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公爵家の末っ子は読み解いた過去を未来へ繋……がない

作者: 野田あいみ
掲載日:2026/10/11


この世界には、神聖古語と呼ばれる言語がある。


伝承によれば、遠い昔、天災を鎮めるために大神殿が召喚した聖女が、私的な場で使用していたものだという。


初代以降も様々な理由で数代に渡り行われていた聖女召喚だが、いつしかその技術は失われてしまった。

最後に召喚された聖女、もしくは関係者の手によるものだという説もあるが、真偽のほどは定かではなく、今となっては一部の資料が残るのみである。


この世界中、どの国のものとも合致しないその文字は、図形や模様のようなものが入り混じっている。

当時の言い回しで口語訳された記録文書はあるものの、不完全なうえに当時と現代とでは言い回しの乖離が大きく、解読は不可能とされてきた。


筆跡の違いから、それぞれ別の時代に召喚された聖女達が書いたものと判断されているそれらは、王城と神殿の奥深くで厳重に保管されている。



……らしい。




(なんとなくだけど、読めるし話せるっぽいんだよなぁ)


プレセアには、過去世の記憶がある。

それら(・)が夢に流れ込んでくるようになったのは、七歳の誕生日を迎える一月前のこと。

頭を打つとか、高熱を出して生死の境を彷徨うとか、そういった特別な何かがきっかけになったわけではなかった。


理由は解らないが、そうして夢で見続けたのは、日本人としての記憶と、この世界の様々な国で過ごした数回分の膨大な記憶。

何故か毎回違う国に生まれてきたため、それらの記憶が定着した今、自国を含め周辺国の言語は習得しているといってもいい。


名前や家族構成といった個人的なものがぼかされていたのは残念だったが、その時代の日常生活に必要だった知識はすんなりと自身の中に溶け込んだ。


身分については、王族から平民までを経験している。

多少の差はあれど、挨拶や食事などの基本的なマナーはどの国も似通っていたから、時代の流れで変化した部分を補完するくらいで済むのではないだろうか。


とはいえ、いかんせんこちとら七歳児。

脳内のイメージは完璧でも、それに身体がついていけなかった。

運動会で張りきった親御さんが転んでしまうアレに近い。


自分自身の体験というよりは、なんかこう、【すり切れるまで読み返した本の内容】を再現すべく真似しているだけにすぎないのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。


(とはいっても、ラッキーっちゃラッキーだよね。いざとなればどこにでも行けるし)


ちなみに、今の身分は公爵家の三女。

長女は是非にと希われて隣国の公爵家へ嫁ぐことが決まっており、次女が婿を取って後継ぎとなる予定である。

次女とプレセアの間にいる兄は、宰相である父の後継として補佐を務めているが、もしもの場合は兄が公爵家を継ぐため、プレセアはスペアでも何でもなく、実に気楽な立場にあった。




ーーなので。


起点となった七歳の誕生日。

山のようなプレゼントを与えられた上で、他に何か欲しいものはあるかと聞かれたプレセアは、ダメ元で神聖古語の研究をしたいと願った。


タイミングの良いことに、家庭教師から聖女について教わり始めたばかりなので、


「この国最大の謎である、聖女召喚の技術が失われた理由を解き明かしたいのです」


などと、尤もらしい理由をつけて。


もとより、長年に渡って解読できていない神聖古語である。


“国のため”に尽くすことは貴族の務めである。

それを理由にして、万が一にも、うっかり婚約者なんかが充てがわれないように仕向けた。


一応、その後の婚活に支障が出ないよう、十四歳になるまでと期限を決めて。



婚約を避けるのは何故かって?


こういう場合、同じように転生した”誰か”が、婚約者との関係をぶち壊すからだ。


そもそも、転生したのが(いつから転生者が)プレセアだけ(自分だけだと錯覚し)とは限らない(ていた?的なアレな)のだ。


仮に、他にも転生した者がいたとして。

婚約者のいない者の中から、誰か1人と決めて恋愛するならまだ良い。

それなら誰に何を咎められることもないし、なんなら応援だってできる(かもしれない)。

百歩譲って、きちんとした手順を踏んで話し合い、相手に非がないことを周知した上で婚約を解消するのならまだ赦せる(気がする)。


しかしながら。

本当に残念なことに、大抵の場合、あっちも(婚約者がいよ)こっちもと《うがいまいが》見境なく手を出して、逆ハーレムを目指そうとする。


しかも、ヘイト管理など一切しないという質の悪さがオマケでついてくる。

いや、ほんとマジでそういうの要らねぇから。

そこにオメェの席、用意してねぇし。


過去世で何があったのかは覚えていないものの、略奪もハーレム(逆ハーレムを含む)も苦手なプレセアにとって、喩え政略であっても、自身の婚約者がその輪に入るのは歓迎できるものではなかった。

そんな光景を目にしようものなら、その日からずっと不愉快な気分で過ごすことになるだろう。


視界に入るのすら嫌なのだ。

端的に言うなら、鬱陶しいことこの上ない。

だったら、最初から関わらない方向で生きていたいと願うくらい良いではないか。


だって。

腐って(はいないけど)も、こちとらまだ七歳の無垢なる乙女なのだ。

日本で生きていた頃の上司のように、眉間にシワを寄せるのが癖になり、あだ名がゴ〇ゴ(もしくは鉄砲玉)になるのは避けたい。


なので、そこはきちんと両親に主張しておいた。


「仮に今、どなたかと婚約を結んだとして。神聖古語の研究に夢中になるあまり、手紙のやり取りや茶会(交流)などが疎かになってしまったら、それはそれで不誠実な行いだと思うのです」


だから、婚約は一区切りつくまで待ってほしいと。




ーー結果として。


プレセアが選んだ道は、間違っていなかった。



自称ヒロイン笑が逆ハーレムを築く中、多少は絡まれたものの、してもいない婚約の破棄を言い渡されることもなく、平穏無事に過ごせたからだ。





*****



そんなこんなで、婚活開始までのモラトリアムを満喫していたプレセアは、現在十三歳。

最初はやはり胡散臭がられたものの、今やすっかりなくてはならない神聖古語の研究者となっていた。




「プレセア殿。この、“ぱふえ”なるものは何だろうか」


「パフェでしたら、五代目聖女様の手記に、ご学友達と作られた記述がございます。……えぇと、この部分ですね。それによりますと、高さのある逆三角形のガラス製の器に、牛乳と卵と砂糖で作られた氷菓と泡立てたクリーム、好みのフルーツやスポンジケーキなどを重ねるのだそうです。断面の美しさから、“完璧”という意味を持つ名がついたとあります」



「プレセア嬢。この記号の並びには、どのような意味があるのですか?」


「この記号の並びは、人間の感情を表しているのだそうです。()は輪郭で……これ((*´艸`*))ですと、喜びのあまり口元に手を当てているという表現になりますから、”嬉しい“という意味ですね」



「ねぇ、プレセア様。これ全部、雪や雨という意味なのですよね?……意味は同じのに、違う文字を当てはめて、たくさんの表現をするのは何故ですの?」


「同じ意味の言葉に対し、多様な表現をするのは、その国が大切にしているものだからです。現代に於いても、そのような傾向は多々ございます。わたくし達で例えるなら紅茶でしょうか。産地や摘んだ時期、またはブレンドの仕方で様々な呼び方をしていますよね。それと同じように、聖女様方の暮らしていた国は、色や自然に関するもの(雪や雨)が大切にされていたのだと推察できます」



「この、”おし“というのは?」


「推しという言葉は、《推挙する》という意味を含んでおります。実在する・しないは別として、特に感情を揺さぶられる対象の人物や団体を応援すること、あるいはその対象そのものを指すようです。記述によると、必ずしも恋愛対象となるわけではないらしく、解りやすく言うと、物語やその登場人物だったり、劇場の演者・もしくは劇団そのものがそれにあたります」



「三代目聖女様の手記にちょいちょい出てくる、チョベリグ、チョベリバって何だ……?あと、このMK5って何の暗号だよ」


「こちらは超ベリーグッド、超ベリーバッドの略語です。前者は“最高”、後者は”最悪“を意味します。MK5は『マジギレ5秒前』をイニシャルで表記したもので、似た意味を持つ表現としては、八代目聖女様の手記にある”激おこぷんぷん丸“が近いかもしれません。こちらの場合、怒りの度合いが“おこ”、”激おこ“と順を追って変化していきます」





そんなシュールな会話を繰り広げているのは、プレセアと大神殿のお偉方。

王城に通うこともあったが、基本的に第二王女(とその侍女と護衛)が相手をしてくれていたから、プレセアの周囲にいる同じ年頃の男性は、自身の護衛を兼ねた侍従であるリンカーンだけである。


学園でもプレセアは絶対一人にならないようにしていたし、加えてそれっぽい(・・・・・)ご令嬢が一人にならないよう、自分か第三者が一緒になるようにそれとなく仕向けていた。

約一名、微妙なラインの者はいたが、一応は誰一人として冤罪による断罪イベントは起こらなかった。



そうして、前世の知識を思いっきり有効活用したプレセアは、漢字・平仮名・カタカナ・ギャル語・ネットスラングが入り混じった神聖古語の解読を成し遂げた。



……のだが。


その中身は、歴代聖女達の日記だったり、出せない(元の世界に届かない)と解っていながら綴った手紙といった私的なものであった。


解読が進むにつれ、あまりの切なさに泣きそうになった者もいたくらいである。いや、何人かは陰で確実に泣いていた。



だって。


想像してみてほしい。



ある日突然、自分が。

あるいは自分の大切に思う誰かが、同じ目に遭ったら?


召喚した国を赦せるだろうか。


生活水準も死生観も宗教観すら違う国で、それでも役目を果たすしかなかった歴代の聖女の悲しみや苦悩はいかほどだっただろう。


その国の最高権力者である王族との婚姻でさえ、褒美でもなんでもなかったのだ。

そんなものは要らないから、愛する家族や友人のいる、元の世界に帰りたい。

決して叶わないそれ(帰還)だけが、聖女達の望みだった。



友人との何気ない瞬間を。

家族とのありふれたやり取りを。

恋人と交わした、もう守れない約束を。


それらの忘れたくない日常を、歴代の聖女達は【誰にも読まれない形】で遺したのだろう。





それ故に。

解読に携わった面々は、それぞれが『自分の死後に大切な思い出(日記や手紙)が踏み躙られたら(公開されたら)』という事態を想像し、一様にハイライトの消えた目で、覚えたての『絶許』という言葉を呟いた。



本来の目的であった、聖女召喚が失われた理由については触れられていなかったこともあり、彼女達が暮らしていた世界の文化面ーー主に衣食住に関するものーーだけを、だいぶぼかした形で公開することにし、あとは大人の事情で秘匿された。


ちなみに、前世のプレセアが日本に生きていた頃にはなかった、ぴえんだのわかりみだの蛙化現象だのといった言葉については文脈から想像するしかなかったが、それでもまぁまぁいいセンいっていると自負している。


これまで一向に解読が進まなかったのは、そもそもの文法が違うことと、聖女達がそれぞれの時代のギャル文字やネットスラングを多用していたのが理由だろう。


やば谷園とか了解道中膝栗毛だのと言われても、なんの知識もなく漢文を読めと言われているようなものだ。

自国にない文字を見たところで、それが何を意味する言葉なのか、想像すらできるわけがない。


日本という国は。

言語をはじめとして、他国のあらゆる文化を取り込みつつ、自国のソレに落とし込むことで独自の発展を遂げてきた、ある意味でヤバい連中の集まりなのだから。





「……お嬢って、怖いくらい強運の持ち主ですよね」


ぽつりと、パーティーのエスコートをしながらリンカーンが言った。


「え?何が?」


「もしもの話、お嬢が子爵家とかに生まれてたら、前世の記憶があったところで相手にされてないと思うんですよ。管理してるとこだって、機密文書扱ってるからおいそれと侵入出来ないし」


「まぁ、そう言われてみれば確かにそうね」


前世の記憶があることは、流石に途中でバレた。

というか、明かさざるを得なかった。


けれど、いかに前世の記憶があっても、王家に連なる公爵家の血が流れていなければ、神聖古語の解読などさせてもらえなかったはずだ。


そういう意味では、確かに運がいい。



「あの花屋の子、『◯◯さんに意地悪されて……』とか言っていろんな男にコナかけてましたけど、名前が挙がったご令嬢方は、お嬢のおかげで何もしてないのが証明されてたじゃないですか」


「実際、何もしていなかったもの。すぐに嘘だってわかってもらえて良かったわ」


「そうやって助けるうちに、派閥争いも下火になってましたね」


「別に狙ってやったわけじゃないんだから、その薄目で見るのやめてくれない?悪いことじゃないでしょ」


「……で? 引く手数多になったお嬢は、これからどうするんです? 釣書めっちゃ届いてて、捌くの大変(キレそう)なんですが」


「そこなのよねぇ……」



結果論ではあるが、プレセアのしてきたことの多くが国への貢献とされ、叙爵が決まったため、その影響も大きい。

【神聖古語の解読】という、同じ目的のために協力しあったことで、大神殿とも王家とも友情のような関係ができてしまっている。


また、自称ヒロインから見た悪役令嬢の断罪を防ぐための過程で、リンカーンが言うように派閥争いもなくなった。


その立役者であるプレセアを得ようと、まだ婚約者の決まっていない次男・三男からの釣書が大量に届いている。



「でもね。お父様からは自由にして良いと言質取ってるの。……今まで隠してきたけれど、わたくし、リンカーンが好きよ。貴方が、わたくしのことを女性として見ていないとしてもね」


「……は? って、え? ちょ、待っ……お嬢?」


「だって、それが仕事とはいえ、ずっと傍にいて、わたくしを守ってくれているでしょう?」



護衛と侍従を兼ねているリンカーンは、文字通りプレセアの傍にいて身を護り、尚且つ細々とした雑務もこなしてくれている。


そもそも、プレセアが砕けた態度を取ったり、軽口を叩けるのは、家族と本当に親しい友人以外では彼だけなのだ。


身分にしても、リンカーンは伯爵家の次男であり、プレセアと結ばれることに支障はない。




「だから、これからは全力で口説かせてもらうわ」



だから、覚悟してねーー。





そう続けたプレセアは、リンカーンにしか見せない、小悪魔的な微笑みを浮かべた。



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