プロローグ
自然と都市が半々に分けられた共存を謳う街、共和町……。
間もなく日が沈み、夜が迫ろうとしている中、それは人気のないビルとビルの間に出来上がった暗闇の中を歩いていた。
ビルの隙間から差し込む僅かな光によってその存在は際立ち、まるで影が地面から引き離されて一人でに歩いているかのようだ。
やがて影はビルの隙間から抜け出し、薄暗い空の下に浮き出してその姿を露わにした。
闇に溶け込むほどに真っ黒なライダースーツに身を包み、顔を同じく漆黒のフルフェイスヘルメットで覆い隠している。唯一黒く染まっていない部分として、ライダースーツの背中には「制裁」と白い筆文字で書かれている。
ヘルメットを被ったその男は、バイザーを目の前の開けた空間に鎮座する廃工場へ向け、その中へと入って行った。
神田未央は、目の前にある邪魔な障害物をどうするべきか悩んでいた。
彼女の勝気で獰猛な狂犬を思わせる双眸は前方にいる屈強な体格をした三人組の男を睨み、腰まで届かんとする綺麗に染め上げた金髪は派手な見た目に反して真っ直ぐに下を向いて落ち着いた雰囲気を持たせている。
かく言う彼女も、今の状況が危機的な状況であることを理解はしているが、焦った様子は表にも裏にもない。
「なぁなぁ、アンタその制服ってひょっとして門松高校のお嬢様だったりしない?」
「いっけないなぁ~、こんな時間に出歩くなんてよぉ~」
「俺達が家まで送ってやっからさぁ、一緒に行こうよぉ?」
「…………」
目の前の三人組はそんな未央を品定めするかのような目で観察すると、彼女の通う名門校の生徒であることを見抜き、その内の一人は嘘が丸見えな事をほざいてくる。
未央の通う門松高校はこの街屈指の名門校であり、しかもそこの校長が末央の叔母なのである。それ故に、未央は普通の高校生よりかはそれなりに成績もいいのだが、一つだけ問題がある。
(ア゛ァ~マジウッゼェ~…こいつ等どうにかして絞めてやりたいけど、三対一じゃあ分が悪過ぎだかんなぁ~)
所謂、不良少女なのである。
小学生の頃に両親が事故で死に、叔母に引き取られてからというもの、まるで心の隙間を埋めるかのように非行に走るようになってしまっていた。
高校に入ってからもそんな気性が収まることはなく、学校の帰りに街をぶらぶら歩いていたら偶然にもこの場所を見つけ、興味本位で潜り込んだ結果がこれである。
一人だけを相手にするならまだしも、大の男三人を叩きのめすほどにまで強いという訳でもなく、現在男三人組に囲まれてしまっている。
誰かに助けを求めるにしても、こんな場所に来るような輩が来るとは思えない。もし来たとしても目の前の男達と大して変わらないだろう。と言うよりもまず、誰かに助けを求めるなんて自分のプライドが許さない。
「さっきから黙ってないでよ、何か言ったらどうなんだ?」
そうこうしている内に、三人組が更に詰め寄る。こうなれば隙を突いて逃げるくらいしかないが、ここにきて思わぬ転機が訪れた。
―――コツン……コツン……―――
開け放たれた廃工場の出口から、足音が聞こえてきた。
「ん?」
「ッ! オラァッ!」
「ウゲッ!?」
誰かが来たのを察した男二人がそちらへと視線を移したのを好機と見た未央は、その隙に男の一人の鳩尾に肘を打ち込んで悶絶させる。
「何しやがるテメェ!」
一人を撃退して逃げようとするも、もう一人が即座に反応して未央の細い腕を鷲掴む。
「放せよクソが!」
「どわっ!?」
罵声を浴びせながら背負い投げをかまして投げ飛ばす。
「コノヤロッ!」
「イデッ!?」
「大人しくしやがれ!」
しかしその隙に三人目が未央の髪を乱雑に掴み上げ、悶絶させた男が拳を振り上げる。
男が未央を殴り飛ばそうと構えているのは一目瞭然で、1秒もせずにその拳が未央の顔にめり込むだろう。
しかしそうなる事はなく、振り被られた男の腕は黒い腕を持つ第三者の手によって阻まれた。
「あぁ? んだゴラァ?」
腕を掴まれた男は掴んでいる相手に凄味を利かせながら見る。それに合わせて未央と他の二人もその第三者を見ると、思わず眉を顰めた。
顔を黒いフルフェイスヘルメットで覆い隠し、男の腕を掴んでいる手もまた、漆黒のライダースーツによって覆い尽くされていた。明らかにバイクに乗ってブイブイ言わせているバイク乗りそのものだ。
しかし近くには彼の者と思わしきバイクは存在せず、先程の足音の主である事を示している。
「…………」
「オイ、何か喋ったらどうイダダダダダ!?」
ヘルメット男が不良一人の腕を捻り上げ、更に巴投げの要領で地面に這い蹲らせる。
「が……は……ッ!?」
背中から地面へと打ち付けられた拍子に、肺に溜まった酸素を一気に吐き出して苦しげに蹲る。
「な、何なんだよお前!?」
「…………」
未央を掴み上げていた一人が叩きのめされたのに狼狽しながら声を絞るが、ヘルメット男はその問いに答える事もなく、目元を隠したバイザーを此方へ向けてゆっくりと手を伸ばす。
無言と表情が分からない故の圧迫感が、二人に迫る。
「チッ! オラァッ!」
不安定な威圧感に耐えきれなくなった男が、未央を離してヘルメット男に殴り掛かるも、横から手を加えて軽く受け流す。
更に受け流されたことによってバランスが崩れたのか、不良の身体が前のめりに突っ込んでしまい、ヘルメット男は受け流した時の反動によって男の真横に陣取る。そして……
「グゲッ!?」
手刀を不良の首の後ろ目掛けて振るい、脊髄を引っ張られた衝撃で失神させた。
「こ、こいつ……!」
地面に叩きつけられていた不良がようやく呼吸を整えられたのか、立ち上がってヘルメット男を睨み、近くに落ちていた鉄パイプを掴む。
「…………」
対するヘルメット男もバイザーを男へ向け、拳を握り締めて構える。
その構えは空手や柔道などと言った武術とはかけ離れたもので、ただただ単純な「殴る為だけの構え」ではあるが、未央や対峙している男には何とも言えない異質感が伝わってくる。
相手の正体が不明という点だけで、こうも不安になるものなのか。そう思っていた時、不良の方がこの空気に我慢できなくなったのか先に動いた。
「オ、オラァァァァァッ!」
躊躇いながらも鉄パイプを振り被って迫るが、対するヘルメット男は身を屈めたサイドステップでかわして相手の懐に飛び込む。
「なっ……グボォッ!?」
低い姿勢からのアッパーカットを繰り出し、一撃で沈めるヘルメット男。だがその後ろからは、携帯ナイフを取り出した男が迫ってきていた。
「ッ! チッ……!」
ヘルメット男はそれに気付いておらず、無防備に背中を晒したままだ。未央は舌打ちをつきながらナイフの男に迫る。
ヘルメット男とナイフを持った男は未央の接近に気付くも、未央は構わずそのままぐんぐんと不良との距離を縮めて行き、一定の距離まで近づいたところでジャンプして両足を前に構える。
「死ねやボケェェェェッ!」
「げっ……ぐばぁっ!」
スカートが翻るのも省みずに放たれた渾身の飛び蹴りは見事に不良の顔面を捉え、地面に磔にした。
倒れ伏した男は一瞬ビクリと痙攣したかと思うと、鼻血を垂れ流しながらガックリと意識を手放した。
気を失う寸前に「し、白黒ストライプ」とかほざいていたが、未央は一度不良の顔面を踏んでそれでチャラにし、ヘルメット男へと鋭い双眸を向ける。
「お前も見たか?」
「…………」
鼻血男と同様に、この男も「白黒ストライプ」を見てしまったのか問い質すも、返ってくるのは沈黙のみで、ヘルメット男は未央に対した関心も持たずに踵を返し、そのまま出口へと歩き出す。
「あ、オイ待て! 助けてやったってのに礼もなしかよ!?」
最も、未央自身もこの男に助けられたようなものだが、黙って帰られるとなるとなんかムカつく。
あの背中に蹴りでもぶち込んでやろうかと思って駆け出すも、ヘルメット男は屋外へと出て行き未央の視界から姿を消す。
「待ちやがれ! お前一体どこの誰だよ!? 顔くらい見せたらどうなんだよ!」
後を追って屋外へ出るも、その時にはどこにも人影は見当たらなかった。
「逃げられたか」と舌打ちしながら空を見上げると、日が暮れて紺色になった空に疎らな星が散らばっていた。
「アイツ、何だったんだよ一体……」
未央の囁きに答える者は誰もおらず、辺りはただただ静寂が包みこんでいた。
これが一人の不良少女・神田未央と、共和町の都市伝説・「ヘルメッター」の邂逅だった。
初めましての方は初めまして。そうでない方は御無沙汰しております。水音ラルです。
この度は私の作品を閲覧頂き、誠にありがとうございます。
私が以前書いていた作品を読んでいた方なら気付いていると思いますが、この作品では書き方を少し変えています。主な変更点としては「行頭を一字空ける」、「感嘆符・疑問符の後に一字空ける」の二つです。
まぁ基本中の基本なんですけど、前の作品ではしてませんでしたからね。気付いた時にはもう修正するのも面倒なくらいに話を進めてしまってたので「もうこのままでいいや」と妥協してしまってたんですよww
今回はそんな事にならないように、初心に帰って改めて書いて行こうと思いますので、応援よろしくお願いします!