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手紙の正体


 僕たちは時代を感じる白熱灯の街灯が続く道を歩いていた。人通りが少なく、覇気のなかった昼よりも、更に静寂だ。心なしか、冷酷さすら感じさせる道を白熱灯が温めてくれているようにも思える。 


「ねぇ、それは何?」

「あ、鞄開けっ放しだ。閉めなきゃね」


 そういえば、ボーリング場でスコアシート貰った時に開けたな。


「そうじゃなくて、その封筒?」


 美奈の言う通り、僕の鞄からはあの封筒がぴょんと飛び出ていた。


「ああ、そうだよ。手紙だよ、手紙」

「……誰からの手紙?」


 美奈は口元を隠した。緊張、緊迫、美奈を見ているとそんな言葉が連想される。


「どうしたの? 誰からって、悪戯だよ。まっ、内容もおかしかったし」

「……おかしかったって、どういう風に?」


 今までの明るい声はどこへやらだ。あまりの空気の重さに僕まで緊張してきて、心臓が高鳴る。


「なんていうか、えっと……勉強しなさい、ラブレターを書くなってあったかな」

「それだけ?」

「えっと、あと選択肢を間違えるなみたいなことも書いてあったかな」


ほんと、何度考えても意味不明だよな。


「送り主は? それは手書き?」

「どっ、どうしたの急に。何かあるの?」

「いいから答えて!」


静寂を切り裂くような叫び声が空間を支配した。

あの、冷静な美奈が怒っている。あの、美奈がだぞ。そんなに重要なことなのか? それとも、六年も経てば変わってしまうのかな……。


「差出人の名前は書いてなかった。手書きではなくて、ワープロかなんかで出力したんだと思う」


 僕が焦って聞かれたことだけを答えると、街灯の下で美奈は立ち止まった。そして、何かを考えるように星を見上げる。


「あのっ、よかったら、読んでみる?」


沈黙に耐えられなくなり、僕は茶封筒を差し出した。美奈はそっと、「ありがとう」と呟き、徐にクシャクシャの紙を取り出す。


「……なんで、こんなにクシャクシャなの」

「ごめん。色々あって」


 姫野さんが握り潰したんだよな。まあ、状況を考えれば姫野さんを責めることもできないか。

 美奈は「ははは」と苦笑いしながらも、しっかりと、じっくりと手紙に目を通した。


 「やっぱり」

 

そして、唐突にそう言った。


「やっぱり? 何か知っているの?」

「うん、私も同じような手紙を貰ってるから。まあ、文の書き方からして、差出人は違うと思うけど」


 僕が美奈から皺くちゃな手紙を返してもらうと、美奈は自分の鞄に手を突っ込んだ。次に鞄から手が出てきたときには、見覚えのある茶色い封筒を持っていた。


「それって……同じだよね」


 ……いや、当たり前か。手紙を送る封筒は茶色か白い封筒のどちらかだし。規格も基本的に一緒だ。驚くところではないな。


「まあ、いいから見てよ。ほらっ」

「うっ、うん」


 美奈が取り出した封筒には差出人が記載されていない。それに、宛名もワープロの出力だ。ただ、ここまではある話だ。気にしなければ、さほどおかしなことではない。。


「なか見てもいい?」


 手紙を読んでいいかと確認すると、美奈は「うん」と頭を振った。

 字体、フォントも、多分僕の手紙のと同じだ。内容は、


『竹取町に戻りたいという願いを叶えてね。ママもパパも反対しますが、負けないで!そこで諦めたら試合終了だよ。最良の選択をしてね。☆頑張って☆』

「どういうことなのこれは?」


竹取町に戻る? 両親は反対する? 僕の手紙よりも数段細かい内容だ。


「12月20日。4、5か月くらい前にこの手紙が届いたの」

「5か月前?」


かなり前の話だよな。それに、12月20日って、僕と美奈が別れた日だ。


「うん、まだ私がこっちに引っ越してくる前の話なの」


美奈は過去を思い出すように目を瞑り、そして天を仰いだ。


「この時はまだ受験校が決まっていなくて、少し焦っていたの。良のいる竹取町の高校に行きたいと思っていた。でも、それが無理なことも分かっていた。パパもママも私が一人で竹取町で暮らすことを許してくれるはずがないもんね。だから、心の中でその気持ちを隠して、でも、諦めきれない気持ちがどこかにあって。いつまで経っても受験校を決められなかった。また選択を失敗してしまうのが怖かったのかな?」


大きく深呼吸をし、美奈は語りを続ける。


「そんな時にこの手紙が届いたの。初めは悪戯かと思った。でも、そうじゃないとスグに気づいた。だって、私の気持ちを知っている人なんて、私の他に存在しないんだもん。これは私から私への手紙だと思ったの。未来の自分が私に代わって選択をしてくれている。最良の道を勧めてくれているんだって。だから、頑張ってパパとママに交渉した。一か月かかったけど、ようやく折れてくれたんだ。パパは死ぬ気で会社に頭下げて、なんとか竹取支部に戻してもらったらしいけど」


 美奈は最後に、「えへへ」と照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

 僕は戸惑っている。未来の自分からの手紙なんて、そんなの信じろと言う方が無理がある。信じられるはずがない。


「ほんとうだよ。だって、実際にこの手紙の通りに竹取町に戻ってきたら、凄く楽しいもん。人は少ないけど、静かで、でもどこか人の温もりを感じるこの街の良さにあらためて気づいたよ」


 僕の気持ちを察してか、信じるに値するものであると強調してきた。

 手紙の通りに動いて、最良の結果が出たのかもしれないが、僕には偶然としか思えない。占いみたいなもんだ。適当なことを言っておけばいつかは当たる。

 そんなことを考えていると、美奈が鞄から茶色い封筒を取り出すのが目に入った。

 僕は手に持つ手紙と交換して、その封筒を受け取る。やはり、差出人の名はない。


『部活には入らないで、街中を探索してね。最高の出会いが待っているから』


 手紙にはそう書かれている。

 背筋に寒気が走った。バーナム効果と言ってしまえば、それで片付けられるが、それにしてもだ。僕との出会いが最高かどうかは別にしてもかなり当たっている。


「ねっ、当たっているでしょ」


 美奈は嬉しそうに、楽しそうに微笑む。大好きだった笑顔が、今は狂気にすら思えてしまう。体が熱くなってきた。汗ばむ。何だか呼吸が苦しい。


「そんなわけないだろ。そんな、非科学的な」


 カラカラに乾いた口で僕は必死に否定した。何か否定する言葉を紡がないと自我が保てない。

「そうかなぁ。……ならさ、こうしよ」

 急に僕の両手を握り、美奈が提案する。


「良は手紙に書かれた内容と逆の行動を取ればいいよ。それで、悪い結果がでれば信じるよね。うん、そうしましょう」


 半ば強引な話ではあったが、僕はしぶしぶ了承した。占いなど信じていないし、それで美奈の目が醒めるなら、ちょうどいいだろう。

 こうして僕たちは再び歩き始める。いつもの静かな道が、重く奇妙な、まるでホラーの世界のように感じられながら。



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