三十五話 出発直前
「もしもし、カレンちゃん？」
『はいもしもし、あっユーちゃん？ ごめんなさいね。今お嬢様お休み中で』
カレンちゃんに電話をするとあんずさんが代わりに出た。
この人はカレンちゃんが小さな頃からそばでメイドさんをしていた人だ。
カレンちゃんは寝てるみたいだけど、あんずさんはしっかりしてるから伝えとけば大丈夫だよね。
「あっこんにちはー。はい私ユーですけど」
『はいこんにちは。昨日はうちのお嬢様と遊んでくれてありがとうねー』
「いえいえ、カレンちゃんと遊ぶのは楽しいですから。あっあんずさんもあのゲームやってるんですよね？」
あんずさんは私たちよりも二つ上のお姉さん。だけど、カレンちゃんのゲーム練習相手をしているから腕前はかなりのもの。
本人もゲームをするのは好きらしく『遊んでてお金が貰えるなんて幸せだわー』とよく言っている。
『うんそうなのよ。お嬢様にも困ったわ、いきなり二日連続の徹夜ゲームなんだもの。楽しいゲームだけど休み無しはちょっとね』
「ふふっそれはお疲れ様です。昨日はカレンちゃん本人もゲーム中寝落ちしちゃってましたよ」
『ウチとやってた時も最後の方ふらついてて、それでもまずは顔見せに行くって言うものだから、ウチもう付き合いきれんわーってなっちゃって』
「あーだから昨日一人だったんですね。──あっそれで要件なんですけど、あのゲームで今日からイベントが始まるみたいで」
『イベント？』
「うん、イベントです。それでPT組んで参加出来るみたいで。良かったら二人にも一緒に参加して欲しいなあって」
『はいわかりましたー。お嬢様に伝えときます』
「はい！ お願いします」
これでカレンちゃんはOKだね。
電話を切って席に戻る。
席ではまだミーちゃんがふーちゃんをからかっていた。
「どうだった？ まあ大丈夫だろうけど」
「カレンちゃんは出なかったからあんずさんに伝えといたよ」
「……そのまま伝わらなければいいのに」
「まだ言ってんのかよ」
ふんっとミーちゃんから顔を背ける形でこっちを向いたふーちゃんのほっぺをムニっと揉んでいたら、シーちゃんがやってきた。
いつの間にかもう授業開始間近らしく、準備もしないで雑談をしてた私たちにしーちゃんは呆れた顔をしている。
彼女は自分の席で予習をしていたのだけれど、いつまでも話をやめない私たちを見かねて注意しに来たのだ。
「あんた達ゲームのことばっかり言ってないでここでは勉強してきなさいよ」
「はーい」
「ふー、ミー、あんたらも」
「はいはーい」
「……うん」
──────────
そうして学校が終わり、みんな自宅に帰ってゲームの中で待ち合わせ。
昼ころには無事カレンちゃんからも参加大丈夫ってメールが来た。
ミーちゃんから聞いた話では、イベント参加受付は中央タワーらしい。そのこともカレンちゃんに伝えて待ち合わせ場所はそこに。
時刻は午後七時、場所はタワー入口前。
今日はいつも以上に他のプレイヤーも見かける。
イベント用の賑やかなBGMを聞きながら、誰もが浮かれちょっとしたお祭り感覚を楽しみながらタワーへと入っていく。
「よーーし、みんな来たね！ 嫌だけどイベント始めるよ！」
「……嫌ならもっと嫌そうにしろよ」
周りに負けないよう気合を入れる私にちゃちゃを入れてくるミーちゃん。
ふーちゃんは今日もカレンちゃんにちょっかいかけてるし、見慣れないフルプレートの人もいる！
「戦闘は嫌だけど皆で遊ぶのは楽しいから良いの！ あとその鎧の人ってあんずさんでいいんだよね！？」
「はい、ウチです」
くぐもった声で返事をしてガチャガチャ音を立てながら片手を上げる黒い鎧。
大きさは私より少し大きいくらい、フルプレートにしては小さめな体のおかげで分厚い鎧もゴツイというよりは丸くて可愛い印象を受ける。
黒い鎧の関節からは黄色いインナーが見えて、両手には腕全体を覆う細長い盾を装備しているようだ。
「おーかっこいいじゃんあんず姉ちゃん。私も鎧買おうかなー」
その鎧を興味深げに眺めてる子が私以外にもう一人。
「ダメだよ！ ミーちゃんはその露出多めな衣装じゃなきゃ！」
「なっなんでだよ。防御も大事だぞ」
「ただでさえ戦闘なんて痛くて辛いのに、私からわずかな癒しまで奪わないで！」
丸っこくてかわいい鎧もいいけど、一人称で見るキャラクターの肌色は私のモチベーションに直結するんだよ。
だからミーちゃんにはその変態チックな革の水着装備のままを望むんだよ私は。
「癒しって。こんなキャラクター見てるより薬でも塗ったほうが回復するぞ」
「いいんですー他人の外見は無料で無限に使えるオールフリーなリソースなんだよ！ ダメージ受けるのも私じゃないし！」
「はぇーじゃあウチも脱いだほうがいいんです？」
「難しい判断だけどあんずさんはひとまずそのままでお願いします！」
頑強な鎧に守られた美少女っていうのも私好きだから！ 好きだから！
「変なことばっかり言ってんなよ。行くぞ」
ゴッ！
「ひゃんっ」
あんずさんに、鎧に守られた美少女の脱ぎどきを説明してたらミーちゃんに叩かれ、お馴染みのビリビリ感に襲われる。
もう！ 私痛いの嫌なのに、そんなにビリビリさせて癖にになっちゃったらどうしてくれるのさ！
「叩かないでよ！ あと私のセリフ！」
せっかく流れに任せてなんとなくリーダー風吹かそうと思ったのに！
「でもユーはどこ行くかわかんないでしょ」
「うん。まあね。ふーちゃん！ カレンちゃん！ 行くってよー」
「ああわかった。ほら小鼠紛れる荷物は見つかったか？ 置いていくぞ」
「……材木屋が素材の木材探してた。向こうの方。……あれ、行かないの？」
うーん。これはまたGMさんが召喚される前に戦闘エリアに行かなきゃだね。
ならしょうがないなあ。戦闘エリアまではミーちゃんに案内してもらおうじゃないの。
