第2話:捜索
祭達と出会ってからしばらくして放課後になり、未央は浩司を引き連れて昇降口へと歩いていた。
その際に未央の姿を見た生徒等が彼女を避けるように通り過ぎるが、そんな物など日常茶飯事なのだから気にしない。
「なぁ未央、もう少し愛想良くしたらどうなんだ?」
「ウッセェな、オレの勝手だろうが」
その様子を後ろで見ていた浩次がそんな事をのたまってくるが、今更この性分をどうにかするつもりはない。輝義の眉間の皺と似たようなものである。
「そうは言ってもなぁ……お前顔は良いのにそんな肉食獣みたいな目ぇしてたらモテるもんもモテねぇぞ」
「別にモテようとか思ってねぇし」
未央は目付きがアレではあるものの、それ以外は中々の美人だ。白く繊細な肌には薄く化粧を施しており、鼻筋も高すぎず低すぎずに綺麗に整っている。
プロポーションに関しても制服の上からでは確証は持てないが、少なくとも凹凸はそれなりにある方だと浩司は推測している。
そんな美少女であるというのに、それがヤンキーでは勿体無いにも程がある。まさに残念な美人とはこのことである。
小学生の頃の彼女はもっと素直で優しい子であったというのに、時の流れとは残酷であると嘆く浩司であった。
「なぁ~ケイちゃん、今夜一杯飲みに行こうぜぇ~」
「またですか江本先生? 先週も行ったばかりじゃないですか」
「だってよぉ~給料日だぜ給料日。給料入るんだったらこりゃあもう飲まない訳にもいかないでしょ~。なぁやっさん」
「で、ですが谷崎先生も嫌がってますし、無理に行かせるのはちょっとどうかと……」
二人の進行方向から、とてもこの場には不釣り合いな発言をする大柄な体躯の男と、それに付いて歩く二人の男がやってきた。三人ともこの学校の教師である。
「江本先生、なぁ~に学校で教育に良くないこと話してるんですか」
「ん? あぁ佐渡か、どうせお前ら生徒だって社会に出ればこんな話題するんだし、構わねぇだろ?」
「教師としてどうなんだそれ……」
江本の教師とは思えぬ発言に呆れつつ、天然パーマを掻き毟る浩司。その他二人の教師も、浩司のツッコミに頷いている。
このとても教師とは思えぬ大柄な男は江本公也。未央達一年C組の担任で、科目は見た目通り体育である。
どこにでもいる豪快なオッサンという印象が強く、煙たがる人間はいるものの、彼の気さくな性格から一部の生徒や教師陣からの信頼が意外と厚い兄貴分でもある。
「そ、それにしても二人とも、仲が良いですね」
「……ア゛?」
これ以上谷崎の教育に良くない戯言に関わらせないようにする為か、江本にやっさんと呼ばれていたスーツの上に白衣を纏った新米教師、高峰泰人が二人に話題を振ってきた。
泰人は今年度からこの学校の養護教諭として赴任してきた青年だ(ちなみに養護教諭とは簡単に言ってしまえば「保健室の先生」の事)。
新米故にどこか初々しく、誰にでも優しい好青年である彼だが、その性格が災いしてか気の強い生徒にはよくからかわれ易いのが欠点である。この間なんて、パシリに使わされていたのを見掛けたし……。
「あ、いえ、その……そう見えただけでそれほど深い意味では……」
未央に睨まれた為に、しどろもどろになりながら言い訳じみた台詞を力なく吐き出して行く高峰。見ているこっちが情けなくなりそうだ。
「もう少し愛想良くしようとか思わないんですか神田さん。高峰先生困ってるじゃないですか」
そこへ先程まで江本に絡まれていた世界史の教師、谷崎慶一がフレームレスの眼鏡のブリッジを持ち上げながら未央を窘めてきた。
この教師は何処か神経質な節がある生徒指導もこなす教師だ。江本とは正反対の人間と言ってもいいだろう。
未央が校長の姪という理由で何かと突っ掛かって来るいけすかない男であり、未央にとっては苦手な部類に入る。
「なんでこんな奴に愛想良くしねぇとならねぇんだよ」
「君はその態度の所為で損をしていると思わないのかい?」
「まぁまぁそんなに突っ掛かってやるなよケイちゃん。ここはそういう校風なんだからよぉ~」
未央と谷崎の間に険悪なムードが流れてきた所に江本が割って入り、二人を宥める。未央も江本の事は比較的信頼しているので、これ以上谷崎に喰って掛かる事はせずにそのまま彼等を駆け足気味に素通りした。
「行くぞ浩司。祭の奴を待たせるのも悪いからな」
「あっ、ちょっと待てよ! それじゃあ先生、失礼します!」
教師陣に会釈をしてから後を追う浩司を見送りながら、高峰は江本に一つ訊ねた。
「江本先生、祭なんて人、一年にいましたっけ?」
「いんや、祭ってのは二年の千登勢祭の事だろう。生徒との交友が深いみたいで感心感心」
「千登勢と言えば、確か新聞部の部長をしているんでしたっけ? 廃部寸前の」
高峰と江本の会話で新聞部が廃部寸前なのを思い出した谷崎が、またも眼鏡のブリッジを持ち上げながら会話に参加する。
門松高校の校則では、部活動は最低でも部員四人で行うものでなければならない。基本的に五月までに部員を集めてその人数で活動をするのだが、新聞部は残った二年と今年入部した一人しかいない。
今はまだ四月なので廃部勧告は出されていないが、あと一週間もすれば五月になる為、こちらから正式に廃部通告を出す予定だ。
「まぁそう言ってやんなよケイちゃん。最近とびっきりのネタを掴んだとか言ってたしよ」
「とびっきりのネタ?」
谷崎の肩をバンバン叩きながら新聞部に関する話題を話す江本に、高峰は気になって反芻する。
「ああ、俺がガキの頃に流行ってた噂があってな……最近になってまた流行り始めたから調べてるんだとよ」
「噂……と言うと?」
自分の肩を叩いてくる江本の腕を払って聞き返してきた谷崎に、江本はさも面白そうな口振りで答えた。
「共和町の都市伝説に出てくる伝説の喧嘩屋、ヘルメッターさ」
未央と浩司が校門に着くと、そこには既に祭と輝義が待っている姿があった。
「おっ! ミオちゃーん、こっちこっち!」
「んなの見れば分かるっつうの」
こちらの気配に気付いた祭が、はにかんで手を振りながら大声で呼んでくる。対する未央は呆れた口調で言い返すものの、この台詞のやり取りだけを聞いていれば待ち合わせをする二人の男女の会話にしか聞こえないが、二人とも女性なのだからかなり違和感がある。
「さあ早速出発してみようか! おやつは300円までだよー!」
「ヘイヘイ」
「遠足かよ……」
「ってか輝義ノリノリだな」
祭のボケに律義に返事を返す輝義の姿を見ていた二人がそれぞれにツッコミを入れる。
輝義を知らない人から見れば、不機嫌そうに嫌々付き従っているようにしか見えないものの、内面では結構面白がっているらしい。これも浩司から聞いた話だ。
「んで、その『毒蛇』とか言う奴等って、何処にいるんだ?」
ヘルメッターは基本的に夕方から深夜に掛けて、犯罪グループにケンカを売る。
今回はヘルメッターの出る確率の高い場所で待ち伏せるのだそうだが、祭にその場所の見当が付いているのか訊ねた。
「ふっふ~ん、私の情報網に狂いはないよ~。実は今『毒蛇』が住処にしてる場所、もう見当が付いちゃってるんだなぁ~これが」
祭の話によれば、最近コンビニなどでの窃盗や、暴力事件などで話題となっている「毒蛇」という犯罪グループのアジトを突き止めたらしい。
どうやらアジトがいくつも持っているらしく、警察でも全ての場所は掴めていないのだそうだ。
しかし、なんでもつい先日、祭は見るからに柄の悪そうな大学生くらいの青年達を見掛け、彼等が気になる事を言っていたらしい。
大まかに要約すれば、それは現在の「毒蛇」の拠点と、そこに留まる期間だ。十中八九、彼等が「毒蛇」の人間である可能性が高い。
警察側でも定期的に居場所を変えているのは察知していたが、一体どこにあっていくつあるのかまでは把握しきれていない。
この情報を警察にでも話せばお手柄にもなるのだろうが、祭はそんな形だけの名誉なんていらないとのこと。表彰状を貰うより、こうやって自分で調べて行く方が性に合っているらしい。
「お前変わってるな」
「それは私にとって最高の褒め言葉だね」
「……そう受け取るのかよ」
未央の呟いた率直な感想にサムズアップしながら答える祭。ここまで開き直られると此方の調子も狂ってしまいそうだ。
「まぁとにかく、その『毒蛇』のアジトで待ち伏せしていればいいんですよね? だったら早いとこ行きましょう。時間は待ってくれないんですし」
前髪を弄くりながら出発を催促する浩司の意見も最もで、このまま夜が更ければゴロツキが増える。
未央だけならともかく、浩司達他三名はそんな状況下では少しばかり動き辛い。早目に行くのが吉だろう。
「あぁ~そだね。今の時期はまだ日が暮れるの少し早いし、走って行こ~!」
「ヘイヘイ」
「ちょ、なんでそうなるんだよ!? オイ待て!」
いきなり走り始めた新聞部の二人に慌てながらも、浩司を引き連れて祭たちの後を追う未央だった。
「久々に来たな……この高校」
「あぁ~そういやお前って、ここの高校のOBなんだっけか?」
未央達が走り去って間もなくした頃、仁と千登勢は門松高校の校門に立ち、校舎を眺めていた。
ここに二人が来たのは、「毒蛇」の一人が言っていたヘルメッターと一緒にいたという一人の生徒を探すためである。
本来ならば生徒のいる時間に来るのが良いのではあるが、完全に決まった訳ではない上に、生徒のいる時間帯に学校に警察が来れば、教師や生徒達に余計な不信感を抱かせるし、授業にも集中できなくなるだろう。
そのため、生徒が少なくなる頃合いを兼ねてこの時間帯に来た訳である。
「はい、やっぱり卒業してから来るとまた懐かしいもんですね」
「まぁそんなもんさ。まずは誰でもいいから聞き込みからだ。今だったら多分、部活動以外の用事でまだ残ってる奴もいるだろうしな」
久々に訪れた母校に感慨深くなりながらも、今は一人の刑事として調査に集中するべきだろう。
「そうですね。じゃあまずは職員室に行って……」
「お、誰かと思えば安藤じゃねぇか」
校内に入りながら千登勢と話していた仁に、男の声が掛けられて振り返る。そこに立っていたのは大きめのリュックサックを肩に担いだ大柄な体格の教師の一人、江本公也だった。
「あ、江本先生、お久しぶりです!」
「6年振りだなぁ、どうしたんだよ急にやってきたりなんかして」
江本は高校時代の仁の担任であった人物であり、気さくな性格が功を成して一部の生徒達には人気がある人だ。
あの頃は確か歳は33だと言っていた筈だから、今では40手前の正真正銘の立派なオッサンであろう。
しかし見たところ6年前とそんなに変わっているようにも見えず、当時と変わらぬ気の良い笑みを浮かべている。
「この学校の教師ですか?」
「ん? ああそうだが、アンタは?」
恩師との久々の再開に舞い上がっていたところに、千登勢が割って入って警察手帳を取り出して江本の問い掛けに無言で答える。
そうだ、今は調査の途中だったんだ。昔話なんかしてる場合じゃない。仁はそう思いを改め、私情を挟まないように専念することにした。
「……刑事さんが一体何の御用件で?」
「この学校の生徒が暴行事件に関わったって話しを入手しましてね。それで容姿の一致する生徒がいないか調査をさせてもらおうかと」
訝しげに眉を顰めながら訊ねる江本に、千登勢は大まかな事情を説明して協力を求めた。
「ちなみにそいつって、どんな奴だったんで?」
「長い金髪の女生徒だったらしいんですが、誰か心当たりは?」
千登勢が聴いていた容姿を説明すると、江本は考える素振りを見せ、しばらくした後に口を開いた。
「……う~む、ウチの学校って毛染めしても良いですからねぇ。そんな髪の生徒なんて多過ぎて分かんないですよ刑事さん」
江本の言っている事は嘘ではない。この学校は偏差値が高い割には校則等が緩くなっており、髪を染める他にもピアスやネックレスなどと言ったアクセサリーを着けても良い事になっている。
それ故に自由な校風として地元では人気が高く、この学校を受ける受験生は少なくないのだ。
「そうですか……それじゃあ容姿の一致している生徒の名簿を見せてもらってもよろしいですかね? 一応令状なんかも持ってはいるんですけど」
「そういう話でしたら、生徒指導の谷崎先生にしてみたらどうです? わたしゃあ体育を教えるくらいしかできない一教師ですからね」
令状を取り出しながら確認する千登勢に、江本は背後に立つ高校を見ながら若干の皮肉を込めて応える。確かにこういう場合は生徒指導の教員に話を着けた方が手っ取り早いだろう。
それを理解している千登勢は「それでは行かせてもらいますよ」と軽く会釈しながらその場から歩き去ってしまった。
「ホントすいません江本先生……仕事じゃなかったらこうはならなかったのに」
「なぁに気にすんな、また今度会ったら一緒に飲みに行こうぜ」
千登勢の後を追う前に江本と顔を合わせて謝罪の言葉を贈ると、江本はニカッと笑いながら気にした様子もなく仁を飲みに誘った。
「そんじゃあ俺は先に帰ってるぜ。部活も全部2年と3年が仕切ってるからやることねぇんだよ」
「はい! お疲れ様でした!」
リュックサックを担ぎ直しながら帰る事を伝える江本に挨拶を入れると、仁は千登勢の後を追って走って行った。
その後ろ姿をしばらく見送っていた江本は、校門から出りと独り言を漏らし始めた。
「んにしても、暴行事件なぁ……。神田のヤツ、まぁたなんかしやがったのか?」
江本には千登勢の言っていた女生徒というのが十中八九末央であることに勘付いていた。しかし何も彼女が犯人と決まった訳ではないのでこのまま決めつけるのは良くないと考えて千登勢には伏せていたのだ。
それに何より、未央は江本の大事な教え子だ。このまま容疑者に仕立て上げるつもりは毛頭ない。
「そういやぁ、祭と一緒に伝説探しに行ったらしいが、何かヤバい事に巻き込まれなきゃあ良いがな……」
未央がヘルメッター探しに出掛けたのはあの発言でなんとなく推測はできたが、もし探す途中で危険な目にあって本当に警察絡みの話にでも発展したら冗談じゃない。
一抹の不安を覚える江本は、家に帰る予定を変更して末央達を探しに行くことにした。