第四章 傭兵の悩み事
「翡翠」
ガルダナの酒場で一人座っているのは第三分隊の女名剣士ユイアラ・フォルテロイだ。
ユイアラは戸惑っていた。
ジラソーレが攻めてくるという事はあの男も居る訳だな…
その名前を忘れたはずが無い。クロス・フリングエークと言えばジラソーレの預言者ミュルの
右腕として名を馳せている歴戦の東方剣士だ。アイツはあたいの故郷を奪ったんだ…二本の刀で
村人とそして兄弟と両親を奪った。燃え盛る村の中あたいは必死になって逃げた。
戻って様子を見にきたら何も残って無かった。アニキとふざけて遊んだ広場も、母さんが好きだ
った村の外れにある教会も何も無くなってたのさ。
「どうしたんだ?考え事か…」
隣に座ってきたのはナスロク・サンドライト。あたいの相談相手は第三分隊ではナスロクしかい
ない。とてもじゃないけどヒルダとは話が合わないし、エリスは年が違い過ぎるし、他の男や隊
長は問題外だからね。
「珍しいな…酒場に来るときは俺を誘ってくれてたからな」
ナスロクはお気に入りの蒸留酒の入ったグラスを一口飲んでから話し始めた。
「あたいだって感傷に浸る事はあるさ」
戦争であたいの村は無くなっちまった。そん時に座り込んでいた私を拾ってくれたのがナスロク
の父さんだったんだ。本当の父さんみたいに育ててくれた良い人だったよ…
だけどナスロクとあたいが留守にしている間に野党に襲われて……ナスロクは涙一つ流さなかっ
た。だけどあたいには分かった心の奥にある復讐の炎をね…
それ以来傭兵ギルドでジルロー隊長に知り合って今が有るんだよ。
最初は隊長とアレックスしか居なくて全然人気も無い傭兵隊だったよ。
でも…今は……
「俺は好きだなお前のそういう所」
へぇ…ナスロクがあたいの事をでも今はその言葉を胸にしまって置く事にする。
「行こうか?アレックスの奴探しにさ」
「あっああ…」
「透明な雨」
なんで無いのかしら…宿屋としての機能という物がありませんの!
「すまないねぇここではシャワーを完備してないんだよ」
なっなんですって!?あれだけの長旅で辛かったのにシャワーも浴びられ無いなんて!!
最悪ですわ!!あら…そうでしたこんな宿屋だから駄目なんですわ。
「あの…格式の高いホテルなどご存知です?」
要するにこんなボロい宿屋に泊まろうとしていたワタクシが馬鹿なんでしたわ。
「あるよ。市場の奥にある貴族邸今ホテルや別荘として予約を受け付けてるんだ。すいてるから
1部屋位泊まれると思う。大浴場もあるから行ってみな」
「そこよ!そこですわよ!まったく最初から貴族邸に行ってれば良かったですわ」
何で気がつかったのかしら…市場で果物でも見ていこうかしら。
「えぇーっ部屋がない!!どういう事ですの!!」
聞いてないですわ…!!あの宿屋の主人確かに1部屋泊まれるって言ってましたもの。
「すいません…1時間前は空いていたんですが急に団体のお客様が予約されましたので…」
しょうがないけど…部屋はいいですわ。肝心の大浴場の事を聞かないと…
「大浴場も無理…そんな……」
もうへとへとですわ…もうだめ……
「お客様!!!」
んーっ此処は何処ですの?…
「気づいたかい?随分気絶してたみたいだけど」
まずいですわ…もしあの場で倒れてたとしたらガルディス一の笑い者…クリスティン家末代まで
の恥!!誰なのかしら?私の隣に居るのは…隊長では無いですし…ユイアラとか…そんな筈はな
いですわ。ナスロクは酒場だと思いますの。もしや坊やにばれたとか…もう良いですわ。…考え
るよりこのまま振り向けば良いんですわ!
「あっアレックス!どうしたんですの!まさか任務が開始されたとか…」
「違うぜ。気絶してたの介抱してただけさ」
そんな…この男に介抱を受けてたなんて…
「おっおい!どうした!?」
「襲撃」
「ジラソーレの兵士が攻めてきたぞ!!」
来たみたいだね…あたい達の任務はスクイードとエリスが逃げるまでの間、時間稼ぎをする
事。もちろん失敗は許されない…成功確率は無いに等しい…それでもやるのさ傭兵だから。
「二人が逃げ出したみたいだ…」
ナスロクは事前に酒場に滞在していたスクイードを確認し追跡していたのであった。
「しかし…ジラソーレの遊撃隊を振り切りさらにあの二人を逃げさせるのか…きついな」
アレックスは不満があるようだ。この任務は今まで請け負ってきた依頼でもっとも過酷な物であ
った。隊長のジルローはガルディス本隊の指令官アスロットにライラック前線の正規軍状況を伝
えるためガルディスの本拠地スタラグへ向かった。
「アスロットに一刻も早く前線を如何にかして貰らわないと俺らの本拠地がこのガルダナの様
になっちまうな」
「そうならないために傭兵が居るんじゃないのかしら?私は任務以外関係無いですけど」
アレックスの言葉に対してヒルダは不思議そうに答えた。
「あのなぁ…エリスにも説明したが俺達傭兵は兵士じゃないんだ。金払いが良い奴が雇ってくれ
るんだったら俺はあの人の下に本当は就いてない。だけど正規軍の奴らは詰まらない事で俺らの
仲間の命を日に日に奪っていくんだ。そんな奴らを放っておける訳ないだろう?ヒルダ、お前は
テンペシア帝国の貴族だからって自国の兵士が死んでいくのを黙って見てて良いのか?違うだろ
う?…分かったら任務に励む事だな」
アレックスのジルロー隊長への忠誠は本物だよ。正規軍の騎士の何十倍はある。あたいは隊長へ
の忠誠とか無いけど与えられた任務は着実にこなしていくつもりさ。
「ごめんなさい…私が軽率でしたわ。ですけど私はテンペシアの兵士を見捨てたりしません
わ!!」
その瞬間、町中に騎馬の足音が響いていた。
「その心があれば十分だよ…んっ攻めてきたか…皆出るぞ!」