三十一話 インファイター猿
モンスター10体討伐クエストの内5体はあっさりと倒せた。
残りの5体は近くに見当たらなかったのでまた移動を開始する。
今更だけど地図の存在を思いだしたので開いてみる。
通常エリアでは自分の歩いたところしか表示されなかったけど、ここは特別なエリアなのかマップ全域が表示されていた。
でも、地図で見るマップも私が目で確認しているマップもあまり違いは見えない。
今居るのは縦軸が中央で横軸は右端辺り、このまま壁沿いに歩いて行ったらすぐに隅に行ってしまう。
壁から離れて左の方に行きエリア中央を目指したほうがいいかな。
迷路とかなら壁際を歩き続けるべきなんだろうけど。
一応地図を表示しながら進む私とリッくん。
歩きながらも木の上をチェックしてる。だけどもどこにもお猿さんはいない。
そろそろエリアのおへそな部分だけどそこにも居なかったらどうしよう……
反対周りで通らなかった道を行くか、一度カレンちゃんの方へ戻るか。
どっちにしようかな。
……あっ居た。
エリアの中央には土俵みたいに隔離されたステージが有って、その中に青く長い毛の大きなお猿さんが立っていた。
大きいといってもカレンちゃんやミーちゃんのキャラより少し大きいくらいで、凄くでっかい!! と言うほどではない。
木ノ実ってあと5つ必要なんだよね? ということはこの大きな子があと4体居るってことなのかな。
あそこって入らなきゃダメ? ここから撃てそうなんだけど。
猿の立つ土俵は木製で、四角い舞台に太い綱が円形に埋め込まれている。
舞台は地面からあまり離れていない。私の足でも段差なしにそのまま上がれそう。
……それにしてもあの子全然動かない。挑戦者を待ってるとか?
猿は像のように微動だにしない。
優しく吹く風が長い毛を揺らすが瞬き一つしない。
うーん……強者な雰囲気がすごい。さっきの一撃ノックアウトな子達と一緒に考えちゃダメだよね。
やっぱり先手必勝しちゃうしかない。ボスにも効いた黒水晶マシマシで試してあげる。
バックに手を入れアイテムを3個掴み、そのまま全部リッくんの中へ入れた。
蓋を閉じ揉み込むとパチパチと電気が溜まっていく。
あっ撃つ前にちょっと場所移動しよ。
私は今お猿さんの横の方にいる。
でも、攻撃して飛びかかられることを考えたら後ろから行ったほうが安全じゃないかな。
あまり敵に近づかないように大回りに後ろへ行き一回深呼吸。
大丈夫だよユー、どうせ相手は雑魚モブだよ。
リッくんの方向を合わせ足で挟む。ここまでは火の玉の時と一緒。
でも今回のは私の視界もヤられる可能性が有るので、片手は目の前で壁にする。
大丈夫。ちゃんと射線の先にあの子は居る。完全に目を覆い、もう片手で取っ手を押した。
カッ!!!!
拍子木を打ち鳴らすような乾いた音。
手のひら越しにも感じる光。
その余韻がなくなるまで私は目を隠していた。
数秒待って恐る恐る目を開けたら──
あっいや、いやいやいや。違うんですよ? あの。
私に背中を見せて立っていた青い毛のお猿さん。
それが今、土俵の反対側に立って私を見ている。
その事に気づいた瞬間。私は全身に寒気を感じた。
艶のある青い毛には焦げ目すらなく、当然ダメージも受けていない。
やっぱり土俵に上がる事が戦闘の条件でそれまでは無敵か。
あんな狭い所で攻撃を避け切るのって難しいよ絶対。
でも、やるしかないよね。
私は一応黒水晶を一個だけリッくんに入れて土俵に上がった。
『ッガアアアアアアアアアア』
うるさいっ。待たされた怒りか、他に猿が居ないことの寂しさか。
それとも他の要因が有るのか分からないけどやる気は十分すぎるみたい。
私は先手を取るため、リッくんを構えたまま猿の懐に飛び込んだ。
腕だけで私のキャラくらいの長さが有る野生の肉体。
たぶん動きは早いだろうし攻撃の方も当然高いはず。
相手の手が届くかどうか微妙なラインまで近づき取っ手を押す。
シュバッ!
音は大きく派手だけど……ダメだ効かない。
今回は少しだけ焦げ目を付けることが出来た。だけどこれじゃきっと倒しきれない。
敵は一歩踏み出し長い両手を横に伸ばし、コマのように回転してくる。
それをしゃがんで避け、アイテムをまた取り出す。
この感触きっと竜骨。早くリッくんに──いや、これも複数入れるべきでしょ!
私は片手で取れるだけのアイテム取り、リッくんへつぎ込んだ。
ストレートパンチや両手を同時に使う威力の高そうな叩きつけをギリギリで避けながらリッくんの準備を待つ。
チラチラ見てるけどたぶんさっきとリッくんの色が違う。まあでも強い攻撃が撃てればなんでもいい。
当てるタイミングだけど、一番大きなチャンスはお猿さん本人の体をコマにする攻撃。あれは回転自体が遅い上に避けても判定が残る。
つまり敵のすぐ目の前で避ければ、数秒だけどじっくり狙うタイミングが来る。
……問題はそれを待つ間に被弾しないかというところだけど。
それもなんとか相手の関節可動域の狭さに助けられている。
覚えゲーの初見プレイみたいな馬鹿らしい行動を繰り返すこと数ターン。
あっターンって言っても相手の攻撃一回を1ターンって呼んだだけだからね。
やっとコマ攻撃の予備動作を見れた。
『ッアアアアアアアア』
大声を出しながらゆっくりと回って動くシュールな姿を見送り、その背中に向けてリッくんの攻撃を撃った。
ジュババババババッッ
えっなにこの効果音。何かが煮えたぎる様な嫌な音。
さっき気づいた体色の違和感やこの疑問。短い間に色々思うことがある。でも、それらを些細なことと言える物が出現した。
リッくんの体から、眩しいとしか言えない半月の塊が放たれたのだ。
それはゆっくりと地面と平行に飛び、無防備に背中を見せたお猿さんに引かれていき──
触れた瞬間のジュッという音だけを残してどちらも消滅した。




