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再会


 町は夕飯の買い出しをしている主婦と暇な高校生がちらほら歩いているくらいで、あまり賑わっていない印象だ。生まれてからずっと、ここ竹取町で暮らしているが、五月になるといつも人の姿はまばらで、覇気が感じられない。五月病というのは一部の人だけがかかるなんていうが、ここだけは別で、町全体が五月病でやる気がないのだ。


「姫野さんは何時まで大丈夫?」


 僕は、雫と一緒に僕たちの後ろを歩く姫野さんに尋ねる。

時間ギリギリになって、電話をすべきか、それともダッシュで帰るべきか、はたまた送っていき一緒に謝るのか、なんて悩むのはごめんだ。


「特に門限とかはないので大丈夫ですよ。さっき、友達と遊んで帰るから遅くなるとメールしておきましたし」

「そっかじゃあ、姫っちと一晩中一緒にいる」


 うらやま……コホン。けしからんことに雫が姫野さんに飛びつくように抱き着く。


「おっふ」

「おっふ?」


 変な音がする方を見てみると、……服部が指を加えて二人の様子を、不審者のように見ていた。ようにというか、……お巡りさんコイツです。こいつが不審者です。


「ちょっ、ちょっと、天野宮さん。あっ、あん、そんな、だめ」


 道のど真ん中で色っぽい声を出す姫野さん。雫の手が大きな胸を浸食していく。不必要なほど、ムニュムニュと揉まれるそのおっぱいは、男に自分が揉めない悔しさを感じさせると同時に、人類史上最高の快楽を与える。


「ひゃっ、ひゃあ。ちょっと、そんなァぁぁぁ。ぁぅ~」


 だんだんと荒くなっていく息遣いに、僕は思わず股間を隠した。しかし、服部は隠さないどころか、仁王

立ちで百合を楽しんでいる。滝のように流れる涎を拭おうともせず、瞬きすらもしていない。


「はぁ、疲れた。いやあ、姫っちのおっぱい弾力があって、でも柔らかくて最高だね。枕にしたいくらい」


 ようやく雫が離れると、姫野さんは胸を押さえて、へたへたと膝をついた。官能的なエロさを感じさせるピンク色の顔に、うるうると潤んだ瞳。そして、前髪で顔がギリギリ見えるか見えないかの俯き具合。

 どれをとっても最高だ。

 そんな姿をみてしまえば、前かがみで息子を落ち着かせるしかできない。が、服部は仁王立ちのまま、息子を完全に放置だ。当然のことながら、テントがマジマジと張られている。


「……お前、流石に隠せよ。気持ち悪いから」


 あまりの気持ち悪さに僕の息子が元気を失ってしまった。少し濡れたパンツが、さっきまで元気だった証だ。


「何を言っているんだ! おっぱいを目の前にして、正々堂々としていられないなんて男として恥だ! 

前を向け! 決して腰を曲げるな! 正々堂々と、シャキッとした姿勢で、一瞬たりとも逃さず見る。これが最低限のマナーであり、おっぱい様に対する敬意だ」


 涎を垂らし、下では息子を最大限まで大きくした男がキッパリと言った。

 

 「一先ず、人としてのマナーを学ぼうな」

 

 先刻までの興奮が全くなくなってしまった僕は、虚しさと呆れをブレンドした溜息をついた。

 その時だった。

 僕の横を一人の女の子が通り過ぎる。ラベンダーの香りが僕の時間を巻き戻し、進める。僕はこの匂いを嫌と言うほど嗅いできた。彼女の大好きなシャンプーの香り。6年前、あの雪の日に消えていったはずの女の子の。


「絶対そうだよな」


 唾を飲み、震える重苦しい体を、機械のようにギィギィと音を立て振り返る。

 忘れもしない、ベルのように光輝いた金髪。女の子にしては短いセミロング。なにより、あのウェーブのかかり具合は彼女そのものだ。


「美奈!!!」


 何かを問いかけてきていた雫の手を振り払い、僕はその名を叫んだ。名を呼ぶかどうかを悩むなんて一切せず叫んだ。きっと、悩んでいたら叫べなかった。大事なチャンスを逃していたことだろう。

彼女は立ち止まり、そしてゆっくりとその顔を披露した。少し離れていたが、スグに彼女が美奈であることを確信した。青く澄んだ瞳を見て、僕の目からは涙が溢れだす。


「あれ? なんで?」


 何度拭っても溢れるばかりだ。


「クスッ。高校生にもなって、まだ泣き虫さんなの。ほら、涙をふいて、笑顔を見せて」


 唇を人差し指で隠し、ニッコリと呟く美奈は昔のままだ。

昔から僕が泣くと、「泣き虫さんね。ほら、涙をふいて笑顔をみせて」。決まって彼女はそう言った。その言葉をもう一度聞ける日が来るなんて思ってもいなかった。


 「なんでここにいるの? 転校したんじゃなかったの?」


 六年ぶりの再会だというのに、涙を拭い、鼻声で言葉を紡ぐのがやっとだ。


「うん、今年の四月から、また竹取で暮らすことになったんだ。よろしくね」

「えっ? ここで暮らす? しかも、その制服って」

「うん、私も良(良介のあだ名)と同じ学校なんだ」

「……ええええええ。何で? どうして、いつから? というか何で?」


 これは夢なの? どういうこと?


「落ち着いて。どうもこうも、これから一緒の学校に通うってことよ。よろしくね」

「うっ、うん」


一緒の学校に通う? そっか、また同じ学校に通えるんだ。……四月からということは既に通っている?


「そちらは良の友達?」


美奈が僕の後ろを手でさす。


「えっ、ああうん。そう、同じクラスの人達」


僕がそう答えるのと同時に、美奈は僕の横を通り抜け、三人の前で立ち止まった。


「良の幼馴染の杉並美奈です。よろしくお願いします」


 美奈が気品高く挨拶をすると、三人も順にあいさつをした。


 「……もしかして、雫? 雫だよね」


 ようやく雫のことを思いだしたらしく、美奈は雫を指差し、嬉しそうに僕をみてきた。僕は自然と微笑み、首を縦に振る。


「雫ちゃん、久しぶりぃ。元気にしてた?」

「はい、お久しぶりです。元気でしたよ。そちらは」


 美奈とは対照的に、雫は低い声で、他人行儀に返答した。

 そういえば、美奈と雫は仲が悪かったんだよな。……どちらかといえば、雫が一歩的に美奈を敵視していただけか。僕と美奈が遊んでいると、いつも不機嫌そうに美奈につっかかってたもんなぁ、アイツは。


「もしよかったら、杉並さんもボーリング行きませんか? 僕たち今から行くところなんですよ」


 今日一のグッジョブだ、服部。いや、お前の人生一をやってもいいかもしれん。ただ、後ろ髪を掻いて照れているのが、異様にムカつく。そんな僕の代わり、ゴミを見るように雫が服部を睨む。……雫はいつまで経っても成長しないな。


「えっ、私もですか? お邪魔になってしまうのでは」

「いえ、邪魔になんかなりませんよ。それに、私もみなさんとは今日仲良くなったばかりなので、一緒に行ってくださると安心です」


優しいな姫野さんは。流石僕の嫁。


「そうですか。なら、是非お供させてください」


 美奈とまた遊べるなんて夢のようだ。姫野さんとも一緒。良いことありすぎて死んじゃいそう。……だが、すっかり雫がいじけてしまった。みんなが動き始めても、一人その場でザッザッと靴の裏で地面を蹴っている。


「ほら、雫も行くぞ」

「……うん」


僕が肩をポンと叩くと、ようやく雫はトボトボと歩き出した。


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