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俺の憂鬱の原因はお前等だけじゃないのに

 『過去の自分に手紙を送るとしたらなんて書く?』

 僕が大好きだった人が突然転校してしまった日でもある、10歳の誕生日に問われたことだ。今思うと夢の中の話だったのかもしれないが、この時の僕は結構真面目に考えた。宝くじの当選番号とか、株の値動きとか、小学生らしくない欲にまみれたことも考えた。でも、最後に出した結論は自分の生きる道筋を教えてやるということだった。


 自分が後悔したことを先に教えてやれば、それを回避できる。例えば、Aの道か、Bの道かを迷って、Aの道に進んだとしよう。Aの道が茨の道ならば、過去の自分にBの道を進むように教えてやればいい。悩んだこと、選んだ選択肢を先に教えてやれば、確実に最良の選択をできるのだ。常に成功ばかりでツマラナイなら、あえて厳しい道に進むことだってできる。それさえできれば、宝くじに当選しなくたって、十分に幸せな日々を送れるはず。突然の別れに後悔しなかったはず。そう、思っていた。少なくともこの時の僕は、この考えを天才的だと思っていたし、間違いなどないと考えていた。

 

 学校を囲むように咲き誇っていた桜も散り、虚無感に襲われてしまう五月上旬。つい一か月前までピカピカの新入生だった僕達からは初々しさが消え、学校に馴染んできた。馴染むにつれてクラスでのカースト、あだ名なんかも決まってしまった。


 「おっす、スベリーナ」

 「誰がスベリーナだ。俺にはちゃんと、菅野良介という名前があるんだよ。くされエロ坊主!」


 僕はカースト最下位を睨みつける。


 「誰がエロ坊主だ、ったく。俺のことは恋するメンディーと呼んでくれ」

 「お前のどこが恋するメンディ―なんだよ! 服部太郎のどこらへんに、メンディー要素があるんだよ!」

 「はいはい。はぁ~」


 やれやれと首を横にふり、溜息をつくメンディ―。これではまるで僕が子供みたいじゃないか。

 そうでなくてもやる気のでない五月に、こんな奴の隣で授業を受けなくてはならないなんて最悪だ。僕は口を尖らせ、もう一度隣の男を見た。


 その背は高い座高、言い換えれば短い脚のせいで低く見えるが、本人いわく175㎝らしい。ガリガリとまではいかないものの、筋肉の存在が感じられない、華奢というよりしまらない体だ。なのに、怖いくらいに強い目力、野球部員のようなツンツン坊主頭。

そして何よりの特徴が、

「なぁなぁ、姫野さんのバストまた大きくなってないか? ほらっ」

馬鹿でエロイ。それはもう残念なほどに。


 「そんなわけないだろ。一日やそこらでそんなに大きくなるかよ」


 溜息をつきつつも、ついつい姫野さんに視線を奪われてしまう自分がいる。胸がでかくて、優しくて、可愛くて、頭が良くて、胸がでかくて、おしとやかで、胸がでかくて、運動神経が良くて・・・胸がでかい。




 男なら誰でも惚れてしまいそうな美少女との出会いは入学式の直後だった。集合写真を撮り終えたクラスメート達うるさかった。わずらわしいほどに。


「おっ、あの娘が一番かわいいな。しかもおっぱいが最高」


 さっきから女子たちを舐めるように品定めしている男が言った。


『最低、マジきもい』

『死ねばいいのに』

『ぼっとんトイレに落ちて死ねばいいのに』


 当然の反応である。つい先刻に会ったばかりだというのに絶妙な連携で男を取り囲む女子たち。そして、何故だかわからんが恍惚な笑みを浮かべる変態。下着泥棒が窮地に追い込まれているようにしか見えない。


 『あいつばかりズルいぞ』

 『女子に囲まれるとか、死ねばいいのに』

 『はぁはぁ踏まれたい』

 『くそ、あいつだけ何のご褒美だよ!』


 悔しさからなのか泣き出す男もいた。このクラスの男はみな変態なのだろうか?

一抹の不安を憶えつつ、同類扱いされても困るので少し距離をとる。


 「・・・かわいい」


 思わず声が出た。

 僕と同じように話題の中心から距離を取り、桜の木の下に一人ポツンとたたずむ女の子。

 ピンク色が似合う、純和風の長い黒髪を後ろで丁寧に結っている。端正な顔立ちの美少女は物憂げな表情をしているが、それが妖艶さをひきたたせていた。


 大和撫子。


 誰もがこの四字を思い浮かべるであろう女の子の胸は非常にでかい。うん、間違いなくでかい。

 あの変態が最高と言っていたのはおそらく彼女のことだろう。


 僕は彼女から目が離せなかった。胸のでかい美少女をずっと見ていたいという気持ちがないわけではない。ただ、流石の僕もそこまで欲望に従順な人間ではない。


多分、容姿とか体型とかの前にあの雰囲気が好きなのだと思う。どこか寂しそうに、木に見とれているあの姿が。何となく自分と空気が似ている。


 『声をかけよう』


 ふとそう思うと足が勝手に動く。

 「なっ、やっぱりでかくなってるだろ!」

 そんな僕の甘酸っぱい思い出はエロイ声で掻き消された。

どうやらぼーっと姫野さんを見ていたことを、服部は同意と受け取ったらしい。まぁ、どうでもいいか。勝手にしてくれ。


 「えへっ、毎日バストアップ体操とかしているんだろうなぁ~。えへへ」


 あたかも自分に巨乳がついているかのように、何度も揉む動作をする変態。よだれが垂れてきている。

・・・勝手にしてくれ。


 「……エロ坊主」


 妄想の世界にダイブした服部から目を離し思い返す。

 こいつは最初からこうだったと。

 挨拶から始まり、どこ中出身? と、たわいもない会話から徐々に打ち解けあっていくはずの初日。あの日、僕は席に着こうとした瞬間に、

 「なぁ、この学校、かわいい子多いよな。おっぱいもでかくて最高だよな」と熱く語られた。 

 目は輝き、拳が強く握られ、……握られ過ぎて震えていたのを、今でも鮮明に憶えている。


 「はぁ、憂鬱だ」


 五月病に服部と、そうでなくても憂鬱な日々を、更に憂鬱にする悩みが僕にはあった。


 「おはよっ、良介!」


 元気ハツラツな声と共に、背中に痛みが走る。

 犯人であろう赤い髪のポニーテールをぶら下げた女が横を通り過ぎ、前の席に座った。

 

 「なにするんだよ、雫」

 「なに?」

 

 なに? じゃねぇだろうが。そういえば、ここにも憂鬱の原因がいたんだった。

 屈託のない笑みを浮かべる憂鬱の発生源は幼馴染だったりする。


 リンゴのように艶やかな赤い髪にパッチリとした大きな瞳。姫野さんと対照的な雰囲気を醸し出す雫だが、胸の大きさまで対照的だったりする。


 「むっ、今失礼なこと想像しなかった」

 「滅相もございません」


 特徴は無駄に勘がするどいことだ。

 ドキッとした自分を誤魔化すように溜息をつき、手で前を向けとジェスチャーを送る。


 「……どうしたの? 元気ない?」


 雫が心配そうに小首を傾げる。


 「・・・なんでもないよ」

 「あっ! 今、外見たでしょ。私、知ってるんだからね。良介は悩みがあると、木を見る癖があるってことを」

 

 へぇ~と、自分でも知らなかった癖を見抜いたことを素直に感心していると、

 「大丈夫だよ。幼馴染の私が解決してあげよう。えっとね……」

 雫は一休さんのように人差し指を頭に当て、一休さんのように何かを考え始めた。


 「あっ、そうか。これか」


 雫は手の平をポンと叩き、鞄に手をつっこみ、がさごそと何かを探し始めた。


 「あった、あった。はいっ」

 「こっ、これは……何?」

 「何って、見て分からない? 飴だよ」

 「……何で飴?」


 手の平には飴が二つ。・・・どうしよう幼馴染の思考がまるで分からない。


 「お腹減ってるんでしょ、良介」


 何一つ疑いを持たない真っ直ぐな瞳だった。

 そうだった。雫の悩みは、空腹か先生にばれずにねる方法くらいのものだ。


 「うん、いや、もういいや。うん」

 「そう、よかった。で、イチゴとレモンどっちが欲しい? どっちでもいいよ」

 「どっちでもいいよ。くれる方を頂戴」


 選択は人にさせるのが一番だ。自分で選んでもろくなことにならん。


 「ええ、良介はいつもそればっかり。たまには自分で選びなよ」

 「どっちでもいいよ」

 「……はぁ~。相変わらず優柔不断だなぁ。じゃあこっちね」


 非難するように溜息をつき、レモン味をくれた。

 まっ、人から見れば優柔不断かもしれないが、それでも構わん。自分の意思で選んで失敗するくらいなら、人が選んで失敗した方が、選ばなくて済む分楽だし。


 あ、ちなみに物凄くどうでもよい話だが、僕のあだ名(一部の男子の間で)が『スベリーナ』になった原因は雫にある。

 今後の学校生活を決定づけると言っても過言ではない初日の自己紹介タイムで、僕の前に自己紹介をした雫は最後に、「幼馴染の良介が超面白い一発芸をしてくれます。では、どうぞ」と、意味不明で最悪なシチュエーションを作り出してくれた。結果はお察しの通りだ。

・・・めっちょ面白いのに、ダンディ坂田。


 「なぁなぁ、そろそろ夏服だな。俺、超楽しみ」


 いつの間にか現実に帰還していた服部が、涙ぐむ僕に同意を求めてくる。

 


「なんで?」


 冬服の方が好きだけどな。というより、夏は暑いから嫌いだ。


 「お前、本気で言ってんのか?」


 服部の両手が僕の肩を強く握った。そして、一拍溜め、自慢の強すぎる目力で睨んでくる。


 「……こわいよ、お前」


 この目を至近距離は正直キツイ。



 「あのな、……夏服になれば、当然、肌の露出が増えるんだぞ! 雪解けを待ち、桜が散るのを待ち、梅雨を前にしてようやく拝める女性の生肌。女子たちのすべすべ肌を下から上まで堪能したら、次は二の腕だ。いいか、二の腕とおっぱいは似たような柔らかさなんだぞ! つまり、おっぱいの分身だ。それを生で見えるチャンスなのだ! オッパイを生で見ているといっても過言ではない!」


 過言でしかない。こいつは何故朝っぱらから、意気揚々と性癖を暴露しているんだ? 

 

 クラス中の女子の視線が突き刺さるように痛い。僕は無関係なのに。『スベリーナ』が『エロリーナ』になったらどうしてくれよう。

 

 「そして、隙間から時折現れる腋だ! 見えるか見えないかのフェチシズム! いいか、水着の時にむき出しになった腋を見ても意味がない。普段隠れているけど、じっと目を凝らせば見える時が来る、これが大事なんだ!」

 「知るかそんなもん。お前はもっと大事なことを知りやがれ。人として大事なことがたくさんあるだろうが!」


 静まりかえる教室に、はぁはぁという服部の荒い呼吸だけが響いた。しかし、その静寂をものともせず、まだまだ止まらない服部。

 

「何より忘れていけないのが、ブラジャーの存在だ! 白いワイシャツから透けて見えてくる、美を司る布。でも、たかが布ではない。これは、男の誰もが憧れるおっぱいを守るだけでなく、時に胸の大きさ強調し、時に形を整える。男の夢を膨らませるために存在している、至高の存在なのだ! それを、それを、夏服ならば見ることができるのだ! 夏服万歳!」


 何度も両手を上に振り上げ、ありったけの声を絞り出す服部の目からは、大量の涙が溢れている。


 『死ね、くされエロ坊主』

 『変態!』

 『もう、最悪』

 

四方八方から女子の罵声が、そして、鞄や教科書、空き缶など、その場にありそうな物たちが、服部めがけて飛び交う。八割方ぶつかった。

 結局、ホームルームが始まるまで、女子による服部リンチが止まることはなかった。


第一部だというのに手紙に関するないようがほとんど出てきませんでした。第二部から手紙が主となる予定です。拙い文章・ストーリーですが最後まで読んでいただけたら幸いです。

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