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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みじかいはなし、いろいろ

りんごあめ

作者: なつきはるな

むかしタンブラーに載せていたものです(消滅したけど)

「お祭りに行きませんか?」

 いつものような屈託のない笑顔で言ったのはあなただった。季節は夏、そこらでお祭りが開かれている季節だった。あなたといつかは行ってみたいと少しは考えていた。でも私は躊躇していて、もし断られたらどうしようと思っていた。けれどもそちらから誘われるなんて驚きだった。その誘いに私は「ええ、いいわ」と答えた。断る理由なんてない、だって私は自分の素直な気持ちに従っただけだから。

 私はあなたが好き、これは本当。でもあなたは私のことをどう思っているか分からない。友達という関係であることは確かだけれども、それ以上の関係ではない。私はあなたの恋人になりたい。同性同士だから無理かもしれない、きっと無理だって思っている。でも私の欲は心のなかでどんどん大きくなっていつか一緒になれたらいい、それどころか一緒になったことまで考えている。考えてはいけないと理性をその欲望に刺し込んでも無駄、もう私の気持ちは過去には戻れない、あなたと出会った時より前になんて絶対に戻れない。いいえ、戻りたくない。この気持ちを、あなたが好きだということをずっと抱いていたい。それが叶わない恋であっても、私が臆病でなにも言えなくてもいい、すこしでも多くの時間を一緒にいられたら、あなたのそばにいられたらいい。

「明日の夕方に行きましょうね」

 あなたは笑顔で私に言う。

「そうだ、一緒に浴衣を着ましょうよ」

「え?」

 私はその言葉を問いただしてしまった。私が浴衣を着る? あなたが着るのは分かるわ。似合うと思うもの、あなたは何を着ても様になる。それだけ容姿に恵まれているから、私なんかより、他の誰よりも。

「似合うと思いますよ。ね、お揃いにしましょう」

 子ども、といっても私達もまだ子どもであるが私達よりも年下の本当に無邪気な子どものようにあなたは言う。

「……分かったわ」

 渋々、といった感じに私は言う。あなたの誘いや頼み事は断れない、嫌われるのが怖いから。たぶんあなたはそれで私のことを嫌わないと思うけれども、思いたいけど、私はそれでも少しでもあなたに気に入られるようになりたい。

「わあ、嬉しいです。じゃあ明日の夕方、楽しみにしていますね」

 あなたは私の手をぎゅっと握って言う。突然そういったことをされて、そんな行動は予測もできなかった、予測できなくて私は驚いて顔を赤くしてしまった。頬が暖かく、それどころか熱くなっていくのが分かる。ここで顔が赤いことになにか言われたらどうしようか。同性同士なのに、ただの友達同士なのに、こんな状態になってしまうなんて。おかしいって言われるかもしれない。

「じゃあ明日夕方5時に集合です、約束ですよ」

 もう一度手をぎゅっと握って、そして離した。最後にとびきりの、私以外の誰にも見せてほしくない笑顔であなたは去っていった。


 次の日の夕方、私は浴衣を着て長い髪を結って待ち合わせの場所へ指定された時刻の4分前に行った。そうしたらもうあなたはいた。

「遅れたかしら?」

「いいえ、私が早く着ちゃったみたいです」

 時間厳守が徹底されていますから、とにこっと微笑んであなたは言った。あなたは本当によく笑う。げらげら笑うとかそういうのではなく、優しく微笑んでくれる、大好きだ。その笑みが私だけのものになればいいだなんて独占欲が働く、いけないって思っているのに。

「行きましょう」

 私達は二人並んでお祭りの開かれている神社まで行く。二人並んで歩く、本当は一緒に手を繋いで歩きたかったけどそれはさすがに出来ない。だから歩幅とペースをあなたに合わせて歩く、そしてなるべく側に要られるように近寄って。私達は周りの人たちにどう見られているんだろう。きっと仲の良い友達にしか思われていないだろう、そのとおり私達はそういう関係だから。もし私が男だったら恋人同士に見られたもしれない。男になれたらあなたと恋人同士になれたかしら、そう思うことがあるけれど男だったらあなたにこんなに近づけないと思っている。あなたが男を嫌っているとかそういったことではないのだけれども、男だった友達になるのにも少し高い壁があると思っている。女のほうがその壁が低くてすぐに友達にはなれるはずだ。だから私達はすぐに友達になれたのだと思う、でもその友達という関係からは抜け出せない。男だったら抜け出せるのに。友達になるのは難しいかもしれないけれど恋人にはなれる。

「そういえば……」

 あなたは私に話を振ってくる。クラスメイトの男子たちが子供っぽいだとか、学校生活がどうとか、普通の学生のような話をする。私もその話に乗る。正直なところ、私は学校の中でもあなた以外の人間に興味がほとんどない。あなたのことだけ見ている。あなたがクラスメイトの男子の名前を出すとその人のことに気があるんじゃないかと思うくらいだ。そういう話をされると胸が苦しい。

――あなたも私のことだけを見ていてよ。

 そう言いたい。


「すごい人ですね。さすがに年に一度のお祭り……お参りできるかしら」

 神社にやって来た私達はその境内にいる人を見ていた。あなたは驚いていた。

「迷子になるといけないわ」

 私はすかさずあなたの手を握る。

「行きましょう」

 境内が混んでいてよかったと思った、あなたの手を握る口実ができたから。私はあなたの手を握って人混みに入っていく。人が多すぎて社殿になかなか行けそうになかった。でもそのほうが都合がいい。手を握っていられる時間が長くなるから、そして一緒にいる時間が多くなるから。

「大丈夫?」

 私はあなたに声を掛ける。

「はい、大丈夫です」

 あなたはまた笑顔で言う。私が声を掛けるたびに笑顔になってくれるような気がする。なら私は何度でもあなたに話しかける。引っ張る手は強引だけれども私達はゆっくり歩く。先ほどみたいに並んで歩くことは出来ないけれども、手を握ることが出来て満足していた。

 そして私達はお参りしている人人達の列までやってくることができ、そこに並ぶ。

「なにをお祈りしようかな」

 あなたは言う。私はもう決まっている「あなたと少しでも長い時間一緒にいられますように」、それだけだ。もしあなたが私と同じようなお願い、私と一緒にいたいと願ってくれればそれはとても嬉しいこと。でも期待はできない。あなたの心はコントロールなんて出来ない。

 私達が神前に出る番が回ってきた。二人で持っていた巾着から小銭を出して、私は百円玉を投げる。そして二礼二拍手、私は目を閉じて祈る、彼女と少しでも長い時間一緒にいられますように、と。長い間祈っていたと思う。そして目を開ける。横を見るとあなたはまだ手を合わせて目を閉じて頭を下げていた。そのときあなたの白いうなじに目がいった。細くて汚れもないきれいな肌で、ここに噛みついて私の痕跡を残したい、私のものだというしるしを残したいとよこしまな考えが頭の中にふと浮かんできた。

――いけない、そんなこと思ったら。

 私はその雑念みたいなものを振り払うようにあなた横に振る。神前でこんなこと考えたらいけない。私のお願いも無駄になってしまうかもしれない。申し訳なさを伴って私は最後に一礼する。


「なにをお願いしたんですか?」

 二人で神社の境内を出た時にあなたは聞いた。

「さあ、なにかしら」

 私ははぐらかした。

「もしかして、私と一緒にいたいってお祈りしたんですか?」

 まさかの言葉に私はどきりとする。でもここで分かってしまったら、そうって言ったらいけない。私の気持ちを知られたら嫌われそうで怖い。

「ところで、あなたは?」

 平静を装って私は聞いた。こんなことで自分の気持ちを知られて、嫌われる訳にはいかない。友達でもいいから、すこしでも一緒にいたい。

「私は内緒です」

 だって言ったらお願いごとが叶わなくなるっていうじゃないですか、とあなたは言った。なら私も言わないでおこう。でも勘のいいあなたならもしかしたら分かっている、分かってしまったかもしれない。もし分かったなら、それを叶えてほしい。

「あ、せっかく屋台が出ているからなにか買いましょうよ」

 境内の外、参道には沢山の屋台が出ていた。私はそれにあまり興味がなかった。なにをしにお祭りに来たかと聞かれそうだが、それはあなたと一緒にいたかったためだ。

「私、あれがいいな」

 あなたが指をさしたのはりんごあめを売っている屋台だった。真っ赤なりんごあめが目につく。真っ赤、もしかしたら昨日の私の顔はああだったかもしれない。

「一緒に買いましょうよ」

 今度はあなたに手を引かれて私は屋台の前まで連れて行かれる。そしてあなたのおごりでりんごあめを二つ買う。普通のりんごではなく、姫りんごという小さいサイズのあめだ。大きい物なんて到底食べられない。それにあなたにも無理。

「はい、どうぞ」

 りんごあめを笑顔とともに渡される。「ありがとう」と私は言ってそれを受け取る。付いているビニール袋を取ってあめを舐める。至って普通の砂糖の味がする。それもそうだ、ただ砂糖を煮詰めてあめ状にしたものに色をつけてりんごのまわりに付けたものだから。

「おいしい」

 そう言ったあなたを見ると、唇を赤くしていた。りんごあめの着色料のせいだ。でもそれが口紅を引いたように見えて、あなたがすこし大人びて見えた。普段は透明のグロスを付けているくらいなのに、こういった色が入ると印象が変わる。

「きれい……」

 私は誰にも聞こえないような、ささやくよりももっと小さな声で言う。

 その唇にキスをしたい。

 したいけど、したらダメだ。

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