第5話 スライム、大人の階段をのぼる
こんにちは、ぼくはスライムです。
今ぼくは触手先輩ことルドヴィーク・グレゴル子爵のお屋敷で暮らしています。
それは、力を取り戻した先輩が摂取する淫気のおこぼれにあずかるためです。
ただ、先輩ほどの実力を目標とするぼくにはまだまだたくさんの淫気摂取が必要なのですが、ぼくは週に3~4回ほどはエミーリアのお家に足を運びます。
ぼくが顔を出すと、エミーリアをはじめとするバルターク家の人々はとても喜んでくれるからです。
それが嬉しくて、ぼくは今日もエミーリアのお家に赴きます。
エミーリアたちバルターク家の人々と過ごす日常は、いつも何かしらの発見と、ワクワクとドキドキに包まれています。
今日など、エミーリアの弟が初めて寝返りを打ったのです。
ころり、ころりと転がり、きゃいきゃい笑うエミーリアの弟を見ながら、ぼくはじんわりとした幸せを噛み締めていました。
エミーリアのお父さんは、家にいるときはいつも穏やかな表情をしながら、家族を見守っています。
彼は貴族の苛烈な権力闘争を乗り越えたので、また一つ爵位が上がりました。
現在「バルターク伯爵」となったエミーリアのお父さんは、自身の家族を何よりも大切に思っているようです。
またエミーリアのお母さんは、子供たちに対していつも慈愛のこもった眼差しを向けています。
そんな両親の元で育ったエミーリアの心根が美しくないはずはありません。
素直で優しく、無垢でありながら時々小悪魔のようにもなるエミーリアに、ぼくの心は囚われてしまっているのです。
また彼女は今、過去の誘拐事件の心的外傷を克服しようと頑張っています。
彼女は、普段は事件などなかったかのように明るく振る舞う一方で、ぼくが傍にいないときは不安そうな顔をします。
このエミーリアのぼくに対する依存にも似た思慕は、彼女がぼくのことを「天使」だと認識しているからだ、と感じますし、自身の真名を奪われた相手だからだということも関係しているのでしょう。
でも、真にエミーリアを助けたのは、僕ではなくて触手先輩なのです。
ぼくは単にエミーリアを抱えて逃げただけに過ぎないのですから。
エミーリアは本当のことに気付いたら、そしてぼくの本当の姿を見たら、きっとぼくのことを嫌いになってしまうのではないでしょうか。
なぜなら今のエミーリアにとって、ぼくは彼女の望む美しい「天使様」そのものなのですから。
まさか「天使様」の本当の姿が透明なスライムだとは夢にも思ってもいないでしょう。
ただ、この天使の姿でいることによってエミーリアが元気になってくれるのであれば、ぼくはいつか来る別れの日まで、この姿のままでいてもいいとすら思っています。
ああ、エミーリアの弟が突然泣き出しました。
ぼくがおろおろとしている横で、エミーリアは弟を抱き上げます。
「よしよし、お母さんの代わりに私がいるからね」
彼女があやすと、彼女の弟は少しずつ泣き止みました。
エミーリアのお母さんは産後の肥立ちが悪く、体調が優れない時があるのです。
その分、バルターク家の面々は一丸となって、お母さんとその子供を守っているのです。
このあたたかい家族の姿は、ぼくの中でとても尊い憧れになっていきました。
この家族のために、ぼくに何かできることはあるのでしょうか……。
さて、今日もグレゴル子爵家では、触手先輩が使用人の綺麗なお姉さんたちからたっぷりと濃い淫気を摂取しています。
先輩はここ最近で一気に実力を上げています。
日々もの凄い勢いで淫気摂取にいそしんでいるため、過去、深淵の怪物との死闘で失った淫気を補充するにとどまらず、短期間で半ば深淵の怪物と同程度の力を得るに至った模様なのです。
「先輩、ついに安定的な淫気の供給源を手に入れましたね! もう、深淵の怪物にも引けを取りませんね!」
ぼくがそう言うと、今現在少年の姿の先輩は片手をひらひらと振りました。
先輩は、普段は省エネと人間社会で生きていく際の用心の為、黒髪の少年の姿でいることの方が多いのです。
「今実力をつけておかないと、守りたいものを守れなくなるからな」
先輩の言う守りたいものとはきっとエミーリアのお母さんのことだろうとぼくは思ったのですが。
先輩はふわりと笑いながらこう言いました。
「どうせなら、俺の触手が届く範囲のものだけでも確実に守れる力が欲しいと思ったんだ。もう、あんな絶望的な思いをするのはまっぴら御免だからさ」
先輩の中での「守る対象」が確実に広くなっていることに、ぼくは何やら感動しました。
深淵の怪物との戦いは壮絶でしたけれど、それを乗り越えた先輩だからこその、強さと優しさをぼくは垣間見たのです。
「先輩……、ぼく、先輩に一生ついていきます! それに、ぼくも先輩みたいに大切な人たちを守れる力が欲しいです!」
ぼくの言葉に、先輩は少し驚いたような顔をした後、はあとひとつため息をつきました。
「何を言うかと思えば……お前はお前のままで、十分守りたいものを守れていると思うぜ」
「でもぼくっ! 先輩の足元にも及びません。淫気だって先輩が摂取するときのおこぼれを頂いているに過ぎないのですから。せめて、自分の力で淫気を摂取することができるようになりたいです!」
勢い込んだぼくを見た先輩は、ややあってこのように口を開きました。
「その気持ちが本気なら、俺の相手の中から、だれかをあてがおうか。皆良い女ばかりだぜ」
先輩は、自身が大切にしている女性たちをぼくに提供してくれるというのです。
これは他の怪物ならまずありえない行為です。
そもそも自身の貴重なエネルギー源をやすやすとほかの怪物に分け与えるなど、洞窟ではまずもって皆無です。
こういうことをさらっとできてしまうところが、先輩の先輩たる所以なのだと僕は思いました。
「あの……はい、先輩、是非よろしくお願いします!」
こうして二つ返事で快諾してくれた先輩の懐を借りて、ぼくは初めて自分で淫気を摂取することとなったのです。
……結果。
ぼくは、大人の階段をひとつのぼりました。
いや、あのですね、のぼったといってもですね、いざ事に及ぶに至ってあわあわするぼくは思わず本来の姿である透明なスライムに戻ってしまいまして。
ベッドの上で羞恥と緊張でぷるぷる震えていますと、お相手のお姉さんが、優しく手を差し伸べてくれたのです。
さらに、見かねた先輩が触手のアシストをしてくれたのです!
先輩の技で快楽の海に沈むお姉さんから、ぼくは直接、ああっ、直接ですよ! 淫気を摂取するのに成功したのです!
事後、お姉さんから「あたたかくて気持ちの良いゼリーの中にいるようだったわ」と感想を頂きました。
淫気摂取とは、見るとするとではやはり違うのですね。
ぼくにとっては初めての体験でした。
まだまだ先の話だとは思いますが、いつかぼくも先輩のように女性を大切に扱い、極上の快楽と癒しを与えながら淫気を摂取できるようになりたいと思います。
その後、大人の階段をひとつのぼったぼくは、先輩やお姉さんたちの助けもあって、だんだんと緊張や恥じらいが取れ、淫気摂取の際の手順がわかってくるようになりました。
もしもぼくが先輩のような触手や、見目麗しい人間の男に擬態すればお姉さんたちを悦ばせることができるのかもしれませんが、先輩曰く「まず本来の姿の方が淫気の吸収率が高いし、自分の適性もわかってくる。擬態はそれからだ」とのことでした。
そうやってぼくが淫気摂取の練習を積んでいるある日のこと。
突然エミーリアが先輩の屋敷に駆け込んできたのです。
顔面蒼白のエミーリアは、今にも泣き出さんばかりの表情で言葉を吐き出しました。
「助けて天使様! お母様が、死んじゃう……!!」