが、しっかりやんなさいよと続けるのに頷いて、シオリが笑った。ドアが静かに閉まる。シオリがこっそりと目元を拭って、人口知能に行き先を告げた。そこはあの日、自分達が置き去りにされた場所。


「ねぇマサキ、一緒に行ってくれる?」


 進み始めた車は静かに目的地を目指す。後部座席に座り直してから、シオリが呟くように尋ねた。


 二年経ってもまだ、あの場所には行けなかった。どうしてかは分からない。足が向かなかった。花を手向けることもできないまま。


「シオリがつらくないなら、構わないよ」


 そう返せば、つらいわよ、とシオリは笑って答えた。


「だけどどうせ隕石がぶつかるなら、皆がいる場所でマサキと一緒に最期を迎えたいわ」


 シオリの大きな目がにこりと笑う。吸い込まれそうなその目が見る未来は、残り少ない二人で過ごす時間なのだろうか。


「そういえば、最後の晩餐を決めてなかったね」


 話題を強引に変えてしまったけれど、シオリは特に何も言わなかった。そういえば、とそんな話をしたことを思いだしたようだ。


「食べたいもの、あるの?」


「うーん」


 自分から出した話題だけど、空腹は感じていなかった。今回の計画を知ってシオリにまた会えると思ってから、何だか興奮しているのか空腹を感じていない気がする。


 正直にそう伝えれば、シオリは苦笑した。馬鹿ね、と嬉しそうに言う。


「まぁ、あたしもだけど。緊張してほとんど食べれなかった」


「シオリでも緊張したんだ?」


 冗談で言えばシオリは目を丸くして笑った。


「えー何それ。あたしだって緊張するわよ。警備員さんとか守衛さんを上手く騙せるか、ホントに賭けだったんだから」


 そういえば、と気になったことを口に出す。


「何て言って出てきたの?」


 先ほど堂々と出てきたのだからそれらしい理由をつけて通してもらったのだろう。


 知りたい? とシオリが悪戯っぽく笑う。


「最後に地球のお菓子を買い込んでくるって言ったの。ケイちゃんは付添いと荷物持ちってことで出てきたわ。ケイちゃんの剣幕ったら凄かったのよ。『アンタ、女の子ひとりでこんな時間に買いに行かせるつもり?』って言って」


 ケイちゃんさんの声色を真似ようとしながらシオリが教えてくれる。声真似は全く似ていなかったけど、シオリが楽しそうに話してくれることが嬉しかった。何もなかったみたいに話せることが。


「ずっと準備してたのよ。ケイちゃんにも協力してもらって、あたし、マサキに会うためにずっと、色々ガマンしてたのよ」


 言いながらシオリの目に涙が溢れた。その涙を見たら、どんな思いを抱えていたのか分かったような気がした。未来を見る力をシオリはコントロールできない。きっと大変なこともあったのだろう。


「シオ――」


 名前を呼びかけたその時、車のラジオが入った。自分もシオリも指示は出していない。強制的に入るラジオは、国営放送だ。


 脱走がバレたのか。そう思う自分もシオリも身を固くして、じっとラジオを見つめる。人工知能は気にせずに車を走らせていた。


 ザザ、というノイズと共に遠くから原稿を読み上げる声が聞こえてきた。重要なお知らせです、とあまり重要ではなさそうな声でキャスターが言う。


 「先ほど、男がハヤシユウサクさんの自宅で立てこもっているというニュースが入ってきました。付近の皆さまは現場には近づかないよう注意してください。場所は……」


 地球最後の夜に大暴れすると決めた人がいるらしい。こうして放送されるということは、危険な状況なのかもしれない。場所も思いの外近いところのようだ。


 「立てこもっている男は刃物を所持しているとのことです。中には恐らくハヤシユウサクさんと思われる男性がおり、人質にされているようです。男の情報が入ってきました。名前はフジタケイイチロウ、二十五歳」


 シオリが大きく息を呑んだ。両手で口をおさえ、目を真ん丸に見開いている。その目をゆっくりと自分に向けて、片方の手を伸ばしてラジオを指差しながら、ケイちゃん、とシオリは口にした。


「ケイちゃんだ」


 さっき別れたばかりのケイちゃんさんを思い出す。自分達のことを心配してくれた、優しい人の印象しかない。そんな人が立てこもりなんてするのだろうか。


「ケイちゃんが抽選に当たったのは、あたしと遺伝子的な相性が良かったってだけなの。ケイちゃんにだって大切な人がいるのに、そんな理由で選ばれた。ケイちゃんのことは好きだけど、お姉ちゃんみたいな存在なの。あぁだけど、どうしよう。きっとケイちゃん、あたし達のために世間とか警察の目を引きつけてくれてるんだ」


 自分達のためにそんな大それたことをしてくれる人がいるんだろうか。そう思ったけど、三か月一緒にいたシオリがそう感じるならそうなのかもしれない。ケイちゃんさんは、どこまでも破滅的に優しい人なのかもしれない。


 気づけば自分の腕はシオリを強く抱きしめていた。


「必ず行こう、あの海へ」


 腕の中で小さく震えたシオリが、嗚咽を漏らすまいと我慢しているように感じた。背中をぽんぽんと叩いてやれば、ようやくシオリは泣いた。


 ケイちゃんさんのおかげか追っ手もなく、車は目的地のすぐ傍まで近づいていた。近づくにつれ、お互い口数が減る。ラジオだけがケイちゃんさんの状態を教えてくれていた。


 けれどこうしてニュースになっているケイちゃんさんの車に乗り続けることは危険な気がした。警察はケイちゃんさんの財産も調べるだろう。その時に持ち主が乗っていない車が走っていることに気づいたら確認するはずだ。そうして見つかれば、シオリは戻ることになるし、ケイちゃんさんの起こした行動も無意味になる。


 そう話し合って車を降りてから一時間、暗い道をとぼとぼと歩いた。だけど目的地は既に見えている。暗闇に投げかけられる一筋の光。


 二人だけを残して乗客を乗せたままシレーネ号が沈んだ海に辿り着いた。辺りはまだ暗い。けれど時刻はもう早朝だった。


 石階段を降りて、光を放つ場所へ無言で向かう。船の切れ端に掴まりながら二人が漂流して辿り着いた、灯台へ。


 もう何百年もそこにあるという灯台は海風にさらされて錆びついているけれど、人々に愛されてきたと分かる佇まいをしていた。あの日も暗い海をずっと照らしてくれていた。灯台の光が届く場所にいた自分達は、必死で陸を目指したものだ。


 自分達の声と波の音しかない暗闇に差した一筋の光はあの夜、希望に見えた。


 一般人の夜間入場はできない灯台の横を通って、二人で岩場へ降りる。あの日、それこそ早朝に近い時間になって息も絶え絶えに辿り着いた岩場は、二年前と変わっていないように見えた。


 シオリが先に腰を下ろす。自分も後に続きながら、夜明けが来るのをじっと待った。


「やっと来られたわね、あたし達。遅いぞって、パパ達は怒ってそう」


 シオリがおどけたように言う。けれど声は囁き声で、かすれていた。


「お花のひとつでも持って来られれば良かったけど、仕方ないわ」


 そうだね、と返した声はシオリと同じようにかすれていた。


「けど、父はよく『全ての生物は海から生まれた。やがては海へ還る』って言っていたよ。隕石がぶつかればきっと、みんなごちゃまぜになって海に還ることになるよ」


「マサキの言うことって、時々よく分かんない。だけどマサキのお父さんがくれた言葉なら、きっとそうなのね」


 シオリが小さくくすくすと笑った。それきりシオリが黙り込んでしまったので、自分から話しかける。


「シオリが言ったこと、本当になったね」


 シオリはきょとんとこちらを見る。


「隕石衝突が発表になった時、シオリは二人でいるビジョンが見えたって」


 あぁあれ、とシオリは苦笑した。


「当たり前よ。あたしもマサキも一緒にいたいと思うんだったら、そして宇宙船に二人で乗れないなら、こうなるしかないのよ」


 ビジョンが見えようが見えまいが、とシオリは続ける。


「たとえ二人で宇宙船に乗れたとしても、あたし達じゃ子孫を残すことはできない。どっちも知らない誰かのお嫁さんになるしかないなんて、そんなの嫌だわ」


 ねぇ、とシオリが寄りかかってきた。それを支えながら、言葉の続きを待つ。


「あたし、マサキと一緒にいたいの」


 うん、と小さく返す。シオリがぐっと顔を近づけてくる。まだ暗いけれど、薄明かりがさしてきたから彼女の大きな目がよく見えた。


「もしかして、マサキったら照れてるの?」


 シオリが悪戯っぽい笑顔を浮かべて訊く。いつかのやり取りを思い出して、自然と口元が緩んだ。


「そりゃ、そういう風に言われれば」


 今度は笑顔で。そうすればシオリは満足そうに頷いた。


「最後の瞬間まで傍にいてね、マサキ。あたしも皆が眠るこの星の海に還りたい」


 目を閉じるシオリの手を握って、そっと、言葉を紡いだ。


「傍にいるよ、大丈夫」


 水平線の向こうから太陽が昇ってくる。このまま二人で最後の瞬間を迎えられたら幸せだと思う。命尽きてしまっても、シオリの生きられる可能性を潰してしまっても。それでも。


 水面がキラキラと輝き始めた。その揺らめきと輝きを見ながら、お互いに寄りかかって昇る朝陽を待つ。



 ばたん、と扉が閉まる音がした。



最後まで読んで頂きありがとうございました。


設定にはただ「恋人同士」としか書いてなかったので、

実は百合でした……というお話を書いてみたくてできた作品です。

今から100年後なら薔薇だろうが百合だろうが世間では認知されていると思うけど、

命を繋いでいくなら……そんなことも考えつつでもおさめるには難しく……。

反省点も多いですが、楽しかったしどこかでまた掘り下げて書く機会があればなと思っています。


皆さまに少しでも愛される我が子たちであったならば嬉しく思います。

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