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第4話:襲来

「……誰か、いるんですか?」


 スーパーでの買い物を終え、まるい月と僅かな星屑が散りばめられた夜空が見下ろす道を歩きながら自宅へと足を進めていた高峰は、帰路の途中にあるビルとビルの隙間から、何かの気配を感じ取ってその奥にあるであろう何かを目視しようと目を凝らしていた。

 隙間の奥からは人と思しき気配を感じる事が出来るも、薄暗くなりつつある時間帯にも限らず異常なまでに真っ暗で、まるで墨汁でもぶち撒けたかのように黒い空間が続いていて見えない。

 それでも視認しようと更に目を細めて凝視していると、コツンコツンと足音が闇の奥から聞こえてきた。

 その足音は徐々にこちらへと近づいて行き、やがて闇の中から姿を現す。


「……ッ!」


 その姿を捉えた瞬間、高峰は思わず後退りをし、手に持った買い物袋をドサリと落とした。

 闇の中から現れたのは、この場には不釣り合いで、それでいて周囲に溶け込むような姿をした真っ黒は人影だった。

 艶のある革製のライダースーツと、顔を蔽い隠した闇色のフルフェイスヘルメットは鈍く光を反射し、人の形をした何か・・がこの場に存在していることを強調している。 そして、それが一体何なのかも、先刻の江本との会話によって泰人は気付いている。


「ヘ、ヘルメ……ッ!」


 相手の名を言い切る前に、今までゆったりとした足取りであった筈の目の前の存在が急に加速し、一瞬にして高峰との距離をゼロに詰める。

 そして抵抗する間もなく、高峰は強い衝撃を受けて意識を遠ざけていってしまった。






 未央達は「毒蛇」のメンバー達の案内と言う名の強制連行によって、彼等が根城としている屋内の一室へと連れ込まれていた。

 その部屋には未央達四名と「毒蛇」のリーダー格らしき男、そしてその取り巻き二人(その内の一人はザコ)だけである。

 未央達がこの部屋に連れ出されたのは、目の前にいる「毒蛇」のリーダーの命令によるものだ。

 何故自分達を態々ボスの所へ行かせるのか甚だ疑問だが、その答えはリーダーの口からすぐに出された。


「テメェら、ヘルメッターの事を知ってるみたいだが、アイツは一体何者なんだ?」

「ハァ?」


 リーダー格の第一声に、未央はその威圧的な発言にもかかわらず、どこか違和感を感じた。

 彼の顔には何処か焦りのようなものが見え隠れしており、まるで何かに怯えているようにも見える。


「あ、もしかしてボスさん、ヘルメッターの噂を知ってるんですか?」


 そんな様子を察した祭が、リーダーに臆した様子もなく話し掛けた。まったくもって図太い神経である。


「お前、今の状況分かってんのか!?」

「落ち着けヒデ。お前の件でも用はあるが、一番大事なのはこっちだ。お前が遭ったアイツはハッキリ言って不味い」


 祭の飄々とした様子が気に入らななかったのか、ザコが食って掛かろうとするもリーダーに止められ、渋々後ろに下がる。


「その言い方からして、やっぱり知っているんだな?」

「ああ、俺の親父から聞いた話だけどな……」


 リーダーがヘルメッターの事を知っている事を確証した浩司が問い質すと、彼は部屋の中に置いてあったソファーに腰掛けながら応えた。

 良く見れば彼の額には油汗が滲んでおり、如何に緊張した状態であるかが見て取れた。


「俺が産まれる前の話だ……俺の親父は昔ここいら一帯を取り仕切っていたギャングのボスだったんだよ。だが、奴がいきなり現れたかと思うと、そこにいた全員をぶちのめして姿を消した……。まるで嵐のようだったって言ってたな」


 そこまで語ると、リーダーは一息つき、更に続ける。


「それからは酷いものだったらしい。半殺し状態の所に警察がまるで狙ってきたみてぇにいきなり湧いてきて、その場で全員お縄に付いちまったよ」

「ふぅん……って、ん? ちょっと待てよ……」


 リーダーの話に相槌を打っていた未央が、そこで違和感に気付く。

 ヘルメッターが最初に現れたのは祭の話だと23年も前の話だと言っていた。

しかし目の前の強面のリーダーは、見たところ少なく見積もっても20代半ばくらいにしか見えないというのに、「俺が産まれる前の話」というのは矛盾がある。


「……なぁ、お前今いくつだ?」

「あん? 何だいきなり……」

「良いから答えろ。お前歳いくつだよ?」

「18だが……」

「「見えねぇぇぇぇっ!」」


 この回答には思わず浩司までもが叫んだ。

 流石にまだ高校生くらいの年齢だとは思ってもみなかった事実に驚愕する二人に、ザコがまたも前に出て二人に怒鳴る。


「テメェら失礼だぞ! 確かに伸之のぶゆきさんは強面で老け面だが、それを本人の目の前で言うんじゃねぇ!」

「それ、本人の前で言うものじゃないよね?」


 何気にザコが一番ストレートにリーダーをけなしている事を祭が苦笑いしながら指摘すると、そいつは石になったかの様に固まってしまった。


「……ほぉ、そうかそうか。ヒデ、お前後でここに残れ。じっくり話し合おうじゃねぇか」

「スンマセンマジ勘弁して下さい!」


 顔を伏せながらも、何処か黒い笑いを浮かべているリーダーに必死に謝るザコ。言われた本人も結構気にしていたようである。


「それで、本題に戻るけど俺達はヘルメッターの全部を知ってる訳じゃない。そっちはそれ以上の事は知らないのか?」


 このままだとザコの話題に移ってしまいそうだったのを見かねた浩次が訊ねる。

 それに対しリーダーが何か言おうと口を開きかけた時、下の階からかすかな破壊音が響いたような気がした。その音はまるで、ガラスでも割ったかのような音だが、それとはまた別の重々しい感覚のある音である。


「何だ、今の音……?」


未央が初めにそう口にしていると、部屋の外からドタドタと慌ただしい足音が近づき、やがて部屋の扉が乱暴に開かれた。


「伸之さんッ、大変だ!」

「……どうした?」


 扉の奥から現れたバンダナを巻いた男に、リーダーは訝しげに訊ねると、彼は息を荒くしながら口早に捲くし立てた。


「ヒデの言ってたあのヘルメットの奴が来やがった!」

「なんだと!?」






破壊音が聞こえる少し前……。


「なぁ、お前はどう思う?」

「どう思うっつうと?」

「ほら、あいつだよ、金髪の目付きの悪い女。眼はアレだったけど中々イイと思わねぇか?」

「あぁ~でもそいつって、確かヒデ達を叩きのめしたんだろ? だったら俺は遠慮しとくよ。俺、どっちかっつうとおしとやかな方がタイプなんだよ」

「お前がか? カァ~似合わねぇ~!」


未央達の居る下の階では、「毒蛇」のメンバー達が開けた空間に集まって各々に雑談を繰り広げていた。

その内容の殆どが、やれ先程来た三人組がどうだの、やれ伸之が彼等に一体何の用があって自身の個室に連れ込んだのかと言った話題だ。


「にしてもよ、ホントにヘルメッターなんて奴いんのかよ?」

「いるんじゃねぇの? 伸之さんがそう言ってたんだし、そもそもあの人が俺達に嘘吐いてるとこなんて見た事ねぇよ」

「それもそうだけどよぉ……どうも現実味がねぇんだよなぁ~その話」

「ん? なんでだ?」


 開けた空間の一角でそんな話題が上がり、対談していたバンダナを巻いた男が首を傾げた。


「だってよ、おかしいじゃねぇか。もう20年も前の話だってぇのに、今になってまた出てくるとかよ。もしヒデのあった奴が本人だとしたら、もういい歳したオッサンになってる筈だぜ?」

「多分、偽物かなんかじゃねぇのか? 流石に本物ってわけもねぇだろうし」


 年齢的な疑問にそう返すバンダナの男。しかしそれでも、バンダナの男が言っていた疑問は尽きない。

 仮にそいつが偽物だったとして、何故そんな真似をするのか。顔を隠すためであれば絶好のカモフラージュではあるが、何分その隠れ蓑は目立ち過ぎる。

 もしかしたら、その偽物は何かをアピールするためにそんな奇行をしているのではないだろうか?


―――ドンッ!―――


「ッ!?」


 無い頭を絞ってヘルメット男に着いて推測していると、入り口の方向から何かがぶつかる大きな音が聞こえた。


―――ドンッ!―――


 バンダナの男だけではなく、この場にいる一同がそちらを見やると同時に、またも何かの衝突音が木霊する。

 どうやらドアの外に誰かが居るようで、鍵の掛かったドアを無理矢理こじ開けようと鈍器か何かで叩きつけているようである。


「誰なんだ一体!?」

「お前等、身構えとけ! もしかしたら警察かもしれねぇ!」

「くっそ! 何で分かったんだよ!?」


 各々に身構えながらドアの向こう側にいるであろう敵に注意を払う。


―――ドガンッ!―――


そして遂に、ドアが壊れてその奥にいる人物が大衆の面前に現れた。

そいつは全身を鈍く黒光りさせながら、そこに拳を前に突き出したまま立っている。その体勢から、こいつがドアを殴って無理やりぶち開けたであろうことに、容易に想像が着いた。

シルエットから人である事は分かっても、素顔は漆黒のフルフェイスヘルメットによって完全に遮断されており、窺う事が出来ない。

しかしそれでも、ここにいる彼等は奴が何者なのか十分に承知している。

自分達のリーダーが危惧していた都市伝説上の怪人物、ヘルメッターと称される化け物だ。


「で、出やがったなヘルメ野郎!」

「なんでここが分かっ……ッ!?」


 仲間の一人が言い切る前に、突如として何のモーションもなく一瞬で間合いを詰めたヘルメッターが腹部へボディーブローを放ち、仲間の胃袋から強制的に吐瀉物としゃぶつを吐かせる。


「ゲ……ボォォ……ッ!」


大気でも振るえたのではないかと錯覚してしまいそうな程の強烈な一撃を喰らった彼は、腹を押さえながら蹲り、ピクピクと身体を痙攣させる。

吐瀉物の中に、わずかに赤い液体が混じっていることから、少なくともただで済んではいないだろう。


「こんっのヤロォォォォ!」


 鉄パイプを持った男がヘルメッターの死角から襲い掛かろうとするも、あんな大声を上げながら迫っていては、奇襲の意味がない。

 ヘルメッターは当然の如く死角からの攻撃を察知し、グルリと首を回してバイザーを鉄パイプを持った男へと向ける。


「いっ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、己の危機を察するも、すでに鉄パイプを振り上げた状態であったがために、顔面を捉える鉄拳から逃れることも出来ずに吹き飛ばされた。


「グバッ! か……はっ……!」


 吹き飛ばされた先に置いてあった「毒蛇」のメンバーの誰かが持ち込んだと思われるギターやアンプなどの機材へと男の身体がぶち当り、派手な音が室内に響く。吹き飛ばされた男は、鼻からドクドクと夥しい血を出しながら失神している。

 こいつは不味い。バンダナの男だけでなく、この場にいる全員が直感した。アレは間違いなく普通じゃない。

 背中に冷や汗を掻いているのを感じつつ、バンダナの男は回れ右をして階段へと駆け上がる。


「伸之さんに伝えてくっからお前らそいつ抑えとけ!」


 それだけ簡潔に仲間達に叫ぶと、彼は階段を二段飛ばしに駆けて行った。






 そしてバンダナの男とは現在、こうして自分達のリーダー・伸之の下へやってきて事の顛末を話し終えると、伸之は額にジワリと浮き出た油汗を指で拭い取り、重々しく口を開いた。


「……やっぱり来やがったか」

「え……?」

「いや、何となくそう思っただけだ」


 一瞬だけ未央の方を一瞥したかのような気がしたが、すぐに気を取り直してバンダナの男に返答した。やはりまだあのハッタリは聞いているようである。

その一方で、バンダナの男の報告を横で聞いていた未央達は、一様に目配せてヒソヒソと話し始めた。


(まさか、こんなに早く出くわすとは思わなかったな……)

(だね~。本当は結構時間を掛けて待ち伏せする予定だったんだけどね)

(で、どうすんだ? 今だったら逃げるチャンスだが……)


 未央の呟きに祭が相槌を打ち、浩司がこの後どうするか訊ねてくる。

こんなにも早くヘルメッターが出てくるとは思っていなかったため、未央達は何の対策もしてきていないのだ。そして、現在未央達が取れる行動は二つくらいしか思いつかない。

 一つは、この騒ぎに乗じて逃げること。しかし、この選択は折角のヘルメッター目撃と言うチャンスまでも逃がしてしまうことにも繋がる上に、なにより逃げる等という行為は未央のプライドが許さない。

 対して、もう一つの選択は、危険を承知でヘルメッターに遭遇することである。

 こちらは前者よりも相当危険で、ヘルメッターに遭遇次第、これからの彼等と同じ惨状を味わうことになりかねない。

 だが未央達の目的はあくまでヘルメッターの捜索。このような危険もすでに覚悟の上である。ならば、取るべき行動は一つだろう。


(そんなん決まってんだろ。オレ達も下に向かうぞ)

(ま、そう言うだろうな)


 未央の返答に、浩司は「やっぱりか」と言いたげに肩を竦めた。


「分かった。じゃあ俺は下へ行くから、お前はこいつら連れて裏から出ておけ」


 そして向こうでもいつの間にやら話が進んでいたのか、リーダーの男が部屋から出ようとしているところだった。


「オイ待て、老け面」

「ふ……ッ!? んんっ! なんだ?」


 リーダーが出て行く前に、未央がなんともヒドイ呼び方で言い留める。

 そんな呼び掛けに、リーダーは一瞬だけ顔を強張こわばらせるも、一度咳払いをして辛うじて平静を取り留め、未央に聞き返した。


「オレ達も下に行くぞ。別に問題ねぇよな?」

「……行って何する気だ?」

「おいおい、忘れたのか? 俺達はヘルメッターと顔見知りなんだから、止めることだってできる訳だぜ?」


 「まぁ、こっちは顔知ってる訳じゃないけど」などと付け加えながら、浩司はリーダーを言いくるめる。真実を知っているこちらからすれば見苦しいかもしれないが、それを知らない向こうからすれば、この交渉は十分に発揮されるだろう。


「……分かった、だったら付いて来い。そんでもって止めて来い」


 リーダーはどこか納得行かなさそうな渋面を作るも、未央達が来た方が収拾が着くという考えに行き着いたのか承諾した。

 しかし、ここからが問題だ。

 このままヘルメッターに出会えば、こいつらに嘘がバレる以上に、ヘルメッターが「毒蛇」のメンバーと勘違いして襲い掛かってくる可能性の方がよっぽど不味い。

 正直未央でもアレに勝てるとは思えないし、ここに来る前に事前に約束していた祭の護衛も守れる気がしない。


「ま、そんなに気負う必要はねぇよ」


 内心で不安に押しつぶされそうになっていたところに、浩司がそう語りかけてきた。

 そちらを見やれば、彼は捻じれた前髪の一房を指先で弄くりながら、こちらを見据えていた。


「あんまり頼りにならねぇと思うけど、俺だって好きでお前に付き合ってやってんだ。自分一人で背負いこむなよ?」


 浩司にその一言により、未央の内心での不安が心なしか軽くなった。

 コイツは昔からよく、自分が思い悩んでいる時になるとここぞとばかりに今のようにフォローしてくる。流石にケンカともなれば、未央の方がきもが据わっているので自分より弱いが、何かと気に掛けてくれている辺り、コイツには幾許いくばくかの信頼を置いている。


「……あぁ、あんまり期待せずに頼りにしといてやるよ」

「それ、信頼されてんのかされてないのかどっちだよ」


 ニヒルに応じると、浩司は苦い笑みを浮かべながら前髪を弄った。


「仲良いねぇ~二人とも。ひょっとして付き合ってんの?」

「「んな訳ねぇだろ/ないですよ」」

「あらま、残念。でも息ピッタリだったよ~?」


その様子を見ていた祭が茶々を入れてくるも、二人声を合わせて否定した。

しかし、打ち合わせをした訳でもないのにこうも息が合いすぎると、逆効果なような気がしなくもない。それがパパラッチ気質な祭であれば尚更だ。


「まぁ未央とは幼馴染ですからね。これくらいの息は合いますよ」

「そういうもん?」

「そういうもんだ。さっさと行くぞ」


 浩司の応答に、祭はどこか不服そうに訊ねてくるも、未央が無理矢理に話しを終わらせ、背でに「毒蛇」の二人が出て行った入口へと歩みを進めた。

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