影絵作り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よう、つぶらやくん。どうだい終わった? 風景画のスケッチ。
う~ん、見た感じデッサンもそこそこってところか。色は塗れそうかい? ぼつぼつ校外学習の時間の終わりも迫っているようだから、ペースアップしたほうがいいと思うよ。
――なにか面白い話を聞かせてくれたら、がんばる?
おいおい、ながら作業は効率が落ちると聞くけれど、本当に平気か? まあ、そのあたりは結果で証明してみせればいいけれど。
そうだな……じゃあ、絵を描くことにちなんだ話を提供しようか。
僕のおじさんいわく、世の中には「影絵」が存在するらしい。
一般に知られる影絵は光源とスクリーンの間に、物や人形を置くことでその影を映す作品のことを指している。
しかし、おじさんによるとそれとは逆に、物の影に着目して描いた芸術作品も存在するというんだ。
物に影をつけて描写する。美術の授業だったら採点基準になるところでもあろう。しかし、影絵は物の持つ影のみを描写し、色をつける。
このとき、真っ黒に着色することはよしとされない。まるで影の部分も本体と同じであるかのように色を着けていく。
木でたとえるならば、幹が茶色いのであれば茶色に、花が桃色であれば桃色に。あたかも同じものが地面へ寝そべっているかのごときかっこうで、描き残していくのだという。
――なぜ、そのようなことをするかって?
おいおい、質問するくらいなら手を動かしなよ、手を。ちょっと描いてすぐ止めちゃうんだから。はかどらないなら、話はここで終わりにするよ。
……やる気になった? よろしい、ならば続きを話そうか。
おじさんも、どうしてそのような絵が描かれるのか疑問に思ったらしくてね。当時の美術の先生に尋ねてみたのだそうだ。
先生は美術部の顧問を兼ねていて、みんなの監督をしながらも自分も絵を描いていて、美術室に展示してある。例の「影絵」ばかりをだ。
さまざまな角度から見る校舎、教室、授業風景……それの皆の影の部分のみを、描きこんでね。
のっぺりした地面ならば、まだ描きやすいと思う。けれど、先生は向かいの建物や障害物によってその表面に張り付いてしまう影の形さえも、正確に描き出していた。
純粋な絵として見たら正直、気持ち悪い比率の絵のほうが多かったとおじさんは語る。美術室に飾られる絵は、生徒たちの作品こそ多かったが、準備室のあちらこちらには先生手製の影絵たちがそこかしこに飾ってあったらしいのさ。
「影絵はね。その描かれたものの実態を調べ上げることができるのさ。質が高ければ高いほど精度を増してね」
影は物から決して離れることがないもの。見方によれば身体の一部ととることもできる。
影に乱れが生まれるときは、本体にも何かしらの異常が生じているということ。しかし、本体だけを見ていてはその兆候を読み取ることは難しい。
ゆえに影絵を前もって用意しておく。命や実体のあるがごとく描かれたものは、「つながり」を得ることができ、それに起こる異変を察することができるという。
おじさんとしても、はじめて聞いたときは眉唾もいいところでね。適当にハイハイと流そうと思ったのだけど、折よく実在を確かめる機会があった。
それは先生の影絵のうち、学校のプールを描いたものだった。校舎に向かって、真っすぐ影が伸びている時間帯に描かれたのか、ちょうどプールサイドを含めた全体がひっくりかえった格好になっている。
そのプールサイドの一角から、水が垂れていたんだ。先ほどまではそのような気配など絵にはなかったにもかかわらず、だ。
絵の具が流れ出しているのではなかった。無色透明であったものの、床へ垂れ落ちると炭酸水であるかのように音を立てて泡立ち始める。
「どうやら、プールサイドに侵入者がいるらしい。来るかい?」
そう話し、先生が準備室の一角から取り出したのはウォーターガン。おもちゃとして使えそうなそれにはあらかじめ水が入っており、それを手に先生はプールへ。おじさんも首をかしげながらその後へついていった。
プールへ入り込んでみると、ひと目で異常が見て取れた。
今は炎天下の昼休み。プールサイドはからっからに渇いて、少しの湿り気もないところ。
そこをプールを囲うように、湿った足跡が点々とついていくんだ。足の主の姿もなく、音も立てないまま、ぐるぐるとね。
一番手前まで来たとき、その足跡が三又に分かれたものであるとおじさんは認識し、人間のそれではないと悟って、息を呑みそうになったとか。
一方の先生は手慣れたものらしく、足跡の主が正面に来たあたりでウォーターガンをまっすぐに放射。距離的に、なにもなければプールにぶちまけられていたはずの中身は、見事に空中で遮られた。
発射されたのもただの水ではなく、緑色にどっぷり濁ったものだったが、おかげで姿なきものの姿も見えるように。とはいえ緑一色に塗りつぶされてしまったために、輪郭だけだが。
その足は当時のおじさんよりも細かったものの、1メートル以上は長いもので、そのくせ胴体と思しき部分はバスケットボールほどの大きさしかない、アンバランスな存在だったようだ。
先生は倒れたそれが動かないことを確認すると、いったん保健室へ走ってシーツを持ってきてそいつを包み込んで、抱き上げる。
「暑さゆえに、水を求めて紛れ込んだものだろうな。けれど、こいつが水に入ってしまうと授業で入ったりするみんなに良からぬことが起こるんでね。こうやって事前に防いでいるということさ」
おじさんが聞いたのはここまで。
そのあと先生が、そいつをどうしたのかまでは知らないんだってさ。




